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騎士様の初恋は御伽噺の呪われし魔女  作者: 文庫 妖
第一章 呪われた魔女
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02 薬師の女

「よく参られた、ゼーベック殿」


 南方騎士団司令ヤン・ペルレは日に焼けた肌に見事な赤毛の偉丈夫だった。艶の良い肌と髪、そして溌剌とした声が若々しい印象を醸し出し、三十を越えた位かと当たりをつけたが、後で聞いてみると四十代も半ばで、成人を迎えた子息が二人も居るというから驚いた。


「隣国の情勢もここ十数年は落ち着いているし、楽をさせて貰っている」


 せいぜいが時折国境を越えてやってくる盗賊くらいでのんびりしたものだ、とヤンは笑った。気さくな態度は部下達にも慕われているらしい。廊下ですれ違う度に寄越される敬礼や挨拶は、親しみの籠ったものばかりだった。


「慕われておられますね」

「有難いことだ」


 思わず口をついて出た賛辞の言葉も、謝意を以て返される。まるで、オスティーユの気風をそのまま体現したような男だとエルドリートは思った。

 南方騎士団の配置されるオスティーユは、多くの動植物が棲む豊かな森、そしてその森から流れ出る川は豊富な栄養を含み、肥沃な大地を形成する恵み多き地である。年間を通して温暖な気候と相俟って、人々の気風もまた大らかで馴染みやすいものであった。王都から最も離れた配置となる南方騎士団への配属は、左遷めいた印象を持たれがちではあるが、実のところは心身に傷を負った騎士の療養地としての側面もあった。穏やかな風土と豊かな恵みで心身を癒し、英気を養って原隊に復帰するのである。


「しかしまぁ、こういう場所だからな。どうも鈍ってかなわん」


 ヤンは苦笑して見せた。穏やかな分刺激も少なく、騎士達の腕も鈍り勝ちなのだ。だからこそ、今回のエルドリートらの派遣は、彼らにとってもある意味渡りに船だったとも言える。「表向きの理由」の方も期待されているようだ。


「……さて」


 執務室まで案内され長椅子を勧められて腰を下ろすと、給仕係の騎士が香り良い紅茶を淹れて配る。騎士が退室すると、ヤンはやや弛緩した空気を改め、顔つきを引き締めた。


「では、魔女殿についてだが」


 保護指示の出ている魔女ではないか、という情報が部下よりもたらされたのは三ヶ月程前の事だという。





 ミシェル・ハイフェッツはいつものように贔屓の薬屋の扉をくぐった。「不老不死の魔女捜索」の密命を受け、市内での情報収集の際に見つけた馴染みの店である。腕の良い薬師の伝手でもあるのか取り揃えられた薬は質の良い物が多く、その日も打ち身と傷薬の補充の為に訪れたのである。

 既に店内に居た数人の客を横目にいつもの棚に向かうと、ふと一人の女が目に入った。店主と話し込むその女は、長く伸ばした黒髪を緩い三つ編みに束ねた、華奢な若い女だった。

 生成色のブラウスに黄枯茶色のたっぷりとしたスカート、複雑な蔦模様の施された深い松葉色のショール。街の女達とそう変わりの無い身なりだったが、その纏う空気が其処らの女達とは異なるように思えて、ミシェルは二人の視界に入らぬよう、静かに棚の前から移動した。薬を物色する振りをしながら、そっと女の横顔を盗み見る。

 黒眼。

 保護指示の出ている魔女の人相風体のひとつに、黒髪黒眼という項目がある。黒髪黒眼の女はさして珍しくは無い。密命も発令された当初は、黒髪黒眼の若い女とくれば身元に関わらず兎に角全て上に報告を上げるような事もあったという。だが、それから数十年経ち、密命もほぼ慣習のような形で受け継がれる中で、本当にそのような魔女が実在するのか、仮に居たとしても既に存命していないのではないかと疑問を抱く騎士も正直少なくはない。ミシェルもその一人だ。だが、王太子の命とあっては無碍にするわけにも行かず、何かのついでにとこうして密かに任務に当たっているのである。

