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竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺  作者: 朝霞ちさめ
第一章 葬送の灯、凶の死月
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葬送の灯、凶の死月 (五)

 メイルの行動は水面下において、しかし着実に成果を挙げていた。

 彼には当初、彼自身と彼の従者である三人、あわせて四人しか居なかったのに、その月が終わる頃には五十人、その次には月には百五十人と、同志を増やしていったのである。

 そしてそこまで広がれば、もはやメイルにとって、ナーメンロースという機関は邪魔でしかなかった。

 だからこそ、メイルは過去にナーメンロースが起こした凶悪と言って差し支えのない事実を三つほど取り上げ、実父である皇帝、アーチに告発。

 一つ目は四代前の皇帝の弟が事故死した兼で、その事故の原因がナーメンロースにあったという事。

 二つ目は今から五十三年前、帝都で発生した人攫いの被害者を、ほかならぬナーメンロースが『購入』していたと言う事。

 三つ目は現皇室に連なる者たちの弱みを握っていると言う点で、これらを根拠に、メイルはナーメンロースの解体、及びナーメンロースの重役にあるものの処罰を求めた。

 さすがにアーチと言えど即答は出来ず、しかし追跡調査をした結果その告発全てが事実であることが判明し、そのタイミングで改めて処罰を求めたメイルに対し、アーチには頷くしか選択肢がなかった。

 こうして、帝国の歴史においても長く続いた特務機関ナーメンロースは、あっさりと滅びを迎えたのである。

 尚、ナーメンロースの長官など重役は、別の理由を付けて謹慎処分とされたが、謹慎が果たされる事はなく、結局三日ほどで皆が自害したと言う。

 さて、これらの動きについて、さすがに急激すぎると疑問を抱いた人物がいる。

 それこそがガントレー・ジ・ウォムスであり、彼には唐突な告発と、そこからの処罰を求める声が、どうにも奇妙に思えたのである。

 奇妙と言うか。

 らしくない、と言うか。

 少なくともガントレーにとって、メイルという弟は、皮肉屋ながら寛大である、という人物像の見立てがあった。

 だが今回、メイルは処罰を積極的に求めた。そこには何か意味があるのではないか、ガントレーは不意に一度そう思うと、その疑問が深まるばかりだったのだ。

 そしてあいも変わらず、メイルの心情は読みとれない。

 その不気味さだって、何か別の、大きな意味を持つのではないかとさえ思い始めている。

 ようするに。

 ガントレーは帝室の中でいち早く、メイルが危険な思想を抱き、そしてそのために行動をしていることに、気付けはしなくとも気付きかけていたのである。

 そして。


 六月一日。

 午前。

 宮廷には半旗が掲げられ、普段は色が華やかな帝都も、今日は白と黒とを繰り返していた。

 今日は弔事――国葬。

 先月二十九日に、ガントレー・ジ・ウォムスが予定した時刻になっても謁見の間に訪れないことを疑問に思った皇帝アーチが侍女にガントレーの自室を確かめさせたところ、侍女が発見したのは自室で倒れて動かなくなったガントレーと、その従者だった。

 死因は、表向きには病死とされている。表向きには。混乱を避けるために。

 真相は毒だ。但し、殺されたのか、それとも自殺なのか、あるいは事故なのか、そのあたりの調査は全くできていなかった。

 ナーメンロースを解体してしまった今、宮廷の中で起きている事を監視する目が無くなっている。そのことをアーチは悔やんだが、だからといって数々の不祥事が発見されたその組織を見逃すわけにもいかなかったし、やむを得ない。

