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決意と愛と蜜の味



「俺は、俺は、エルフと戦う。必要であれば根絶やしにすることもためらわない。」


 そう宣言する俺を、カルロスはフードの奥からじっと見ていた。


「……アイリスの残した全てを壊す、と? 」


「そうだ。アイリスは俺を生かすため、辛い目に遭った。そして俺が目覚めた時の為、エルフの国を。だとしてもそこにアイリスはいない。あるのは彼女の亡霊だけ。」


「ほう。なるほど。」


「俺はね、カルロス。目覚めて以来この世界をずっと見てきた。まだたったの数か月だけど、ここは俺にとって好ましい場所なんだ。長く生きれば嫌な事だってあるかもしれない。辛い事だって。それでも。」


「それでも? 」


「愛する人がいる。アイリスが、妹のアイリスがこの場にいれば多少の戸惑いはあったかもしれない。けれど、そうじゃないんだ。」


 俺はぐっとヴァレリアを引き寄せ、その腰を抱いた。


「比べる対象じゃないんだよ。アイリスが残した物がヴァレリア達に危害を加えるならばそれはもう、俺の敵。正義だなんだと思ってもいない事を口にする気はないし、世界にとって何が正しいのかなんてわからない。大切なのは俺が彼女たちに出会い、愛し合ったこと。エルフに先に保護されたなら違う運命だったのかもね。」


 そこまで一気に言い切ると、カルロスは突然ひゃひゃひゃひゃとややハウリングを起こしながら笑った。


「いや、失礼。いいよ、実に良い。その身勝手な理屈。世界の中に君があるんじゃなくて君が見るものが世界、と言う訳か。実に不遜で傲慢で、それでいて優しい理屈だ。ヒトはかつて、その理屈で地上をコンクリートの山に作り替えた。

 あんちゃんもまたヒト、そして私もそうだ。自分の愛する者たちがエルフとの生存競争に負けるのが嫌でこうした連合を。それは実に不遜な事だと思わないかい? 」


「思わないね。俺は自分の家族を守る為なら誰を敵にしてもかまわない、とさえ思ってる。」


「いやいや、すっかりスズメバチの論理じゃないか。よほど相性がよかったみたいだね。」


「議長閣下。ゼフィロスはエルフと戦うと言った。それで十分だろう? 私たちはこれで失礼する。」


「ああ、十分さ、期待させてもらうよ。君たちには。」


 ヴァレリアは俺の手を引き広間を去るとそこでぎゅっと俺を掻き抱き、空に上がった。風を切るヴァレリアの頬から、小さなしずくが零れ落ち、それが俺の顔を濡らした。


「ヴァレリア、泣いてるの? 」


 ヴァレリアはそれには答えず俺たちのコロニ―のある樫の木の一番上の枝に着地する。そして俺を振り向かせ、ぎゅっと唇を押し付けた。


「どうしたんだよ。」


「ゼフィロス。私はあなたが捨てたものに見合うのだろうか? 」


「何が? 」


「あなたは妹を、そしてその妹が残したエルフたちを捨て、私を選んでくれた。」


「うん。」


「始祖アイリス、いや、あなたの妹に見合うだけの物が私たちのどこにある? 教えてくれ、不安なんだ。」


「バカだなあ。ヴァレリアは。」


「大切な事だ! 茶化さないでくれ! 」


「ヴァレリアはここにいる。そしてアイリスはもういない。確かに、確かに妹とは十数年共に過ごした。愛しくない訳がない。けどね、いないんだよ。もう。彼女が残した物はあっても彼女はいない。」


「しかし、彼女は命の恩人、そして、あなたの為につらい目に。」


「そうかもしれない。俺は薄情ものかも。けどね、その場に居合わせた事ならばともかく、数百年も前の出来事さ。そして妹を辛い目に合わせたのもまたエルフなんだろ? 俺が彼らに味方する理由は何もないさ。例え彼らが妹の末裔だとしてもね。」


