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駅前 気づいたり

 


 仕事帰りや学校帰りの人々で賑わう駅前。暗い顔で足早に帰る人もいれば、明るい顔で寄り道をしていく人もいる。

 中央の広場にどんとある噴水のその淵に並んで腰掛けた。茉莉さんは体を捻り、水に手をかざしてしばらくのあいだ遊んでいた。やがて、その濡れた手を広げて夕日にかざす。落ちる雫がビー玉のようにきらきらと光っていた。

「あたしたちは脆い関係だ。それは内面も外面もそうだ。……その意味がわかるかい?」

 指と指の隙間から夕日を覗きながら、そっと訊いてきた。

「リーダーが日衣だから……とかですか?」

 ぼくの答えに茉莉さんはふっと微笑み、手を下ろした。

「そうだね。彼女が一番脆い存在だから、それによって束ねられたあたしたちも脆いのかもしれない」

 どんなチームであれ、かしらの雰囲気がそのままチーム全体へと影響して現れるものなんだろう。

「そもそもにあたしたちは同じ街内に住む者同士とはいえ、あくまでもサイトを通して出会った間柄だ。それは、一定の距離を保った関係だということ。普通に学校や道端ですれ違い知り合い、交流を持つ関係とはちょっと違うんだ」

「だから脆いってことですか?」

 茉莉さんは真面目な表情で頷いた。

「人は一定の距離を保った関係が一番気持ちが良い。遠すぎず近すぎず、長くもなく短くもなく、ふとした瞬間にぽろりと砕けてしまうような脆い関係がね。逃げたい時に逃げてもいいし、壊したい時に壊してもいい。そういう間柄であるほうが束縛が最小限で済み、あくまで他人だという認識も残っているために居心地が良いんだ。……その分、代償が大きい。どうしてかわかるかい?」

 夕日を見つめたまま茉莉さんは訊いてきた。

 遠すぎず近すぎずもない距離感のほうが接しやすい。そうなると、そんな距離感を持ってしまった人とはどんな関係になってしまうだろう……?

「……依存しやすい、とか?」

 たぶん、という曖昧な答えだった。それでも茉莉さんは賛同した。

「そうだね。気持ちが良い関係だからこそ、その関係に酔ってしまうんだ。そうすることによって、せっかく今まで保っていた一定の距離を詰めてしまうような事案が発生し、それまでの関係は一気に崩れてしまう」

 茉莉さんは両手の人差し指と人差し指を平行にくっつけたあと、ぱっと花火のようにその手を脆く散らしてみせた。

 距離を置いた関係に酔ってしまい、もっと距離を詰めたくなる。そしたらもう居心地はよくなくなってしまうだろう。

 そうしたらどうなる?たぶん、茉莉さんが言いたいのは……。

「……日衣が……そうだってことですか?」

 おそるおそる訊いてみたけれど無駄だった。茉莉さんは簡単に頷いた。

「彼女はあたしたちに依存してしまったんだ。そして、その発端を作ったのは」

 茉莉さんの顔がこちらを向き、赤い瞳の中にぼくを映す。

 ──そう、ぼくだ。

 ぼくの日衣への態度がきっと日衣を戸惑わせた。それがなければ、今までどおり脆くとも居心地の良い関係でやっていけただろう。でも、ぼくが日衣を変えてしまった。ぼくがなにも言わないから日衣はどんどん不安になっていって……そして、逃げた。

 足元に目を落とす。影はこちらへと伸びていて、地面には写っていなかった。

「……懐かしいね、初めて会った日のこと。あたしは今でも鮮明に思い出せるよ」

 茉莉さんは、静かにそうつぶやいた。

 ──ぼくもだ。ぼくも覚えてる。思い出そうとすればすぐ脳裏に蘇る。

 “バンドやりませんか”というシンプルなサイトに引き寄せられ集まったぼくら。そのサイトを作り募った日衣は、楽器にすら触ったことのない全くのド素人だった。

 けれど元々才能があったのか感性が良かったのか、このたった一ヵ月で瞬く間に上達した。そのドハマりっぷりにはどこか目を見張るものがあった。

「彼女の好きなバンド、知ってるかい?」

「Rainbowですよね?イギリスのハードロックの」

 詳しいことは知らないが、日衣が特に気に入っているのは知っている。だからぼくらはRainbowの曲でよくセッションをしている。

「うん、Rainbow。でもね、Rainbowは元々リッチー・ブラックモアがエルフというバンドを吸収する形で結成したものなんだよ。それはなぜか。当時のエルフにはロニー・ジェイムス・ディオがいたからだ」

 そうして茉莉さんが突然語り始めたのは、ぼくの知らないRainbowの歴史。

「リッチーはロニーの音楽性しか眼中になかった。だから1stアルバムを作成したのち、不要な三人を即解雇した。……言わば、Rainbowはただのリッチーのワンマンバンドなんだ」

 昨日日衣も似たようなことを言っていたのを思い出した。

 ……そういうことだったのか。つまりは振り出しに戻れってことか?日衣がいないRisingを一からスタートしろと?

