01 特命は魔女の保護
「……実話?」
思わず鸚鵡返しに問えば、肯定の返事が返ってくる。執務机の上に古い書類や日誌を広げ、リーズカンド王国王太子ベルトルド・ファナ・リーズはすらりと伸びた両の手の指先を組みながら天鵞絨張りの椅子に背を預けると、エルドリートを見上げた。窓から差し込む光に透けて白金の如き淡い金に輝く髪と、澄んだ湖水のような蒼色の瞳が麗しい。
「そうだ。呪われた魔女と騎士の物語、あれは話の大筋が、ほぼ実話なんだよ」
王太子の幼馴染にして、栄えある王立中央騎士団の青騎士隊第三分隊長エルドリート・ゼーベックは、執務室に呼び付けられ、入室するなり投げ掛けられた話の展開が読めず、瑠璃色の瞳に怪訝な色を浮かべてベルトルドを見つめた。やや長く伸びかけた亜麻色の前髪を鬱陶しげに払うと、金糸で縁取られた群青色の騎士服の階級章が揺れた。
ベルトルドは机上の日誌と書類を手渡しつつ、話を続ける。
「お前にはその魔女、シグリット・オルファレイスの保護を頼みたい」
「――は?」
突拍子も無い命令に、思わず王太子相手としては幾分不敬な返答をしたが、親しい者しか居ない場であれば許される間柄でもあった。
「魔女の保護は先帝陛下の悲願なんだ。本来救国の英雄として扱われるべき彼女の名誉を不当に貶め、城を自ら出て行かざるを得ない程に傷付け追い込んでしまったことを、祖父は最期まで気に掛けていらした」
御伽噺かと思ったら、何やら込み入った話らしい。エルドリートは先代国王が王太子時代に書いたとされる日誌を読み進めるうちに、知らず目を険しくする。次いで、六十年前に起きたとある『事件』の調査書類。そこに綴られた驚愕の事実に、苦虫を何匹も噛み潰したような渋面になった。
「……これが事実ならひでぇ話だな。逆に呪われても文句言えねぇだろ、こいつは」
「判ってくれたか。そう、だからこそ、我々には彼女を手厚く保護し、呪いを解く義務がある。本人があまりにも嫌がるようなら別の手を探るが、もし、少しでも可能性があるのなら――どうにか彼女を説得して、城まで連れてきて欲しい。長らく行方知れずだった彼女の居場所を先日漸く突き止めてね。今のところ、逃げられないよう見張りを付けている。この数十年、何度か痕跡を見つけても発見にまでは至らなかったが……漸く、漸くだよ。行ってくれるか、エルド」
「それは構わないが……何故俺に?」
不思議そうな面持ちで問うエルドリートに、ベルトルドはにやりと笑って見せた。
「昔、御伽噺の魔女が好きだとか言ってたろう。だから、お前が適役かと思ったんだが」
「……っ、おま、お前っ」
エルドリートは赤面した。
「そんなん子供の頃の戯言だろうが! 真に受けるな」
「だが、随分と魔女殿に心を寄せていた様子だったじゃないか。残された記録だけじゃわからん事もまだ多いからな、せっかくだから謎解きがてら、彼女に会ってみてくれ。もしかしたら彼女の『王子様』になれるかもしれんぞ。まだ決まった相手もいないんだろう、丁度良いじゃないか」
お前な、とうんざりしたが、興味を引かれたのも事実。居住まいを正して敬礼した。
「王太子殿下の命令、謹んでお受けいたします」
「ありがとう。呪術専門の白騎士を二人付ける。先方の司令官には既に話を通してあるんだ。頼んだよ」
ベルトルドの執務室を辞したエルドリートは、副長に分隊長代行を任命し、留守中の職務を引き継いで、旅立ちの準備をした。些か特殊な任務の為、表向きは辺境に配置された騎士団の視察と団員の強化指導だ。ベルトルドの指示で同行する白騎士は、当日中に顔合わせした。剣技だけでなく、治癒魔法や呪術絡みの案件の処理等、特殊技能に特化した白騎士隊。その中でも腕利きとされるアルベール・ロレンツとマティアス・クラインである。
そして、五日後。とりあえずの任期を二月として、エルドリート率いる「魔女保護作戦」の騎士らは、王城を出発した。