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竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺  作者: 朝霞ちさめ
第三章 涯の彼方、帝の決意
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涯の彼方、帝の決意 (伝言編)

 前略――どうも、お久しぶりです、エリシエヌ・アム・エイレルフィルト女王。

 以前お会いした頃とは、大分情勢も変わってしまいましたね。

 マリナル都市国家同盟の騒乱は一段落したようですけれど、それでもまだまだ予断を許さない状況です。そんな中において、聖王国という強大な国家は、きっと大切な役割を果たすのでしょう。

 さて。

 前置きや形式ばった物言いはこの辺りにしましょう。

 親愛なるエリシエヌへ。

 僕、こと、メイル・ジ・ウォムスは、この度ウォムス帝国において皇帝に即位しました。

 これでやっと貴女と同等の立場に立てたと思えば歓びもありますが、しかしながら、帝国の現状をみれば喜べるわけもありません。

 正直に、そして率直に述べさせてもらうならば、僕の即位はあと五年くらい先が望ましかったんですよ。そうすればまだ貴族の支持を集めることが出来た。

 しかし現実は、既に即位してしまっている……。

 既にエリシエヌならば聞き及んでいるとは思いますが、現在、帝国内では前皇帝や、僕の二人の兄と一人の姉は、僕が殺したのだと言う噂が蔓延……というか、それが真実であるかのように話されています。

 状況からして最も利益を享受しているのは僕ですから、それらの疑いは至極当然のものですよね。

 だって、僕は兄弟を殺していないのですから。

 たしかに動機はありましたよ。

 僕がこの帝国を変えたい、治したいと願った。そのためには皇帝と言う地位が必要でした。

 けど、僕は四人目の子。末子だった。僕が皇帝になるためには、上の三人は邪魔でしたし、父が生きている限りは皇帝の地位に付けない。

 だったら、その全員を何らかの方法で排除しなければならない――という、動機です。

 けどね。

 僕がこの国を、帝国を治せると信じていた時期からしてみれば、『遅すぎ』ですし。

 僕がこの国を、帝国を治せないと悟った頃合いからしてみれば、『早すぎ』なんです。

 前者ならばもっと早く、僕は行動を取るべきでした。もっと早く手を打てばあるいは、……そんなことを考えていたことは否定しません。

 けど、僕には行動ができなかった。覚悟が足りなかったんです。

 その覚悟の無さは、幸か不幸か、僕の今の選択に繋がってるんですけどね……。

 というのも。

 僕はこの帝国の過去を色々な方法で知り、そしてこの国が致命的に誤ってしまっていることを知り、間違ってしまっていることを知り、もはや治せない、修正できないということを悟ったんです。

 この国は、帝国は、本来民を貴族が支え、貴族を皇帝が支える形を理想形としていたそうですよ。

 形で言えば、聖王国の政治形態が極めてその理想に近いんです。

 まあ、主権はあくまで皇帝にあると言う点では違いますけどね。

 でも、あえて聖王国の名前を出したのには理由があります。

 この伝言を伝えているイースガル・ル・ウーノ、彼はこの帝国の帝都スカウフィアに来るまで、ポートサンクからパスヴィーラという街を経由してきたそうです。

 最短ルートを通る馬車でも、通り抜けた街は十七を数えるはずですが、その十七の街を見て、恐らくこう感想を抱いたのではないでしょうか?

 いくらなんでも、はっきりしすぎていると。

 お恥ずかしい話なんですけどね。

 帝国の貴族どもは、残念ながら私腹を肥やす事しか考えていません。

 時々、領民のための施策をしているような輩もいるのですが、それは突き詰めれば、『それが最も利益につながるから』であって、それ以上の意味……『民のために』ではないのです。

