卵、暴力、そして蜜の味
最近のヴァレリアの食いっぷりはただ事ではない。元々俺などの倍は食事をしていたが、最近では同じく大食いのメルフィの倍ほどもぺろりと平らげる。
「ずいぶん食が進むね、ヴァレリア。」
「ああ、そろそろ暖かくなってきたから。」
「から? 」
「その、あなたの子でも産もうかと。」
「まあ、そう言えばそう言う季節ですね。」
「いやいや産もうって、そんな思った通りになんか。現に今まではできでない訳だし。」
「ふふ、ゼフィロス。今までは出来なかったのではなく、作らなかったのだ。あなたから頂いた種は全部ここに。」
そう言ってヴァレリアは自分の尻尾を指さした。
「私たちはみんなそう。種を尻尾にためておいて必要な時に使っていくのですよ。」
よくよく見ればヴァレリアの尻尾は明らかに太っていた。女王様ほどではないがぷっくりとした感じだったのがずっしりと。そんな感じになっていた。
「ん? どうした、不思議そうな顔をして。」
「いや、その、お腹とか大きくならないのかなって。」
「ああ、人は獣のように腹が大きくなるのか。私たちはここ、この尻尾から卵を産む。ここが子宮と言う訳だな。だから普段の行動には支障がないし、睦言も今まで通りだ。とはいえ卵を産むと力を使う。お母様はけだるそうに、いつも横になっていただろう? 毎日卵を産めばああもなるさ。」
「わたくしのお母様は卵を産む日を決めていましたから。なのでいつもは皆と一緒に働いていたのですよ。」
「とりあえず姉貴が卵を産む部屋、それに子供部屋も作らなきゃな。でも困ったなぁ。」
「どうした、ジュリア? 」
「いや、春にエルフのコロニーを攻めるって言ってただろ。姉貴はその尻尾じゃ参戦できねえし。戦うのはアタシとメルフィがするとして、誰が指揮を執るかだな。」
「そうだな、流石に外で卵を産むと言う訳にも行くまい。ましてファーストだ。」
『そんなの簡単よ。』
皆で悩んでいると皿から果実の汁を舐めていたジュウちゃんが口をはさんだ。
「なんだ、お前にいい考えがあるのか? 」
『当たり前じゃない。あたしだってファーストなの。指揮はあたしがとるわ。』
「えっ、ジュウちゃん、そんな事できんの? 」
『任せといてよ。あたしはそう言うの得意なんだから。意思がうまく通じないアリたちにはゼフィロスが伝えてくれればいいし。』
「ま、ジュウがしてくれるってんならアタシはそれでいいぜ? 」
「その、半分くらいしかわかりませんけど、その眷属の方が指揮を? 」
「ああ、そうだ。ジュウはファーストだし、頭もいいからな。アタシやエルが指揮を執るよりよほどマシさ。」
「なるほど、空も飛べるし戦況分析もお手の物、と言う訳ですね。わたくしもそうした事は自信が無くて。」
「まあ、お前であればいいだろう。だが、」
『手柄はゼフィロスのもの、でしょ? あったりまえじゃない。あたしたちの主なんだから。』
「いや、それもあるが、やるからには必ず勝て。エルフは一人たりとも生かしてはおけん。」
『それこそ言われるまでもないわよ。あんたは黙って卵産んでりゃいいのよ。』
「なんだ、その言い草は! 」
『なによ! それがあんたの役目じゃない! 』
「人を卵を産む道具みたいに言うな! 」
『あら、他に何が出来んのよ。暮らしの事だって戦う事だってあたしの方がずっと上手にできるわ。あんたがあたしより優れてんのは卵を産むことだけじゃない! 』
「ほう、ずいぶんな口を叩くではないか、眷属のくせに! 」
『いつまでも下に見てんじゃないわよ! クソ女! 』
ヴァレリアとジュウちゃんはつかみ合いの喧嘩を始めた。それを止めようと腰を浮かしかけるとジュリアとメルフィに肩を抑え込まれる。
「ほっときゃいいんだよ。そのうち飽きるさ。」
「ええ、そうですよ。」
「ここではケリがつかん! 表に出ろ! 」
『上等よ! 』
二人は窓から飛び出していった。
「さってアタシはいろいろすることがあるからな。メルフィ、今日は姉貴の日だがあの調子だ。ゼフィロスの世話を任せて良いか? 」
「ええ、お任せを。」
ジュリアが去るとメルフィは自分の膝に俺を寝かせ、テーブルのお菓子を食べさせてくれた。
「ねえ、メルフィ。」
「なんですか? 」
「メルフィの乗ってるアリ。ジュウちゃんみたいに匂いを覚えてもらう事ってできないのかな? 」
「匂いを? 」
「うん、ジュウちゃんみたいに意思疎通ができればいろいろと楽かなって。」
「んー、どうでしょう、本人に聞いてみないと。」
「ならさ、今から行ってみようか。」
「そうですね。」
