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竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺  作者: 朝霞ちさめ
第二章 即位の宴、漆喰の翼
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即位の宴、漆喰の翼 (結)

 ここで認識のずれを糺しておくと――エリシエヌはイースガルを、戦闘においては無敵であると判断し、イースガルはしかし、黒曜竜三体を同時に相手取ることは不可能だという認識である――、実際のところ、『精霊のお気に入り』という才能は、そこまで万能に何もかもを無効化できる力では無いというのが真相である。

 もちろん、炎のブレスは無効化できる。炎である以上それは火という概念を持ち、故に精霊が彼を護る。

 呪いの混ざったブレスでも、やはり本質は火に代わりはないし、『呪い』という概念はとっくに精霊を産んでいて、故に彼は無効化できる。

 ではなにによってイースガルは害される可能性があるのか。

 それは、精霊の干渉限度を超えた単純な力――つまり、近接、物理的な攻撃だ。

 いわゆる『魔法的』な事はその全てを無効化することも容易いが、いわゆる『物理的』な事となると勝手が変わる。

 いや、たとえば剣を振り抜いたその剣圧による攻撃であるならば、それは風や衝撃の概念を持つから、無効にできる。

 ここで注意したいのは、精霊の動きは原則、『反応(リアクション)』であると言う事だ。

 何かをされたから何かをする。それが基本であり基礎である。

 精霊魔法と呼ばれるものたちも、突き詰めてしまえば『お願いされたから、何かをする』だし、それは『精霊のお気に入り』でも大差はない。

 繰り返すが、精霊というものは概念が意識や意思、自我のようなものを持ったものである。

 そして精霊が無効化できるのは自分と同属性の自然や概念だ。

 意識を持たない自然や概念に自分自身の意識を分けて、それを無かった事にする、そう言う事をしているためである。

 意識を持たない自然や概念に。

 つまり、『意識を持つもの』に対しては、これが出来ない。

 ようするに、剣で切りかかる行為は『意識を持つもの』によって剣に力が込められている状態だから、剣そのものに干渉したところで、出来るのは精々切れ味を落としたり、ほんの少しだけ軌道を逸らす事だけである。

 逆に、剣を投げつけただとか矢を射ただとかの場合ならば、手から離れている――つまり『意識を持たない』――から、ほとんど自由に逸らす事は可能だ。

 この辺りを知っているかどうかで、『精霊のお気に入り』という才能に対する印象というものは大分変わるのではないだろうか。

 もしこれを知らなければ、『何でもかんでも無効化してみせる理不尽の権化』であり『何をしても無駄』だから、エリシエヌのような誤解をする。

 一方でそれを知っていれば『必ずしも無効化できるとは限らないものがある』わけで『特に身体を使った直接攻撃にはほぼ無力』と、実は竜種のような巨体そのものを武器のように行使する類のものが大の苦手だから、そこからいくらでも付け居る隙があると判じるだろう。

 ではここで考えよう。

 黒曜竜は、『精霊のお気に入り』についてどの程度までの知識を持つのか。

 エリシエヌのような勘違いをする程度か? だとすれば、イースガルが負けることはないだろう。

 それとも本人、イースガルのように、明確な弱点を知り得る程度か? だとすれば、イースガルは苦戦をするだろう。

 そして答えは、残念ながら後者である。

 少なくとも帝国という国が成立した前後で、黒曜竜はそのあたりの概念を十分に知ることができる機会があった――その機会を、当時のとある黒曜竜の里の長が完全に活かし、それまでは竜種にとっても謎の多かった精霊と言う存在や、『精霊のお気に入り』と呼ばれる存在についてを考察することが出来たためである。

 更に言えば黒曜竜は竜種としては珍しくも相互に情報をやり取りしたり記録する事を好む習性を持ち、今となっては黒曜竜の中で精霊について、そして精霊のお気に入りやその紛いもの、精霊の共感者についてを知らないものは居ない。