 民を支える貴族では無く、民を抑える貴族になってしまっているのですよ。

 そしてこの国の貴族は商人としての一面も強い。

 商人としての貴族……つまり、商売をするためには必ず貴族の後ろ盾が必要だということです。

 その理由が僕には長らく解らなかったんですけど、建国当初の様子を知る機会がありまして、そこでようやく解りました。

 この国が作られた経緯は、大雑把なものが聖王国の記録にもあるはずです。

 当時、この国は二つの国家でした――『王国』と『公国』と呼ばれる国家でした。

 その二つの国家は、この大陸で覇権を争う二大国家だったそうですが、とある災厄を目の前に一つの国になることにしたそうです。建前上は。

 で、当時の王国には貴族と言う制度がありませんでした。一方で公国には貴族という制度がありましたが、『王』や『帝』という立場は無く、最上位は大公とよばれたそうです。

 さらに遡ると、『王国』と『公国』は、もともと一つの国家だったんですよ。

 けど、ある日事件が起きました。王族が壊滅してしまったんだそうです。

 その後、その国は混乱しました。貴族たちは新しい王を立てるべきか、それとも貴族たちによる統治を行うべきかと悩んだ。

 一方で王の血を引くと自称する者もあらわれ、国内世論は見事に二分。

 結果的には、王の血を引くと自称するもの達は『王国』の名を継承し、王政を敷きました――こちらに貴族は残りませんでした。貴族の誰もが、その王を偽物だと思ったそうです。

 一方で、貴族たちは『公国』と新たに名乗り、貴族たちによる合議制の統治を敷きました――貴族の中にも序列はあり、最高位は大公と呼ばれたそうです。

 こうして一つの国家の統治機構(システム)を、二つに分割してしまった。しかも見事に真っ二つです。

 普通、それじゃあ国は成立しないんですけどね。王なき貴族の集合体は、誰が主導権を取るかで大いに揉めるはずですし、貴族無き王の統治は目も手も耳も足りないでしょう。

 けれど不思議と、その二つの国は成立してしまった。

 成立してしまって、大国となって……いつしか一つの国だったことも忘れた頃、また、一つの国家に戻ろうとした。

 そうして生まれたのが帝国です。

 トップを『王』ではなく『皇帝』にして主権を強化する一方で、憲法を制定し制限を掛け、貴族に各所の権力を分け与えるタイプ……まあ、今の帝国の形ですよね。

 でも、この時問題が二つありました。

 ひとつ、何をもって皇帝とするか。

 ふたつ、何をもって貴族とするか。

 公国となった側は、王国において王家と呼ばれた血統を、王と認めなかった貴族たちの国家です。大公とは貴族における序列最上位を意味し、王とは異なり強い権限を持つにすぎませんから、誰にだって国のトップ、大公になれる可能性がある国家でした。

 王国となった側は、貴族と呼ばれた制度を排し、国王に権力を集中させる事で繁栄した国家です。王都は絶対の権力を持ち、貴族はそもそも制度的に存在しません。全てが直轄領のようなものでした。

 結果から言えば、帝国の初代皇帝、アタイア・ジ・ウォムスは、『最後の国王』スカウフ・ウォムスと『最後の大公』アサイアール・ジ・モールの実子です。

 国家単位というのは珍しいかもしれませんが、解りやすい政略結婚なんです。ですから、帝国にとっての国父アタイアとは、皇帝になるべくして生まれたというわけです。

 つまり、公国側の血を王族に入れることで、『何をもって皇帝とするか』の部分について、王国が公国に一定の配慮をした格好になります――王国の王族がそのまま皇帝の系譜になるのではなく、公国の大公もそれに絡むと。

 また、ここでウォムスの系譜に『ジ』の称号が付くようになりました。元々、この『ジ』と言うのは姓と名の間に挟まれる称号でして、公国と王国の前身となった国家の貴族に与えられるものであり、同時に公国が継承した貴族の証です。

 皇帝もそれと同じ称号を付けるということは、実質的にはともかく、心理的にはかなりの影響力、征服感のようなものがあったのでしょう。

 皇帝のほうはそれで妥協したとして、では貴族の方はどう妥協したか。

 まず、問題になっているのは王国に貴族が存在しないと言う点です。

 王国に貴族が居ない。けど、帝国になるにあたって、貴族と言う地位ができる。もちろん公国で貴族だったものたちは皆貴族になるから……、帝国という国のバランスが、かなり崩れてしまうと言うわけです。

 それを危惧した『最後の国王』スカウフは、元々彼が望んでいた貴族制をついには制定するに至りましたが、それはかなり急ぎ足だったようですね。

 王国の最初の貴族は『エイレルフィルト』『イェンナ』『ゴーシュラント』『ダリア』『クラエス』の五家なのでですが、この五家、全部もとはと言えば商人なんですよ。

 それは、政には金が掛かる、民を支えるためには金が必要で、だからこそ資金力のある者たちを貴族にせざるをえなかった……という事情が見てとれます。

 そしてもう一つ、裏に隠された事情も……つまり、スカウフとしては口実として、王国側の貴族を用意したかったんだと思います。

 帝国になるにあたって、王国内部での不満を抑えるための、使い捨てとしての貴族というわけです。

 王国の王族を帝国の皇帝とする。貴族の力関係については、これに関与しない。

 公国の貴族を帝国の貴族とする。帝位の継承権に関しては、これに関与しない。

 お互いの実利を考えると、そんな契約があったのかもしれません。

 スカウフとアサイアールの実子が帝国の初代皇帝になったのは公国の国内向けのパフォーマンスに過ぎず、帝国になるほぼ直前に王国において貴族制が導入されたのも王国向けのパフォーマンスだったと言うわけです。

