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愛、羅武、YOU。



「ゼフィロス! 」


 待ちきれない様子で飛んできたヴァレリアは、ジュウちゃんから俺を奪うとそのまま痛いくらいに抱きしめた。


「ただいま。」


「うん、うん、お帰り。ずっと待ってた。」


『八つ当たりしながらね! 』


 ジュウちゃんの愚痴をよそに、ヴァレリアはそのままぐんぐん高度を上げて下のみんながコメ粒ほどになると、むちゅっ、むちゅっと俺に口づける。


「もっと、もっと、ちゅっちゅして。」


 俺は細かく羽ばたくヴァレリアの羽に注意しながら彼女の首に手を回し、ぎゅっと抱き寄せ口づける。ヴァレリアはその喜びを表すかのように、ゆっくりと空を回りだす。途中で見た、交尾するトンボのように。

 そして俺を金色の瞳でじっと、見つめたかと思うと、頬を染めて目をそらし、「だいしゅき。」と言った。そしてにこやかにほほ笑んで、目に涙を溜めながら「だいしゅき、だいしゅき! 」と繰り返し、頬ずりする。俺の頭の中ではかつて見た映画のハッピーエンドで流れた耳慣れた曲が駆け巡っていた。


「ああ、俺も大好きだ、ヴァレリア。」


 うん、うん、と頷くヴァレリアの髪を指で梳かしてやる。さらさらとした艶のある黒髪が陽の光にキラキラと輝いた。




「で、メルフィ。お前たちは我らと盟を。それでいいのだな? 」


 空でひとしきりいちゃいちゃしたヴァレリアは用事を済ますべく地に降り立ち、メルフィに言葉をかけた。」


「そうです。あくまでゼフィロスを通じて、と言う事にはなりますが。その証としてゼフィロスにはわたくしがお仕えを。」


「ふむ。まあ、いいだろう。ゼフィロス? メルフィを飼うならば世話をしてやらねばな。」


「……飼う? とはどういう意味かしら。」


「なんだ、通じぬのか? ゼフィロスがお前を飼うというのであれば我がコロニーで面倒見てやる。そう言う事だ。私としては生き物を飼うのは面倒だから反対なのだがな。」


「ほぉーん。それって、喧嘩を売ってるって捕らえてよろしいのかしら? 」


「これだから野蛮な種族は困るのだ。私は事実を申し述べたまで。」


「他人を捕まえて、飼う、そう言う言いぐさが事実とでも? 」


「盟は必要だがお前はいらん。それが事実だが? 」


 二人はあっという間に険悪になってにらみ合う。もうね、ヴァレリアはコミュニケーション能力に問題ありだから。


『バカなのよ。要は。ヴァレリアもあのアリ女もね。ほっとけば殺し合いかなにかで片が付くんじゃない? 』


 ジュウちゃんの言葉に、いつの間にか俺の隣にいた乗ってきたアリもウンウンと首を縦に振った。


「あれ、このアリも言葉わかるのかな。」


『ずっとあんたを乗せてきたなら匂いくらい覚えるわよ。まだ匂いを作れはしないみたいだけど。あたしの言う事なら片言くらいにはわかるみたいね。ま、止めるなら今のうちよ。すぐに殺し合いを始めると思うから。ま、二人が死んでもあたしとジュリアがいるし、問題ない、と言うか、望ましいわね。』


