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春、新しい生活。


 冬が過ぎ、年が開けてやがて春が来る。寒さに震えていたみんなも、少しづつ活気を取り戻し、それぞれのなすべくことをするために動き出す。ヴァレリアはこのコロニーの幹部であるソルジャーのエル、ワーカーのユリちゃん、そしてクロアリの騎士、ミシェルと毎日のように打ち合わせ。ジュリアは残りのソルジャーを率いて外に出て獲物を狩ったりしていた。巣別れしたミツバチは約束通り、このコロニーに巣を作り始めた。


 そしてメルフィはと言えば。


「ほら、ゼフィロス。まだ寒いのですからお布団から出てはダメですよ。」


「もー、暑いんだっていってるじゃん! 」


「だーめ。わたくしの当番の日はずっとこうしてるって約束してくれたでしょ? まさか、約束忘れたなんて言わへんやろな? うちとの約束、よう、思い出してみよか。」


 これである。エルフ戦の時に交わした約束の履行を頑なに求め、文句を言うと例の訛りのある言葉で怒り出すのだ。


「あ、あれは一回きりだろ! それは全部やったじゃん。」


「いいや、一回きりなんて聞いとらへん。うちが満足するまでなんぼでもしてもらわな。」


「もう、わかったって。じゃあさ、天気もいいし、外に行こうか。アリに乗ってお散歩って事で。」


「外で? いやん、うち、恥ずかしいわ。」


「散歩だからね、散歩! 」


 あれこれ勝手な想像を膨らませるメルフィの尻尾を掴んでとりあえずベットから引きずり出すと着替えを済ませ、外に出る。外ではアリの騎士たちが新しい畑を作っていた。去年撒いた麦は青々と繁り、もうすぐ刈入れ時。働きものだったメルフィはすっかり俺の事以外しなくなっていた。


「メルフィは手伝わなくてもいいの? 」


「わたくしはその分エルフ退治で働きましたもの。」


「まあ、そうだけどさ。」


「それに、わたくしはゼフィロスの妻。妻は夫に尽くすものです。怠惰などではありませんよ。」


 あ、こいつ自覚あるな? 


「そんな事よりあなたは夫としての義務を。ほら、そろそろみんな見えなくなってきましたから、恥ずかしがらずにこっちを向いて。」


 アリに乗ってしばらく進むとメルフィはそんなことを言い出して、前に座る俺を抱え上げ、自分の方を向かせた。すわ、睦言である。



「あぁぁん! もう、もう許してぇ。」


「だめだ、もっとだ。」


 誤解を招くといけないので説明しよう。睦言で早々にメルフィをKOした俺は、アリに抱き着くようにへばったメルフィの尻尾から水分補給をしているのだ。水分補給は大事。決してR18的な行為ではない。いいね? 


 だらしない顔を晒してアリにしがみつくメルフィの尻を叩きながら葉巻に火をつける。なんという充実感。これが勝利の余韻か。


 俺たちを乗せたアリは心得たもので、そのまま進み、池まで進んだ。彼女とは言葉が通じないが、もし通じていればきっと文句の一ダースも口にしている事だろう。池のほとりで草むらに横になり、空を見上げていると、スズメバチの一団が飛んできた。あ、あれはジュウちゃんたちだ。


「おーい! 」


 立ち上がって大きな声で叫ぶと、その一団の中から首に血の色の布を巻いたジュウちゃんが群れを離れて降りてくる。


『久しぶりね、元気だった? 』


「ジュウちゃんこそ。冬は寒かっただろ? 」


『あたしは大丈夫って言ったじゃない。でも心配してくれるのは嬉しいな。で、あれは? 』


「ああ、あれはほっといて良いよ。そうだジュウちゃん、俺はあのアリと会話できないから。メルフィを乗せてコロニーに戻るよう言ってくれない? 俺はジュウちゃんと帰るからって。」


