プリンセス・ヴァレリア
「お久しぶりでございます。女王イザベラ。」
メルフィは女王様に恭しくお辞儀をした。
「ええ、メルフィ。最後に会ったのはもう十年も前。シルフは相変わらずかしら? 」
「ええ、変わらずに壮健です。」
「それで、あなたがここに、と言う事は? 」
「はい、女王シルフはオオスズメバチとの盟を。その証がわたくし。そしてゼフィロスから授かったこの剣。母はわたくしにゼフィロスの妻となれと。」
「ふふ、妻、ですか。」
たしかにシルフ女王はそんな事を言っていたような気もするけど。
「いい、実にいいですよ、メルフィ。僕は君を歓迎する。そうだね、イザベラ? 」
「ええ、それではわが娘もゼフィロスの妻。互いにそう言う事でいいのですね? 」
「はい。ゼフィロスを通しての盟。そう言う事でありますかと。」
もうね、グランさんとメルフィはにっこにこ。してやったりって顔をしていた。そして女王様とヴァレリア、それにジュリアは難しい顔をする。
「判りました、メルフィ。私たちもそれで。あなた方クロアリと盟を結び、協調を。」
「母、シルフも喜びます。」
「ではメルフィ、少し席を外してもらえるかしら。こちらはこちらで内々の事を決めなければなりません。」
「はい。それでは。」
シルフィは言ってやった、と言わんばかりのどや顔で俺を見て、席を外した。
「うーん、流石だよ! ゼフィロス! これで僕の懸念は消失した。うんうん、いいよ。」
「それはともかく。こちらの妻を誰にするのか決めねばなりませんね。」
「それは無論私の役目です。お母様。」
「姉貴、アタシもその妻ってのになりたい。母様、いいだろ? 」
「――困りましたね。種の繁栄を考えれば、アエラの娘を、そう思っていたのですけど。」
「認められません。ゼフィロスの妻は私です。」
「いいや、アタシさ。」
「ジュリア? お前ではメルフィに対抗できん。やはり私でなければな。」
「んな事はねえさ。アタシのほうがメルフィとうまくやれる。姉貴はあいつと仲が悪いじゃねえか! 」
「うまくやる? そんな必要は無い! わが一族の威を示さねばクロアリに軽く見られよう? お前も、そしてアエラの娘も論外だ! 」
「あぁん? アエラの娘はともかくとしてアタシが論外ってのはどういう意味だ。」
「言った通りだ。ゼフィロスの妻は私。余計なものはいらん。あとは機をみてメルフィを始末すればそれでいい。」
うーん、相変わらずの超理論。ヴァレリアは盟の意味を理解しているのだろうか? にらみ合う二人をそのままに、女王様は俺を側に招いた。
「ゼフィロス。事はあなた方の愛情、それだけではないのです。ヴァレリア、そしてジュリアもプリンセスではなく、ソルジャー。その意味が解りますか? 」
「いいえ、全然。」
「一度役目を決めたものが別の役目に。これには大きな障害が。」
「えっと、どういうことですか? 」
「ジュリアはともかく、ファースト、最初の娘であるヴァレリアはプリンセスっぽくすることは出来ましょう。ですが、女王にはなれない。」
「そうなんですか? 」
「ソルジャーとして長く過ごしたあの子は体が完全にソルジャーのそれに。つまり、多くの子を成すことができません。おそらくはメルフィも。」
「ならなんで? 」
「種の大きな変化は望まない。そう言う事さ。ゼフィロス。クロアリのシルフ女王は今のまま、それが一番だと考えてる。だからたくさんの子を産むことが叶わないメルフィを君に。うちはどうなのかな? イザベラ。」
「私は。そうですね、大きく変わる事は望みません。ですが。」
「変化も捨てきれない。だからアエラの娘、プリンセスとして育ったものを、と? 」
