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独り立ち


「ねえ、本当に大丈夫? 無理なんかしなくていいんだよ? 」


 その夜、俺はベットで身を固くするジュリアにそう声をかけた。


「だ、大丈夫に決まってんだろ? 姉貴に出来てアタシに出来ねえはずがねえ。御託はいいから早く。」


 そんなジュリアを相手に睦言する。すっごく初々しくて、これはこれで、ね? 


 変化が訪れたのは睦言が終わってしばらくしてから。荒い息を吐いて、真っ裸で大の字で横たわっていたジュリアは突然「ぐぁぁ!」と頭を抱えて転がりだした。


「ジュリア! ジュリア! 」


「あががが! あ、頭が! 」


 俺はジュリアをぎゅっと抱きしめた。そうする間にジュリアの髪がするすると伸び、顔つきもなんか柔らかく。


「ねえ、ジュリア? 」


 はっとしたジュリアは俺を突き飛ばし、シーツで身を隠した。


「こ、こっち見んな! 恥ずかしいだろ! もう、アタシあんな格好で! あぁぁぁ! 恥ずかしすぎておかしくなる! 」


 なんという事でしょう、ジュリアは自力でプリンセス化を遂げていた。恥じらい、そして女らしさと言う今まで欠けていた要素が一気に溢れ本人も混乱しているようだ。


 ま、こういう時はそっとしておいたほうが良いだろう、と身を起こすとジュリアが俺をシーツの中に引きずり込んだ。


「側に居て、どこにもいかないで。」


 ジュリアは6本の手足で俺をぎゅっと抱えると、そう言って涙目でキスをする。


「アタシ、姉貴やメルフィの気持ちがやっとわかった。アタシはね、あんたと外に遊びに出て、一緒に飯食って、一緒に寝れればそれでよかったんだ。けど、そうじゃないって今は思う。」


「何が違うの? 」


「女、あんたに女として見て欲しい。姉貴にも、メルフィにも負けたくない。ねえ、ゼフィロス。アタシはずっとあんたが好きだった。ずっと構ってほしくて、側に居て欲しくて仕方なかった。けど今は愛してる。」


「俺もさ、ジュリア。お前の事、愛してる。」


 そう言って頭を引き寄せてやると、ジュリアは「うわぁぁん」と泣きだした。


 こうして三人の妻を得ることになった俺は毎日充実した生活を送っている。ヴァレリアと部屋でゆっくり過ごしたり、メルフィと一緒に片づけものをしたりしていた。ジュリアと一緒にジュウちゃんの巣を訪ねたこともある。


 メルフィは元が働きものだけあって、今は乗ってきたアリと一緒に畑を手伝っている。ヴァレリアは冬の支度、それに俺たちの引っ越しの手配を女王様たちと進めている。グランさんが俺の着ていたものから抽出した香水を作ったりとトライ&エラーを繰り返し、ますますやつれていった。

 そして俺は色気を増したジュリアに抱えられ、ソルジャーたちと共に巡回するのが日課になっていた。途中でジュウちゃんたちとも合流し、近隣に脅威となる生き物がいないか見廻っていく。大きなカエルや蛇、それに鳥。なんだかんだと危険な生き物は多いのだ。コロニーの側、ワーカーたちの活動範囲まで入り込まれては大変な事になる。


 その日、俺たちが見つけたのは大きなトカゲ。ジュリアは俺をジュウちゃんに預けて鎧姿に変身する。その鎧も少し変化があり、なんというか、指揮官っぽいものに変わっていた。


「エルは半数を率いて後ろにつけろ、残りはアタシと共に突撃する。いいか、あんなのにやられんじゃねーぞ! 」


「「はい、姉さん! 」」


 ジュリアは自ら先頭に立ち、半数のソルジャーとジュウちゃんの姉妹である眷属たちを率いて突撃する。ジュリアはあっという間にトカゲの両目に槍を突き刺し視界を奪う。そして俺が渡した剣を抜き、暴れ狂うトカゲの頭を一撃で落とした。