『わかったわ。』


 アリは判ったと言わんばかりに頷くと、コロニーの方角に進んでいった。上にだらしない顔で眠るメルフィを乗せて。ジュウちゃんはそのまま俺の隣に歩いてきて頬ずりをする。そして六本の肢で俺を抱えるとゴロンと転がって上になる。


『あーいいわね、あんたの匂い。あたしはこの匂いが大好きなの。』


「あはは、俺もジュウちゃんの事は大好きだよ。」


 さすがにスズメバチの姿のジュウちゃんにいやらしい気持ちは抱かないが、俺はこのジュウちゃんが大好きだった。硬い外殻の上に少しだけ生えた産毛も、艶やかな羽も。そのジュウちゃんは長い鞭のような触角で俺の耳の裏や、うなじに触れてくる。


「もう、そんなしたらくすぐったいよ。」


『いいじゃない、こうするのが一番匂いを感じられるんだから。』


 しばらくの間そんな風にして過ごし、そのあとはジュウちゃんの体に寄りかかって葉巻を吸った。


「でさあ、そのエルフをやっつけたのはいいんだけど、今度はこっちから攻め込むんだって。」


『いいじゃない、やっつけちゃえばいいのよ、エルフなんか。』


「ま、そりゃそうなんだけどね。攻めてこないのにわざわざってのも。」


『みんなエルフには恨みがあんのよ。許せないほどのね。あたしたちだって食べられたり、酒漬けにされたりしてるんだから。』


「そっか、ならやっつけないとね。」


『そうよ、今までは機甲兵がいたから手が出せなかった。けどその機甲兵をどうにかできるならエルフは殺すべきよ。あいつらはね、昔のヒトの悪い面を受け継いでる。残酷で、自分勝手で、放っておけば森でもなんでも石の塊に替えちゃうのよ。』


「せっかくこれだけの良い環境なのに。俺にはわからないね。」


『ふふ、あんたが変わってるだけかもよ? あの評議長もそうだけど。』


「ま、どの道エルフとは話が通じなさそうだし、俺はジュウちゃんたちとこうして暮らしたい。戦うのも殺すのもやむなし、か。」


 そう言ってジュウちゃんの頭を抱えて頬ずりする。スズメバチの顔は凶悪だが、なぜか愛しく感じた。


『そうよ。あんたはあたしたちと生きて行けばいいの。そうそう、あのね、うちの女王、お母様があたしたちはあんたのところで暮らしていいって。さっき一緒に来たのはあたしの妹たちなの。』


「え、それって。」


『あたしとあの子たちはあんたの一族になるって事よ。どう? 嬉しい? 』


「うん、すっごくうれしい。けど、ジュウちゃんたちは幼虫がいないと生きていけないんじゃなかった? 」


『その辺も。要は巣別れしたって事よ。あの中にはプリンセスも婿の雄蜂もいるわ。あの木に巣を作って、女王が誕生する。その女王はあんたの眷属。イザベラでなく、あんたのね。』


「そうなんだ、じゃ、ずっと一緒に居られるね。」


『そうよ、あたしがお母様を説得したんだから。オオスズメバチのインセクトに眷属がいなきゃかっこつかないって。それにね、あたしはあんたの子は産んであげられないけど、育てる事は手伝えるわ。ヴァレリアなんかよりいろんな事が出来るんだから。』


