あとしまつ
それは終焉の噺。
小猫が役目を終わらせた、その会談。
竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺
終章 あとしまつ
「おじゃましまーす」
と、失礼な挨拶をしながら謁見の間に入り、その少年はつかつかと進み、そしてエリシエヌの前に立った。
少年は茶色と黄色がコントラストを強調している短い髪の毛に、緑色の差した金色の瞳。その耳は猫のそれであり、尻尾は茶色と黄色の茶トラ柄。
誰が見ても猫人で、故に背中のギターが妙に浮いている。
「はじめまして。今回は会ってくれてありがとうね」
にこりと笑って少年が言うと、エリシエヌはあきれた表情で大きくわざとらしく、息をついた。
「……私を相手にそこまで無礼な輩はそうそう居ないのだけれども。ええと、結局あなた、何なのですか?」
「にー。だって正式な手順で書類を出そうにも、おいら聖王国の民じゃないしさー。かといって帝国の民ってわけでもないし、都市国家連合に籍があるわけでもないし。だから書類かけなかったんだよね」
「だとしても、相談窓口はあったでしょう」
「あったけど、おいらは見ての通りの子供だから、受付さんはにべも無くってさ。『女王陛下は忙しいから、君みたいな何処の誰とも解らない子供と会っている暇なんてないんだ』って」
にべもないが正論ではある。
「だから都合四日間くら座りこんでたら、ようやく受付さんが折れてくれたの。ありがとね!」
「…………」
一応述べておくと。
この謁見については、その受付側から『そろそろあの猫人が邪魔なのでどうにかしてください』という要請があり、それに対して『私に会いたいと言っているなら会うわ』と答えたエリシエヌが最終的な判断を下している。
決して受付が折れた結果、何処の誰とも解らない子供を女王と謁見を許したわけではないし、エリシエヌがそれを許したのも、単に子供を排除するだけでは狭量だと思ったからに過ぎない。
「さてと。じゃ、早速だけど本題に入らせてもらうよ。実はおいら、探しているのがあってね。女王陛下なら、もしかしたら知ってるんじゃないかなって思ったんだ」
「……その前に、自己紹介くらいしたらどうかしら。結局私、あなたの名前も知らないのだけれど。猫人……よね?」
「に? ああ。うん。ごめん。すっかり忘れてたよ。この所謁見なんてしたことなかったからねー。礼儀もどっかに置いてきちゃったし」
自覚してるなら改善しろ、とエリシエヌは心の中で叫んだ。
いや、実際に喉のあたりまでは出かけていたのだが、しかし続く少年の言葉によって、それは止められたのである。
「おいらの名前は、モトモだよ。姓はないかな。ちょっと前までは別の名前を使ってたんだけど、それはもう使えないからさ」
「……偽名、ということかしら?」
「ううん。どっちもおいらの名前だよ。敢えて言うなら、ちょっと前まで使ってた名前は、大分前に貰った名前でね。色々と思うところあって、大事に使ってたんだけど、この度それが使えなくなる事情に直面して……。だから、大分前に貰った名前は心のどこかに置いといて、元々おいらが名乗ってた名前をもう一度名乗ることにしたんだ」
「…………?」
よくわからない、という表情のエリシエヌに、にー、と困った声音で小猫は鳴いて補足する。
「生まれついての名前があるでしょ。それがモトモ。で、その後名前を付けてもらって、それが気に入ったからそれを名乗ってたんだけど、それを名乗る資格が無くなった。だから、生まれついての名前に戻った。それだけのことだよ」
「ああ……うん、なるほど。そういうことですか。じゃあ君の名前はモトモ、であってるのですね?」
「そう!」
やっと次に話が進めるね、とモトモは言い、エリシエヌは軽く頷き返した。
「では、あなたが探していると言うものは何なのですか?」
「おいらが探してるのはものじゃないよ。おいらの仲間でねー」
「仲間というと、猫人ですか」
「いや、どうだろうね? 猫人になってるかもしれないけど、でも猫人じゃあないんじゃないかな。シェリーはどっちかというと純人のほうが好みだし……あ、シェリーってのがおいらの探してる仲間の名前ね」
「…………」
偶然と片付けるには、あまりにも名前が一致し過ぎている。
しかし、だとすると目の前のその小猫は、猫人では無いということになるのだが……。
「で、聞き覚えはあるかな?」
「……実を言えばあるのですが、軽々しく教えるわけにはいきません」
「じゃあ、取引しようよ。シェリーについて知ってる事をひとつ教えてくれたら、おいらもひとつ、何かを教えてあげる。どう?」
「…………」
話にならない。
一刻も早くお引き取り願いたいと言うのが正直な感想ではあるが、名前の符合については聞かなければならない。
だからこそ、まずは確認をするべきだろう。
「その提案の前に、確認をしましょう。そもそもシェリーという名前とモトモという名前だけしか、私には判断材料がありません。本当に私が知っているシェリーという存在が、あなたの探しているシェリーなのですか? 似たような名前はいくらでもあると思いますが」
「それもそうだ。じゃあ確認するけど、女王様が知ってるシェリーって、竜種だよね。王虎竜」
「…………」
すう、と。
エリシエヌは目を細める。
そう、リージ伯からの報告から、そのシェリーを名乗った少女が王虎竜であろうという推測は立てていた。
といっても、エリシエヌは実際に王虎竜を見たことはない。いや、エリシエヌに限らず、この世界の殆どの存在はそれを知らないだろう。
