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小猫の想いの水底で

 それは過去の噺。

 少女(みらい)小猫(れきし)が再会した、その瞬間。



    竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺

     追章(ついしょう) 小猫の想いの水底で



「あれ? もしかしてシェリー?」

 特にあても無く、『王国』の辺境を旅していた少女、シェリーは、突然そんな声を掛けた。

 とはいえ、シェリーなどという名前は俗な名だ。だから別人に呼びかけたのだろうと自然にそう考え、一度目の声を無視した。

 が。

「おーい。シェリー。無視しないでよー。シェルト・マリア! だよね?」

「…………?」

 シェルト・マリア。それは確かにその少女の名前だった。

 しかしそれは奇妙なことだ。

 なぜならば彼女は、少なくともこの国に入って以来、一度もその名を名乗った事が無いのだから。

 それでも呼ばれた――だから彼女はようやく振り返る。

 すると、そこにはギターを背負った見なれぬ猫人の少年がいた。

 なるほど、甲高い声だとは思っていたが、少年か――などと納得しつつも、シェリーは首を傾げる。その少年に見覚えが無かったからだ。

「に。よかった、よかった。おいらの人違いだったかな? とか思い始めてたよー」

 勝手に話しを進める少年に、とりあえずシェリーは、

「……あなた、誰?」

 と問いかけた。

「えっ」

 少年は全身を使ってまでぎょっとして、まじまじとシェリーを見つめ返す。

 その表情はなんとも形容しがたいが、信じていたものに裏切られた、そんな形である。

 もっとも、解らないものは解らないのだが。

「誰って……えええ。おいらのことわかんない?」

「知らないわよ。私、猫人の知り合いなんていないし……」

「にー……」

 改めて少年は耳と尻尾を使って全力で悲しさを伝えてくる。

「おいらはフレイ・マルボナだよ」

「フレイ・マルボナ?」

 それは妙な名前だった――シェリーの正体であるところの竜種が使っていた古い言語において、『最悪』、を意味する言葉になってしまう。

 ということは、目の前の少年も竜種か、それに連なるものと言う事か。

 だとしても聞き覚えのない名前だが。

「知らないわね」

「その前はモトモって名前だった」

「そう……」

 フレイと名乗った少年は、改めて古い名前で自己紹介をする。あまりにも自然にその名乗りがされたが故に、シェリーは普通に頷いた。

 そして、数秒程して。

 あれ、と気付く。

 今、目の前の少年はモトモと名乗ったような気がする。

「え? モトモ? あなたが?」

「に」

 少年は頷いた。

「嘘でしょ……だって、モトモって言ったら私の反対側じゃない。『温厚なりや激情家』、王虎竜の中でも特に好戦的な……」

「いや、たしかに前のおいらはそうだったけど……。にー。ていうか、おいら、そこまで好戦的でも無かったと思うよ?」

「国を三つ滅ぼしておいてよく言うわ」

「三つじゃないよ。五つだよ」

「なお悪いわ。ていうか、鎌掛けたんだけど、あれね。あなた本当にモトモなのね……」

「だからそう言ってるじゃない」

 けらけらと笑うと、少年は手を差し伸べた。

 差し出された手をとる形で握手を交わしつつ、シェリーも笑みを漏らす。

「改めて久しぶり、シェリー」

「ええ。久しぶりね、モトモ……いえ、フレイ・マルボナと呼んだ方が良いのかしら?」

「に。そう呼んでくれると嬉しいなー」

 それは、長き眠りから目を覚ました二翼の再会だった。


 近くの宿屋に部屋を取り、シェリーは椅子に、フレイはベッドにそれぞれ座ると、「どこから話したものかなあ」とフレイは呟く。

「まあ、おいらもこの身体として目覚めたのはつい最近でさ。十年くらい前かな?」

「ふうん……」

「そういうシェリーはいつ目覚めたの?」

「一ヵ月前くらいかしらね」

「へえ」

 王虎竜の寿命は長い。

