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竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺  作者: 朝霞ちさめ
断章 子供の季、朝の訪れ
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幼子の季、朝の訪れ (下)

 クラクもその一つである『帝室従者』という制度(そんざい)は、基礎(ベース)をヒトの(かたち)に押し込んだ、その帝室関係者のための剣であり鎧である。

 その生成には生まれたばかりのヒトを用い、儀式を含めた様々な鍛錬や訓練をさせつつ知識を叩きこみ、五歳の誕生日を迎えた時点でとある(まじな)いをその身に受けることで完成し、通常その日のうちに帝室の関係者に与えられる『所有物』だ。

 (まじな)いとは即ち竜種が使うそれと同じものであり、それによって膨大な力を従者は獲得することになるが、それらは本来ヒトに御しうるものでは無く、故に反作用も相応に発生する。

 それでもそれを続け続けているのは、一度手に入れてしまった力を手放す事が出来ないと言うヒトの在り方をしめしているかのようだった。

 ともあれ。

 近衛として二十人ほどの同行者を集うにあたり、メイルはクラクとの手合わせを条件にした。

 が、クラクを始めとした帝室従者は『(まじな)い』の効果で魔法を自在に操る事が出来る上、単純な身体能力も尋常のそれでは無くなっている。

 そういった理由もあって、メイルはこの手合わせに置いて、クラクに魔法の使用を禁じた。

 魔法を解禁した場合、勝負がそもそも成立しないためである。

 選考は半日ほどを掛けて行われ、無事に二十人目が決まった途端、メイルは実父にそれを報告、許可を得た上で勅命を出させ、これによって同行者が決まったのだった。

 この時、1月20日。

 晩餐会が開かれるのは4月2日からの三日間であるため、移動に必要な時間などを加味し、メイルらは3月7日に帝都を出発する事になった。

 帝国から聖王国までは海路を用いなければならない。これはそもそも大陸が違うためである。

 海の旅はおよそ三週間……その間、メイルは随分と暇を持て余したようだが、無事に聖王国に到着したのが3月29日。

 晩餐会までは国賓としてメイルとクラクが扱われることが決まり、その後メイルの要請によって、聖王国の女王、エリシエヌ・アム・エイレルフィルトとの非公式会談が実現したのは、3月30日のことだった。


「ごきげんよう、メイル王子」

「ごきげんよう、エリシエヌ女王」

 お互いに礼節を持った仕種でそんな挨拶をするところから始めつつも、非公式の会談ということもあって挨拶は早々に切り上げ互いに着席する。

 ここは聖王国の王宮三階、特別迎賓室。

 そこに存在するのはメイルとエリシエヌ女王を除けば、それぞれの従者一人ずつ、あわせて四人のみである。

「それで、メイル王子。私への用事とは何でしょうか?」

「はい。実は、歴史書を読みたいのです。特に、帝国に関する」

「歴史書……?」

 妙な要求だな、とエリシエヌは思う。

 六歳児が要求する事としてはどうなのだろうか。

 まあ、六歳児とはいっても皇帝候補者なのだ。そのくらいの教養があってもおかしくないが。

「おかしな話ですわ。歴史書ならば、帝国にもあるでしょう。ましてや帝国に関するものをご所望ならば、そちらの帝室で門外秘とされているような、消し去りたいような歴史も含まれたものが有る筈ですわ」

 まずは正論で答えると、メイルは首を横に振る。

「たしかに、そう言った歴史書はあったんですよ。クラク……ああ、僕の従者の名前ですけれど、そういう帝室従者という制度(もの)を作ってしまった第三代皇帝。貴族が利権を握るきっかけを作った第七代皇帝。軍部の暴走を招いた愚帝たる十一代皇帝……。けどね。建国に関する記述が少なすぎるんです」

「建国?」

「国の方向性だとか、どういう意図をもってだとか。そういうのは書いてあるんですけど、あまりにも現実に即し過ぎていると言うか……おあつらえ向きにも程があるというか。僕はその本が改竄されていると考えています。なので、他国が記録しているであろう帝国の姿を、僕は知りたいのです。無論、兄弟にも親にも内緒で」