 だからスカウフやアサイアール、そして恐らく同席していたであろうナヴェンローゼ=フィンディエにとっても予想外だったのは、使い捨てとして用意したその五つの貴族が、思いのほか強かだったことと、公国に在った貴族たちが、思いのほか愚かであった、という二点でしょう。

 王国で誕生した五家は使い捨てられようとした時、商人根性逞しく粛正されることのない範囲で頑張ったのですよ。そしてその頑張りを、公国に在った貴族たちも見習ったんです。

 それはスカウフらにとっては良いことだったと思います。思わぬところで良い具合に改革が進んだ、程度の考えだったかもしれません。

 けれど、結果論、つまり今の時代、僕に言わせてもらえれば、ボタンの掛け間違えはここなんです。

 この時、商人だった貴族たちは生き残るために必死でした――そして生き残りのための手段は、政ではなく商でした。金があれば大体のことは何とかなりましたから。

 そして、公国の生粋の貴族たちは、それに影響された。

 それまでは民のために政をすることしか知らなかった公国の貴族は、王国の貴族がする商による政を覚え、商人の側面を持ち始めたんです。『金があれば大体の事は何とかなりましたから』。

 一世代目は、それでも上手く行ったんです。

 行ってしまったんです。

 だからスカウフも、アサイアールも、そしてナヴェンローゼ=フィンディエも、彼らが死を迎えた頃には、まだ問題が表面化していませんでした。

 きっと彼らは、未来に希望を託したんです。帝国と言う一つの巨大国家となり、大陸の覇権を握り、そしていつしか平和な、貴族が民を支える理想的な国家になってくれると。

 ですが、三世代目ごろから、問題が表面化してきます。

 つまり、貴族の商人化――商業的な分野を、貴族が取り仕切るようになってしまったのです。

 元々商人だった五家はもちろん、元々貴族でしかなかった家も、そんな五家を見て商売の旨みに気付いてしまった。

 貴族に与えられる権限は、皇帝がもつ権限と比べれば小さいとはいえ、それでも与えられた領地ではある程度自由に法を作ることもできます。

 ついに商売をするためには貴族の許可が必要である、とする法を制定する貴族が出た時、皇帝はそれを即座に叩き潰さなければならなかった。

 けれど、皇帝だって世代を経れば、聡明なものが成る時もありますし、暗愚なものが成る時もあります。

 当時の皇帝は残念ながら暗愚の方でした――帝室従者の原形を作ってしまった程度にはね。

 だから、叩き潰せなかった。

 そうしなければならないことすら解らなかった。

 遂には、国中の貴族がそれと同じ法を制定しました……これにより、帝国の商売は、その全てが貴族によって統制されたものになったのです。

 商人としての側面が強い、帝国の貴族。

 民を支えるのではなく、民を抑える者としての貴族。

 それは、こうした背景の元に生まれてしまったと言うわけです。

 全くもって、嘆かわしい。

 かつての理念は何処にやら。

 今となっては、農民は農民のまま、狩人は狩人のまま。商人は商人のまま、貴族は貴族のまま。

 この国では生まれが全てを決してしまいます。一発逆転などあり得ない。

 こんな現実を知れば、きっと最初の三人は、その三人による作品だとしてもアタイアは、大層嘆くことでしょう。

 僕は、この国を治したかった。

 僕は、この国がまだ取り返しがつくと、そう信じていた。

 ……でも、過去を知れば知るほどに。

 もう、取り返しがつかないと言う事に、気付いてしまった。

 けれど、それでも、一縷の望みも無いわけではありません。

 大体、皇帝である僕が諦めてしまえば、ずっとこのまま……ですからね。

 それは、嫌だ。

 だから僕は、その一縷の望みに全てを託すつもりです。

 帝国の行く末を。

 僕の末路を。

 エリシエヌ。

 どうか、僕のお願いを……ウォムス帝国皇帝、メイル・ジ・ウォムスの提案を、真剣に検討してください。


 ――聖王国による統治をお願いしたいのです。



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