千年童貞
「ゼフィロス、折角だから少し散歩でもしないか? 」
そんなヴァレリアの誘いに乗って、外に出る。手を繋いでコロニーの周りをゆっくりと歩いた。畑仕事をするワーカー、それに隊列を組んで空を行くソルジャーたち。ヴァレリアも俺を後ろから抱えて空に上がった。
コロニーの周りには畑、そして木工をする作業所、他にもさまざまな施設が見て取れる。どこでもそれなりに忙しそうにワーカーたちが働いていたがアリのコロニーとは雲泥の差、あちらが工場だとしたら、こちらは農村。どこか、時間の流れが緩やかなのだ。
ヴァレリアは木の枝の上で俺を下ろし、近くの木から手毬ほどのブドウをちぎってきてくれる。
「ふふっ、世界とはこれほどに美しい所だったのだな。」
腰を下ろしてワンピースの裾から出した足をぶらぶらさせながら、眩しそうな目をして彼女は言った。木洩れ日が照らす彼女の姿は神々しいまでに美しかった。
抱えたブドウに吸い付きながら、そんなヴァレリアに見とれていると、彼女は立ち上がって俺の手にあるブドウを捨てた。そしてぎゅっと抱き着き大人びた優しいキスをする。
「どうやら私は欲の強い性質らしい。わずかな時でもあなたが側に居なければ胸が締め付けられるように苦しい。そしてこうして触れていると甘い蜜を舐めたかのように満たされる。わが一族の女、女王が夫を一歩も外に出さない理由。それはこうした想いなのだろう。」
ふふふっ、と笑うとヴァレリアは今度は向かい合わせに俺を抱えそのまま空に飛び立った。そして俺たちはトンボのように空を飛びながら睦言する。
「遅いではないですか。心配しましたのよ? 」
睦言を終え、部屋に戻るとメルフィがぶすっとして待ち受けていた。
「あれ? ジュリアは? 」
「ジュリアは女王に睦言の何たるかを習いに。」
「そうか。結構な事だ。すまんがメルフィ。コーヒーを頼む。苦い奴で。」
「あ、俺も。」
「ええ、すぐにお持ちします。」
なぜかメルフィはこうした事は率先してやってくれる。好きなのか、それか習い性なのかはわからないが気持ちよく引き受けてくれるので、こちらも嬉しい。
「さて、そろそろ。」
「ん? どこか行くの? 」
「もう、夏も終わる。これからの事をお母様たちと打ち合わせねばな。今年の冬をどう過ごすのかも。メルフィ、あとは任せる。私もジュリアも今日は別のところで眠る事にする。」
「はい、お任せを。」
ヴァレリアを見送ったメルフィはドアを閉じるとかちゃりと鍵をかけた。そして俺の隣に座ると真っ赤になってチラチラと俺の顔を伺った。
「あの、その、ゼフィロス? 」
「ん? なあに。」
「わたくしたち、その、知らぬ間にこんなことに。」
嘘つけ、思い切りアピールしてたよね!
「ですから、その、あなたのお言葉を、まだ。」
「お言葉? 」
「わたくしに対する熱い想いを聞かせて? 」
そう言ってメルフィは俺に跨ると両手で顔をぎゅっと押さえつけ、眼鏡をはずしてじっと、目を合わせた。
「さ、早く! 」
「そ、そう言うメルフィはどうなのさ! まず自分から言えよな。」
「わ、わたくしは、その。女にそんな事。」
「いいから、俺の種族ではそうなってんの! 」
ま、普通に嘘だが。
「その、わたくしは、あの。ゼフィロスを。」
メルフィは目をばっちゃばっちゃ泳がせながら顔を背けたので同じように、グイッとほっぺたを掴んでまっすぐ向けた。
「その、あなたを、お慕いしております。やぁ、もう、恥ずかしい! 」
うんうん、いいね、なんだろうこの達成感。思わずぎゅっとメルフィを抱き寄せたが、メルフィは俺のおでこを抑えて引きはがす。
「まだ、まだなの! わたくしもお言葉を! 」
「もう、言わなくてもわかるだろ? 」
「だーめ、そんな意地悪ばっかり。早く言って。」
「大好きだよメルフィ。」
「違うの! それじゃないの、ちゃんと愛してるって、目を見て真剣に! 」
「もう、注文が多いな。」
「大切な事です! 」
「んっ、愛してるよ、メルフィ。」
「んふっ、嬉しい! 」
メルフィはそう言ってむちゅうっとキスをすると、俺を抱えて自分のベットに連れ込んだ。そしてとても言えないようなあんなことやこんなこと、いわゆる睦言をいっぱいした。
事が終わると人は喉が渇く。これは自然の摂理だ。ひくひくと震えるメルフィをひっくり返し、ぴこぴこと動く尻尾に口づける。
「やん、だめ、今は。」
「いいから出せよ。」
ぱちんとお尻を叩くとそこからじわっと蜜があふれてくる。それをじゅるじゅると吸い、もっともっとと舌を伸ばした。
「ひゃあん! らめ、そんなしちゃらめなのぉぉ! 」
ふうと一息ついてだらしない顔で横たわるメルフィをニヤリと見た。うん、水分補給って大事だよね。もっと大事な事はこれは性描写ではないという事だ。
下着をつけてソファに移動し、葉巻をつける。うーん、この二日で俺はずいぶん大人の階段を上ったものだ。えっ? 千年童貞がなにを言うかって? ふふ、なんとでもいいたまえ。
しばらくするとシーツを体に巻き付けたメルフィがふらふらとやってきて俺の隣に座り、体を寄せる。
「すごく素敵でした。あなたは? 」
「さ、風呂に入るよ。そのあと飯。腹減った。」
「もう、意地悪! 」
