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竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺  作者: 朝霞ちさめ
第三章 涯の彼方、帝の決意
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涯の彼方、帝の決意 (結末編)

 リージ伯が帝国に特使として訪れたその翌日、帝都スカウフィアでは皇帝、メイル・ジ・ウォムスの死体が発見された。

 その死体は床に磔にされているかのように、胸を銀の剣で貫かれていて、しかし苦しんだ様子が無かったと言う。

 自殺にしては不可能で、他殺であるならば大逆であり、帝国という国家は大きく揺れた。

 また、メイルの死という緊急事態に際し、特使としてのリージ伯は即日撤収。

 既に聖王国へと戻る船へと乗り込み即座に出港、当のリージ伯は甲板から、遠ざかる帝国の領土を眺めてた。

 仕事は。

 出来たような、出来なかったような――

「そうねえ。まあ、あなたの目的それ自体は、成功したと言えるんじゃないかしら?」

 ――と。

 突然、背後からそんな声がする。

 リージ伯は反射的に振り向くと、そこには奇妙に妖艶な印象を受ける少女が立っていた。

 灰色と黒色の混じった、肩ほどで切り揃えられた髪。

 濁った緑色の瞳。

 服装は質素そのもの――全体的に地味なはずなのに、受ける印象は艶めかしさであったり、妖しさであったりをひしひしと感じさせてきて、どうにもちぐはぐだ。

「初めまして、ええと、マクマルトだったかしら。私はシェルト・マリア……シェリーと呼んでくれると嬉しいわ」

「…………」

 この船は、聖王国が保有する外交用の船舶である。

 乗組員はその全てが信頼できる者たちであり、無論、一般客など乗り込める余地はない。

 また、乗組員の全てとは予め面通しを終えている――全員の顔をリージ伯は覚えているが、その中にこのような少女は居なかったはずだ。

「たまには海も良いわねえ。この潮風も、たまにならば気持ちいいわ。毎日は勘弁して貰いたいけど……」

 大きく伸びをして、少女は当然のようにリージ伯の横に移動する。

 何処となくその足取りも、妙に色っぽい。

「……お前は、何ものだ?」

「私? だから、シェルト・マリアよ。知ってるでしょ?」

「知らん」

「あら。まあ、考えて見れば、私の事を知っていたのはメイルとその周りの三人くらいだったか」

 メイル。

 皇帝の名を軽々しく呼ぶその少女に、リージ伯は身構えた。

 身構えると言っても……緊張すると言う意味では無く、戦闘に備えると言う意味である。

 それでもシェリーと名乗る少女は、余裕な笑みを崩さない。

「あら、私は戦いに来たわけじゃないわ。大体、あなたの専門は殺すことで、戦うことは専門外でしょ?」

「…………」

「まあ別に、戦いたいと言うなら少しくらい戦ってあげても良いんだけどね――メイルも死んで、私も暇になっちゃったし」

 これからどうしようかしらねえ、と少女は、シェリーは言う。

 しかしそんな口調は、どこか楽しげだった――到底、思いつめている様子では無い。

「あなたが……つまり、マクマルト・ディエ・リージという人物が特使として来ることが解った時、メイルはその意味を理解できなかったの。だから調べた。そしたらどうやらあなたは暗殺者らしいと、そう解った。つまりそれが、メイルを暗殺する事がエリシエヌ・アム・エイレルフィルト、彼女の意思なのだ……ってね。メイルはそれを悟った時、初めて自ら私を呼んだの。銀の剣を一本だけ用意して」