 この戦いは、そう長引かないだろう。


    ◇


 黒曜竜のうちの一匹に向けて、イースガルは光の弓矢で攻撃を行う。

 といっても、聖王国の軍事修練においてちらりと見た弓の射ちかたを何となく思い出してなんとなくやってみたというだけで、実際の弓矢でそれをやったならば矢が前に飛ぶこともなく、どころか番える所からして失敗していたはずだけれど、それは本物の弓矢ではなく精霊そのものであり、そしてその精霊そのものはあくまでイースガルの意思に対して好意で手伝おうとしているが故に、まるで達人がしたかのように『矢』は射られ――無い。

 光の速度で、それは直線上に居た黒曜竜の一体を音も無く、そして一瞬たりとも時も掛けずに貫き、即死たらしめた。

「……要するに、『精霊のお気に入り』である自分にしたって弱点はあると言う事です」

 もう一度構えを取り、二射目。

 それも見事に残る二体の内の一体を即死させつつ、イースガルは屋根の上で小さくつぶやいた。

「竜種のような、身体そのものを武器とするタイプ……これに対して、精霊はどうしても無力だ。精霊はそのことを知っている。だから自分とかに、早い段階で警告をしてくれるのです」

 けれどね、と続けつつ、三射目を構えて――

「それはあくまで、精霊のお気に入りの『防御面』――そうでしょう? 無効化することができること、できないこと。なるほど、たしかにそれは、純粋な物理は弱点です。身体そのものを武器にされれば、それを無効化する事は出来ないのですから、そんな状況になってしまえば打てる手は少なくなります。けれど、それだけ(、、、、)なんです」

 ――射る。

 僅か三射。

 時間にして七秒弱。

 たとえどんな英雄にだって不可能な偉業としての竜殺し――否、もはやこれは、竜殺しですら無い。

 一方的な殺戮だ。

「自分たちのような『精霊のお気に入り』とは、精霊が自発的に手伝ってくれると言う才能。だからこそ自分たち自身では、滅多に精霊にお願いをしないのです――お願いをするまでも無く、大概の事は全てが終わってしまいますから。けれど今回のように、反応ではどうしようもない可能性がある場合。精霊の自発的な反応では対処しきれないそんな場合には、自分側からお願いをします。『助けてくれ』と。そして精霊たちがそれに答えてくれれば、ご覧の通り……」

 精霊魔法とは、精霊にお願いをすることで、精霊が自発的に起こす現象である。

 だが、それは普通の存在がお願いするものを指す。

 精霊のお気に入りが扱うそれは、普通の存在とは一線を画すからだ。

 即ち、効果の乗算(、、、、、)

「精霊とは概念が自我を得たもの。『精霊のお気に入り』は、精霊の全面的な補助があれば……それを掛け合わせることができる。『光』掛ける『貫く』で、『光が貫く』。ま、普段はこんなこと、自分にだってできないんですけどね」

 とん、と屋根から飛び降り、ふんわりと着地。

 英雄になれなかった英雄。

 戦闘が苦手で蹂躙が得意。

 イースガル・ル・ウーノ。

 精霊のお気に入り――その力は、竜種の中でもトップランカー、しかも複数の黒曜竜であっても歯牙にも掛けない、朝飯前に殺戮することができる力なのだった。


    ◇


 エリシエヌはかつてイースガルと旅をしたその中で、つい先程パスヴィーラでイースガルが見せたような殺戮を何度かその目で見たことがある。

 その上で、イースガルという人物が恐らく誰よりも最強に近いのだろうと考えた――実際、魔法を使える状況であるならば、イースガルは誰にだって負けないだろう。

 更に言うならば、精霊とは概念が意識を持ったものである。そしてここで言う概念とは自然現象も当然含む。

 だから普通の、どんなに名を馳せた英雄よりも、圧倒的に信頼できたのだ。

 なぜなら、そういった英雄だって恐れるような大災害や罠の全てを無効化できるのだから。

 どんなに危険なはずの航海だって、イースガルが行くならば安全極まる旅路に変わる。

 竜種の襲撃、しかも黒曜竜の襲撃でさえもが、脅威にならないほどに――だから、イースガルという人物は、エリシエヌにとって最も信頼されている切り札なのだ。

 裏を返せば。

 出来る限り手元に置いておきたいであろう切り札を、帝国という別大陸の国家に配置せざるを得ない事情があると、彼女はそう判断したのだった。

 そしてその判断は、幸か不幸か、実を結ぶ。

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