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女王蜂


「‥‥‥ねえ、君ってちょっと変わってるよね。」


「な、なにか気に入らない事しましたか? 私。」


 やや怯えの色が伺える彼女に俺は失礼とも思える言葉をぶつけた。


 いやね、そのなんていうか。彼女の額に触覚が生えてんだよね。ほら、時代も違うだろうし、新しいファッションなのかもって思ったりもしたよ? もし、そうなら悪いなって何度も見直して確認だってしたさ。

 でもね、どう見ても生えてんだよね。おでこから直接。


「いや、普通のヒトって触覚とかついてないじゃん? 」


「え? 私たちインセクトには普通に生えてますよ。まさかインセクト見たことないとか? 」


 イ、インセクトって何? そんな単語聞いたことないし。俺が眠ってる間にこの地球は未確認生物の

宝庫になってしまったとか? そういやさっきの狼も馬鹿でかかったし。


「あ、あのー。つかぬことをお伺いしますが、君はどこの星から来たの? なんとなくだけど太陽系の

人じゃないよね。」


「もしもし? あなたこそ大丈夫ですか。何か悪いものでも食べたとか? 大体、あなたこそ何者なん

ですか? エルフにしては耳が短いみたいだし、ミュータントっぽくもないですよね? 」


「何って普通に人間ですから! そんなエルフとかミュータントとか謎の生き物じゃないですから! 」


「ニンゲン? やっぱりどこか悪いみたいですね。安心してください、ちょっとおかしいくらいで命を救ってくれたあなたを見捨てたりしませんから。」


 ニコッと微笑む彼女の中で、俺はかわいそうな子扱いなのだろうか。慈愛に満ちたその視線が何故か俺の心を締め付ける。


「何をしていたのだ、ユリ。いつまでも戻らぬので心配したではないか。」


 いきなり後ろから声をかけられ思わずビクッとする。恐る恐る振り返るとそこにはこの子の仲間らしき触覚を生やした女性が腰に手を当て立っていた。しかも彼女の目はいかにも昆虫といった複眼になっていて、その体は黒と暗いオレンジ色の鎧で覆われていた。え? 何この人。蜂なの?


「ヴァレリア姉さん! ごめんなさい、心配かけて。実は狼に襲われて間一髪のところをこの人に助けてもらったの。」


「だからあれほど言ったではないか! 一人で森に入るなと。まだ幼いお前では森の生き物たちに太刀

打ちできるはずもないだろう? 」


「だって、美味しそうな蜜を見つけたんだもの。姉さんだってあの蜜を見れば一人でこっそり行きたくなるはずよ。でも今はそんなことより……」


 何やらごにょごにょと耳打ちするユリと呼ばれた少女。ヴァレリアと呼ばれた複眼の女性はその話を聞きながら俺に視線を向ける。やべえ、なんかチョー怖い。

 俺はゴーグルを使いアナライズを試みるがその結果は無情にもunknown。ですよね、こんな生き物俺も知らないもの。


「君が何者なのかは知らないがまずは礼を言わせてもらおう。妹の危機をよくぞ救ってくれた。で、私としては礼がしたいのだが、君は急いでいるのかな? 」


「い、いや、急いではいないですけど、お礼なんて結構ですから。全然大したことじゃないし。」


「そうか、急いでないなら問題ないな。すまんが私たちと一緒に来て欲しい。世話になった相手には礼をせねば私が母に叱られるのだ。」


「いや、本当に結構ですから。マジで! 」


 まずい! このままだとUFOか何かに連れ込まれる! そこで行われるのは改造手術に決まってる。手術台に乗せられ「やめろォ~! やめてくれぇ~! 」と叫んでる俺の近未来図がやけにリアルに目に浮かぶ。