「もう、そう言う訳にもいかないだろ? 」


 当の二人は煙が出そうなほどにおでこを擦り付けあい、前哨戦なのか、触角でぺちぺちと互いを叩きあっていた。


「もう、ヴァレリア? そんな言い方したらメルフィだって怒るよ。」


「む、そうか。そうだな。ゼフィロスが飼うのであれば私もいつくしんでやらねば。」


「その、飼う、と言う言葉が無性に苛立ちますの。」


「メルフィも、落ち着いて。」


「でも。」


「それよりもさ、アレ、聞いてみようか。」


 俺は険悪なムードを宥める為、話題の変更を申し入れる。


「ねね、ヴァレリア。」


「なんだ? 」


「ヴァレリアもその尻尾から蜜とか出せたりするの? メルフィの蜜はおいしくてさ、ヴァレリアも出せるなら舐めてみたい。」


「ふふ、そんな事か。無論、私も出せるぞ。メルフィよりもおいしい物をな。」


「ほう、言いますね。ではわたくしが味を見て差し上げます。」


「ま、かまわぬが。」


 ヴァレリアは後ろを向いて平べったい蜂の腹をぴょこりと持ち上げる。そしてその先に小さな水滴が浮かんだ。


「いいですか、ゼフィロス。蜜を舐めるときはこうして優しくっ・・・」


 ぺろりとひと舐めしたメルフィはそのままドサリ、と地に倒れ、白目を剥いてぶくぶくと泡を吹いた。


「あ、間違えて毒を出してしまったかもしれんな。さ、ゼフィロス。お母様も待っている。帰ろうか? 」


 そう言うとヴァレリアは俺を抱きかかえて羽を広げた。


「ヴァレリア? メルフィは? 」


「あ奴はあのくらいでは死なぬ。クロアリ族は丈夫なのが取り柄だからな。放っておけばこの地で暮らせよう。お前は飼い主として年に一度くらい顔を出せばいい。」


 ヴァレリアがフフンと鼻で笑った時、ゆっくりとメルフィが起き上がる。


「ヴァ、レ、リ、ア、オドレ、何さらしてくれとんじゃ! 」


 うっは、チョー怖え、メルフィの目は限界まで見開かれ、その赤い瞳は完全に瞳孔が開いていた。そして、ふらりと揺らめくように手を前に出し、『装着』と口にする。メルフィの体はあっと言う間に黒光りする鎧に覆われた。その目、複眼に当たる部分は他の騎士たちと違い、赤く光っていた。


「ゼフィロス放せや。うちとオドレ、どっちが強いかそろそろケリつけなあかんなぁ、思うとったんや。」


 凄みのある方言でメルフィが威嚇する。周りにいたうちのソルジャーやアエラの娘、そしてアリの騎士もジュウちゃんも、乗ってきたアリもその気迫に押され一歩後ずさった。


「ほう、この私に挑むと? 」


 だがその気迫を平然と受け流したヴァレリアは余裕のある笑みを浮かべ、俺を放す。


すぐにケリをつける。ゼフィロス、よく見ておくと良い。生き物を飼うにはまず躾けだ。『メタモルフォーゼ』」


 ヴァレリアの体も一秒もかからずに鎧に覆われた。そしてヴァレリアはその手に槍を。メルフィは剣と盾を生成する。


「ゼフィロス? うちがこのアマをすぐにバラしたる。そしたらあんたはうちのもんや。」


「寝言は寝て言え! このクズが! 」


 ヴァレリアは手にした槍でためらいなくメルフィを突いた。それを盾で防いだメルフィ。だが槍は盾を貫き、メルフィの鼻先で止まった。


「ふふっ、運がいいな、メルフィ。」


 ニヤリと笑ったヴァレリアは羽を広げて飛び上がり、次の槍を生み出した。そして、前にアンドロイドにしたように、次々とメルフィ目がけて投げつける。それをメルフィは剣で切り落とし、盾で防いだ。二人の戦いを間近でぼーっと見ていた俺をジュウちゃんが抱え上げ安全なところまで飛び上がった。


 評議会のある大木からは何事かと次々にいろんな種族が吐き出されてくる。その中にはクロアリに支えられたカルロスの姿もあった。


『流石ね、ヴァレリアは。戦う事だけなら種族で一番かもしれない。クズだけど。』


 ジュウちゃんが感心したようにそう言った。確かにヴァレリアは一瞬たりとも動きを止めず、次々と槍を投げつける。だが投擲ではメルフィの盾を破る事は出来ないらしく、その盾には十本近い槍が突き立っていた。