 ミシェルは女を注意深く観察した。あまり健康ではないのか肌色はやや病的な白さがあり、薄く施された化粧がその儚げな印象に拍車を掛けていた。特別美しい顔立ちではないが、時折見せる微かな微笑みは、その纏う空気と相俟って、見る者に淡い月明かりの宵闇に抱かれるような安らぎをもたらす不思議な魅力に満ちていた。穏やかで落ち着いた声は耳に心地よく、店主と語る内容からどうやら薬師であるらしい事が知れた。店主が女を「オルファ」と呼んだ。


(――シグリット・オルファ(・・・・)レイス、のオルファ、か?)


 話が終わったのか、軽い挨拶を交わすと女は滑るように静かに店を後にした。ちらりと店主を見ると、話が終わるのを待ち構えていたらしい他の客と話し始めたようだった。目当ての品は無かったような素振りをしつつ、さり気なさを装って素早く店を出る。視界を巡らすと、街の外れへと向かう道を歩く女の後ろ姿が見えた。通行人に紛れてその後を尾行する。

 が。


(……なんだ?)


 ミシェルは目をすがめた。歩くにつれて、目は確かに彼女を捉えているのに、その姿は周囲の景色に溶け込むかのように希薄なものになってゆく。少しでも気を抜くと、直ぐにも見失ってしまいそうだ。


(これは……『葉隠』か!?)


 葉隠は動物の知覚・視覚に作用する幻術の一種である。その気配を周囲に溶け込ませ、まるで森の木々から一枚の葉を探すかの如くに、対象物の探知を困難にする魔術。体表から放出した魔力を薄く周囲に張り巡らし、周囲の気配と馴染ませる事で、自らの気配を知覚困難にするという極めて高度な魔術である。

 ミシェルは最大限の集中力を以て、必死にその姿を追った。だが、その努力も空しく、三区画ほど尾行した所で女の姿を見失った。


 高度な魔術を難なく操る、黒髪黒眼の薬師の女。




 彼は迷わず上司に報告する事を決めた。

 報告を受けてヤン・ペルレは直ぐさま特命騎士らを招集した。密かに人員を配置し、件の薬屋からの人の出入りを監視する。

 ミシェルもまた常連客として雑談を仕掛けつつ、店主から黒髪の女の情報を引き出した。店に出入りするようになったのは数年前、移住して来たばかりで生活費を稼ぐためという名目だったという。やや顔色の悪いのは店主も気にしていたようだったが、持ち込まれる薬は高品質だったために、薬師の不養生と思うことにして取引を決めたようだ。


『なんでも恋人を亡くしたらしくてな。それ以来身体を壊しがちなんだとか』


 気の毒に、と人の良い店主は痛ましげに言った。オスティーユへの滞在は療養も兼ねており、落ち着いたら国許へ戻るつもりなのだという。本当にかの魔女ならば、前半はともかく後半は嘘だ、とミシェルは思ったが、黙って聞き流しておいた。

 店への出入りは週に二度ほど。女の住む場所は郊外らしいという事しか聞き出せなかった。店主もよく分からないらしい。郊外で病を抱えた女の独り住まいは危険ではないかと諫めた事もあったが、多少は魔法の心得がある事と、命に関わる病では無いものの、病身故にあまり人を寄せたくないという女の言い分に渋々ながらも納得させられたそうだ。

 苦労の末にどうにか魔女の家を突き止め、聞き込みで得た情報を総合し、『件の魔女の可能性は極めて高い』として王都へ早馬を飛ばしたのがつい先週の事であった。

ここの「葉隠」は江戸時代の某指南書とは全く無関係です(´∀`;)

次話でようやくヒロイン登場でござる。

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