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竜を辿った幼き帝と、小猫が探した仲間の噺  作者: 朝霞ちさめ
第二章 即位の宴、漆喰の翼
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即位の宴、漆喰の翼 (承)

 ポートサンクを出発し、パスヴィーラに到着したのはきっかり五日後。

 ほとんど予定通りの日程だったようで、パスヴィーラでは一日休憩があるらしい。

 宿については、幌馬車側が準備してくれたので、イースガルはそのあてがわれた宿に向かい、部屋の中へ。

 『おまけ』にしてはなかなか豪勢な部屋だな、とイースガルは思う。

 というより。

(どうもこの街は)

過剰(、、)に繁栄しているような気がするな――)

 それが率直の感想だった。

 ポートサンクのどこか侘びしい雰囲気と比べ、パスヴィーラは華やかといって間違いない。

 聖王国の首都には大市場があるが、そこと同じくらいの華美さを街全体が誇っているようでさえある。

 同じ国の街とは俄かには信じられないが、これが違和感の正体か、とイースガルは察し取った。

 聖王国は基本的に、街の規模が同じならば、その内容も同じくらいだ。

 全体の華美さと侘びしさは同程度。一つの街に華やかな場所もあればそうでない場所もある。それが聖王国の街である。

 だからこそ、聖王国の首都では裕福層と貧困層という層の間で対立が起きたりもしていて、その絡みで今回エリシエヌ自身が出馬できなかったので、玉石混合という状態が良いのか悪いのかは考えものだ。

 しかしこの国、帝国は違う。

 恐らく『裕福な街』と『そうでない街』に完全に分かれている。

 裕福層は裕福な街に集まり、貧困層はそうでない街に集まってゆく……だから更に、その差が広がる。

 広がりに広がって、取り返しのつかない規模になっている可能性もある。

(これが帝国の抱える問題ですか)

(……おおむね)

 聞かされていた通りだな、とイースガルは思いつつ、ベッドに腰をおろした。

 彼に与えられた今回の外交任務は二つ。

 一つは帝国の現状をこの目で見て、主君たる女王エリシエヌに余すことなく伝えること。

 そしてもう一つは――

(新皇帝の真意……か……)

 ――まず、即位式典において、メイルが出した声明の全文は、既に聖王国の知る所だ。

 それの分析を行った上で、エリシエヌはとある可能性に行きついていた。

 もっとも、その可能性は馬鹿馬鹿しいものだったし、まして誰かに相談できる類のものでもない。

 それ故に、エリシエヌがそれを話したのはイースガルのみである。

 わざわざ『不向き』なイースガルが、それでも帝国に訪問したのは、まさにそこに理由がある。

 外交的な伝言者(メッセンジャー)を兼ねているのだ。

(まあ、自分は聖王国のヒトだから、言えた義理もないのだけれど)

(これほどまでに歪んだ構造で、よくもまあここまで発展できたものだ)

 一つの街に富裕層と貧困層つまり高級住宅街とスラム街があるような、治安のあまり良くない聖王国。

 一つの街ごとに富裕層と貧困層が完璧に区分けされた、生まれた場所で全てが決まる格差社会の帝国。

 どちらが国としてマトモなのか、という点について、解答は出ないだろうが……まあ、どちらも理想からはズレているのだろう。

 それに、聖王国はこの数代で大分持ち直した方だ。

 貴族は民に虐げられつつ支えるべし。

 それをようやく、名目のみならず現実にすることが出来たのだから。

(貴族……か。問題はそこなのかもしれない)

(貴族などというものが存在するから、こんな歪みが出来るのかもしれない)

 ならば貴族が居なければ、貴族制を取り消せば、多少はマシになるのではないか。

 イースガルは一瞬そう考えるも、すぐに頭を振って取り消した。さすがに極論にすぎると自覚したためである。

 もっとも。

 貴族制を敷いていないマリナル都市国家連合は、富の平均化に成功しているという話もある――あれは国の規模が小さいからこそなのだろうが、その観点で言えば、確かに貴族と言うものについては考えさせられるのだった。

 ともあれ。

 イースガルの旅は、順調だった。

 パスヴィーラについた、その日までは。


 翌朝にイースガルが目覚めたのは轟音を感じとったからである。

 感じとるというか聞きとると言うか、音は聞きとったが衝撃は感じとったので、やはり感じとったで正しいのだろうか?