 メルフィは防戦一方。剣のリーチではヴァレリアに届かず、盾で防ぎ損ねた槍が数本、黒光りする鎧に突き立っていた。


 そしてついに、形を保つことに出来なくなったメルフィの盾がパンと音を立て、空中に溶けていく。一方のヴァレリアも地に降りて、大きく息を吐いた。


『ま、流石にあの数の槍を生み出せばああなるか。』


 解説のジュウちゃんがそう呟いた。


「ふふ、あははは! オドレ、それで終いかい? うちに喧嘩売るんは十年ばかし早かったようやな! 」


 口元を歪めたメルフィはそう言うと、右手に持った剣を一振りする。すると鎧に突き立ったヴァレリアの槍がポロポロと地に落ちて消えて行った。

 メルフィは携えた剣も消し去って、新たな武器を生み出した。それは長尺の斧槍ハルバート


「うちがこいつでオドレを寸刻みにしたるからな。」


 メルフィはそう言うが早いかその斧槍を力任せに振り抜いた。ヴァレリアはそれをサイドステップで躱しながら槍を投げる。ズーン、と重い音がして砂煙が立ち上がり、レンガの敷かれた道に、大きな裂けめが出来上がる。


「ふふ、バカ力だけが取り柄のお前に私を倒せるとでも? 」


 メルフィはそれに答えず頭を振って兜に突き立った槍を振り落とした。


「ねえ、ジュウちゃん、クロアリの鎧ってあんなに硬いの? 」


『それがクロアリの特徴なのよ。あたしたちの方が素早く動けるし、手数も多い。けどあいつらは重い一撃とあの硬さを持ってる。でも、あのメルフィってのは特別ね。あんなの初めて見るわよ。ファーストだとしても強すぎる。』


「メルフィの一族はカルロス、トゥルーブラッドの血を引いてるからね。それが原因かも。」


『恐ろしいものね、アレじゃあんたの種をみんなが欲しがるのも無理はないわよ。あ、動くみたいよ。』


 メルフィは斧槍を引き抜いて今度は横薙ぎに振るった。ヴァレリアは作りだした槍でそれを防ぐも簡単に槍ごと弾き飛ばされ、空中で姿勢を立て直す。そして、槍を構えて、「はぁぁぁっ!」と気合の叫びをあげ、全速力で突撃する。それを斧槍でいなされるとその槍を振りかぶって打ち付けた。メルフィはそれを受け止め、図らずもつばぜり合いの形になる。力ではメルフィの優位。ヴァレリアは地に踏ん張りを利かせているが、ずるずると押されていく。だが羽を羽ばたかせ、推進力を得て押し返し始めた。


『さて、こうなるとヴァレリアが押し切るのが先か、力尽きるのが先か、ね。いずれにしてもどっちかが死ぬわ。』


「マジで? 」


『ここまでやったんだもの。当然よ。ヴァレリアが死ねばあたしたちがメルフィを始末する。逆であれば他のアリたちが。そうなれば盟もくそもないわね。ま、バカのやる事はこんなものよ。そもそも話し合いができるならとっくにしてると思わない? 』


「そりゃ、そうだけどさ。ジュウちゃん、ちょっと降ろして。」


『二人に介入しようっての? やめときなさい。バカに理屈は通用しないから。』


「ちょっとね、考えが。このままじゃ最悪の結末しか見えないし、やってみる価値はあるさ。」


『良い事? あいつらはバカなの。それを忘れちゃダメよ? 体の力に劣るあんたじゃあいつらからは逃げられない。それでも? 』


「うん、大事な人だから。ヴァレリアも、メルフィも。」


『そう、ならいいわ。止めて見なさい、バカどもを。』


 ジュウちゃんに地上におろしてもらった俺は恐る恐る二人に近寄った。


「ぐぅぅぅぅ! 大人しく往生せんかい! バラして谷の上から撒いたるから! 」


「おぉぉぉ! お前こそ、串刺しにして干からびるまで晒してやる! 」


 互いの口からはとんでもなく物騒な言葉と、歯を噛みしめすぎたのか、血があふれていた。側に居る俺にさえも気づく様子はない。うーん、実に恐ろしい。だがこのままではどっちが勝っても最悪の結末だ。勇気を出して俺はメルフィの後ろに回り、その尻尾に吸い付いた。