 その長すぎる寿命からすれば、十年でさえも一瞬であるし、一ヵ月など……と思われがちだが、他の竜種と異なり、彼らの時間に対する感覚は比較的ヒトに近かったりする。

 十年『も』、だし、一ヵ月は一ヵ月、それなりの期間なのだった。

「シェリーはまた、その見た目なんだね」

「まあ、何かと気に入ってるしね……そういうフレイ、あなたは大分見た目を変えたようだけれど。私が知っているあなたのヒト型は、金髪碧眼の青年だったわ」

「にー。『弱きを知ろう!』的なのが今回の目標でねー。で、偶然おいらが目を覚ました時、近くに猫人の集落があったんだよ。その結果がこれ!」

「なるほど」

「もっとも、手加減ミスって、数年くらい自分の正体忘れてたんだけどね」

「…………」

 けらけらと笑うフレイに呆れつつも、シェリーは奇妙な納得を覚えていた。

 彼が滅ぼした五つの国の内の少なくとも一つが、『手加減ミス』によるものだからである――他の四つだって、もしかしたら手加減ミスが原因なのかもしれない。

 それほどまでに、フレイ・マルボナという王虎竜は大雑把な王虎竜だった。

 もっとも――その大雑把さは、美点でもあったが。

「で、シェリーの目標は何?」

「私は『親子の関係を覚えよう』、よ。……そのためにも、適当な子供の死んだ家庭でも探して、その子供に偽装してみようかなと思ったのだけれど」

「ふうん。いっそ自分で産んじゃえば?」

「他人事のように言うわね。実際他人事なんでしょうけど、あれかなり辛いのよ、女側は」

「男になってやればいいじゃない」

「…………」

 全然良くない、というシェリーの非難のまなざしに気付いてか、フレイは「に゛」とだけ声を漏らす。

「ま、私の目標は千年か、二千年か。適当にさまよった後でしょうね。知識として、親子の形を見ておきたいし」

「ふうん……じゃあ、暫くは暇なんだ」

「そうなるわね」

 と、話がはずんだところで扉がノックされる。

 フレイはベッドから降りて扉に向かい、応対。

 どうやらルームサービスだったらしい。

 飲み物のセットと軽食を運んでくれていて、フレイはそのお礼にとチップを多少渡し、品物は部屋の中に自分で運んだ。

「なんだったの?」

「サービス。この宿、飲み物とか食べ物とか、何かとくれるんだよね」

「へえ」

「シェリーも自由にどうぞ」

「じゃ、遠慮なく」

 フレイは丸いパン、シェリーはジュースをコップに注いで手に取ると、再びフレイはベッドに腰を掛けた。

「さて。じゃあ、もし良かったら、なのだけど。シェリーが暇ならさ、おいらの手伝いしてくれないかな?」

「あなたの手伝い……? 弱きを知る、って事?」

「うーん。それとは別件になるのかな。おいらがこの身体になった後、この猫人の子供に偽装した後に知り合った、恩義のあるヒトが居てね」

「恩義……か。あなたが言うなら、大層な恩義なんでしょうけど、それって何?」

「王虎竜としての力がほとんど封印されてる、単なる猫人の子供に過ぎなかったおいらを二年以上に渡って守り続けてくれたの」

「それは大層な恩義というより奇跡ね。……お人よしにも程があるわ」

 だよねえ、とフレイは頷き、パンをちぎる。

「で、そのヒトが今度、大きな仕事をするんだ。その経過観察を、おいらが頼まれたの」

「経過観察……、って、まさかそのヒト、あなたの正体知ってるの?」

「に」

 頷きつつパンを頬張るフレイを見て、珍しい、シェリーはただそう思った。

 別に、王虎竜であることを隠さなければならないなどという掟は無いのだけれど、その正体が露見した後に良好な関係を残せる事が希だからだ。

 二年間も守り続けていたところを見るに、よほどの豪傑か馬鹿なのだろう。

「そのヒトとやらには興味があるわね……」

「じゃあ、観察手伝ってくれるかな?」

「そうねえ。どのくらいかかるのかしら」

「さあ。こればっかりはわかんないなー。おいらとしては長く続いて欲しいけど、サヤの読みだと長くて三百年、だったかな」

「サヤ……? と言うのが、あなたの恩人かしら」

「いや、おいらの恩人はタータだよ。アンスタータ・フーミロ。今はナヴェンローゼ=フィンディエの名前の方が有名かな」

 ナヴェンローゼ=フィンディエ。名無しの竜殺し。