「そっか、よかった。冬の間やっぱり心配だったし。」


『さ、そろそろ戻りましょうか、あたしたちの巣に。』


「うん。」


 ジュウちゃんに抱えられ、空を飛んでコロニーに。街の外壁の外にある大きな樫の木、それが俺たちのコロニーだ。



「ジュウ、よく来てくれた。お前たちを歓迎する。」


『勘違いしないでよね、ヴァレリア。あたしたちはゼフィロスの眷属なの。あんたでもイザベラでもなくね。』


 ジュウちゃんは初っ端からヴァレリアに刺激的なセリフを浴びせた。ヴァレリアの顔がみるみる険しくなる。


「ほう、それはどういう事だ? それにこの匂い、若干違うようだが? 」


『ゼフィロスにも通じる匂いを作ったのよ。みんなにも教えてるわ。わが主と意思を通じれないようじゃ眷属は務まらないもの。』


「なるほど、準備の良い事だ。しかし、ここでは私が女王。お前たちには私の指示に従ってもらう。」


『い・や・よ。あたしたちはゼフィロスに従うの。あんたはその妻。それだけだもの。』


「ほう、女王、お前もその意見で間違いないか? 」


『姉さん、ここは穏便に。』


 そう言ってジュウちゃんの連れてきた妹、女王蜂が俺の後ろに身を隠す。


『だめよ、こういう事は最初にきっちり話をつけないと。あたしたちはゼフィロスの眷属。従うのは彼の言葉。』


『そ、そう言う事みたいです。』


「まあまあ、ヴァレリア、いいじゃないか。ジュウちゃんたちは俺たちに協力してくれるんだし。それにジュウちゃんも、ヴァレリアはここを実質仕切っているんだからヴァレリアの指示に従ってあげてよ。俺は指示を出そうにも何もわからないんだし。」


『仕方ないわね。それでいいわ。』


「腹の立つ言い草だが、ゼフィロスがそう言うならば。ではジュウ、とりあえずの事を話さねばな。ついてこい。」


『偉そうに言わないでよね! 』


 二人はあれこれ言いあいながら中に入っていった。


「で、君が女王様? 」


『そんな、女王様だなんて。私は30番目の娘。あなたの眷属となりに来ました。』


「うーん、30番目か。ならサーシャ。君の事はサーシャって呼んでいい? 」


『サーシャ、それが私の名前? はい、嬉しいです。』


「なら仲良くやっていこう。ヴァレリアはあんなんだけど気が付くいい人だよ。必要なものは彼女に言えばいい。君にはたくさん子を産んでもらわないとね。」


『はい、ゼフィロスさま。』


 なんか、さま、とか言われると照れるが悪くないのでそのままそう呼んでもらう事にした。サーシャの一団は冬の寒さも考慮して、地下に巣をつくるらしい。ここの地下は食堂、ワームの住処、それにアリたちの施設といろいろあり、そこに新たにサーシャたちの巣がつくられる。もはや大都市の地下鉄並みの複雑さだ。


 さて、巣をつくるとなれば材料が必要になるわけで、かといってこの樫の木を材料にされては困るのだ。上にはすでにミツバチたちの巣があるし、太い枝は家具の材料にしてしまった。あんまり枝を落としてはこの木の生き死ににも関わってくる。と、いう事で街の中央にある評議会。その評議会の入っている太い樫の木、その枝を材料とすることに決まった。許可? そんなものは必要ない。何しろ彼女たちは基本、傍若無人なのだ。


 案の定、大至急で評議会議長の意を受けたクロアリの騎士がクレームをつけに来る。広間で応対するのは俺と、ヴァレリアに同族なのだからお前がやれ、と丸投げされたメルフィ。もちろんスズメバチたちは工事をやめない。


「どういうことかしら、メルフィ。あの木は街の象徴で、評議会そのものなの。あなただってあそこで長年おじい様の護衛を務めたのだから知っているはずよね。」


「えっと、その。」


「こういっちゃなんだけどすっごく迷惑してるの。わかる? 」


「まあまあ落ち着いて。そんな鎧姿じゃ話だって出来っこないだろ? 」


 ひたすらに文句を言い立てるのはメルフィと同じく、シルフ女王のファースト、ルル。評議会議長、カルロスの護衛役は一族でも選ばれた者しかなれないのだと言う。


「ゼフィロスさん。これは大切な事なの。あなたもこのコロニーの長、王ならばその辺をしっかりと。」


「うんうん、わかってるから。ね、コーヒーが冷める前に。」


 仕方ありませんね。と、ルルは鎧を解いた。メルフィと同じ赤い瞳に白い髪。その髪は高い位置で上品に括られていた。


「まあ、それほどの量を使う訳でもありませんし、今回は大目に見てもらうと言う事で。」


「メルフィ? その理屈はおかしいんじゃない? 」


 ルルはここぞとばかりに非を鳴らす。まあ、確かに悪いのはこっちなんだけどね。


「……ぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃうっさいのう、ルル、オドレ、うちの旦那のすることに文句があるんかい! 」