「…………」

「『僕を殺してほしい』――あの子の頼みはそれだけだったわ。『僕は帝国のヒトに殺されるつもりだったけど、エリシエヌがそれを心労と思うならば、せめて彼女に楽をさせてあげたいんだ。彼女に暗殺されるにしても、僕が死ぬという事実は変わらない。その事実が変わらないならば、帝国の末路も変わらない……。でも、後世において、エリシエヌの、聖王国の意図で僕が暗殺されたと言う事が漏れたら、ちょっとした混乱にはなるだろう。それは僕の本意じゃない。エリシエヌは強いからね。僕と同じだから、きっとエリシエヌが生きている間は大丈夫だ。けど、その先は解らない……。だから、僕は帝国の誰かに暗殺されなきゃいけないんだ――マクマルト・ディエ・リージという、聖王国の暗殺者に殺されてはならないんだ。だからシェリー。僕を殺してくれ』。だから、私はメイルを殺した。それがメイルの、私に対する望みだったからね。一応、当事者に違いはないし、あなたに伝えておこうと思ったの。あなたに伝えればエリシエヌにも届くでしょ?」

 全てを見透かすような目で、全てを見透かしたかのような口ぶりで、シェリーは捲し立てる。

 それにリージ伯は、答えられない。

 状況がまるで頭に入ってこない――何を言っているのかは解るが、だからこそ、この少女の正体を掴めない。

「あなたが私の事を知らないのは無理も無いけれど、エリシエヌは私の事を知っているわ。だから、私についてどうしても知りたければ、エリシエヌに聞けばいいんじゃないかしら。そうね、少なくともシェリーと名乗った私については、少女としての私については、それでおおよその答えが出るはずよ」

 まるで他人ごとのように言って、シェリーは船の甲板、柵の上へと飛び移る。

 太陽の光と潮風をその身に浴び笑みを浮かべて、リージ伯に手を差し向けた。

 その手には。

 赤い、まるで張りつけたかのような――ラベルのような痣が浮かんでいる。

「私の目的は、とりあえず、達成。いい加減私も、帰るべき場所に帰らないと……モトモには迷惑をかけっぱなしだったし、謝らないとなあ」

 くすくすと笑って、シェリーはとん、と柵から飛び降りる。

 柵の向こう側へと――海のほうへと。

 あまりにも自然な行動に、それでも慌ててシェリーを捕まえようとリージ伯は動いたが、その手は届かずシェリーは落ちる。

「ばいばい、マクマルト。安心なさいな、あなたはメイルを殺していない――聖王国は帝国に敵対していない。それが事実よ、それが歴史よ。それが……現実なのだから」

 ばしゃん、と。

 大きな音を立てて、少女は海へと落ちる。

 突発過ぎる行動、唐突すぎる言動。

 全てにおいて、リージ伯は混乱しかけていたが――ただ、それでもまだ、なんとかこらえる事は出来ていた。

 だが、それは一瞬のことで。

 直後、海面が突如盛り上がる――伴い、船も大きく揺れた。

 リージ伯は慌てて柵を掴んで体勢を整え、何が起きたのかと海面へと視線を向ける。

 そこには、大きな。

「…………!?」

 大きな大きな、狼のような虎のような、そんな造形の――但し、大きすぎる何かが居て。

 それは当然のように空中を足場に、歩いて去ってゆく。

 空へ、空へと去ってゆく。

 白昼夢か何かだろうか、そうであってほしいものだ。あのような生物がいるとは信じがたい。

 が……もし夢でも幻でもないのならば、あれは何だ?

 あの黒銀の毛並みの、優に四百メートルは超えよう巨体の持ち主は、一体何者だ?

