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スズメバチの本性と男の本性

「僕は少し疲れた。風呂に入ってくるよ。ゼフィロス、君もよかったら一緒にどうだい? 」


「ええ、お供します。」


 すっかり好戦的になった3人を尻目に俺はグランさんの後を追った。


「君も理解したと思うけど、彼女たちはああなんだ。」


「ええ、ジュリアはともかく女王様まであんなになるとは。」


「根っこの部分は一緒だよ。負けず嫌いで好戦的。なんでも力で解決したがるんだ。」


「あの三人が特別ってわけじゃあなさそうですね。」


「まあ元がスズメバチだからね。昆虫だったころはミツバチの巣に単騎で乗り込んで皆殺しとかしてたらしいし。ジュリアなんかはその話を聞いて当時敵対してたアシナガバチ族のコロニーに一人で殴り込みかけたからね。」


「うわぁ、やりそう。」


「で、その結果があの顔の傷。」


「やられたんですか? 」


「まさか。相手は皆殺しにしたって話だよ。確か300くらいいたとかなんとか自慢げに言って回ってたから。」


「同じ蜂でもそこまで違うものなんですか?」


「まあ、戦闘力に関して言えばそうだろうね。しかしアシナガバチは僕らに比べて器用だ。彼らの作る工芸品は高値で取引されるから経済的にも豊かだしね。コロニーだってここよりも何倍も豪華な作りをしている。けれどその分傲慢でね。同じ生息域に住む僕らを野蛮だなんだって見下してた。」


「それだけで皆殺し? 」


「まあ、他にも色々あったみたいだけどね。彼らの過ちは僕たちスズメバチの女性を甘く見てたこと。彼女たちは短気だし、言葉よりも暴力での解決をよしとするから。ま、そういうところが野蛮だなんだと言われる要因なんだけれどアシナガバチはその野蛮さを低く見積りすぎた。」


「ちなみにそういうことってままあるんですか? 」


「うーん。年に数回くらい? 最近だと近くのミツバチの巣を襲ったクマを退治したくらいかな? 」


「えっと、俺の知ってるクマはせいぜい2~3mぐらいの大きさなんですが。」


「はは、今はクマと言えば小さくても30mはあるよ。君の元いた時代に比べて今は生物が大きくなっているからね。

植物も、動物も昆虫も。ミツバチだって2m近い大きさだし。」


「それって刺されたら死にますよね? 」


「僕らは刺されることはないけれどね。意思疎通できるし。」


「だとするとこないだユリちゃんを襲ってた生き物はいったい? 」


「あー。そう言えばユリも救ってくれたんだったね。彼女の話じゃハムスターらしいけれど。」


「え? ハムスターってあんな凶悪な姿でしたっけ? 俺はてっきり狼か何かかと。」


「進化の過程でああなったんだろうね。僕も詳しいところまでは知らないけど。昔は愛玩動物だったみたいだね。」


「ええ、手のひらに乗るくらいの大きさでフワッとした可愛い生き物でした。」


「ま、それだけ環境が変わったって事なんだろうね。ところで、本題に入ってもいいかな? 」


「あ、はい。」


「君の持っている剣や装備は古文書で言う『インプリンティング』ってのが施されていて君しか扱えないし君の死と同時に土に帰る。この解釈で間違いはない? 」


「ええ。」


「で、新たに持ってきた二本の剣にはそれが施されていない、と。」


「そうです。」


「そしてあの剣の素材はアンドロイドの装甲と同じもので劣化しない。」


「ですね。」


「まずいね。それはまずい。」


「やっぱりそうですよね? 」


「あの剣は君にわかりやすく言えば物語に出てくる聖剣とか伝説の武器に値するんだ。 要するにエルフを含めても僕たちでは絶対に作ることのできない物なんだよ。過去にエルフたちが使ったとされる古代兵器はみんなそのインプリンティングってのが施されていたらしくて所有者の死と共にこの世界から姿を消した。アンドロイドだけはどういう仕組みか子孫に所有権を受け渡せるらしいけれどね。」


 ああ、コ・オーナーの仕組みを使っているわけか。アンドロイドは高価だからいざという時の為にもう一人、オーナーを登録できる。一人が死んでも、また一人、オーナーを登録できるからそれを繰り返せば子孫に引き継ぐことも可能だ。


