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常識と食材と


この巣の中はは立体構造になっていて、ゆるい坂を上がったり下がったり、途中途中に個室と思われるドアがいくつもあった。途中、何人かにすれ違ったが、皆、美しい女性ばかりだった。


「あの、ヴァレリアさん。ここって。」


「……ヴァレリアでいい。私に気を使う必要はない。共に暮らす仲なのだ。余計な気遣いは邪魔になろう? 」


 そう言ってわずかに除く口元を歪ませる。見た目と違い、案外フランクな人のようだ。


「んじゃヴァレリア、ここって何人ぐらい住んでるんだ? 」


「482人。皆、私の姉妹だ。」


「482人って、みんなあの女王様が生んだのか?」


「当たり前だ。私たちは皆、女王たるお母様の子。なにかおかしいか? 」


「いや、随分子沢山だなっと思ってさ。」


 まあ、蜂ならそのくらい当たり前なのかな。


「お母様はまだ若いからな。巣別れする前の女王など二千は生んだらしいぞ。」


「二千って。ち、ちなみにさ、ここって男はいないの? さっきからすれ違うのみんな女性なんだけど。」


「もちろんいる。ただ私たちの種族の男は数も少ないし、皆大事にされるからな。表にはほとんど出てこないのだ。」


「え? それじゃ外敵とかと誰が戦うのさ。」


「私たちだ。この中では役割が決まっていてな。外敵と戦う私たち戦闘員と食料の調達や子供たちの世話をする生活要員、それに女王たるお母様の夫の男たちだ。」


「ああ、そうなんだ。蜂と一緒で全部労働は女性の役割なんだな。」


「私たちは蜂の特性を持っているからな。ニンゲンというのがどんな種族なのかは分からぬが、そんなに違うものなのか? 」


「ああ、俺たちは男が外に出て働いて、女は家で子を産み育てるんだ。」


 ヴァレリアは複眼をスチャっと額に上げ、キリッとした整った顔を晒すと、澄んだ金色の瞳で俺をじっと見ていた。何その複眼、取り外しできるわけ?


「実に非効率だな。我々のように子を産む機能を女王に集中してしまえばもっと数も増えるだろうに。人間が何年生きるのかは知らぬがその話だとさほど多くは子を成せまい? 」


「普通はせいぜい一人か二人ってとこじゃないかな。」


「それでは増えていかないではないか。一体どうやって種を残していくのだ? 」


「えっと、俺たちの時代はさ、産まれたらほとんど寿命まで死ぬことはないんだ。病気は克服されたし事故だって即死じゃなきゃ大概生き残る。元々人口も多かったし、無理して数を増やす必要がなかったんだよ。」


「産まれたら寿命まで死なない? なんという羨ましい話だ。我らは成人できるのはせいぜい6割。天敵も多いし、病気もある。なるほど、ニンゲンというのは余程優れたものらしいな。」


 一人腕を組みなにやらしきりに頷いているヴァレリア。そんな彼女に俺は気になって仕方ない事を訪ねてみる。


「なあ、ヴァレリア。お前たちって蜂の種族なんだろ? ほら、蜂って言ってもいろいろ種類があるじゃ

ん? いったい何蜂なのさ。」


「私たちは誇りあるスズメバチだ。蜂族の中で最も華麗な一族だ。」


「あ、やっぱり。で、そのスズメバチなのになんで羽がついてないの? 」


「羽ならあるぞ? ほら、このとおり。」


 彼女がそう言うと鎧の隙間から半透明の黒く美しい羽がするすると伸びた。


「普段は邪魔になるから小さくしているがな。もちろん飛ぶこともできる。」


「すげー! マジ感動だわ。」


「あはは、そこまで感心されると照れくさいな。」


「もう一つ質問いい? 」


「お前はよほど私たちの種族に興味があるようだな。いいだろう、私が答えられるものであればなんでも構わんぞ。」


「ヴァレリアはさっきのユリちゃんと姉妹なんだよね? 」


「ああ、それがどうかしたか? 」


「いや、彼女も女王様も、ヴァレリアみたいな鎧着てなかったし、なにか違いがあるのかなって。」


「ああ、これのことか。『キャスト・オフ』」


 彼女が小声でつぶやくと、付けていた鎧は一瞬にして粉々に砕け、空気中に溶けていった。

残されたのは黒のピッチリとしたタンクトップとショートパンツに身を包んだ、短い黒髪と金色の瞳が印象的な美女だった。


 彼女が説明してくれたところによると、俺が鎧と思っていたものは皮膚を変化させたものらしく、本人の意思でいつでも彼女の言う『メタモルフォーゼ』、いわゆる変身ができるらしい。

 元の姿に戻るためには『キャスト・オフ』、文字通り脱皮する必要があり、脱ぎ捨てられたものは空気中に溶ける。なんとも便利な機能だが、体力と気力を消耗するため日に数回出来るかどうかといったところのようだ。

 ちなみにユリちゃんはまだ幼生体であるためメタモルフォーゼできないし、羽も生えていない。だから外に出るときには成体であるヴァレリアたちと一緒でなければならないそうだ。