「そうですね。そうしたコロニーが一つあれば、そこで生まれた男性を通して、種、全体が。」
「ならばヴァレリアでも同じだよ。あの子が男を産めばそれで解決だ。」
「ですが。」
「どっちにしろ近々ゼフィロスは居を移さなきゃならない。うちとしてもメルフィをずっと抱えておくことは望ましくはないからね。」
「ええ、でも。」
「それにヴァレリアは彼に一方ならぬ想いを。もう止められないほどに。」
「――判りました、グランさん。あなたの意見を尊重しましょう。」
それを聞いて、ヴァレリアは満足げに頷き、ジュリアは目を見開いた。
「ちょっと待ってくれ、親父! そしたらアタシは? アタシはどうなるんだ! 」
「決まっている。私の代わりにこのコロニーを守るのだ。」
「姉貴は黙っててくれ! そんな生き方今更! 」
ジュリアはグランさんに歩み寄り、その胸倉をつかんだ。
「アタシだって、アタシだってゼフィロスと一緒に! なんで、なんでダメなんだ! 」
「ジュリア。あなたはファーストではないの。彼の側に居ても子を成せないかもしれない。それは女にとっては辛い事。それでも? 」
「姉貴が産んだ子を育てればいい! メルフィの子だって! 今までだってそうやってきたんだ! 」
目に涙を浮かべ、訴えるジュリア。女王様はそのジュリアを慈しむような目で見ていた。
「わかりました、ジュリア。うまく行くかどうかは判りませんが、あなたも。」
「お母様! 」
「ヴァレリア、ファーストとはいえあなたはあまりに長くソルジャーとしての生を。プリンセス化はうまく行くかわからない。とはいえ彼の、トゥルーブラッドの子は種にとっては絶対に必要。あなたかジュリア。どちらかが子を。いいですね? 」
「私は必ずゼフィロスの子を! 」
「いいですね? 」
「……判りました。」
「ではヴァレリア、私の側に。」
「……はい。」
ヴァレリアを側に招いた女王様はそのヴァレリアをぎゅっと抱いて口づけた。美女同士の淫ら、ともいえる光景に、俺は思わず目を丸くする。
「ヴァレリアのプロテクトを解く蜜をああして与えているんだ。よく見ておくと良い。ヴァレリアの体に変化が。」
そのヴァレリアは女王様に口づけされたまま、少しずつ体に変化が現れる。尻についていた平べったい尻尾。蜂の腹がぷくっと膨れ、体は少し丸みを帯びた女性らしいものに変わっていった。そして短かった髪はするすると肩の下まで伸びていく。
「ふう、これで、あなたはゼフィロスの妻、プリンセスヴァレリア。どう? 気分は。」
「その、なんというか。私は女だった。それを思い出した気がします。」
「そう、あなたは女。子を産み、育て、次代に血を繋ぐ。そう言う役目。もちろん良い所ばかりではないの。嫉妬、それに愛する事ができる分、憎むことも。今までになかった感情があなたには。」
その女らしく変化したヴァレリアは、優し気な表情で、俺の前に歩いてきた。
「ゼフィロス。私はあなたを愛している。それが今、よくわかった。ずっと、ずっと私と共に。」
「――うん。」
「嬉しい。おかしいな、こんなに嬉しいのに涙が。」
ヴァレリアは今までと違う、女らしい仕草でひしと俺に抱き着いて、口づけをした。
「すごく、嬉しくて、でも恥ずかしい。」
「ふふ、それが女の気持ち。恥じらいと欲と、そして愛情。ゼフィロスに尽くすのですよ? ヴァレリア。」
「はい、お母様。」
「少し、疲れました。奥に下がらせてもらいますね。」
「ちょっと待ってくれ! アタシは? 」
「来年にでも。」
「はぁ? どういうことだ! おかしいだろ! 」
「いいですか、ジュリア。あなたはそのままでもゼフィロスの妻。それは私が認めた事。それで不満が? 」
