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竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺  作者: 朝霞ちさめ
第二章 即位の宴、漆喰の翼
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即位の宴、漆喰の翼 (転)

 三体の黒曜竜が何故この街を襲ったのか。

 それはこの街パスヴィーラに、彼らの同胞の『遺体』が『商品』として運び込まれたことが原因だった。

 通常、竜種は死した同胞についてどうこうと思うことはないし、だからヒトが竜種の遺体を素材として何を作ろうと特に怒ることはなく、むしろ感心さえする始末なのだけれど、一つだけ例外があるのだ。

 それは、『天寿を全うした竜種』。

 竜種はそのほとんどが戦いの中で死を迎える。ヒトとの戦いであることは希で、大概は自然という強大な敵との戦いにおいてだ。

 天寿を全うすることができるのは、生命の極致とさえ言われる竜種の中でもごく少数……それもそのはずで、原姿三竜ともなれば数千年という途方もない月日を生きなければならない。

 数千年もあれば大災害の数十から百程度は起きるし、天変地異に近いことだって数度は経験するだろう。そうした中で大概は死んでしまう。

 が、ごく希にとはいえ、天寿を全うするものも居る。

 そういった『真に強き者』は竜種の中で神格化され、後の代まで語り継がれる、ヒトでいうところの歴史上の偉人のような扱いになるし、そんな天寿を全うした者のためには墓だって作られる。

 その墓からヒトが遺体を盗み出し、あまつさえ分解するなどという狼藉。

 神格化された対象がそのような辱めを受けたのだ、それは竜種にとっては許し難い愚行だった。

 それが今回、黒曜竜達がパスヴィーラを襲った理由である。

 そしてそんな理由を精霊経由で知った上で、どうしたものか、とイースガルは考える。

 既にイースガルは窓から飛び出て宙を掛け、適当な家屋の屋根の上に立っていた。

 その右手には大きな光の弓、左手には輝く棒のようなものが握られている。

(黒曜竜……か。精霊魔法は自分のほうが優越する以上、警戒すべきは『呪い』)

(それ以前の問題として、単純な力の強さがなあ……せめて一対一ならなあ。まだ勝機はあるのだけど)

 原姿三竜に対して勝機を持つと言う点で、イースガルも大概の英雄じみた力を持っているのだが、それでも彼は『戦闘を苦手』と言って憚らない。

 実際、彼は決して戦闘を得意とするわけではない。基礎的な部分でも、そこらの一般的な冒険者に及ぶかどうかといった、最低限の水準程度だ。

 それでも彼が黒曜竜に対して『一体一ならばなんとかなる』と自覚しているのは、『精霊のお気に入り』であるが故である。

 その光の弓と光の棒のようなものは、どちらも精霊の集合体――精霊魔法の一歩先。

 あらゆる精霊魔法に耐性を持つとされる黒曜竜でも、精霊そのもの(、、、、)にまでは耐性を持たない。だからその攻撃は容易に通る――どんな最高級の、それこそ伝説に出てくる『崇拝借剣(クロックナイフ)』のような竜鱗装備よりも確実に、それも戦うための腕を持っていなくともだ。

 とはいえ、それは一対一ならば。

 さすがに一体三となると、一匹目を殺し二匹目を打ち落したところで三匹目で終わるのがオチだろう。

 だから精霊は警告する。

 今すぐ逃げろ、と。

(逃げたいのは山々だけどもう遅い)

(もうこっちからも見えている)

 あちらからも見えているだろう。

 そして精霊魔法が使えないことにも気づいているはずだ――精霊が意思疎通(おはなし)をさせてくれないことにも気づいているはずだ。

 竜種。

 それも原姿三竜が一翼、黒曜竜。

 そんな彼らが、『精霊のお気に入り』を知らないとは思えない。

(既に自分の存在は察知されているし、むこうは話を聞かないだろうから)

(たとえ無理でも、迎撃するしかない)