 ……ちがう。あいつが言いたかったのは、“日衣という存在が元々いないRising”を一からスタートしろってことだ。

 そんなのできるわけがない。だって、Risingを作ったのは日衣だ。Risingと名付けたのも日衣だ。日衣がいなきゃRisingだって存在しない。これはいくらなんでも……。

「自分勝手すぎる」

「そうだね」

 ぽろりと出た素直な気持ちに、茉莉さんは賛同した。

「リッチーがDeep Purpleに長居できなかったのも、彼のその性格によるものだろう」

 けれどその賛同は、ぼくがリッチーに対して言った感想なんだと勘違いしてのものだった。茉莉さんはそのまま続けた。

「でも自分のバンドなら、気に入らないことがあってもすぐに自分の思い通りにできる。リッチーの完全なる理想鄕だ。──現に、のちに加入したグラハム・ボネットの五分刈り頭とスーツ姿が気に入らないだけで、彼はグラハムをギターで殴ったそうだ」

「自分勝手っていうか、ただの我が儘じゃないかそれ……」

 わははっと茉莉さんは甲高く笑った。

「まあでも、ハードロックで白いスーツにピンクのアロハシャツはあたしもどうかと思うね。リッチーがRainbowで目指したのは中世ヨーロッパ式な音楽性だ。世界観ぶち壊しもいいところだよ」

 そりゃ間違いなく同じステージに立ちたくはなかっただろうなあと思う。それならなんで同じバンドでやってたんだよって話になるけれど。

「こんな伝説も残っている。彼の服装が気に入らないリッチーは、ライヴ前に彼のスーツを全て燃やしたんだ。そうなると普通は、しょうがないジャケットでも着るかとなるだろう?けれど己を貫く彼は、開演30分前なのにも関わらずタクシーを飛ばしてスーツを買ってきたそうだよ。これにはリッチーも頭を抱えたことだろう」

 どっちも馬鹿だし頑固すぎるだろ。本当に、一時とは言えよく同じバンドでやってこれてたな。

 ……それで、茉莉さんはなにが言いたいのだろう?Rainbowの歴史なんて語ってくれて、それでぼくになにを求めているのだろう?

「まだわからないかい?」

 首を傾げた茉莉さんの肩から、髪の毛がするっと滑り落ちる。

「なにが……」

「似てると思わないかい?リッチーとヨリが」

「あっ……」

 唖然としてしまった。この人の言いたいことがようやくわかった。

 日衣はそこまで過激ではないが、でもいつだってぼくらは日衣に振り回されっぱなしだった。そういう点では同じなのかもしれない。自分勝手で我が儘で頑固で意地っ張りで……。

 すごい、びっくりするくらいそっくりだ。

「Rainbowの別名は『Ritchie Blackmore's Rainbow』。バンド名からして既にリッチーのワンマンなんだ」

 ワンマンバンド……。独裁とも言える。

 ……それって楽しいのか?リーダーは楽しいだろう。でも他のメンバーはどうだ?そうまでしてバンドに居る理由があったのか?

「日衣も……そうなんですかね。自分のバンドなら途中で逃げたり消えたりしても構わないだろうって、そういうつもりでRisingを作ったんですかね……」

 自分で思いついたことに、ぞっとした。そういう可能性は捨てきれない。有り得る確率のほうが高い気もする。

「それは随分と作為的だね。あんな可愛い顔して、意外とやることがゲスいじゃないか」

 茉莉さんは陽気に笑い飛ばしてくれた。

「でも、たとえそうだとしてもそうじゃないとしても、Risingはヨリがいないと存在しないバンドだ」

 はっきりと言い切った言葉に、ぼくは顔を上げた。いつだってそこには期待通りの表情がある。

「リッチーは『自分はあくまでRainbowの五分の一』だと言っていた。でもこの世には、リッチーのいないPurpleは存在しているが、“リッチーのいないRainbowは存在していない”んだよ」

「リッチーのいない、Rainbowは……」

 頭がしっかり理解するように復唱して声に出してみる。茉莉さんはぼくを見て頷いた。

「そう。五分の一だなんてただのリップサービスに過ぎない。RainbowはどこまでいってもBlackmore'sなんだ。それと同じく、ヨリのいないRisingはこの世には存在しない」

 どこまでいっても、Risingは日衣のためのバンド。

 日衣のためにぼくらが存在している、はさすがに自意識過剰だけれど……でも日衣がいなければぼくらは動かないんだ。だって、ぼくらは日衣が好きだから、日衣と一緒に居て楽しいから、だからRisingにいるんだ。

 ……そんな大事なことをまだ伝えていなかったことに、ぼくは今更になってようやく気が付いた。

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