「仕方がない。こういう事は本来したくはなかったのだが。仕方あるまい。」


 彼女の腕から何か細いワイヤーのような物が飛び出し、その先端が俺の首筋に刺さる。チクッっと鋭い

痛みがしたかと思うと俺の意識はそのまま闇に沈んだ。



「どこだ、ここは? 」


 目を覚ました俺は薄暗い部屋の中、ベッドに寝かされていた。


「お目覚めになられたのですね。」


 どこからか優しく、澄んだ声が聞こえ、俺は声の主を探すため首をひねり、呆けてしまう。

 声の主はとても美しい、2mはあろうかという巨大な女性、妖艶な微笑みを浮かべ、薄絹をまとった彼女の姿は幻想的ですらあり、俺は声を出すこともできず、ポカンと彼女を見つめていた。


「ふふっ、お加減はどうですか? どこか痛むところなどありませんか? 」


 優しくかけられたその声に何か返事をしなくては! と焦りにも似た気持ちが生まれ、俺の意識は急激に覚醒する。


「あ、えっと、とりあえずどこも悪くないみたいです。すみません、なにやら手間を掛けさせてしまったみたいで。」


「いいえ、娘たちから話は聞いています。あなたは私の娘を救ってくれた恩人。こちらこそ強引な手段でお招きしてしまい申し訳ありません。」


 ああ、そうか。俺はあの蜂女にここに連れてこられたのか。よくよく見れば目の前の巨大な女性にも

触覚らしきものがついている。


「実は俺、目覚めたばかりで右も左もわからない状態なんです。もうなにがなんだか。」


「目覚める、と言いますと? 」


 俺はベッドから身を起こし、勧められるままに彼女の前に置かれた椅子に身を移す。彼女は身分の高い人らしく、豪華な長椅子に横たえていた大きな体を起こし、俺の話を聞いていた。その体を起こした時に椅子の裏に隠れていた尻から生えたでっかい蜂の腹が見えてしまう。


「コールドスリープですよ。施設の機材はほとんど壊れてしまって、今が眠りについてから何年後なのかもわからないんです。共に眠りについた仲間の半数はすでに目を覚ましているみたいで、彼らを探すため、外に出てきた所、娘さんのピンチに出くわしたと。そんな訳なんですよ。」


 その話を聞くと今まで優しげな微笑みをたたえ、微動だにしなかった彼女の表情が驚きに彩られ、その目は大きく見開かれる。


「コールドスリープ!? ま、まさか。もしやあなたはトゥルーブラッド? 」


「なんですか、そのトゥルーなんちゃらって? 」


「あ、ああ、すみません。言い方を変えましょう。あなたは『ニンゲン』なのですか? 」


「あはは、何を今更。俺が人間以外の何かに見えますか? 」


「やはり……で、半分はすでに覚醒していると言いましたね? では残りの半分の方はどうなされたのですか? 」


「まだカプセルの中にいました。ヘタにいじって蘇生不良とか起こしてもいけないのでそのままです。」


「その施設とやらはここから近いのですか? 」


「ええ、歩いて半日くらいですね。それが何か? 」


 巨大な女性は眉間に皺を寄せ、しばらく考え込む。そしておもむろに、こう切り出した。


「そこに案内していただけませんか? 」


「――その前にあなたたちの事を教えてくれませんか? 俺はあなたが何者なのかもわからないので。」


「ああ、それはそうかもしれませんね。私たちはインセクト。あなたの知ってる世界には存在しなかった生き物です。そして私はこのコロニーの女王、イザベラ。さしずめ女王蜂といったところかしら。よかったらあなたのお名前も教えてくれると嬉しいのだけど。」


 ああ、なるほど女王蜂ね、だったら尻から生えたデカい蜂の腹も納得だ。


「俺はゼフィロスって言います。ファミリーネームはありません。妹と二人、孤児だったもので。」


「そう、よろしくね、ゼフィロス。あなたもなんとなく解ってたとは思うのだけど、私たちはヒトに蜂の遺伝子を混ぜて誕生した新しい『ヒト』なの。私たちの他にもいろんな昆虫と同化した様々なインセクトが存在するわ。」