 だが、決して死ぬつもりもない。

 もし。

 そう、仮定の段階でも、このような場所でこのような理由でイースガルが死ねば、帝国、聖王国の両方がかなり困った事態になるのは目に見えている。

 それは本意ではない――だから、絶対に死ぬことは出来ない。

 だが、逃げるだけというのもやはり出来ないのだ。

 たとえ他国のヒトであっても、民を見捨てた者には民を支える資格が無い。

 聖王国の貴族とはかくあられし。

 そうあれないならば死を給え。

 エリシエヌ政権になって以降、その傾向は強くなっている。

 要するにこの場で逃げだしたとして、そして生き延びたとしても、聖王国に帰った途端に処刑されておしまいなのだ。

 故に戦う。

 戦いが苦手でも、戦うしかない。

 精霊は、そんな彼の強硬な態度に、ならばしかたがないと言う。

『わかった。ならば手伝おう』

『君の武器にこの身を替えて』

『君の防具にこの身を換えて』

『いまこそ我らと、戦おう!』


    ◇


 かつて、イースガルはエリシエヌと旅をしたことがある。

 それは聖王国の王家に連なる者が必ずこなさなければならない巡礼ならぬ洗礼の旅であり、その旅では戦闘の機会も多いという、まさしく危険な旅である。

 少なくとも先代の女王、つまりエリシエヌの母親はこの旅に望むにあたって軍隊規模での同行者を用意したし、先々代の国王だった祖父は十二名の侍者と冒険者を集いこなしたという記録があった。そして、この二人の旅においては犠牲者もそれなりに出している。

 そんな危険な旅を、エリシエヌはイースガルとの二人旅で達成してのけた。

 この時の事をエリシエヌは、「当然の成果ですね」と特に誇った様子でもなく、それはイースガルも同じだった。

 特にエリシエヌは、女王の位を継ぐにあたって、当時の危険な賭けのような経験についてを聞かれ、次のように答えている。

『危険? ……ああ。ええ。そうですね。確かに危険な旅でした。竜種と出会う事九回、内戦闘になったのは四回で、極炎竜、深淵竜、始原竜、金剛竜でした。それ以外にも精霊仕掛けの森や廃墟、単なる自然現象も含めて、危険な旅と言わざるをえません。けれどね、けれどです。あれは人数でどうにかできる類のものではない(、、)のですよ』

 それは戴冠の儀の後、新女王誕生に伴う祝賀の宴。

 不慣れそうに王冠をその頭上に載せて、彼女は問いかけてきた貴族に淡々と答えた。

『だってそうでしょう? 竜種との戦闘が起こると言う事は、一定以上の力量を持った者でなければそもそも突破できないと言う事です。私の母、前女王は、軍隊規模で動員することで「数の暴力」を成立させ、それによって突破しましたが、その結果は損耗率六割。六割もの脱落者を出したのです。それでも、最終的には突破しているあたり、流石は母上と言わざるをえませんが……。まあ、基本的に「格」が違う相手には、数ではどうこうできませんからね。そのあたりを考えれば、兵の格では到底竜種の格に及ばずとも、母上の指揮によって「軍隊」となった者たちの格がなんとか、拮抗出来たと言う事かもしれません。そしてそれは、祖父も同じ。十二人の従者と十六人冒険者、合わせて二十八人……内、生還したのは十六人。その十六人の誰もが竜種と渡り合える程度の力を持った者たちで、逆に損耗した十二人は格で劣った者たちでした。いいですか。「格」というものは大切なのです。「格」が違えば数的有利不利などあっさりひっくり返るのです。だからこそ……私には、イースガルが居れば、他はむしろ足手まといなのですよ』

 イースガルは戦闘を苦手としている。

 にもかかわらず、そう断言するのには相応の根拠、つまり『精霊のお気に入り』としての彼の才能と、彼女自身が持つ『聖印』という才能が絡んでいる。

 彼女が持つ『聖印』についてはいずれ語る機会がくるとして、では、イースガルのその才能は、具体的に何ができるのか?

『実質的な攻撃力は私が担当しました。ですが、防御の一切は彼がしてくれた。竜種との戦いも、そのほとんどは彼の功績です。彼がもつ才能は、「精霊のお気に入り」の最も得意な点とは――「精霊のお気に入り」の本質的な、根源的な才能とは、あらゆる物を「無効化」する才能です』

 概念が意思を持ったモノ――精霊。

 そんな精霊に気に入られ、無条件に手助けをされると言う才能。

『それこそが、戦闘を苦手とする彼が、聖王国において一番目か、そうでなくとも二番目には「蹂躙」を得意とする。英雄になれなかった英雄と呼ばれる理由ですよ』

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