「変身できるのか! やっべ、スズメバチ超カッコイイ。やっぱ変身すると身体能力とか上がったりしちゃうわけ? 」


「身体能力は変わらんよ。私たちの種族は元々能力が高いからな。ただ、メタモルフォーゼすれば外皮が硬化して身を守ってくれるし、頭部の複眼は後ろまで見ることができる。それに腕に仕込まれた針にはお前にしたように神経を麻痺させる毒が含まれている。まあ、戦闘向きの姿ではあるな。」


「ならあのふにっとした感じのユリちゃんも大人になると変身するのかぁ。」


ヴァレリアはしばらく考えたあと


「その辺はお母様次第だな。私の予想ではあの子はワーカーになると踏んでいるのだが。」


「そのワーカーってのになった人は変身しないの? 」


「戦う必要がないからな。羽は生えるが変身はしない。その代わりに私たちには無い能力を持っている。」


「同じ種族でも種類が別れるのか。」


「ああ、成体になる時にお母様が与えてくれる蜜の種類によって変わるんだ。」


 次代の女王になるべく育てられるプリンセス、外敵から巣を守るソルジャー、そして食料調達やコロニーの維持、修繕、子育てなどを行うワーカー。ここで生まれた女はどれかの役割を負い、それに適した体に変化する。プリンセス以外は子を産むこともなく、その一生をコロニーの為、家族の為に生きていく。それが彼女たち『蜂族』の生き方らしい。

 まあ、当然というかなんというか、予想通りヴァレリアはソルジャーだ。


「まあ、なんていうかあれだ。」


「なんだ? 言いたいことがあるならばはっきりと言うがいい。」


「いや、その、もったいないなと。」


「何がだ? 」


「ヴァレリアはそんなに美人なのに恋もせず、ただ戦うだけだなんてもったいないだろ? 」


「あはは、そんなことか。私が美しいのは当たり前だ、何しろお母様の娘なのだからな。それに私の一族はそもそも『オオスズメバチ』と言って、蜂の中で最も美しく、最も強い種族なのだから。まあ、人間の男であるお前に美しいと言われて悪い気はしないが。そんな事よりもまずは食事だ。私たちの食事は旨いぞ? もっとも人間の口に合うかは分からぬがな。」


 案内された食堂はとても大きく、100人以上収容できるスペースがあった。奥のテーブルには数人の女性が世間話に花を咲かせているらしく楽しそうに笑っていた。


「ここで待っていてくれ。」


 ヴァレリアはそう言うと奥のカウンターに進み、バイキング方式に並べられた大皿から手に持ったトレイに幾つかの料理を並べ始めた。

 

「待たせたな。男のお前ならこのくらいあれば十分だろう。」


 ヴァレリアが俺の前に置いたトレイには美しく盛り付けられた料理の数々が並べられていた。メインは肉料理。芳醇な香りのソースがかけられたそれは否応なく俺の食欲を刺激する。添えられた生野菜のサラダも瑞々しい。ほかにはパスタや温野菜など、どことなく女性向きのメニューだったが男の俺にも十分な量が盛られている。


「さあ、遠慮せずに食べるといい。」


 そう言うヴァレリアのトレイには俺の3倍はあろうかという大きな肉と山のように盛られたパスタがとぐろを巻いていた。


「なあアンタ、それ一人で全部たべるのか? 」


 俺は木製のフォークとナイフで肉を切り分けながら、上品な手つきでパスタを口に運ぶヴァレリアに聞いてみた。


「ああ、女ならこのくらい食べて当然だろ? 何かおかしな事があるか? 」


「い、いや、別に。」


「先程も言ったが、言いたいことがあるならはっきり言え。お前は私たちとは違う種族なのだ。違うところがあって当然だし、お前がここで暮らしていくのなら疑問は早いうちに解消したほうがいい。それにそういった違いを知ることは私にとっても楽しいことなのだからな。」


「なら、遠慮なく。俺たち人間は男のほうがたくさん食べるからちょっと意外だっただけ。もちろん個人差はあるけどね。」


「ほう、人間とは本当に変わった種族なのだな。あ、すまんな。もしかして量が足りてなかったか? 」


「いやいやいや、これで十分だよ。どの料理もとても美味しいけど流石にこれ以上は食べられそうもないから。」


 確かに料理は美味しい。味付けは素朴ながらも素材を生かした味で、素人目にも手間をかけた事がわかる。


「と、すると、人間の女はよほど効率がいいのだな。」


「いや、そんなことはないと思うけど。」


「だってそうだろう? 大体生き物というのは女のほうが体格がいいものだ。力だって強い。それでいて

少食なのであれば効率がいいだろうが。」


「いやいやそんなことないと思うけど? 確かに一部の生き物は女性というかメスの方が大きいけど哺乳類だとオスの方が大きいことが多いだろ? 」


「そうなのか。私たちを始めカマキリにしろ蜘蛛にしろ、皆メスの方が大きいから全てそうなのかと思っていたよ。なるほど、世の中には私の知らないことがたくさんあるのだな。」