『すごいわね、アレ。』


「うん、あんなに鮮やかに斬れるとは思わなかった。」


『あれを授かったのがジュリアで何よりよ。ヴァレリアだったらと思うと寒気がするわ。』


「はは、ヴァレリアもプリンセスになって以来だいぶ丸くなったよ? 」


『だといいけど。ただでさえプリンセスってのは強いんだから。それにあんな武器を持たせちゃ反則よ。』


「そうなんだ。」


『女王になれば子を産むことに専念するけどそれまでは全部自分でやらなきゃいけないの。雄を守る事も、巣をつくる事も、餌をとって来ることも。強くなくっちゃできないのよ。子を産み、そのファーストが育つまでは子育ても。大変なのよ、女王は。』


「そっか、そうだよね。」


『でも少し、羨ましいかな。』


「ジュウちゃんだってファーストなんだし、その気になればプリンセスにだって。」


『そうね、女王が何かで死んでしまえばそうなるかも。そしたらあんたと交尾してあげてもいいわよ? 』


「あはは、出来るならね。」


『くやしいけど体の形が違いすぎるかぁ。あたし、あんたの匂い大好きなのに。』


「俺もジュウちゃんの事は大好きだよ。」


『あはは、ありがと。ほら、あんたの妻が戻ってきたわよ。いっぱい褒めてやらなきゃね。』


 ジュウちゃんは俺をジュリアに引き渡すと、仲間たちと一緒にトカゲの死体に群がった。



 しばらくの間そうした日々を過ごしていた。いつの間にか空は高く、影は長くなっている。夏が終わり、秋が迫っているのだ。


「ゼフィロスさん。もっとこちらに。」


「はい。」


 女王様に呼ばれた俺は言われた通り、彼女の側に近づいた。その女王様は俺をぎゅっと抱いて言い含めるように言葉を発した


「あなたはもう、三人の妻を持つ、立派な長。判りますね。」


「はい。」


「で、あれば巣別れをせねばなりません。あなたは独立してあなたの一族を増やし、幸せになるのです。別れは悲しいけれどこれは必要な事。」


「女王様、今まで、本当に、本当にお世話になりました。身寄りのない俺をこんなに。ありがとうございます。」


「いいえ、始祖たるあなたは私の娘を、私たちとの生活を、生き方を選んでくれた。それはとても名誉な事。そしてあなたはわが子同然。愛しくて手放したくない我が息子なの。」


「女王様、俺。」


「あなたの事は私の娘たちが全て。だから何も心配はいらないのよ。巣別れしてもあなたは私の子。忘れないで。」


「はい、お母さん。」


「愛しています、ゼフィロス。私たちは一族、決して互いを裏切らず、助け合う。良いですね? 」


「はい、必ず。」


 その日、俺たちは住み慣れたコロニーを離れ、セントラル・シティに移住する。ヴァレリア、ジュリアの他に、ソルジャーのエルさんの一隊、20名とワーカーの20人が俺の家族として付き従う。ワーカーの中には急遽成人したユリちゃんも混じっていた。

 そしてジュウちゃんたち眷属がたくさん応援に来てくれた。ヴァレリアとジュリアを先頭にワーカーを守るようにしてスズメバチの一団が空を行く。俺はメルフィとアリに乗り、地を進んでいくことにした。


「あちらにはわたくしの眷属が用意を整えて待っているとの事です。ヴァレリア達は先に行き、コロニー作りを先行して行いますの。」


「へえ、あのアリの騎士たちは頼りになりそうだもんね。」


「わたくしたちは戦う事よりもモノづくりが本領です。スズメバチと力を合わせればきっとどこにも負けぬコロニーが築けますよ。」


「そっか、それは楽しみだな。」


 俺はメルフィの後ろに乗りながら、セクハラ、いや愛情表現を楽しんで進んでいく。それが昂ぶりに変わりアリに乗りながら睦言をしたりしてしまう。いやぁ、若さって罪だわ。


 途中の沢で休憩し、そこで持ってきた弁当を使う。メルフィは湧水に口をつけて水分補給。それはそのメルフィの尻尾に口をつけ蜜を飲んだ。


「もう、足ががくがく震えます。」


「あはは、早く町に向かわないとな。今度は俺が前に乗るから抱えてくれ。少し眠くなってきた。」


「はいはい、もう、本当に我儘なんですから。」


 セントラル・シティのついたのは日も暮れかかるころ。外壁の外にある太さが50mはあろうかという大きな木の周りにみんなはいた。


「ゼフィロス、見てくれ。この木が私たちのコロニーになる。硬くて太く、大きな樫の木だ。」


「この木に住んでた鳥や虫どもはアタシらが全部追っ払った。明日からは巣作りだな。」


 すでに縄張りを示すかのように木の周りには杭が打ち込まれ、そこにロープが張られていた。メルフィが言ったようにアリの騎士たちも数十名、それぞれ大きな荷物を敷地内におろしていた。