部屋を出て階段を降り、一階の大広間を抜けて外に出る。天気も良いし最高の気分だ。上空で争っている二人の声が無ければだが。
しばらくすると畑仕事をしていたアリがメルフィに連れられてやってくる。
「ゼフィロス。あなたの言っている事は判るから、必要ないって。」
アリはメルフィの言葉に同意するように頷いた。
「けどさ、君の声も聞いてみたいんだ。」
アリは、ん? と首を傾げた。
「どういう意味か、ですって。」
「君ともっと仲良くなりたいって事さ。」
アリはうんうんと頷くと触角で俺の体を触り始める。耳の後ろ、そしてうなじや首元、それに腋。
『・・・こえる・・か? ふむ、ちょっとち・・うよう・・・』
アリはぶつ切りの声を送ってくると、それを修正せんと俺の股間を重点的に触角でいじり始める。
『聞こえるでありますか? 』
「あ、よく聞こえる。」
『わたしは十一番目の子であります。ファーストではありませんが体力には自信があるであります。わが主ゼフィロスさまに改めて忠誠を誓うのであります。』
「あはは、ありがとう。十一番目か。うーん、なんとなくだけど、君はアイちゃん。そう呼ばせてもらうね。」
『私の名でありますか! 感謝いたします! 』
「メルフィ、食堂に行ってユリちゃんから何か布を。ジュウちゃんと同じで見分けがつかないからね。」
「はい、すぐに。」
『メルフィは本当に気の利かない女なのであります。強いだけで何の役にも立たないのであります。』
ははっ、こっちもこっちで結構きつい。
『仕事はサボる、それにだらしなくて淫らで。恥ずかしいのであります。』
「そうよね、アイ、って名前いいじゃない。」
『主さまが付けてくれたのであります。メルフィなんかと違って実に気の利く主さまなのでありますよ。』
「あんなクズ女と比べる方が悪いわよ。」
「そうね、メルフィは強いけど出来が悪いもの。」
「あたしもそう思う。何やらしてもへったくそだし。」
アイちゃんの周りにはアリの騎士たちが集まってきて、盛大に悪口を言っていた。
「ファーストの中でもいっちばんダメだものね。メルフィは。」
「死ぬまで戦わせときゃいいのよ。どうせそれしか取り柄ないんだし。死んだら死んだで私たちが主さまの子を産めばいいんだし。」
「むしろ死んでほしい、みたいな? 」
「やーね、それを言っちゃお終いよ? 」
「ほう、楽しそうなお話ですね。わたくしも混ぜて頂いて宜しいかしら? 」
『クズのメルフィについて話をしていたのでありま、えっ? 』
「どうしたのよアイ。ってメルフィ? 今日も綺麗ね。あはは。」
「あたし、仕事があるから。」
「そうなの、忙しくて。ごめんあそばせ。」
「誰かがサボるからあたしたちがその分やらないとね。」
「クズが一人いると大変だよねー。」
『で、ありますな。では主さま、この辺で。』
「ちょう待たんかい! オドレら、ようもうちの事そこまで悪う言うてくれたのう? 」
「あたし、知らないしぃ。っていうかー、ぜーんぶ本当の事だけど? 」
「ほぉーん、ええ度胸や。うちが一人残らず、いてもうたる! 」
「やーねぇ、すぐに暴力とか。」
『そうでありますな。良薬は口に苦し、忠言は耳に痛し。そう言う事でありますよ。』
「やっかましいんじゃオドレら! 」
こっちはこっちで大乱闘。ちなみにメルフィがもらってきた布はやはり血の色だった。っていうか、どこに使ってんの? この布。
そのまま部屋に帰るのもあれなので、食堂でコーヒーでも貰おうかと地下に降りる。そこではユリちゃんたちが休憩なのか、テーブルを挟んでお茶をしていた。
「あっ、ゼフィロスさん。」
「ユリちゃん、ごめん、俺にもコーヒーをくれないか? 」
「はい、すぐに。どうぞここに腰かけてください。」
いいね、この平和的な感じ。
「それにしてもゼフィロスさん、姉さんたちは? いっつも一緒にいるのに。」
ユリちゃんと同じくらいの年のワーカーが、そう声をかけてきた。
「ジュリアはやる事があるからって出かけて行ったし、ヴァレリアは眷属のジュウちゃんと空で喧嘩中。メルフィは表で同族たちと乱闘してる。」
「あらら、大変。」
「ま、ヴァレリア姉さんとジュウはファースト同士、互いに譲るって事をしないもんね。メルフィもそうだし。」
「そうなの? 」
コーヒーを淹れてくれたユリちゃんが俺の隣に座って口を開く。
「ゼフィロスさん。蜂もアリもファーストは気位が高いんですよ。ルカ姉さんもそうでしたし。」
「女王になるかもしれないファーストの姉さんたちはみんなそう。セカンドのジュリア姉さんは付き合いやすいでしょ? 」