「いやいや、それ知らないこと多すぎ。今食べてるこの肉がなんの肉かわからないけど、きっとこれだってオスの方が大きいはずだよ? 」


「はは、肉に性別などあるまい? 」


「いやいや牛でも豚でもちゃんとオスメスあるからね。」


「牛とはなんだ? 豚というのも聞いたことがないな。この肉はワームだぞ? 」


「あの、すみません。ワームってなんですか? 」


「大型の食用ミミズだ。ここで繁殖させているのは白ミミズと言ってな、ワームの中でも高級な品種だ。ワームには性別がないからな2匹いれば勝手に増える。」


 一瞬戻しそうになったが必死に堪える。そうだ、あれほどの事故のあとなのだ。生態系が無事で済むわけがない。ミミズとはいえ味も食感もいいし、体に悪影響があるわけでもなさそうだ。と、言うかここで生きていく上ではこれを食うしかなさそうだ。それができなきゃ餓死するしかないのだから。

 俺は覚悟を決めるとできるだけ原型を想像しないように努め、トレイに残った肉を無理やり口に詰め込んだ。そうさ、エスカルゴだってナマコだって原型はアレだけどうまいじゃないか。それと同じなんだと自分に言い聞かせながら。


「どうした? 顔色が良くないようだが。料理が口に合わなかったか? 」


「いや、大丈夫。ちょっと驚いただけだから。俺のいたところじゃミミズは食材じゃなかったってだけだから。」


 俺は震える声をできるだけ抑えながら平静を保つ努力をする。


「ワームは初めてだったか。まあ原型こそグロテスクだが味はいいだろう? 」


「ああ、味はいいし、食感もいい。慣れが必要なだけで。」


「ちなみに野菜なんかはここで育てたものだから安心してくれ。地上では麦も栽培しているしな。ワームのおかげでここは土壌がいいんだ。」


「その辺は同じなのか。流石にこれ以上のカルチャーショックは受けたくなかったからほっとしたよ。っていうか地上? って事はここは地下なの? 」


「何をいまさら。私たちのコロニーは地下にある。まあ、木の虚に作ることもあるがな。スズメバチだってそうだろう? 」


「いやそのあたりは不勉強で。でもここって地下にしては明るいよね? 」


「壁や天井に特殊なヒカリゴケを植えているからな。蜜を使ってロウソクも作れるけど換気が難しいのと

コロニーの素材が木だから燃え移る危険を考えるとここでは使えない。」


 聞けば彼女たちに限らず蜂族は木の加工が得意で、ワーカーたちが生活に関するあらゆる調度品を作っているのだと言う。ワーカーは硬化させた手の先を工具のように使い、ほかの種族が真似できないほどの緻密な木工品を作ることができる。このコロニーを形作る建材はもとより、今俺が腰掛けている椅子やテーブル、食器に至るまで全て彼女たちの作った物らしい。

 一部は交易品として時折訪れる蟻族の商隊が持ってくる布などと交換しているらしい。他にも蜂蜜酒なども製造しており、これらも交易品として人気のようだ。

 森に住む蜂族は衣・食・住のうち衣以外は自給自足できるのでほかの種族と比べてもかなり豊かな部類に入るとのことだ。

 俺は口直しにと勧められた花蜜水で喉を潤しながらそんな話を聞いていた。


「そうするとここでは貨幣経済は発達していないって事か。」


「貨幣? ああ、金貨の事か。確かエルフの連中はそれを使って取引しているとか聞いた事があるが、ここで暮らす以上あんなピカピカ光るだけのものは何の役にも立たないからな。逆になぜあんなものに価値があるのか教えて欲しいくらいだ。」


「俺も理屈まではわからん。不勉強なものでね。でも俺のいた時代じゃ物のやりとりは全部お金で行われたんだよ。まあ、金貨なんて上等なものじゃなくて紙でできていたけどね。」


 ヴァレリアは満腹になったのか満足そうに一息つくと、食後の一服とばかりに葉巻を取り出して火をつけた。俺にも勧めてきたのでありがたく頂戴し、1300年ぶりの紫煙を楽しんだ。


「この葉巻は蟻族の商隊がたまに売りに来るんだ。中々いい味だろ? 南部特産らしいぞ。このコロニーで喫煙者は数える程しかいないからどうにも肩身が狭くてな。って言ってるそばからこれだ。」


「ヴァレリア姉さん! 食堂で葉巻はやめてっていつも言ってるでしょ。そこのあなたも吸うのなら外に出て吸ってちょうだい! 」


 俺たちの前に鬼の形相で立ちはだかったのは、先程まで奥のテーブルでガールズトークに花を咲かせていた連中だ。慌てて火を消したヴァレリアと俺は追い出されるようにして食堂を後にし、複雑な構造の廊下を上に上にと進み、地上に出た。


 外はすっかり夕闇に包まれ薄暗い。屋外に設えられた木製のベンチにはすでに先客が座って紫煙をくゆらせていた。

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