「いや、ねえけどさ、アタシだって。」
「ええ、ですから来年に。年が明けたらまた。」
「ジュリア、イザベラはヴァレリアをプリンセスにするのに相当の力を。判るね? 」
「ちっ、しゃあねえな。母様、来年、絶対だからな? 」
「ええ、もちろん。」
女王様はグランさんを連れて奥に下がった。なので俺たちも部屋を出る。そこにはどや顔のメルフィが待ち構えていた。
「ゼフィロス? わたくしはあなたの妻。そう言う事になりました。二人の女王に言われては仕方ありません。わたくしがあなたの妻となり、子を産んで差し上げますわ。」
うっわ、なにその言い方。自分から話を振っといてよく言う。イラっとした俺はメルフィの尻尾をぎゅっと掴んでやった。
「いやん、乱暴にしないでぇぇ!そこ、弱いのぉ! 」
待ってましたとばかりにメルフィが変な声を上げる。そこで不思議な事が起こった。
「ゼフィロス。女の体をそんなに乱暴に扱ってはダメだ。もっと優しくしてやらねばメルフィとて辛かろう? 」
意外なヴァレリアの言葉に、俺とメルフィ、そしてジュリアは顔を見合わせる。
「ふふ、どうしたそんな顔をして。メルフィ、私は正式にゼフィロスの妻となった。よろしく頼む。」
「あ、ああ、はい。こちらこそ。」
「私は先に部屋に戻っておく。片づけもしたいし家具の配置も変えたいからな。」
「あ、あ、そうか、姉貴、ならアタシたちは外で一服つけてから戻るよ。」
「そうか、煙草はあまり体に良くない。控えめにするのだぞ? 」
「あ、あはは、そうだな。気を付ける。」
ヴァレリアの変化にいっぱいいっぱいになったジュリアがメルフィと俺の手を引いて外に出る。外に出た俺たち三人は顔を見合わせ首を傾げた。
「あ、あれは何なのです? 」
「姉貴、すげえ変わりようだな。正直驚いた。」
「だよね。家具の配置がどうとか言ってたよ? 」
「「ありえない。」」
「それにあれだけ毎日吸ってた煙草が体に悪いとか。言ってたな。」
「「ありえない。」」
「いや、そんな事よりさ、メルフィを気遣ってたよ? 」
「「絶対ありえない。」」
「やべえな、あれは。アタシプリンセスにしてもらうの怖くなってきた。」
「ジュリアもあんな風になるのかな? 」
「無理無理。天地がひっくり返ったって家具の配置に興味はもてねえさ。あはは。」
「しかし、あれがプリンセスですか。見た目も、その、女らしくと言うか。」
「そうだな。あ、そうそう、アタシもこいつの妻になったから。よろしくな、メルフィ。」
「ええ、ジュリアとであればうまくやっていけますとも。」
俺とジュリアは葉巻に火をつけ、なんかおかしくなって三人で笑った。
部屋に入るとそこには驚きの光景が。ヴァレリアが部屋の掃除をしていたのだ。そしてワーカーの人たちが三つのベットを運び入れていた。それにはそれぞれに天蓋がついてそこからカーテンが垂れ下がっていた。
「どうしたの? これ。」
「ああ、ゼフィロス。少し部屋を改めたいのだ。ベットも一つでは睦言の時に困ろう? メルフィ、すまないが、家具の移動を手伝って貰えるか? 力では私が劣るからな。」
「あ、えっ、はい。」
「もう少し時間がかかる。ジュリアはゼフィロスと外にでも。陽が落ちるまでには綺麗になろう。」
「あ、あはは、そうする。ゼフィロス、行こうぜ? 」
「そうだね。」
俺たちは置いて行かないで、と縋るような目をするメルフィを後目に部屋の扉を閉めた。
「聞いたかゼフィロス? 」
「うん、あのヴァレリアがメルフィに頼んでた。」
「それに箒なんか持ってたぜ? うわぁ、どうなってんだこれ! 」
うーん、蜂族は謎がいっぱいだ。