「で、ここに新たに誰でも使え、しかも消滅しない新たな古代兵器が現れたわけだ。しかも2本も。」


「そうなりますね。」


「そういうのってみんな欲しいよね。僕たちだけで独占なんかしたら他の部族がどう思うかな? 」


「少なくとも良くは思わないでしょうね。」


「で、僕たちは全ての部族を敵に回して絶望的な戦いをしなきゃならないわけだ。」


「でもスズメバチって強いんですよね? 」


「うん。恐らくインセクトじゃ一番だろうね。でもクロアリ族がいる。」


「クロアリって強いんですか? 俺のイメージじゃスズメバチの方が圧倒的に強そうなんですけど。」


「昆虫だった頃はサイズが違ったから。君も聞いた事があるんじゃない? アリは自分の50倍もの重量を持ち運べるって。」


「あー聞いたことあります。」


「で、それが今、同じサイズでいたとしたら? 」


「超パワフルじゃないですか! 」


「そう、彼らは僕たちよりも力が強い。それにその身を固める外殻も僕らより頑丈なんだ。」


「え? ヴァレリアの外殻は弾丸弾いてましたけど。」


「僕らは空を飛ぶからね。そこがクロアリに勝るところでもあるんだけど空を飛ぶ以上はどうしても軽量化せざる負えないんだ。だから彼らに比べて外殻が薄い。」


「でも機動力で圧倒できますよね? 空を飛べるってすごいアドバンテージじゃないですか。」


「まあね。でも彼らは眷属のアリを使役してそれに乗るんだよ。物語の騎士のように。硬い外皮に覆われたアリの突進力を利用して繰り出される槍は直撃すればアンドロイドですら無事にはすまない。そんな連中とやりあうなんて考えただけで僕はいやだね。」


「だから穏便に、というわけですね。」


「ふう。思ったとおり君は理解してくれたようだね。」


「で、具体的にはどうすれば? 」


「2本の剣の内1本はクロアリ族に渡すべきだろうね。あとは君の処遇についてだけど。」


「俺? 俺、ここから追い出されちゃうんですか? 」


「いやいや、それはないさ。それこそイザベラたちは世界を敵にしても君を守るだろうし、僕だってそうする。なにしろ君はイザベラが認めた家族なんだし。」


「でも処遇って。」


「まあそのへんはなんとかなるさ。とにかく僕はイザベラをもう一度説得するつもりだから君もあの二人を抑えておいてほしい。」


「あの二人を? そりゃあ無理っていうか。」


「無理でもやるべきだ。とは思わないかい? この世界の平和がかかっているんだし。」


「あ、それと大事な事言い忘れてました。」


「……何かな? これ以上恐ろしい事じゃないことだといいんだけれど。」


「グランさん、エルフの始祖のアイリスって知ってます? 」


「ああ、彼らにとっては神にあたる人物だね。」


「実はそのアイリス、俺の妹みたいなんですよ。」


「な、なんだってー!! 」


「昨日戦ったエルフから聞いた話なんで本当かどうかはわからないんですけれど、エルフにアイリスって名前は他にいないらしくて。」


「は、はは。まあ、そういう事もあるか、ってあるわけないよね! ちょっとゼフィロス、いい加減にしてくれないかな? 君のおかげで僕の寿命は確実に3年は削れたから! 早死したら君のせいだからね! 」


「いや、俺もびっくりしちゃって。どうすりゃいいですかね? 」


「どうするもこうするも……あーもう、わかった、僕の方からイザベラにはうまく話しておくからから君もきちんとあの二人に話しておくように! いいね? 」


「あの二人って、あの二人ですか? そんな事話したら俺、殺される気がするんですけど。」


「あとでバレたほうがひどい目に合うと思うね。無理にとは言わないけど。」


 しばし無言の時を過ごす。頭の中で何回もあの二人にカミングアウトする場面を描く。今のところ一番マシなイメージで首を絞められ窒息死。最悪ものでは槍で串刺しにされている。だめだ、どう考えても生きる希望が見えない。何回もやり直してみるが、どの結末もバッドエンドだ。ふととなりを見れば同じように頭を抱えたグランさん。きっと彼も生き残れるイメージを思い描くことができないのだろう。