「私は、私たちは何ができる? あなたの決断に見合うために。」


「そうだねえ。一緒に幸せに暮らしてほしい、かな。俺だけじゃなくヴァレリアもここのみんなも幸せだって感じられる生き方を。それが俺の望み。その望みにエルフは不要だった。それだけの事さ。」


「バカなのはあなたの方だ。そんな事の為にアイリスの残した全てを、んっ。」


 言葉を継ごうとしたヴァレリアの口を唇でふさぐ。理屈なんかはどうでもいいのだ。俺は彼女が愛しい、突き詰めればただそれだけ。


「やっぱりバカはヴァレリアの方さ。俺はアイリスより、妹よりお前を選んだ。それだけの事を小難しく考えて。」


「――うん。私がバカだった。あなたがいてくれればそれでいいのに。本当はすごくうれしかった。私を選んでくれて。涙が出るほどに。でも、嫉妬もあった。アイリスはそこまであなたの事を、と思うと。」


 それ以上は言葉にならず、あとは体を重ねて伝え合う。互いの愛情、そして不安。そんな気持ちを肌を通して互いに感じあった。


「ふふっ、不思議なものだ。こうして肌を合わせてしまえば余計な疑念や嫉妬、そんなものは跡形もなく溶けてしまう。残るのはあなたが私の夫で私が妻であることだけ。悩んでいたのがバカみたく思えてしまう。」


「それでいいんだよ。それで。」


 身も心もすっきりした俺たちは四階の窓から部屋へと戻る。ようやく設置されたソファに寝転がり、ヴァレリアが淹れたコーヒーを楽しんだ。



 やがて季節は冬になり、このあたりでも時折雪がちらつき始めた。ジュリアたちも巡回に出るのをやめ、メルフィたちもコロニーに籠った。時折狼の一族が訪ねてきて、冬場の野菜とこちらの産物を交換していく。食料の備蓄も十分。部屋に作られた暖炉の火が柔らかく燃えていた。


「全く冬ってのはこれだから嫌なんだよ。」


 ぶつぶつ文句を言うジュリアと一緒に、俺は彼女の寝室で布団にくるまっていた。


「ほんと、マジ寒いんだけど。ねえ、ちゃんと火鉢に火が入ってんの? 」


 寒い原因は窓を開けているからだ。喫煙者の俺たちは非喫煙者のヴァレリアとメルフィに換気のできない冬場は居間で葉巻を吸う事を禁じられてしまう。そうなるとジュリアの寝室で、となるわけだがさほど広くもないこの部屋は窓を開けないとあっという間に煙で真っ白。

 仕方なしに窓を開けると鬼のように冷たい空気があっという間に部屋を駆け巡る。なので布団に潜り込み、顔だけ出して葉巻を吸うと言う情けない事になるわけだ。


 葉巻を吸い終え、煙を風が追い出したのを確認すると、カタカタ震えながらジュリアが布団を出て窓を閉める。そして火鉢の上にかかったやかんから湯を注いでそこにレモンのしぼり汁とはちみつを溶かし入れた。


「あー、あったかいの飲むと落ち着くね。」


「ほんと寒いのだけは勘弁だ。ほら、もっとこっち来なよ、くっついてなきゃ寒いだろ? 」


 ジュリアと肩を寄せ合い、暖かいレモネードを飲み干すと、ようやく生き返った気がする。手持無沙汰になった俺はジュリアをまさぐりその尻尾をつまんだ。自分にないものと言うのは気になるものだ。


「もう、そこ触られると変な気分になるだろ? 」


 ジュリアはやや甘い声でそんな事を言う。前に勇者グランに聞いたところによれば、この尻尾には子宮があるらしい。だから蜂族やアリ族は妊娠してもお腹が大きくはならない。変わりにこの尻尾が膨らむのだと言う。それにしても、だ。プリンセス化したヴァレリアの尻尾はぷっくり膨れたのに、ジュリアの尻尾は平べったいまま。何か違いがあるのだろうか。