 ともあれ、病死した、ということを国内に発布し、月を跨いだ今日、その国葬が執り行われたのだった。

 国葬にはアーチ・ジ・ウォムスを始め、現帝室関係者の全てが出席してガントレーの死を悼み、その棺にはガントレーの従者の一部も納められ、墓所へと送られた。

 しかし凶事というものは続くもので、六月の六日、今度はリングスが病に倒れる。

 感染症、それもかなり凶悪な。助かるかどうかは五分と五分、それに関する特効薬はいまだ無し。

 病魔との苦闘の末、リングスは六月十三日に亡くなった。

 そしてリングスの国葬が十五日にまたも執り行われ……。

 六月二十一日。

 ベルティンが演習中の事故で負った傷が悪化し、死亡した。


    ◇


 三人いる兄姉の内、三人までを一ヵ月の短い期間に失い、メイルは流石に困り果てていたし、状況的には堪えていた。

 メイルは皇帝に連なる者として、相応の責務を負っているし、これまでも多くの苦難を受けてきていて、それらの全てを乗り越えている。

 乗り越えてはいるが、まだ八歳。

 幼い彼にとって、死というものはやはり恐ろしいものだったし、まして身内がそうもばたばた死ねば恐怖を覚えないほうがおかしい。

「宮廷も随分、寂しくなったな」

 ひと段落した頃。

 父親のアーチに呼び出され、メイルは謁見の間に向かい、そこでの父親の第一声がそれだった。

 メイルは。

 涙を湛えつつも、「はい」、とだけ答えた。

「メイル。お前だけでも残って幸いだった、と、言うべきなのかな……」

「…………」

 メイルは顔を伏したまま鼻を啜る。

 それは父親にでさえも久々に見せる、歳相応の仕種だった。

 まだ、八歳。

 こうも立て続けに兄姉が死んだのだ。

 メイルとしては不安だろう――次は自分(、、、、)だ、と。

 今回の三件、ガントレー、ベルティン、リングスの死の原因が、メイルでは無い場合……だが。

「お前がな。犯人なら、よかったのだ。いや、良くはないが……、だが、それならばまだマシだった。お前が犯人ならば、お前が不安に追いつめられることもなかっただろう。そしてお前が犯人だったならば、今後のお前の立場は自業自得で、今後のお前の境遇は因果応報だ。だから諦めることもできただろう。だが……」

 この三件、その全てが……メイルに関係していないのだ。

 だが、それでも世間は言うだろう。

 今回の一件で最も利益を得たのはメイルだと。

 継承権第四位……最下位の数字。

 皇帝になれる目は薄かった。というより、無かった。

 実際にはナーメンロースの一件もあって、明確な記録こそ残されていないが、非公式にそれは剥奪されているとはいえ、民衆はそれを知らない。

 だから民衆は自然と、『メイル・ジ・ウォムスが、己が皇帝にならんとするために、邪魔な兄や姉を次々殺害することで継承権を強引に手にした』と、そう考えるに違いない。

 八歳の子供にそれができるかと言う点で多少の議論は起きるだろうが、それでも世間的には犯人扱いされる事は間違いない。

 そして本人がその三件と関係していない以上、メイルは兄や姉がそうであったように、自分が死ぬのではないかという恐怖も抱えることになる。

 いつかは死ぬ。それはメイルもヒトである、至極自然なことだろう。

 だが、いつ死ぬ?

 これまで、メイルは漫然と、自分はそこそこ大きくなったところで、何かの拍子で死ぬのだろう……だなんて、そんな事を思ってはいた。

 しかし今この状況、兄が二人に姉が一人、たった一ヵ月の間でばたりばたりと倒れ、そして往ってしまった。

 もしかしたらメイルも、そう遠くないうちに。

 それこそ来月中には、死んでしまうのかもしれない。

 殺されてしまうのかもしれない。

 そんな不安を抱えつつ、しかし民衆はメイルを見れば『黒幕』として認識する。

 メイルは誰からも疑われる。疑われ続ける。真の犯人が見つかるまでは。

 もっとも、真の犯人を見つけ出したとしても、それを民衆が信じてくれるかどうかは別問題だし。

 最悪の場合、真の犯人等と言うものが居ない可能性もある。

 ガントレーは毒で死んだ。自殺の可能性が残っている。

 ベルティンは事故で死んだ。他殺の可能性もあるが、処置の間違いという線が残っている。

 リングスは病気で死んだ。自然死と考えたほうが本来は妥当だ。

 もし、この三人の死が本当に不運な不幸が立て続けに起きたと言うだけのことならば、『犯人が存在しない』。

 犯人が存在しなければ、身の潔白を証明することができない。

 メイルがそれを、あるいはアーチが犯人が存在しない、つまり全て自然死であったと証明したところで、民衆はどうしても陰謀論に傾いて行く。

「気を強く持ちなさい、メイル。…………。次の皇帝は、メイル。お前なのだから。お前しか、居ないのだから」

 皇帝の、アーチの言葉は父親の言葉として、メイルに向けられ。

 しかし、メイルにはそれを受けとめるだけの余裕さえなかった。

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