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竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺  作者: 朝霞ちさめ
第二章 即位の宴、漆喰の翼
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即位の宴、漆喰の翼 (余)

 パスヴィーラから、スカウフィアまで。

 結局その間も特にこれと言った事は無く、無事に帝都に到着したイースガルは、馬車を降りた帝都の入り口、に立つ一人の少年に声を掛けられた。

「お待ちしておりました」

 その少年には見覚えがある。

 確か、ティヴと言ったか。あの幼い皇帝の従者の一人だったはずだ。

「いや、すまないね。自分の勝手で、色々と迷惑をかけたようだ」

「そのような事はありません。さるお方も含め、パスヴィーラの件では感謝をしたいと」

「パスヴィーラの件? ……ああ、あの黒曜竜たち」

 そんな事もあったな、と流すイースガルに、ティヴは少し困ったような笑みを浮かべた。

「うん。まあ、ありがとうと言ってくれればそれで結構だ」

「さようですか。ではそのように手配しましょう。宮廷にご案内いたします」

「ああ。君に任せよう。けれど、その前に改めて……。自分はイースガル・ル・ウーノ。エイレルフィルト聖王国、現女王、エリシエヌ陛下の命により、帝国を訪問したものです」

「こちらこそ失礼を。私はティヴと申します。ウォムス帝国現皇帝、メイル・ジ・ウォムス陛下の従者であり、私自身には一切の権限と権利がありません。どうか道具のように扱っていただければ幸いです」


 帝都宮廷、謁見の間。

 イースガルはそこに着くまでにさほど時間を要さず、そこでメイルと何度目かの邂逅を果たした。

 とはいえ、皇帝となったメイルとは今回が初めての出会いである。

 王座にはメイル、その左右には少年が一人ずつ――彼らもたしか、従者だったはずだ。

「どうも、お久しぶりです、ウーノ」

「お久しぶりです。そして、此度は皇帝即位、おめでとうございます」

「うん。ありがとう」

 挨拶はこの辺りにしようか。

 そんな言い草で、メイルは席を立ちとんとんとん、とイースガルの近くに駆け寄る。

 皇帝とはいえまだまだ子供だな、とイースガルはそんな仕種から思った。

「まず、パスヴィーラの件。ありがとう。おかげであの街は助かりました」

「いえ、自分も偶然そこに居合わせただけですから」

「そう。じゃあ、偶然にも感謝しないとね」

 苦笑を浮かべて言うメイルは、イースガルの性質を理解しているが故の態度である。

 特別扱いを苦手とするという、厄介な種族としての特性――羊人。

 あしらい方を知っているんだなあ、と、少しイースガルは感心した。

「単刀直入に聞きます。それで今回、エリシエヌ女王は僕に何を確認して来いと、そうあなたに命じたんですか?」

「『目的を』。『目的を』、とだけです」

 即答するイースガルに、メイルは少しだけ目を細める。

 数秒もしないうちに、そういうことか、等と言って、メイルは笑みを浮かべた。

「流石はエリシエヌ女王かな……僕みたいなガキの考えはお見通しってわけか」

「皇帝陛下?」

「ああ、いや。すみません。……そうですね。答えるのは簡単ですけど、さすがに秘密にしたいんですよね。親書……にも、できれば残したくない。ですから、ウーノ。あなたに伝言をお願いしたいのですが」

「それで良いのですか? 国家的な秘密事項であるならば、自分に報せない方が良いと思いますが」

「ええ。ですけど、どうせあなたに隠し事はできませんし……それに、エリシエヌ女王はどうせあなたにも相談しますよ。その後あなたは考えなければならないでしょう。結構な二度手間です。ならば今教えておいて、伝言ついでにあなたの立場をはっきりさせるのも良い。……あと書くのめんどくさいし」