このエリアにいるのは俺たちだけだ。掃除の時間にはワーカーたちも来るがそれ以外は誰も来ない。下着一枚でウロチョロしようが何ら問題はないのだ。メルフィに着替えを用意させて風呂に入ってすっきりする。そのあと食事を用意してもらって二人で食べた。
「おいしいね、これ。」
「ええ、とっても。」
慣れとは恐ろしいもので、もはや謎肉が何であるかなど全く気にならない。何しろあのルカさんが作ってくれるのだ。まずいはずなどなかった。
食後には蜂蜜酒。メルフィは酒に弱いようですぐ酔っぱらった。
「もう、わたくしがずっとお慕いしてたの知ってたくせに。」
「そんな事言われても。」
「愛してなければあんなに好き放題させません。もう、判ってたんでしょ? 」
「好き放題って、蜜の事? だって、他のみんなもメルフィは淫乱なだけだって。」
「そんなことないですぅ! あなたが吸うから変な声が出るだけなんですから。もう、憎たらしい! こうしてあげます! 」
メルフィは胸に俺をぎゅっと挟み込むと、気分が乗ってきたようでそのまま俺を抱えてベットに連れ込んだ。
「もっともっと愛してくださらねば許しません! ほら、こっちもちゃんと吸って。」
すわ睦言か! と思ったらメルフィはそのまますやすやと寝てしまった。俺はそのメルフィに抱えられたまま気持ちよく眠りについた。
翌朝。目を覚ますと普通にヴァレリアとジュリアがソファに座ってコーヒーを飲んでいた。
「へ? なんで。」
「ん? どうした。ここは正式に私の部屋だ。鍵くらい持っていて普通だろう? 」
「そう言うこったな。さ、ゼフィロス。支度しようか。」
「待って、それはわたくしが! 」
「何でもいいが早くしろよ? また親父がゼフィロスを連れて来いってうるせえんだ。」
「お父様にも事情があるのだろうさ。」
「けっ、お父様ねえ。」
とりあえず用を足し、顔を洗って歯を磨く。後ろでは少し寝ぐせのついたメルフィが俺の髪を梳かしてくれていた。それが済み、着替えを済ませ、メルフィも身支度を整えるとみんなで朝食を摂った。ヴァレリアが俺の隣に座り、ちょうどいい焼き加減のパンにバターを塗ってくれた。それと生野菜。そしてソーセージのような焼いた肉と卵っぽい何かを炒った物、そして食後にはコーヒーだ。
「んじゃ行こうぜゼフィロス。」
「私は今日もいろいろと打ち合わせがある。すまないな。」
「それではわたくしはお部屋のお掃除とアリの世話を。」
それぞれやる事が決まり、俺はジュリアとグランさんの部屋を訪ねた。
「や、やあ、よく来たね。まあ、かけてくれ。ジュリア、すまないが席を外してもらっていいか? 」
「ああ、んじゃゼフィロス。アタシは外でメルフィのアリの世話を手伝ってくる。」
「うん、終わったら俺も外に行くよ。」
ジュリアが席を外すと、グランさんは涙目で俺の手を握った。
「もう、助けて。」
「何があったんですか? そんなにやつれて。」
「君の助言を元に、いろいろ工夫してみたんだ。こう、どちらかと言えば感情を満足させるべくね。」
「それで? 」
「それで、さらに昂ぶっちゃって。僕はもう、この通りさ。多分ね、行為がどうこうっていうよりこれは種族的な問題だね。僕らの中には君と同じヒトの血が。純血である君の、おそらくフェロモンかなにかには彼女たちを満足させる何かがあるんだ。そうでなければ妻を三人? ありえないね。」
「その、それで結論は? 」
「少し君を研究する必要がありそうだ。君の脱いだものは全て僕のところに来るよう指示してある。黙ってするのも良くないと思ってね、一応断りを。そう言う事さ。」
「えっ? 俺の下着とか、まさか? 」
「ちょっと、僕だってそんなことしたいわけじゃない! 勘違いしないでよね! 」
「いや、流石にそう言う勘違いはしませんけど。」
「とにかくそういう事。あと、ジュリアはあのままだから。あのままで君に接してどうなるか、と言うのも興味あるしね。」
「あ、そう言えばアリは蜂と違ってプロテクトがないんですか? メルフィは初めから女っぽかったし。」
「いくら僕でも他の種族の事まではね。けど、彼女たちは精神的な部分、法の順守や伝統なんかにうるさいから、そう言う欲もプロテクトではなく、精神で抑え込んでいるのかもしれないね。僕らとアリは似たような生き物ではあるけどヒトと混じってからの成り立ちが違うのさ。」
そんな話をして、外に出る。ここしばらくはずっといい天気が続いていた。
「ゼフィロス、こっちだこっち。」
ジュリアに呼ばれ、メルフィと一緒に乗ってきたアリのところに向かった。そこではメルフィが、馬の世話をするかのようにアリの背にブラシをかけていた。
「見ろよ、可愛いなぁ。こいつはさ、アタシの言ってることも半分くらいは判るんだぜ。」
「へえ、そりゃ凄いね。」
「うふふ、わたくしはちゃんと会話もできますのよ? 」
「そりゃ眷属なんだ、当然だろ? 」
「せっかくですからこの後みんなでこの子に乗って散歩でもしましょうか。」
「お、いいねえ。アタシ乗ってみたかったんだ、こういうの。」
その日ははしゃぐジュリアを前にのせ、真ん中に俺、後ろにメルフィが乗って外に出た。いいね、こういうの。楽しくてのどかで。