「それで私ですか」

 エリシエヌは机の下で足を組み替える。

 少々、メイル・ジ・ウォムスと言う幼子に対する認識を改めたらしい。

「恐らく帝国もそうなのでしょうが、聖王国の中でも、他国に関する記述は確かに存在します。聖王国は比較的新しい国家ですが、帝国とほぼ同時期に建国されていますし……帝国に関する記述もありますわ。けれど、それをあなたに見せることはできません。国外秘とは、そういうものです」

「ええ」

 待ってましたと言わんばかりにメイルは頷き、視線をクラクに送る。

 クラクは音も立てずにメイルの横に移動すると、懐から白い背表紙の本を取り出し、メイルに手渡し、再び距離を取った。

「ですから、交渉をしたいのです、エリシエヌ女王」

「交渉?」

「この本が、帝室で部外秘としている、帝国に纏わる歴史書です」

 持ってきちゃいました、と。

 いたずらを成功させた子供のような表情でメイルは言った。

 いや、実際に子供だし、いたずらを成功させたと言えばたしかにそれはそうなのだけれど、国家機密を無断で他国に持ち出すというのは、いたずらという範疇を超えている。

 超えてはいるが。

「これをお見せします。写本するなりどうするなり、ご自由にどうぞ。代わりに、僕に聖王国の歴史書を読ませてください」

 それは交渉として成立しうるものである。

 国外秘とされる資料だ、読めるならばそれは読んでおきたい。まして写本をしても良いとさえ言う。ならば読まない理由が無い。

 その場合、メイルの立場はどうなるか?

 実はこれが意外と、どうにもならない。

 まず、聖王国がその本を入手したことは、聖王国が言わないかぎりは露見しないことである。

 そしてもしそれが露見したらば、今では友好的な国交を結んでいるけれど、これが一気に悪化することは目に見えている。

 利に反するのだ。

 故に、聖王国としての対応は、それの写本をこっそりと貰う……というのが最善に見える。

 これは逆も似たようなもので、もしメイルが聖王国の歴史書を読んだとて、そのことを他人に伝えることは出来ない。

 それほどまでの機密情報を引き出したからには、相応の対価を支払ったと言う事だし、そうでなければ王子の身分でありながら、国の将来を左右するような行為、つまり戦争を引き起こしかねない行為をしたことになってしまい、処刑まではいかずとも、監視軟禁生活に突入するのは言うまでもない。

「結論は急ぎません。晩餐会が終わるまでには、教えてくれると僕はあり難いですけれど」

「…………。いえ。今日中に検討して、明日の朝にはお答えしますわ」

 既に心は決めていたが、エリシエヌはそう解答を先送りにした。

 その後、二人は適当な雑談を交わして一度場を解散したのだった。


 帰国後、晩餐会の様子を問われたメイルは、次のように答えた。

『父上。あのような祝宴をするなとは申しません、まあ、他人の国ですし、僕ごときが口出しできるものでもありませんからね。でも、あまりに非効率的でした。……帝国式と比べれば、まあ、かなり良いんですけど。とはいえ、色々とお食事は美味しかったですよ。特に野菜料理がバリエーションに富んでいて、最高でした。帝国でもあのくらいの野菜が作れるようになればいいんですけどね』

 聖王国を貶す形で帝国を更に貶していて、メイルらしい表現だと現皇帝、アーチは思う。

 また、この晩餐会から期間の後、メイルはその執務を請け負った『褒美』として二か月ほどの休養を要求し、アーチはそれを承諾。

 この二ヶ月間、メイルは自室と風呂場と御手洗いの三か所だけで生活を完結させていたが、何かの勉強をしているらしいと知り、メイルの兄姉やアーチらは特に心配しなかったという。

 後の歴史を鑑みるならば、この時、彼らがもしもメイルに干渉していれば、多少は違った未来になったのかもしれないし。

 結局は、あの未来に辿りついてしまうのかもしれない。

 画して幼子の(とき)は光陰矢の如く、時代の(とき)が訪れる。

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