「ねえ、ジュリア。」


「もう、何だよ。」


「この尻尾からは毒しか出ないの? メルフィみたいに蜜が出ればいいのに。」


「ん? 普通に出るぞ。だがそんなのを欲しがるのは子供だけだろ? 」


「出るの! なら出してよ、今すぐ。」


「ふふ、変わってるな。子供じゃないんだから。」


 寒さよりも興味が勝って布団を剥いでジュリアの尻尾を外に出す。んっ、とジュリアが少し力むとそこに水滴が湧きだした。


「これ、ほんとに毒じゃないよね? 」


「大丈夫だよ。失礼だな。」


 ならば、とばかりにその尻尾に吸い付いてみる。うん、さっぱりした甘さでおいしいかも。もっともっとと尻尾をじゅっ、じゅっ、と音を立てて吸ってみる。


「あっ、ダメだ、それはダメ。そんな風に吸われたら変になる。やだっ、やだっ、おかしくなるぅぅ! 」


 そう叫んでジュリアは体をヒクつかせる。うむなるほど。と、なればヴァレリアのも味わうべきだろう。


 水分補給について探求心を深めた俺はだらしない顔で横たわるジュリアをそのままに寝室を出た。


「ヴァレリア! 」


「どうしたのだ、そんなに慌てて。」


「いいからこっちに! 」


 ん?と首を傾げながらも優しい笑みをたたえてヴァレリアは立ち上がりこちらに来た。そのヴァレリアを寝室に連れ込んでベットに押し倒し、着ていたワンピースの尻をめくった。


「そ、そんなに焦らなくても、睦みあいたいのならそう言えば。」


「ヴァレリア、俺はお前の蜜が飲みたい。」


「ならば口を。」


「そっちじゃない、ここから出るのが飲みたいんだ! 早く。」


「だ、だめだ、そんなに強く握っては。わかった、わかったから。」


「早く! 」


 そう急かすとヴァレリアのぷっくり膨れた尻尾からジワリと蜜が湧いてきて水滴となる。俺はにんまりと笑い、それに口をつけて吸った。


「ひゃん! ダメ、そんなにしたら私。」


 ちゅうっと力いっぱい吸ってみる。ヴァレリアの蜜はジュリアの物より少し酸味があった。


「あっ、あっ! ゼフィロス! だめだ、やめてくれ。こんな、こんなはしたない恰好で! 」


 うーむ、実にいい。何がって? もちろん味がだ。そうなると飲みなれたメルフィのも吸いたくなる。味比べがしたいのだ。純然たる学術的興味において。


 顔を手で覆って恥ずかしさに身を丸めるヴァレリアをそのままに、メルフィの元に行く。メルフィは何か察するものがあったらしく素早く席を立って逃げようとしたがそれよりも俺が尻尾を握ったのが先だった。


「嫌、嫌です! そこは。」


 有無を言わさず尻尾を咥え、ぱちんと尻を叩いてやる。メルフィはそそる声で「ひどい、」と言いながら蜜を出した。


「らめぇ! らめなの! もっと、もっと優しくして。そんな乱暴に、あん、ぺろぺろらめぇ! 」


 やはりメルフィはスポーツドリンク系の味がする。ジュリアはスッキリした甘さの果実水。ヴァレリアは同じ果実でも柑橘系だ。同じ種族でも結構違いがあるものだなと思った。

 そして重ねて言っておく。彼女たちは変な声を上げているが、これは性的なものではない。15歳以上の諸君であればわかってくれているとは思うが。


 自分の研究結果に満足した俺はジュリアの寝室に行き、あられもない恰好で横たわるジュリアに布団をかけてやる。そして窓を開け放ち、その枠に肘を置いた俺は目を細めて葉巻に火をつける。ふうぅっと吐き出された紫煙が銀世界に広がっていった。


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