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アリの騎士たち



 アリの巣生活3日目。この日は朝から支度を整え、セントラル・シティに向かうキャラバンと共にここを出発予定だ。


「ゼフィロス。あんたはもう、あたしの子同然だ。なんかあったらこのお母ちゃんに言うんだよ? 」


「はい、お世話になりました。」


「出来はともかくあんたはサボらずに働いた。それだけでも大したもんさ。メルフィ? ゼフィロスが本当の息子になるかどうかはあんたにかかってる。いいね? 」


「もう、そんなんじゃないって言ってるでしょ? 」


「あはは、まあいいさ。けどね、メルフィ。女ってのは自分の気持ちを隠すと損をする。あんたはあたしの産んだファーストだ。その気になれば子だって持てる。あとはその気になるかどうかさ。」


 メルフィはそれには答えず、真っ赤になった顔を背けた。


「ま、蜜吸われたぐらいであんなに甘い声上げてんだ。意地張るだけ無駄ってもんさね。さ、行っておいで! 道中気を付けるんだよ! 」


 先頭には護衛役の鎧をつけた人が騎士のように大きなアリに跨って進んでいく。その後ろに大量の荷を積んだ荷車を引いたアリたちが続いていく。その中ほどに俺とメルフィを乗せたアリが陣取り、後方にも荷車、そして最後尾にも数人の護衛が付いた。


 俺はメルフィに後ろから抱え込まれるようにしてアリの上に乗っていた。こうして集団で動く時はアリに対する操作は不要。先頭のアリが放つフェロモンをたどって遅れないようきちんと進んでくれる。無論、俺にはわからないがジュウちゃんたちのようにメルフィとは匂いで会話できるようだ。


「あー、いい天気だな。」


 俺は後ろで支えるメルフィに寄りかかりながらそう言った。メルフィにはどこまでも我儘。グランさんに言われたのもあるが、メルフィの持つ雰囲気がそうさせるのだ。そのメルフィは腰の中肢で俺を抱えながら空いた手で髪を撫でていてくれた。


「なんだあれ。」


 空を見上げると上の方に何やら飛ぶものが。額に置いたゴーグルを装着し、それを拡大していく。そこには二匹のトンボが空中で交尾をしている姿があった。表示は当然unknown。サイズは10m近くあった。すげえなぁっと思ってみているとゴーグルが警戒表示を浮かび上がらせた。11時の方向に生体反応。距離およそ400m。ゴーグルの予測によればここで初めて出会った狼のようなハムスター。数は4。


「メルフィ、」


「はい、どうしました? 」


「敵かも。11時方向、数は4。多分ネズミ系。」


「判りました、すぐに警戒を。」


 メルフィは目を閉じて少し念じたような顔をする。その瞬間に隊列が変わり、11時方向には護衛の騎士が。荷車を運ぶアリたちは二時方向に進んでいった。メルフィは手綱を取って、その中間にアリを進める。


 後方にいた護衛の騎士も合流し、彼女たちはアリを一列横隊で並ばせると、その手に長い槍と盾を作り出す。そしてハムスターの凶悪な姿が見えると全速力でアリを走らせた。彼女たちの乗るアリは体長3mほど。ハムスターはその倍はある。向こうもこちらに気づき、一斉に走り出した。俺もハムスターが抜けてきても良いように、懐から空気銃を取り出した。


「大丈夫ですよ、あれくらい。」


 メルフィは優しくそう言って後ろから抱きかかえる。その言葉通りアリの騎士たちはハムスターにランス・チャージを決めて一撃で仕留めた。


「ははっ、すごいねえ。」


「騎乗しているのですからその特性を生かさねば。もっとも地に降り立っても私たちは十分に強いのですよ? 」


「だろうね。メルフィ、尻向けろよ。緊張したらのどが渇いた。」


「えっ? ここでですか? 」


「お前が変な声出さなきゃいいんだよ。それとも他の人に頼もうかな。味が違うかもしれないし。」


「――もう、そうやって意地悪ばっかり。ダメです、わたくしのだけ。ね? 」


 そう言ってメルフィが尻を向けたのでそれにしゃぶりつく。じわっと沸いた蜜は少し酸味があって実にうまいのだ。メルフィはプルプル震えながらも腕を噛み、必死に声を押し殺していた。