 結局、リージ伯はその回答を得ることは出来ず、見送ることしかできずに。

 その後は何事も無く――まるで何かに守られているかのように何事も無く、聖王国へと帰還した。


    ◇


 帰還し女王への報告を行うにあたり、リージ伯は己の体験全てを、可能な限り忠実に報告した。

 暗殺をするべく向かった事。

 暗殺をする前にメイルが死んでいた事。

 慌てて帰国したという事。

 その帰国の船上で奇妙な少女と、メイルに纏わる会話をした事。

 少女はメイルを殺したと言った事。

 それはメイルの意思であり、いつか聖王国と帝国の間の問題にならないようにという配慮である事。

 伝え終えて少女が海に身を投げた事。

 直後、黒銀の毛並みの、ばかげた大きさの狼のような虎のような何かが空に向かって歩いて行った事……。

「狼……虎、ばかげた大きさとは、どのくらいですか。船と同じくらいとか?」

「いえ、比べ物になりません。体長は目測ですが、四百から五百メートルはあるかと」

「…………」

 そのような生物がいてたまるか、そんなニュアンスで報告するリージ伯に対し、エリシエヌは驚愕・硬直し。

 数秒程黙りこんだかと思うと、その後つかつかとリージ伯に詰めより、がしりと肩を掴んだ。

 それはエリシエヌらしく無い、解りやすい興奮である。

「確認です。その生物はその巨体で、見た目は狼か、虎か。そのようなものだったのですね?」

「はい」

「その後、特に変わりはありませんでしたか? 例えば、そうですね。嵐が来た、とか」

「ありません。その後は平穏無事……ええ、奇跡的な天候でした」

「海に身を投げたという少女は名乗りませんでしたか? もしくは、名前のようなものを口走りませんでしたか?」

「シェリーと呼んで欲しい、と。シェルト・マリアと名乗っていましたが……、あと、名前らしきものと言えば、モトモ、とか……」

 答えれば答えるほど肩を掴む力がだんだん強くなり、しかし相手が女王であるが故に振りほどく事も出来ず、リージ伯は困惑しながら続けた。

「シェルト・マリア……帝国における歴史の節々に現れる『概念的な存在』。艶やかな少女として記録する……でしたか。その少女が実在するという事にも驚きですが、その少女があの子(メイル)を殺した……、それが歴史の節々、転換点……だとしたらあの子はそれを知っていて……」

 何やら事情を知っているらしエリシエヌに、少しだけ躊躇し……結局。

 リージ伯は尋ねなかった。

 もし、それを自身が知るべきことであるならば、エリシエヌが伝えるからだろうと考えたからである。

「すみません。少し興奮してしまいました……ですが、実に結構。大任、御苦労さまです。追って今回の件についての恩賞を出します、期待して下さい」

「は。ありがとうございます」

「下がって良いですよ」

 どうやら教える必要はないとエリシエヌが判断したらしい、そう考えリージ伯は謁見の間を辞し、屋敷へと戻ろうと歩みを進める。

 その途中、見なれない少年を視界にとらえる――それなりに上等な服を着てはいるが平民だろうか、猫人の少年だ。

 背中には一本のギターを背負っていて、吟遊詩人か旅芸人か、その類だろうと判断する。

 子供の旅芸人というのは奇妙だが、というよりも不審だが、謁見の間にだけ繋がる道だし、ここを通るためには合わせて六人の門番の確認があるから、正式な謁見客なのだろう。

 などと考えていると、少年は「に」とリージ伯にお辞儀をしてきた。

 リージ伯はそれに返礼し、少年(れきし)とすれ違った。


    ◇


 皇帝メイル・ジ・ウォムスの死後、帝国は一ヵ月と持たずに内戦から内乱へと突入した。

 それはほぼエリシエヌの読み通りに運んでおり、まずは内戦が起きたのだが、それはすぐに内乱へと代わり、もはや現状の帝国は無政府状態……上手く民を利用する貴族も居れば民に殺害される貴族も居て、諸行無常の群雄割拠となりつつあった。

 事実上、ウォムス帝国という国家が崩壊したのである。

 メイル・ジ・ウォムスを殺害した犯人を探せという主張が殆どなされなかったという点にはエリシエヌも驚いたが、それほどまでに国内からの支持率が悪かったという事で、なるほど、メイルがおかれていた状況はよほど悪かったと言う事だ。

 かくして、あっさりと国が壊れる様を見て、エリシエヌはそれを教訓とし、それ以来聖王国内部の政に重点を置くようになった。

 以来、聖王国の問題は少しずつではあるが改善され、長く繁栄することとなるのだが、それはまた別の噺……。

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