「なぜ昆虫と同化を? 」


「ヒトの体では環境の変化に耐え切れなかったの。この地上で生き抜くためには『ヒト』であることをやめなければならなかったのよ。ずっと、ずうっと昔、私たちの祖先はそうして生き残ったの。」


「そうですか。俺たちは政府の言うがままにあの施設に連れてこられ冷凍されました。西暦2382年の事です。今はあれからどの位経っているんですか? 」


「今は新暦の1308年よ。西暦に直すと3702年ね。あなたは1320年の間、眠りについていた事になるのね。」


 1320年って、どんだけ?


「あの核爆発のあと一体何があったんですか? 地球はどうなったんですか? 」


「私も全てを知っているわけではないのだけれど、それでもいいかしら? 」


「ええ、どんな些細なことでもいいんです。俺が寝ている間に何が起きたのか教えてください! 」


 俺は必死だった。目が覚めたらそこは異世界とでも言うべき全く知らない世界。なによりニンゲンと

いうものが存在しないらしい。どうしてこうなったのか、何が起きたのか。それを知るのがニンゲンで

ある俺の責任のような気がしてならなかった。


 女王イザベラの話によれば、あの核爆発を引き起こした隕石には特殊なバクテリアが付着しており、それが落下の衝撃で全世界に散らばった。それに感染した生き物は、動物も、昆虫も、そして植物も放射能の海の中でも生き残れた。そして体は元の何倍もの大きさに。俺が見た木や草、それに狼などはそうして生まれた物であるという。

 だがなぜかそれは人には感染しなかった。そのままでは地上にでれない生き残った人類は遺伝子工学を操り、自らを過酷な環境に適応させる為、改造を施していった。核爆発のあとも平然と生き抜いている動物や昆虫などの遺伝子を取り込み、高濃度な放射能の中でも生きていける体を作り上げていったのだ。


 もっとも試みの全てが成功したわけではなく、動物は犬や猫、ネズミの一部しか人間と融合できず、爬虫類はトカゲのみ、鳥類は全て失敗に終わる。昆虫も蜂や蟻、甲虫の一部が成功するものの蝶などは失敗する。世代を重ねるごとにそれらはさらに淘汰され、現在まで生き残っている大きな部族は狼族と獅子族、昆虫では蜂族と蟻族のみとなった。結局、群れを作る社会性のある生き物のみが生き残ったと言う訳だ。他は少数民族として細々と暮らしているという。

 新人類は悲劇を繰り返さぬよう文明を捨て、動物や昆虫の本能を使いこの過酷な環境に立ち向かっていった。


 そんな中、コールドスリープについていた人間が次々と目を覚ます。地上環境はそれほど改善されておらず、人間が生きていくには厳しいままだった。そこで彼らは生き残るべく、融合とは違うやり方で自らを進化させる。過酷な環境に耐え抜くべく徹底的にいじられた遺伝子はやがて『エルフ』と呼ばれる新人類を誕生させる。彼らは従来の人間に比べ、非力ではあるものの核汚染された環境に強く、少ない食料で生きていける。

 エルフは生存競争で敗れないよう、今や古代文明の遺跡となり果てたアンドロイドを起動させる。アンドロイドの助力を得た『エルフ』はこの新時代に人類の頂点に立つべく、他の種族に迫害を開始した。

 

 力や反射神経に優れ、肉体的には圧倒的なアドバンテージを誇っていた動物種『ミュータント』や昆虫種『インセクト』もさすがにアンドロイドには歯が立たず、その生活の場を辺境に追いやられ、都市部で暮らすものは偏見や差別に晒された。