 次から次へと湧いてくるネガティブなイメージを頭を振ることで振り払う。そうだ現実逃避しよう。


「そう言えばグランさん。前に言われた任務、コンプリートです! 」


 俺は努めて陽気に関係ない話題を振る。俺の意図を察してくれたのかグランさんもどんよりした顔に無理やり笑顔を作った。


「ほう、ということはおっぱい、触れたんだね。相手はヴァレリアかい? まさかジュリアって事はないよね? 」


「恥ずかしながら両方なんです。こう、おっぱいとおっぱいで挟まれてまさに夢ごこちでした。」


「それは良い体験をしたね。」


「でも、やっぱりグランさんが言ったように反応が……」


「うん。子供を相手にするかのようだっただろう? 」


「そうなんですよ。こう、成人男子としてはショックというかやり場がないというか。」


「だね。滾るエナジーの行き場がない。僕もここに来る前にはそうだったよ。」


「これって結構辛いですよね。なんていうか我慢地獄? 」


「ですよねー、わかるよ、その気持ち。誰かと結婚するまでその地獄が続くからね。だからイザベラの婿に、と言っただろ? そもそもなんでイザベラは君に限って手を出さないのか……ん? なるほど、そういう事か。

 ゼフィロス、いい事思いついたよ。君の情欲も解消できてしかも世界は平和。うん、これはいい。」


「え? そんな都合のいいことが? 」


「まあ、僕に任せてくれたまえ。同じ苦しみを知る男同士、悪いようにはしないさ。」


「ぜひお願いします! 」


「僕はその為の調べ物がありますので先に失礼するね。きっといい結果になるよ。輝かしい未来を掴むためにも君はあの二人を、いいね? 」


 流石はこのコロニーの知恵袋、グランさんだ。とこの時の俺は目を輝かせて彼の後ろ姿を見つめていた。今日ほど湯上りの男の背中が輝かしく見えたことはない。


 さて。残るはヴァレリア、そしてジュリアを説得するという難易度の高い任務。どうしよう。


 風呂から上がると同じく風呂上がりのヴァレリア、そしてジュリアが待っていてくれた。


「もう、おっせえぞ! 」


「まったくだ。長風呂は体にもよくない。少しは考えねばな。」


「ごめん、待たせたみたいで。」


「ほら、とっとと行こうぜ。今日はな、アタシのとっておき、葡萄酒を出してやるから。」


「ならば私はつまみを用意しようか。」


 二人に両脇から腕を組まれて部屋に連れていかれる。当然両の肘には柔らかい感触が。うん、悪くない、悪くないよ。しかし、こうして並んで歩くと彼女たちのサイズの大きさがわかる。俺も決して背の低い方ではない。その俺とほぼ同じと言う事は女性にしては背が高い。それに比べてすれ違うワーカーの人たちは頭一つ分は小さかった。