 そうこうするうちには隊列も戻り、俺たちの乗るアリも動き出す。さっきのハムスターの死骸に空を飛んでいたトンボが下りてきてそれをついばみ始めた。

 メルフィは膝をがくがくさせたまま、アリに抱き着く格好で放心していたので、その尻をぱちんと叩いて起こしてやる。


「ひどいですぅ、あんなこと。」


「普通に飲んだだけだろ? 」


「もっと優しくっていつも言ってるのにぃ。」


「いいじゃんか、好きなように飲ませてくれったって。」


「ぷう。でも、これだけは約束してくださいね? 蜜を飲むのはわたくしからだけ。いい? 」


「別にいいけど? その代わり飲み方に文句言うなよな。」


「ええ、仕方ありませんから。」


「なんだ偉そうに。ねね、ところでさ、その蜜ってヴァレリア達からも出るのかな? 」


「さあ、どうでしょう。体の構造はそんなに違わないはずですけど。どうして? 」


「いや、はちみつとか出るのかなって。」


「ふふ、試してみるといいですよ。」


「あら、そっちはいいの? 」


「ええ、違う種族ですから。妬いたりなんかしませんよ。」


「あ、さっきは妬いたの? 」


「……えっ? 何がですか? そそそ、そんなはずないですから! 」


「じゃあ他の人にも蜜もらってもいいじゃん、味が違うかもしれないし。」


 そう言って身を乗り出すとメルフィは両手と中肢でがっちり俺を抱えてしまう。


「――もう、意地悪。ゼフィロスは私のだけでいいんです。わかりましたか? 」


 おっぱいをぐりぐり押し付けられてNOと言える殿方はいないだろう。俺はもちろん、「うん。」と答えた。



 池のほとりで休息し、弁当をみんなで食べた。鎧姿の騎士たちも俺たちの側に座ってあれこれ話ながら食べる。


「ほら、ゼフィロスさん、これはさっき敵を見つけてくれたお礼だよ。」


 一人の騎士がそう言って自分の弁当の中から切った果物を食べさせてくれる。


「なら私はこれを。」


「私も。」


 次々と騎士たちが俺に果物やらおかずやらを食べさせてくれる。メルフィはぷうと頬を膨らませそれを見ていた。


「食べ物ばかりじゃアレだし、私は蜜を吸ってもらおうかな。」


 最後の騎士がそう言うと、メルフィは凄い顔で睨み付ける。


「ダメ! 」


「なんでですか姉さん。」


「蜜はわたくしが差し上げるの。」


「やっだ、それって妬いてんの? 姉さんも可愛いところあるじゃない! 」


「ほんとよね。」


「ふふ、でも姉さんと味が違うかもよ? ゼフィロスさん。」


「もう、近寄らないで! 」


「それじゃあたしのも吸ってもらおうかなぁ。」


「私も! 」


 騎士たちがそうはしゃぐとメルフィはものすごいキレ顔で立ち上がり、その手に剣を作り出す。


「言葉、通じない? 」


「あ、あはは、冗談、冗談ですよ、姉さん。ねえ、みんな? 」


「決まってるだろ? ちょっとからかいすぎた、ごめんって。」


「そうですよ、そんなにムキにならなくても。」


「ほらほら、冗談って言ってるんだから。」


「けど! 許せない! 」


「もう、メルフィ? 」


 それでもメルフィは怒りが収まらないらしく、俺の前に立ち尽くしたままだった。仕方がないので俺はその目の前にあるシッポを掴んでぎゅっと引き寄せる。


「ほら、のどが渇いた。」


「えっ、そんな、みんなの前で? 」


「早く。」


 ぷくーっと水滴が出来たのでそれに吸い付いた。じゅじゅっと尻尾を吸うとメルフィは我慢できずに声を上げる。


「あっ、だめぇぇ。そんなにしちゃだめなのぉ! だめ、だめ、ぺろぺろしちゃ嫌ぁぁぁ! 」


 がくがくと膝を折り、上体も支えきれなくなって四つに這うメルフィ。俺が口を放すとそのままうつぶせに倒れ込んで痙攣した。



「なんか、すっごくいやらしい。ねえ、蜜吸われてあんな風になるの? 」


「あたしはそう言う経験ないよ。子供たちにはちょくちょく吸わせてるけど。」


「そうよね。でも見て? 姉さんったらこんなだらしない顔しちゃって。」


「姉さんが特別淫らなだけじゃない? 」


「「そうね。」」


「さ、準備していきましょうか。日が落ちる前に着きたいしね。」


 騎士たちはそう言って立ち上がった。俺もメルフィの尻を叩いて起こすと、アリに跨った。


「もう嫌ぁぁ、恥ずかしくて生きていけない! 」


「はは、みんなが言うにはお前は淫乱女なんだってさ。普通は蜜吸われてもああはならないって。」


「ち、ちがいますぅ! あ、あれはゼフィロスが変な吸い方するから! 」


「ははっ、ま、いいじゃん。淫乱。」


「い、淫乱じゃありませんから! 」



 街の外壁が見えてくるとその上空には飛行物体の群れ。その中の一つ、首に血の色のスカーフを撒いたスズメバチがまっしぐらに飛んできて、俺を攫っていった。


「あ、ゼフィロス! 」


「あはは、大丈夫、この子は友達なんだ。先に街に入っててくれよ。」


「でも! 」


 ジュウちゃんは俺を抱えて高度を上げていく。メルフィは俺を心配そうに見つめながらアリの背に揺られていった。


『もう、こっちは大変だったのよ? 』


「どうしたのさ。」


『あのバカ女が荒れまくって。訓練って称して、ソルジャーたちもアエラの娘たちもぼこぼこよ? 今だって早く迎えに行けって急かされて。ほんっとあいつはクズね。』


「あはは、大変だったねえ。」


『もう、笑い事じゃないわよ。で、そっちは? 』


「それなりに楽しかったよ。みんないい人だったし。」


『そう、ならよかった。クロアリのことだからあんたも無理やり働かされてるもんだと思ってたわ。』


「働かされはしたけどね。その分おいしい物をくれたし。向こうの女王も一緒に働いてたんじゃ文句も言えないよ。」


『そう、あいつらも別の方向で頭がおかしいものね。とにかくお帰り。』


「うん、ただいま。」


 ジュウちゃんに抱えられるとしっくりくるというか、安心する。たかが三日、されど三日。ジュウちゃんの仄かに漂う蜂の匂いが心地良く感じた。


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