 エルフ曰く、ミュータントやインセクトはヒトとしての誇りを投げ捨て生きてきた下等生物だ、という事になるらしい。

 繁殖力こそ低いものの長命なエルフは名実共に地上の主となり、文明を再興させる。

 未だ、14世紀並みの技術しか回復できていないがその中でエルフはまさに中世貴族のように振舞った。ミュータントやインセクトは何かあれば即座に奴隷に落とされ、迫害された。反抗しようにもアンドロイドが目を光らせている。エルフ以外の種族は息を潜め、目立たぬよう、エルフに逆らわぬよう生きていくのが精一杯だった。現に娘をさらわれ、その身柄の返還を訴え出たイザベラの前の女王は街中で磔にされ、死骸は標本にされたという。

 涙ながらに語る女王の姿に俺は、相変わらずとも言える人の愚かさに無性に腹が立った。


「で、女王様は俺のいた施設に行って何をするつもりなんですか? 」


「エルフの迫害を受ける前に保護したいのです。」


「迫害? なぜそんなことを。」


「エルフはトゥルーブラッド、つまりあなた達人間を必要とはしていません。彼らの強みは私たちの使えないアンドロイドを使役できるということです。つまり自分たちと同じくアンドロイドをうごかせるニンゲンは彼らにとって邪魔以外の何者でもないのです。」


「え? アンドロイドって誰でも使えるんじゃないの? 」


「ええ、ニンゲンならそうでしょう。しかし遺伝子配列の変わってしまった私たちはアンドロイドにインプリンティングという物ができないのです。人に近いエルフでさえ、インプリンティングできるのは極々限られた者だけ。同じエルフでもアンドロイドを使えるエルフは『貴族』としてこの世界に君臨しています。」


「そっかー、確かに2体のアンドロイドがあればそれを持たない生身の人なんて相手にならないだろう

からなー。」


「2体? アンドロイドは2体使えるのですか? 」


「一人2体使えますよ。最もハウスキーパーとか単純作業しかしない奴ならいくらでも使えますけどね。2体ってのは高度な自律型AIを持った人型のことです。」


「人型? そんなアンドロイドがいるのですか? 」


「ええ、高性能な奴はみんな人型ですよ。一番性能がいいのは軍事用って言われてますけど、実は愛玩用だって聞いたことがあります。」


「愛玩用? それは何をする為のアンドロイドなのです? 」


「い、いや、その、なんていうかほら、恋人の代わりっていうかですね、」


 しどろもどろに答える俺に、女王はクスッと優しく微笑むと


「なるほど。異性の代わりをしてくれるのですね。」


「そ、そういうことです。でも出生率が大幅に下がって駆逐されちゃったからほとんど残ってないだろうけど。」


 恥ずかしさのあまり敬語と地の言葉がごちゃまぜになる。


「で、私の知ってることはここまでですが、案内していただけますか? 」


「ええ、あなた達は悪い人じゃなさそうですしね。」


 では、と女王は部屋の外に控えていた先程俺を刺した蜂女、ヴァレリアを呼ぶ。


「ヴァレリア、あなたはゼフィロスさんと共に、コールドスリープの施設に行きなさい。ついたら他の者達を呼んで、中にいるトゥルーブラッドを保護するのです。あなたのことだから心配はないと思いますが、エルフには十分注意しなさい。万が一の時は彼を守って差し上げるのですよ? 」


「わかりました、お母様。」


「その前に、ゼフィロスさんにお食事と休息を。出発は明日でいいですから。」


「わかりました。」


 ヴァレリアはまるで軍人のように姿勢正しく受け答えをする。


「ゼフィロスさん。遅くなりましたけど娘のユリを救ってくれてありがとう。お礼と言ってはなんですが好きなだけここにいてくださいね。」


「あはは、そんなこと気にしないでいいですって。たまたまですから。」


「さ、ゼフィロス、こちらへ。ではお母様、また後ほど。」


 俺は足元のバックパックと剣を抱え、ヴァレリアと呼ばれた蜂女のあとに続いて巣? の中を歩き出した。


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