「そうよね、口うるさいし、けど何でもできるから文句も言えないし。こっちに来る前は大変だったのよ。」
大人びたワーカーがそう言うとみんなうんうん、と頷いた。
「けどここはいいわよね。ファーストのヴァレリア姉さんはゼフィロスさんに付きっ切り。今度来た眷属のサーシャ女王もファーストじゃないから付き合いやすいし。ね? 」
なるほどねえ、確かにヴァレリアもメルフィも譲らない。ジュウちゃんも気が強い感じだし。それに比べてジュリアはなんだかんだ譲る事を知っている。だからみんなと仲良くやれるのかも。今日のアリのアイちゃんもそんな感じだし。
そんな事を考えながらコーヒーを飲み干して席を立つ。だがその時ユリちゃんの尻にピコピコと動く尻尾が目に入った。
「――ねえ、ユリちゃん。」
「どうしました? 」
「その、ユリちゃんの尻尾からも出るの? 蜜。」
「ええ、大人になればみんな出ますよ。私もそれを吸って大きくなりましたし。」
「その、吸ってみて良い? 」
俺がそう言うとユリちゃんは真っ赤になり、他のワーカーたちは大笑いした。
「あはは、幼子じゃないんだから。けどゼフィロスさんは家族だし、吸ってもらうのは別にいいんじゃない? 」
「でも、一人じゃ恥ずかしいです。みんなも一緒になら。」
「仕方ないね。主さまの希望だから。ほら、みんな、並ぶよ。」
そこにいた5人のワーカーたちは食堂のカウンターに手をついて並び、尻を突き出した。おう、なんという絶景! 早速とばかりに俺はユリちゃんの尻尾に吸い付いた。
「んっ、はずかしい。」
ユリちゃんの蜜は少し薄目。それはともかく、反応はそれきりだった。おや? と思いながら次の大人びたワーカーの尻尾に吸い付いた。メルフィであれば悶絶ものの舌使いを試みたのにやはり反応は皆無。味は甘くてさっぱりとしたジュリアのに似た感じ。
「そんな風にしたらくすぐったいよ。」
次のワーカーも、反応はそれきりだ。全体的に味も反応も薄目。ワーカーの蜜はそうなっているようだ。
「うん、ありがとう、とってもおいしかったよ。」
にこやかな見送りを受けて食堂を後にする。玄関の外にはひっくり返ったアリの騎士たちと仁王立ちのメルフィ。うん、見なかった事にしよう。
そして四階の部屋に帰るとそこではボロボロのヴァレリアとジュウちゃんがそれぞれ飲み物を啜っていた。
「お帰り。すまないな、つまらぬ諍いを起こして。まあ今回はジュウに立場と言う物を判らせてやっただけだ。」
『今日のところはあれで勘弁してやったのよ。』
ヴァレリアは髪はぼっさぼさ、そしていたるところに噛まれた後が、対するジュウちゃんは外殻があちこちへこんでいた。
「ま、許してやるのも器量のうちだ。」
『よく言うわよ、あれはあたしの勝ちね。』
「ふっ、吠えるな。鎧を着ければお前など相手ではない。」
『そっちがそう来るならあたしだって針を使うわよ。』
「まあまあ、喧嘩するほどの事じゃないだろうに。」
「ま、そうだな。」
『そうね。』
「さて、それはそうと今日は私の日だな。ジュウ、お前は邪魔だからジュリアの仕事でも手伝っておけ。」
『嫌よ。あんたの命令は聞かないわ。』
「もう、ジュウちゃんも。ジュリアも大変そうだから手伝ってあげてよ。」
『ゼフィロスがいうなら手伝ってあげる。じゃあね。』
ジュウちゃんがそう言って窓から飛び立つとヴァレリアはちっ、と舌打ちする。そのあとヴァレリアと一緒に風呂に入り、戻ってきたみんなと一緒に飯を食った。
「んで、ジュリア、どこに行ってたのさ。」
「へへ、良いサクランボの木を見つけてな。実がなったらぜーんぶアタシたちのもんにするべく余計な虫や鳥たちを追っ払ってきた。あれだけやればもう近づかねえだろうさ。」
「サクランボですか、わたくしも大好き。」
「うん、良いものを見つけたな。」
「これも愛のなせる業ってやつさ。ゼフィロスにはうまいものを食わせてやりてえしな。」
「そうだな。ではゼフィロス。私たちの愛も確かめ合わねば。」
そう言ってヴァレリアは俺を自分の部屋に引きずり込んだ。噛み跡はもう薄っすらピンクに残るだけ。回復はええな。
「見てくれ、ここにあなたと私の愛の結晶がいる。二月もすれば卵として生まれるんだ。そこから出てくるのはあなたと私の子。」
そう言われるとそこを触るのが怖くなる。何かあったらと思ってしまうのだ。
「ふふ、大丈夫だ。ちょっとやそっとでは何もない。その為にそこは硬く出来ているのだからな。だから遠慮なんかせずにいつも通り。」
俺の子が、そう思うと感動的だ。その想いを残さずヴァレリアに注ぎ込んだ。