 ヴァレリアの話ではこの木をくりぬいてその中にコロニーを作っていくのだと言う。そして地下にはアリがダンジョンを作り、そこを貯蔵庫にしていくらしい。


 外にはたき火がいくつも焚かれ、そこに鍋がかけられていた。そのうちの一つ、俺たちの夕食はユリちゃんが何度も味見をして、周りのワーカーたちからからかわれながら作ってくれた。


「どうですか、ゼフィロスさん。」


「うん、大丈夫、おいしいシチューだよ。ユリちゃん。」


「よかった、私、まだワーカーになりたてだから、みんなみたいに上手にできなくて。」


「ふふ、ユリ。そのうち上手になっていくさ。お前はまだ若いがいずれここでルカの代わりをしてもらうつもりだ。料理もモノづくりも励むと良い。」


「はい、ヴァレリア姉さん。」


 その夜は木の上にみんな上がって寝ることにした。馬の代わりも出来て木にも登れるアリって、実はすごい生き物なんじゃないだろうか。


 翌朝目を覚ました俺はさっそくとばかりにメルフィをひっくり返して尻尾を吸った。朝っぱらから変な声を上げるメルフィをみんな、生暖かい目で見ていた。


「んもう。 人前ではしないでって言ってるのにぃ。」


 むすくれるメルフィをよそに、それぞれ作業を開始する。ジュウちゃんたちスズメバチは木の根元を削り取り、中をくりぬいて行く。その削り取った木はドロドロに溶かして削ったところに吐き、塗り固めていくのだ。

 ジュリアたちは巡回に出て縄張りの主張と近隣に脅威がないか見て回る。そして気を取り直したメルフィとアリたちは石を集めて外に建物を作り始める班と井戸を掘る班に分かれた。。監督役のヴァレリアによればその建物は風呂場になるらしい。


 そしてユリちゃんたちワーカーも二手に分かれ、一つは食事の支度を始め、もう一つは木の枝からコロニーの玄関に据えるドアを作り始めていた。


「今日はまず大広間を拵える。そして地下に穴を掘り、ワームも飼わねばな。メルフィたちの風呂が出来れば幾分快適なのだが。数日は不便をかける。」


「みんなでつくるんだから仕方ないさ。俺にも出来る事があるといいんだけど。」


「ゼフィロスはここの主になるんだ。私たちのやる事を見ていてくれればそれでいい。」


 みんなそれぞれ働いたが中でもジュウちゃんたちは凄まじい。なにせ昼過ぎには木の中に20m四方もありそうな大広間を作ってしまったのだ。中は溶けた木で塗り固められ、どことなく暖かな雰囲気。明り取りの窓も作られ、そこにはあとでガラスがはめ込まれるらしい。


「すごいねえ、こんなきれいに。流石ジュウちゃんたちだ。」


「うむ、眷属たち、ご苦労だった。礼を言う。今日はもう体を休めてくれ。」


『何、何、ヴァレリアの奴、気持ち悪いんだけど! 』


 ジュウちゃんはささっと俺の後ろに身を隠した。


「だから言ったろ? ヴァレリアはプリンセスになって変わったって。」


 俺はジュウちゃんだけに聞こえるようこっそりと囁いた。


 そうこうしてる間にメルフィたちの石造りの建物も形になり、井戸からは水も出た。そして地下に掘った穴にジュリアたちが捕まえてきた白いワームを二匹放り込む。そしてその上にトイレを作った。


 その夜もメニューはシチュー。みんなでたき火を囲んで食べて、夜は扉もついて安全な大広間で雑魚寝する。少しづつ、少しづつ形になってくるのが何ともいえずに楽しかった。



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