 まさか最後のそれが本心じゃあるまいな、とイースガルの視線が一瞬で冷え込むが、メイルはそれを意にも介さずにははは、と笑って続けた。

「で、引き受けてくれますか?」

「はい。精霊に手伝ってもらい、一語一句を違えずに」

「それは重畳。では、僕の考えていること、僕がしようとしていること、僕の目的を教えます」

 そこで一度だけ言葉を切って。

 メイルは畳みかけるように、持論を展開した。


    ◇


 全てを聞き終えて、イースガルは青ざめていた。

 一方でメイルは笑顔を浮かべていて、「まあ」と、間を取り保つように続ける。

「あくまでも僕の考えに過ぎません。今のところ相談したことはないですし……。実現できるかどうかの検算もまだです。なので、実際にやるかどうかは、そちらからのお答え次第ってことに……いや、そうでもないのかな。やると決めれば僕はやると思います」

「…………」

 帝国の皇帝が持つ権力は、帝国国内で言うならば、敵無しだ。

 全てにおいて最高の決定をすることができる――皇帝が白だといえば黒でも白くなるし、逆もまたしかり。

 その絶対的な権力の裏付けは、皇帝が持つ従者という名の、絶対的な力である。

 たとえメイルがどんなに人望なき皇帝であったとしても、貴族からの支持が全く無かったとしても、それらを排除する事は簡単にできてしまうのだ。

 もちろん――そんなことを続ければ国は荒む。

 荒みに荒んで、しかも皇帝自身には汚名も付くから、継承権を持つ者が立つことが多い。

 だからこれまでの皇帝はそこまで徹底したことが無い。

 が。

「何せ、今の帝国には継承権を持つ者が居ませんから。僕はみての通りの子供ですから、まだ子供を作れませんしね……兄姉は全員死にました、父もです。帝国が守り続けた血を引いた人間は、残念ながら僕しか居ない。だからどんなに僕の行動が不満でも不服でも、僕を殺す事はできません。まして、帝国という国は血統を『精霊の共感者』という形で証明しなければならないんです」

「……だが、それだけならばそうと偽れば可能なのでは?」

 かろうじての疑問を呈したイースガルに、メイルは不可能です、と首を横に振った。

「そこの王座には皇帝の血族しか座れないんですよ。そうですね……。ウーノ、ちょっとこちらへ」

 そう言ってメイルはイースガルを王座のすぐ目の前へと連れて行く。

 そして、王座のクッション部分を取り外すと、岩作りの本体が露出した。

 本体には。

 赤い、ラベルを張りつけたかのような何かが浮かんでいた。

「……『(まじな)い』」

「そう。これは『血統識別の(まじな)い』……特定の人物の、血族にあたる人間であるかどうかを判別するための呪いです。血族では無いものがここに座ると、ちょっと楽しい事になりますね。座ってみますか?」

「いや、遠慮しておきます。というか、そういう危険な事を勧めないでいただきたいのですが」

「ああ。いえ、危険じゃあないですよ。ただ、楽しいことにはなりますけど。……ムーニ、座ってみて」

「え、おいら?」

「うん」

 まあ良いか、と突如話を振られた従者の一人、特に背の低いムーニがクッションの戻された王座に座る。

 途端、部屋の灯りの色が変わった。それまでは単なる照明だったはずなのに、なんだろう。まるで祭りの会場の如く、色とりどりの照明になっている。

 のみならず、妙に愉快な音楽が何処からともなく流れてきていた。

 なるほど、危険性はない。

「ね? 楽しいでしょう?」

 そしてそんな同意を求めるメイルに、イースガルは曖昧に頷いた。

 楽しいと言うより途方も無く無駄だ。一体どこの誰がこんな呪いをかけたのだろう。

「ま、こんなバカみたいな仕掛けだからこそ、効果は高いんです。だって、本物の血族じゃないと、仕事になりません」

「……確かに」

 謁見の間でこのカラフルな光の中、しかも愉快な音楽と言うのは、色々と台無しだ。

「だから、僕を殺す事は出来ない。僕を殺してしまえば帝国の血統が途絶えます。それは即ち……帝国が滅びると言う事です」

 くすくすと笑いながらメイルは言う。

「そこで、僕の提案がでてくるわけですよ。イースガル・ル・ウーノ特使。伝言、任せました」


    ◇


 少女(みらい)と出会った少年(メイル)は、ついに改革(いたみ)を垣間見る。

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