「ひゃん! あかん、あかんて今は。な、ゼフィロス? こいつをぶっちめたら好きなだけ吸わしたるから、今は堪忍や。」


「ダメ。」


「やん、そないに吸うたら、や、らめ、らめって言うとるのにぃ! 」


 メルフィはくたくたとその場に座り込み、うつ伏せに突っ伏した。


「ふふ、ゼフィロス。今すぐそいつを串刺しに。」


 そう言うヴァレリアに抱き着いてキスをする。ヴァレリアは持っていた槍を手放して、ぎゅっと俺を抱いた。


「ちゅっちゅするの? 」


「メルフィと仲良くするならね。」


「――そしたら、そしたらもっとちゅっちゅしてくれる? 」


「もちろん。」


「し、仕方ないな。メルフィ。これまでの事は水に流してやる。」


「お、オドレが喧嘩売ってきたんやろうが! 」


「もう、メルフィも。蜜吸ってやらないぞ? 」


 そう言うとメルフィの赤く輝いていた複眼がゆっくりと元の黒い色に戻っていった。


「そんな、頼んでません! 」


「じゃ、いいの? 」


「もう、意地悪ばっかり。わかりました。喧嘩はやめます。でも、人前で吸うのは。」


 と、こんな感じで二人は仲直りした。そこにどや顔をしたカルロスの機械音声が響く。


「流石、という所かね。ゼフィロス。君の器量には感服したよ。」


 こいつ、人を強制収容所におしこんだくせによく言う。引っ叩いてやろうかと思ったが何せ相手は機械の体。痛いのはこっちに決まってる。

それに、カルロスの孫娘たるクロアリたちがその事で暴れだしたら元の木阿弥だ。


「議長閣下、クロアリのシルフ女王はオオスズメバチと盟を結ぶと。その証としてメルフィを俺に。」


「なるほど。実に素晴らしい。」


「だからメルフィは連れ帰る。問題ないですよね? 」


 カルロスのくせに偉そうに。そう思いながらも一応丁寧に応対する。


「無論。できれば、女王イザベラの許可を得て、そちらのヴァレリア、そして我が孫娘メルフィと共にこの街で暮らしてもらいたい。」


「議長閣下、それはどういう意味だ? 私たちにはコロニーがある。」


「君たち二人がゼフィロスの妻として、ここに居を構え独立。何も問題はないはずだが? 」


「ツ、妻? 妻と言う事はその、なんだ。神聖なる睦言を交わす、と言う事か? この私とゼフィロスが? 」


「そう言うことになる。嫌であれば無理にとは言わぬが。メルフィ、お前はどうか? 」


「わ、わたくしはその。そういう、その。あの。」


「まあ良い。ともかく共に暮らしてほしい。それが我が評議会の望みだ。いいね? ゼフィロス。」


 俺の逃げ道を完全にふさぐつもりだな、こいつ。ま、今更エルフに関わりたいとも思わないしヴァレリアの事は好きだ。メルフィだって嫌いじゃない。けれど、淫乱なメルフィはともかく、恋愛感情が小学生なみのヴァレリアにそれが理解できるのだろうか? 


「つまりはだ、私はゼフィロスのお嫁さん、プリンセスになればいいのだな? 」


「そうだね。女王ならば君をそうできるはずだ。君が望めばだが。」


「わかった。私一人で決めれることではない。お母様とよくよく話し合う事にする。それでは議長閣下。失礼する。」


 ヴァレリアは俺を手を取りカルロスに背を向ける。メルフィはカルロスに一礼して走り寄り、もう片方の手を握った。そのカルロスは肩を揺らして俺たちを見送る。そのフードの奥の顔はきっと笑っているに違いない。


 二人の鎧がパリンとはじけ、柔らかい体が俺の左右を包む。うん、俺は幸せ。多分。



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