大体、王虎竜という名前や特徴だって、不確かな伝承に残っている程度だし……その伝承も、ほとんどの場合では口伝やそれに類する形で、秘匿されているはずの『どうしようもない』ものである。
「で、答えは?」
「……その通りです。私が知っているのは、確かにそのシェリーさんなのだと思います。では、私からも質問をさせてください……あなたは何処の国の何なのですか?」
王虎竜という存在を知っているならば、この少年が王族である可能性が高い。
そんな算段からの質問だったが、モトモは困ったような表情で答える。
「いやあ。だから、おいらはどの国の何でもないんだよね。だから答えようがないんだ。別の質問にしてくれないかな?」
「ならば、率直に。あなたの出自を教えてください」
「に。今のおいらは旧王国、今、つい先日崩壊した、帝国の前身国家ね。そこの生まれだよ。その前は聖王国の前身、合衆国。その前はヒトが居ない大陸だった」
「今の……? いや、えっと。すみません。訳がわからないのですが。あなた、猫人ですよね?」
「見た目はそうだよ。『偽装の呪い』でそうしてるから、この身体は猫人そのものだ。でも本来は王虎竜だよ。何なら正体をここで見せてあげても良いのだけど、この部屋は余裕で崩れちゃうし、お城も半壊しちゃう。どうしてもっていうなら広場で見せても良いけれど、民に見つかったら大混乱じゃない?」
「え……? 王虎竜? あなたが?」
「に」
何を今さら、と頷き、モトモは続ける。
「ていうかおいら、仲間を探してるって言ったよね。シェリーが王虎竜なんだから、おいらが王虎竜でも別におかしくないでしょ?」
「まあ……ええ、確かにそれはそうなのですが、そうですか。あなたが、王虎竜ですか……。なんだか想像していたのと大分違いますね……いえ、まともに会話をしたことがあるのは金剛竜くらいなのですが、彼らはこう、厳かな感じがしたのです」
「あー。金剛竜は特に竜種として誇り高いからねー。滅多にヒト型にもなりやしないでしょ。黒曜竜はそこそこヒトになってたりもするよね。その点、おいらたち王虎竜は何にでもなるよ。竜種としては例外的って言うか、おいらたち王虎竜には世代って概念がないから、誇りも何もありはしないんだよ」
「世代が無い……?」
「うん。おいらは前のおいらから、今のおいらになった。それでいつかは、次のおいらになるだろうけど、それはぜんぶおいらなんだ。おいらたちは繁殖しないで、自分の複製としての『次』を作っちゃう。そういう生き物なんだよね」
「……ですが、見たところ、あなたのようにヒトに擬態できるのですよね。ならば、たとえばヒトの姿で子供は作れるのでは?」
「そりゃあ、可能かどうかと言われれば可能だよ? 例えば今のおいらは見ての通り猫人になってる。純血のね。だから、純血の猫人として、子供を作ることはできる。今のおいらは雄だから、雌のつがいが必要だけども。あと、今のおいらは身体的に未成熟な形で偽装してるから子供作れないし、子供が作れるように機能を解放する形で偽装の呪いを掛け直さないとだめだね。でもさ、たとえば子供を作るための機能を獲得、有効化したところで、それはあくまで『猫人になったおいら』と、その猫人の間に生まれた子供であって、『猫人になったおいら』の本質が王虎竜だったとしても、子作りをした瞬間が猫人でしょ? その瞬間を王虎竜の本質に戻したって、そもそもそれに互換する機能が王虎竜にはないから……。だから、猫人の子供しか作れない。特に竜種としての特性は引き継げないってわけ」
「なるほど……。というか、偽装の呪いって、年齢的なものも決められるんですね……」
「に。年齢以外にも、機能を再現するかしないかとかも思うがままだねー。翼を動かす動かさないとか、鼻を利かせる利かせないとか」
「便利そうですね。羨ましい限りです」
「そう思うなら研究する事だね。原理さえ分かれば、ヒトにだって使えるんだから。……で、そろそろおいらも質問して良いかな?」
言われて、エリシエヌは自分が質問攻めをしていた事を思いだし、はい、と頷く。
というか、頷かざるを得なかった。
実際、この短い時間で得られた情報はヒトにとって途方も無く貴重なものなのだから。
「まずはシェリーが何処に行ったのかわかるならそれが一番なんだけど、解るかな?」
「残念ながら、それは不明です。私が知っているのはシェリーと名乗った少女が、帝国から聖王国に向かう船に乗っていた事。そして途中で海に飛び降り、直後王虎竜らしきものが空に去って行った事です」
「そっか。シェリーは何か言ってた?」
「目的は達成した、とか。帰るべき場所に帰らないと、とか。そんな事を言っていたと、報告されています」
「に」
それを聞いた途端、モトモは屈託のない笑みを浮かべる。
尻尾も耳も、どこか嬉しげに動いていた。なんとも感情が読みやすい。
「そっか。帰るべき場所に帰る……、目的を達成、ね」
「ええ」
「それだけ分かればおいらとしては十分だ。ありがとうね、エリシエヌ女王」
「それだけでいいのですか?」
「うん。おいらは大満足だよ。何かお礼を上げようか?」
「……いえ、そこまでの情報ではありませんし」
常識論で答えるエリシエヌに対し、けらけらと笑いながら欲が無いねえ、とモトモは言う。
「まあ、いいや。それも美徳だろうしね」
おいらはそんなヒト、好きだよ。
冗談めかしてモトモは言うと、踵を返して去ってゆく。
エリシエヌにはただ、それを見送ることしかできなかった。
これでこの時代のお話しは終わり。
ありがとうございました。
次話は本当に書きたかった、最後のヒト欠片。