 その名は一ヵ月前に卵から出たばかりであるシェリーでさえも聞き覚えの強い名前だった。

 なるほど、どうやら馬鹿では無く豪傑のほうだったらしい。豪傑と言うより女傑だろうか。

「私が知ってるナヴェンローゼ=フィンディエっていうと、たしか王国の元帥だったかしら。その王国の国王はこの前公国の大公と結婚して、子供が出来たとか、どうとか」

「耳が早いね。大公の名前がアサイアール・ジ・モールで通称はサヤ。王国の国王はスカウフ・ウォムス。その二人の子供が誕生して二年か三年したら正式に発表されるんだけど、王国と公国は統合されて、一つの大きな国家になる予定なんだ。暫定名称はウォムス帝国。初代皇帝が、その子供ってわけ」

「ヒトらしい企みね」

「せめて営みと言ってあげてよ」

 苦笑を洩らしてフレイは続ける。

「おいらが観察するのは、その帝国と言う国だ。ヒトの一生は短いからね……だからこそ、国を作るんだろうけれど、その国の行く末を見てほしいと、そう頼まれたんだよ」

「なるほど。でも、それならば私の手助けなんていらないんじゃないの?」

「にー。おいらは可能な限り、国そのものには干渉したくないんだよね。適当にその国の街を渡り歩いて、ギターひっさげて謡でもしてようかなって思ってるんだ。でもそうすると、民の事は解るけど、(かみ)のことが解らないでしょ?」

「つまり、私はそこ、国王……じゃない、帝国ならば皇帝か。その周りを監視しろ、そう言う事かしら」

「ざっくり言えばそうなるね」

 だけど、とフレイはパンにジャムを塗りつけながら続けた。

「ずっと見てて、ってわけじゃないんだ。何かが起きそうだよ、みたいな警告が精霊からあったら、見に行く。その程度でいい。それ以外は何してても構わないよ」

「それなら、別に私が手伝う必要も無いんじゃないかしら。それこそ偽装で別の存在に成り変わって、それで観察すればいいじゃない」

「おいらもそのつもりだったんだけど、シェリーを見つけちゃったからさ。万全を期したいんだ。タータにはそれだけの恩がある」

「恩ねえ……」

 コップの中身をゆらりと揺らし、シェリーは少し考える。

 彼女にとっては、そして恐らくフレイにとっても、どちらでも良いのだ。

 ふと見つけたから、声をかけた。

 ふと思い立ったから、お願いした。

 理由らしい理由はないし、必要性も全く無い。

「私が思うに、フレイ。あなたのそれ、恩義とは別じゃないかしら?」

「に?」

「あなたが個人的な好意や愛情を、そのヒトに向けてるんじゃないかって言う事よ」

「…………、つまり、おいらがタータの事を好きだと?」

「ええ」

 真剣に頷くシェリーに、一瞬だけフレイは黙ったかと思うと、けらけらけらけらと笑いだす。

 何がそこまで面白いのだろうか、その目から涙がこぼれるほどの大笑いだった。

 ひとしきり笑い終えると、フレイはころんとベッドに横たわる。

 その目からは。

 涙が、こぼれ続けている。

「モトモって竜種(おいら)は、それが叶わないって知ってるんだ。でも、フレイ・マルボナって猫人(おいら)は、どこかで期待してた。だから一緒に旅をして……し続けて。でもね、結局、おいらとタータじゃ、駄目なんだ。おいらはタータが好きだけど、タータの好きは、おいらの好きとは違ったから。だから……だから、おいらとタータの旅は終わった。タータは表舞台に。おいらは裏舞台に。それぞれの道を歩き出したんだ」

「…………」

「そう。おいらはタータの事が大好きなんだ。だから、タータのお願いを聞く。おいらにできるのは、それくらいだから」

「……あなたも、大概報われないわね」

「に」

「いいわよ」

 コップを机に置くと、シェリーはフレイに近づき自然とフレイの横に座り……そして、笑顔を浮かべてフレイの頭を撫でた。

 それはまるで、泣いた子供をあやすかのように。

「手伝うわ。それであなたが、少しでも万全に近づけるならね」

 あるいは、傷心した子供を慈しむように。


[EOF]

読んでいただきありがとうございました。

次話はあとがきです。

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