表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士様の初恋は御伽噺の呪われし魔女  作者: 文庫 妖
第一章 呪われた魔女
7/37

06 白騎士の診断

 馬車の中、皆無言であった。

 意識の無いシグリットを拝借した敷布で包み、馬車の揺れが負担にならぬよう横抱きにして座るエルドリート、その正面にはアルベールとマティアスが腰掛けた。カルラは御者を引き受けて、御者台で手綱を握っている。トマスは医療部の手配の為に基地に留まったようだ。


「なぁ」


 沈黙を破ってエルドリートは口を開いた。聞いておきたい事があった。


「呪術祓いは俺にでも出来るか?」


 未だ疲れの残る顔で、二人の白騎士は首を振った。


「治癒魔法と違って、呪術系能力は先天的なものなんだよ。たり祓ったり……逆に呪ったりするのも全部ね」


 だから呪術専門の騎士や魔導士は、絶対数が少ない。そして、例え能力を持っていたとしても、職務内容が内容なだけに志願する者が更に限られるのもこの仕事の特徴である。


「そうか……」


 余程残念そうな顔をしていたのだろうか。アルベールがにやりと笑った。


「残念だったね、自分で初恋の相手を治してやれなくて」

「ああ……」


 何か聞き捨てならない台詞を聞いたような気がして思わず目を剥いたのは、反射的に頷いた後だった。


「それ、なんで」

「殿下から聞いたよ。初恋拗らせてるから見守ってやってくれ、だそうだ」

「はぁ!?」


 美貌の王子が悪い笑みを浮かべている幻が見えたが、恐らく気のせいではないだろう。情けなく歪んだ顔を片手で隠した。


「……拗らせてねーよ。子供(ガキ)の頃の戯言だよ……」


 絵物語など、長じるにつれて忘れていった。ただ、偶に慰問先の孤児院や、親族の集まりに連れられてきた小さな子供らが読み聞かせられているのを見て、ふとあの挿絵の魔女を思い出す程度だ。あの王子の中で自分の初恋話がどれだけ面白い事になっているのか。これは一生言われるかもしれない。いやそれより、まさか、今回のメンバー全員に知られているのではあるまいか。そんな想像が頭を過り、ぞっとしてその件についてこれ以上考える事を放棄した。


「とは言ってもね」

「だよな」


 アルベールとマティアスが意味有りげに視線を交わした。


「さっきから抱えたまま離さないじゃないか」

「あと、『俺がついてる』」

「なぁ。あれはなぁ。うん」

「何のことだ」


 抱えたまま、というのは今の状況を揶揄したものに違いないが、後半の台詞についてはよくわからず首を捻った。


「お前さん、覚えてないのか。さっきシグリット殿を抱えながら『俺がついてる』って。だから殿下が仰っていた事は本当だったのかと」

「は……」


 そんな事を言ったのか。顔に熱が集中するのが分かって、口元を押さえた。視線を下げ、未だ意識の無いシグリットを見る。呪いの所為か、決して肉付きの良くない軽い身体。熱に赤らむ頬と、微かに開いて浅く早い吐息を漏らす小さな唇。胸の奥底に感じる疼くようなこの痛みは、果たしてかつて抱いた幼い恋心ゆえか、それとも哀れな魔女への庇護欲ゆえか。

 腕の中のシグリットが身動ぎをした。薄く目を開いている。熱はまた幾らか上がったようだった。布越しにも伝わる熱。


「……起きたか?」


 声を掛けるが、返事は無かった。代わりに、薄く笑ってエルドリートの胸に頬を擦り付けて来る。


「シグリッ――」

「ユリウス」


 甘えるような仕草にぎょっとしたエルドリートの耳に、囁くように誰かの名を呼ぶ声が掠めていった。魔女に関する記録に残された名前の一つ。六十年前のある陰惨な事件の犠牲となった、夫となるはずだった男の名だ。

 シグリットは微かな笑みを浮かべたまま、また瞼を閉じた。

 胸の奥底が、ちくりと痛んだ。身動ぎした時に綻んだ敷布を丁寧にシグリットの身体に巻き直して視線を上げると、白騎士二人と目があった。彼女の呟きが聞こえなかったらしい二人は締まらない笑みを浮かべたままで、居心地が悪くなって、エルドリートは窓の外に視線を移して誤魔化した。

 外に見える街並みの向こうで、正午を知らせる鐘の音が響いた。





 基地に着くと、馬車は裏門に誘導された。人目を避けて入れという司令官殿の配慮だった。シグリットを包む敷布を引き上げ、頭まですっぽりと被るように包む。なるべく見えないようにと、顔を自らの胸に押し付けるようにして抱き上げた。


「エルドリート殿。こちらです」


 馬車から降りると、待機していたトマスが案内を買って出た。裏口から基地内へ入り、そのまま医療棟へと誘導される。途中、南方騎士団の騎士達とすれ違ったが、「重大な後遺症のある犯罪被害者を保護」という先触れがあったために、物珍しい顔はされたものの、騒がれる事は無かった。

 案内されたのは、担当軍医の診察室と直結した、特に重症の患者が入れられる病室だった。言われるままに寝台にシグリットを横たえると、一旦退室を促された。診察がてら、病衣に着替えさせるのだという。トマスに促されて執務室を兼ねた診察室に入り、待つこと暫し。やがて、軍医がヤンを伴って現れた。