 衝撃を伴う音は彼を文字通りに叩き起こし、彼は飛び起きながらも柄にもない臨戦態勢を取って外の様子を窺った。

 外ではガラスが割れている家屋が何件か見える、突風、それも竜巻に近いものだろうか?

 しかしそうだとしたら、『音』の説明がつき難い。いや、突風の中には轟音を招くものもあるだろうけれど、しかし今回はもっと切実なものだった。

 それこそ、戦闘を苦手とする彼が、それでも咄嗟に戦闘態勢を取った程度には危険を感じさせるものだった。

 そしてその感覚は今も続いている。

 彼にとっての主君、女王エリシエヌと共に旅をした時はよくこんな感覚になったものだなあとか思って、だとすると今回のこれは、と何が起きたのかについて頭の中で整理をし。

(だと、したら……出し惜しみはできない)

(疲れるから、嫌なんだけどな)

 ぱしん、と。

 イースガルは目をつむって己の両頬をたたく。

 そして、再び目を開くと、その瞳は黒からぎらついた金へと変わっていた。

 イースガル・ル・ウーノ。

 戦闘には決して向かない、そんな彼には、それでも現に女王となったエリシエヌの傍において、獅子奮迅のごとき活躍をできる才能があった。

 しかし、その才能は決してノーコスト、ノーリスクで扱えるものではなく、彼の場合は『疲れる』と感じるし、何より『特別』という感覚がして非常に苦手であり、基本的には封じ込めている才能なのである。

 その才能の名は『精霊のお気に入り』――インテウル・ヴェスペイロ=オルフォ。

 あらゆる精霊から好まれ、あらゆる精霊と常時の意思疎通(おはなし)を可能とし、あらゆる精霊を手に取るように理解でき、そしてあらゆる精霊が自発的に手伝いをするような、そんな才能。

 帝国の現皇帝、幼き帝、メイル・ジ・ウォムスや、その従者たちが持つ『精霊の共感者』の原典にして上位互換。

 そんな彼が聞いたのは、こんな声だった。

『できればすぐにこの街から離れたほうが良いよ』

『そこにとどまるのは得策じゃないね』

『さっさと逃げて! あぶないからさ!』

『ほら、ほら、もうすぐそこまで来ているよ』

『敵対的な黒曜が、揃いも揃って三翼も』


    ◇


 パスヴィーラの街は商人の街であり、極めて栄えている。そんな街は、だからこそ一定の武力を保有した街でもある――それは、野盗の類から身を護るための自警団であったり帝国軍の駐屯であったり、複数の系統があるが、他の街と比べれば倍近い戦力があると言ってもよい。

 だが、たとえ倍の戦力があったとしても、できるのは精々上位竜種を退ける程度。

 原姿三竜、特に『魔法』を得意とする黒曜竜が三体というのは、お手上げするしかない状況だったし、お手上げをしたところで何も変わらないのが現実だった。

 少なくとも、数キロ離れた地点から風の一閃で街に被害を与えることができるような超ロングレンジかつ超火力を誇る相手に、ヒトがどうこうできる事などたかが知れている。

 それが解らない商人でも無い。

 この街に居を構える商人の殆どは、竜種素材も扱うような大商人だ。

 故に、竜種による襲撃事態に陥った時、どうするのがもっとも安全なのかを知っている――『安全な場所に隠れてやり過ごす』のが最善手であることを知っていて、そのためのシェルターまで用意しているほどである。

 もちろん、シェルターの内部ならば絶対安全というわけではないが地上で無防備に居るよりかは遥かにマシだったし、シェルターの中が安全だったとしても店舗や家屋の損害は覚悟しなければならないが、命あってのなんとやらというのもまた真理である。

 だがまあ、それはあくまでも、竜種による襲撃である、と判断が出来た場合の話だ。

 そしてこの時点において、それが黒曜竜によるものであると判断できているのはイースガルのみである。

 いかに街として栄えていても。

 いかに街として武力を、戦力を持っていたとしても。

 予期せぬ事態に対して、本来の力を出せるかどうかは別問題なのだ。


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