 部屋につき、俺は長椅子の真ん中に座らされ、両脇を二人に挟まれる。


「ほら、こいつが葡萄酒さ。この辺じゃ中々手に入らないんだぞ? 」


 そう言ってジュリアが俺とヴァレリアのグラスに赤い液体を注いでくれた。


「うむ、では乾杯。」


「「乾杯。」」


「あ、これおいしいね。」


「だっろう? 最もこれ一本しかないけどな。評議会に行くならあそこの町で手に入るんだけど。」


「そうだな。その時は私が買い求めて来よう。」


「ちょっと姉貴、まさかアタシを置いて行くつもりじゃねーだろうな? 」


「ん? 当然置いて行くぞ。ここの警備もあるのだから。ゼフィロスの事は私が居れば事足りる。」


「ふっざけんな! アタシもついていくからな! 万が一の時、こいつを抱えた姉貴だけじゃ心もとないだろ? 」


「何を言っているのだ、お前は。空でならともかく、地に下りればゼフィロスは立派な戦士だ。現に機甲兵アンドロイドを打ち破ったのだからな。」


「そりゃあそうかもしれねえけどさ、」


「そもそもゼフィロスの世話を任されているのは私だ。お前はコロニーを守るのが仕事。そうだろう? 」


「ちっ、面白くねえな! 」


 そう言ってジュリアは葡萄酒の瓶を手に取りそのまま口をつけて飲んでしまう。全部飲み切るとテーブルの上の皿をガシャガシャと払いのけ、そこに足を乗せて葉巻を咥えた。


「姉貴、もっと酒! 」


「仕方のない奴だ。」


 ヴァレリアは戸棚から酒の瓶を出してジュリアに手渡す。ジュリアはその封を切ると、瓶からじかに飲み始めた。


「大丈夫か、そんなに飲んで。」


「うっせーよ! アタシはこんくれえの酒なんてどうってことはねえんだ。ほっといてくれ! 」


 評議会に連れて行ってもらえないジュリアはすっかり不貞腐れてしまう。


「あいつは放っておけ、お前には私が居ればいいのだ。」


 そう言ってヴァレリアは優しい目で俺を抱き寄せる。結局その夜はしたたかに飲み、気が付くとベットの上で、ヴァレリアに抱かれて寝ていた。


「……だいしゅき。」


 ん? 聞き違えか? むにゅむにゅとしたヴァレリアの胸に顔を埋めた格好の俺はその感触を虚ろな意識で楽しんでいた。


「んふふ、ゼフィロス、可愛い。だいしゅき。」


 ヴァレリアの腕、そして腰に生えている中肢がぐっと俺を引き寄せ抱きしめる。体をぴったりと密着させられ、ヴァレリアが俺の頭に頬ずりする。意識が急激に覚醒し、心臓が破裂せんばかりに高鳴った。俺はヴァレリアの腰に手を回し、こちらからもしっかりと抱きしめた。


「んっ。目が覚めたのか? 」


「うん。」


「そうか、だがまだ時間も早い、もう少しこのまま抱いていてやろう。」


「うん。」


「人は一人では生きていけぬからな。こうして誰かのぬくもりがなければ。お前はこの世でただ一人の人間になってしまったが、恐れる事も、寂しがることもない。こうして私が側にいる。」


 こうして肌のぬくもりを感じながら、そう言われると言葉だけよりも何十倍も嬉しかった。心のどこかに持っていた他種族への偏見、という壁がガラガラと崩れ落ちる。


 腰に回した手をぐっと引き寄せようとした時、手に硬いものが触れた。それは不思議な感触で、硬いのに表面に産毛が生えていて暖かい。


「気になるのか? 」


「あ、うん。」


 尾てい骨のあたりから生えている蜂の腹。女王様のとは違い、小さくて、平べったい。ヤギとかウサギとかの尻尾のようにそれはちょこんと生えていた。


「それは蜂であった時の名残だ。」


「ふーん、あったかくて硬くて、でもさわさわした毛があって、手触りが良いね。」


「ふふ、そこはな、子を産む為の所だ。お母様のように子を孕めば大きくなる。そして卵はそこから生まれる。」


「へえ、そうなんだ。」


「私たちには必要ないからそうして小さくなっているのだ。あとはそうだな。毒を溜めておくところでもある。」


「毒って、」


「お前を刺した針の毒だ。蜂はそこに針が付いているが、人の形となった私たちにはそこでは不便だからな。」


「だから腕にか。」


「そうだ、私たちは生きる為、いろいろとお前とは違うのだ。羽もあれば針もある。……気持ち悪いか? 」


「ううん。すごいなって思うだけ。それに、ここでは、いや、この世界では違うのは俺の方さ。むしろ俺は気持ち悪くないのか? 」


「そうだな、お前はいい匂いがする。それに私を救ってくれた戦士だ。気持ち悪い、と言うよりは愛おしいな。こうしてずっと抱き抱えていたいくらいには。」


 少しだけ男として見られてる? 愛おしいっていうのはそう言う意味だよね。だよね? ならば、と思って勇気を出して確認する。


「ねえ、ヴァレリア。」


「なんだ? 」


「さっき、俺が寝ているとき、何か言ってなかった? 」


「さ、そろそろ飯にするか。お前は顔を洗って歯を磨け。私はそこのクズを片付けなければな。」


 いいようにはぐらかされてしまった。ちなみにそこのクズとは辺りをぶっ散らかし、酒瓶を抱えたまま、なぜか姿勢正しく長椅子で寝ているジュリアの事だ。


 トイレに行き、顔を洗い、歯を磨く。ヴァレリアはその間に身支度を済ませていた。今日はいつものタンクトップにスパッツの上に、白い前開きのシャツと少しタイトなスカートをはいていた。なんとなく女教師っぽくて、そそる。


「こいつはこのままでいい。飯にするぞ。」


 起こしても起きないジュリアを放置して、俺たちは食堂に向かった。


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