「挨拶をと思ったが、それは意識が戻ったらにしよう。それより、差支え無ければ私も話を聞かせてもらいたい」


 白騎士らの視線がエルドリートに集中した。了承の意を示す。


「まずはシグリット嬢の容体についてですが」


 前置きしてやや白髪の混じった軍医は言った。


「衰弱が酷く、高熱も数日は続くかと思います。王都への搬送をご希望とのことですが、熱が引き、体力の回復をある程度待ってからの方がよろしいでしょうな。その……呪いの影響で不死ということですが、それでも身体への負担が大き過ぎますので」


 エルドリートは頷いた。次は、本題だ。


「アルベール、マティアス。専門家として所見を述べてくれ」


 まずアルベールが口を開く。


「今回は問診をしていませんので、現時点で言える事だけ述べさせて頂きます。まず、呪いの発動条件ですが、この数週間観察した限りでは心因性の可能性が高いかと思われます」

「心因性?」


 耳慣れない言葉に首を傾げると、マティアスが補足した。


「精神的な……特に負の感情が生じた場合に呪いが発動するということだ。怒りとか悲しみとか。彼女の場合、罪悪感が引き金になっている可能性が高い。特定の感情を発動条件として術式に組み込むってのは、結構多いんだ」

「なるほど……」


 シグリットの言葉の端々に滲み出ていた後悔の念。罪悪感。

 ――自分が居なければ。逃げ出した。出て行くべきだった。


「過去に関わる内容の会話中、軽微な呪いの発動が多々見受けられました。ある程度ならば自分で抑止出来るようです。しかし、体調を崩した場合などは、精神的に弱くなり、抑止が効きにくくなります。発熱が今回の呪いの発動前か後かは問診してみないとわかりませんが、今回呪いが強く発動したのは、高熱による抑止力低下の可能性も考えられます」


 病的な肌の白さ。華奢な身体。あまり丈夫そうでは無かった。旅立ちの前に読まされた書類には、事件以前に特に健康に問題があったような記述は無かったように思う。とすれば、あの身体は呪い故か。体力も精神力も容赦なく削り取っていくあの恐ろしい呪いで、もしかしたら臥せる事も多かったのではないか。


「とすると、少なくとも熱が下がるまではまた呪いが発動する可能性が高いということですな」


 軍医が難しい顔で唸った。エルドリートは既にかなり気が滅入りかけていた。あの苛烈というにも生温い苦痛をあの身体で、しかも短期間で何度も受けねばならないのか。カルラは親しくなったばかりの友人を案じてか、顔を蒼白にしたまま聞いているだけだ。


「それから、今回の件で確認出来た呪いの詳細についてですが」


 マティアスが言葉を継ぐ。


「確認出来た呪いは二つ。一つは肉体に直接作用して激しい苦痛を与えるものでしたが、これはシグリット殿の精神に深く絡み合う形で存在している、呪術を実行した者の残留思念が、彼女の罪悪感に呼応する形で表層化して引き起こしています」

「残留思念……」

「非常に強い思いや感情が、その場や物にこびり付いて残ったもの、と言えばいいでしょうか。呪いというものは、通常呪術の実行者が、標的に対して何らかの強い思いを抱いて実行されます。大半は強い恨みや妬みです。これらを呪いを発動する際の動力源として術式に組み込むわけですが、シグリット嬢のケースでは、この恨みや妬みの感情が非常に強い。しかも厄介な事に、この残留思念は複数人、恐らく三人分の思念が絡んでいると思われます。これは実際に現場で確認しました」

「三人分!?」


 思わず絶句した。ヤンや軍医も同様らしい。何れも険しい表情だ。


「見た所、一番強いのは女の残留思念体で、もう一体も女でほどほどに強い。残りの一体は他の二体よりは弱いですが、こちらは男性と思われます」

「……」


 三人もの人間の強い恨みの思念体が彼女を縛っているのか。抱え込めるものなのか。言葉も出ない。


「それからもう一つの呪いですが、こちらは先程の残留思念体が地表から放出されている魔素を直接吸収し、身体の損傷部分を急速に修復していくものです。『不死の呪い』たる所以と思われます。ただ、見た所あくまで治癒するのは損傷部分だけで、失われた体力の回復までは行われていないようですね。それから、まだ一度確認したのみですので、あくまでも恐らくですが、この呪いが発動するのは、重症もしくは瀕死等命に係わる損傷の場合のみではないかと」

「何故判った?」

「呪いで受けた傷は治ったが、指先の傷はそのままだったろう」


 ――床を掻き毟って剥がれた爪と、流れ出た血液で汚れた指先。

 エルドリートは押し黙った。死なないと分かっていて拷問に掛けるような、なんて悪辣な……。


「なにぶん六十年以上前の事ですし、詳細は問診や当時の資料を元に推測するしかありません。解呪にはどうしても本人の協力が不可欠です。なんとか納得してもらうしかありません。正直あれは……なんとしても解呪してやらなければ……あまりにも……」


 マティアスは眉間を揉みながら、語尾を濁した。アルベールも目元を片手で隠したまま俯いている。

 しばし重苦しい沈黙が場を支配したが、ややあって、エルドリートは今後の方針を述べた。声に滲む疲れを隠す事が出来ない。


「――意識の回復を待って、俺から話をしてみる。彼女は王都に連れて行く。それで決まりだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