「あ、あるからこそこうして! 」


「ほう、どないな文句や。うちが機甲兵をみーんなしばいた。それが出来たんはゼフィロスが剣を授けてくれたから。オドレの文句はそれに見合うだけの事なんやろうな? そうやないならそのくっさい口を閉じてろ。これ以上うちの旦那につまらんこと聞かせるなら、姉妹とて容赦せえへん。」


「そんな、そんな事言ったら、私たちは! 」


「ええか、よう考ええよ? うちらが評議会を必要としとるんやない。評議会がうちらを必要としとるんや。それやったらなんぼでも譲らなアカンやろ! 」


「けど、それじゃおじい様の面子が。」


「おいおいまーだグチグチやってんのかよ。ルル、必要な分は取り終わった。議長にはアタシらが礼を言ってた。そう伝えてもらって構わねえ。な、ゼフィロス? 」


 そこにジュリアがやってきて、あっという間に解決策を導き出した。こういう部分、ヴァレリアにもメルフィにもない所だ。


「まあ、ジュリアがそう言うならかまへんけど。うちはゼフィロスが舐められんのは好かん。」


「舐められてなんかねえさ。議長は自分が動けないからルルに来させた。呼びつけられたってんなら話は別だがな。」


「せやけど。」


 まだ食い下がるメルフィの尻尾をぎゅっと掴み、黙らせる。


「ルルさん、カルロス、いや、議長にはありがとうって伝えて。」


「ゼフィロスさん、なんかすみません。」


「いやいやこっちの都合ばかりって訳にもいかないしね。」


 それで一応の解決を見て、ルルは帰っていった。


「もう、ひどいですぅ。人前であんなこと。」


「ま、いいじゃないの。ジュリアのおかげで丸く収まったんだし。」


「まったくだぜ。メルフィまで姉貴とおんなじとはね。あーあ、こりゃ外向きの事はアタシがやるしかねえか。」


「うんうん、その辺はジュリアに任せるよ。」


「んじゃご褒美にたっぷり可愛がってもらわねえとな。今日は元々アタシの日だし。メルフィはやる事山ほどあんだろ? 」


「ひーどーいー。わたくしは昨日だって一人で帰らされたのに。」


 ぷうとむすくれながらメルフィは外の畑作りを手伝いに行った。サボりすぎて文句を言われたのだ。


 ジュリアと一緒に部屋に行く。扉を開けると俺は思わず「うわぁ! 」と声を上げた。ジュリアのベットにはジュウちゃんがいたのだ。


『なによ、失礼ね。』


「あはは、ジュウはアタシとここで暮らすことにしたんだ。」


「そうなんだ。予想外だからびっくりした。」


『くそ女のヴァレリアと違って、ジュリアとは昔から仲良しなのよ。』


「はは、姉貴は眷属にきつく当たるからな。ま、ゼフィロスもジュウとは仲がいいし、問題ないだろ? 」


「あ、うん。けどさ、その。睦言するときとか、恥ずかしいかも。」


「あはは、ジュウにみられて恥ずかしい事なんかないさ。」


『そうよ、あたしはそう言うことに興味ないし。邪魔なんかしないわよ。』


「そう言う事、ほら、アタシのご褒美。」


 そう言ってジュリアは俺に抱き着いて睦言を開始する。興味がないとか言ってたジュウちゃんはガン見していた。


 数日すると新たな女王、サーシャの巣も完成し、穏やかな日常が始まった。






 

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