戦いの果てに
「……ん」
「気がついたか、リーン」
リーンが目を覚ますと目の前に泣きそうな顔の少女がいた。
「ソ……フィア?」
いなくなったはずの彼女が突然目の前にいて、リーンはしばし混乱した。痛む頭を抑えつつ周囲を見渡すと、窓一つない狭い部屋に、自分と同じくらいの少女達が何人も座っていた。
皆暗い表情で、すすり泣いたり、俯いて膝を抱えたりしている。
「ここは……」
「うちら攫われたんや。多分売られる」
「誰が?」
「わからん。でも毎日のように女の子が連れて来られて、週に1度連れてかれる。一度連れてかれたら戻って来ない。どこかに売り飛ばされんや、きっと」
得体の知れない者が売り飛ばす先など録な場所のわけがない。思わずリーンは身震いした。
それから無事な姿のソフィアを見つめるとぎゅっと抱きしめた。
「無事でよかった……」
「無事やないけどな。まあまた会えて良かったわ」
ソフィアは優しくリーンの体を受け止めて抱きしめた。薄暗くこの先どうなるかもわからないこの場所で、ただ一つ確かな安心のように思えて、リーンはがむしゃらにしがみついた。
その時がちゃりと音がして、唯一の出入り口である扉が開いた。
人相の悪い男達が入って来たかと思うと、部屋にいた女の子の腕を乱暴に掴んだ。
「お前も来い!」
そう言ってソフィアの腕をむりやり引きずる。
「ソフィア!」
リーンが後に続こうとするが、男に振り払われた。
「お前はまだだ。大人しくしてろ」
このままソフィアが連れて行かれたら、二度と会えないし、ソフィアがひどい目にあう。そう思ったらいても立ってもいられなくなったリーンは、開いていた扉から、がむしゃらに外へ飛び出した。
「おい! 何をするんだ、このクソガキ」
ソフィアの腕を掴んでいた男に噛み付いて食らいつく。男は思わずソフィアの腕を放して、リーンを蹴りとばした。
「何やってんだ! 商品に傷をつけるんじゃねえよ」
他の男が怒ったが、不満そうに怒られた男は黙り込んだまままたソフィアの腕を掴もうとした。しかしソフィアが暴れたので手こずっていた。
リーンはその隙を見逃さなかった。素早く近づいて男が腰にぶら下げていた拳銃をかすめ取ったのだ。
「このガキ、返しやがれ」
男が向かってくる前にリーンは拳銃を構えた。初めて触れたひやりとした固い感触。なのになぜか何も考えなくても使い方がわかった。
銃口を男の胸に突きつけると、さすがの男達も緊張したように静まり返った。
その静寂を破るように、一人の男がリーンに向かって飛びかかる。リーンは躊躇う事無く引き金を引いた。
「がは……!」
一撃で膝をついて倒れる男。床に血溜まりが出来て行く。リーンはそれを見て頭の中が真っ白になって行くのを感じた。
ワタシガコロシタ。コノオトコヲコロシタ。
初めて人を殺したショックに戦慄していた。ソフィアもリーンの姿を凝視している。
目はおどおどとして、体はがたがたと振るえ、嫌な汗が湧いて来る。
「いやぁぁ……!」
そう叫んでリーンは目を閉じた。目を閉じたのは一瞬。目を開けた時には先ほどまでの怯えなど嘘のように冴え渡っていた。
「早く取り押さえろ!」
数人掛かりでやってきた男を、余裕でかわしながら銃で確実にしとめていく。弾切れになったら死んだ男から銃を奪って持ち替えて、躊躇う事無く男達を殺して行った。
その動きは素人の少女の物とは思えない、超人的な動きだった。そしてリーンが返り血で染まる頃、生きている男はいなかった。
「リ……リーン……?」
目の前でその様子を見ていたソフィアは恐怖に震えながらリーンを見つめていた。そんなソフィアに向かってリーンは言った。
「早く逃げろ。ここは我が始末する。リーンは眠っているからな」
リーンの言葉はいつもの彼女らしくなく、冷え冷えとしていた。
「あんた……誰や? リーンちゃうんか?」
「我に名はない。ゆえに名乗る事はできない」
ソフィアはその問いにわけもわからず、リーンの様子に怯えながら、他の女の子達を連れてその場を後にした。
一人になったリーンはゆっくりと歩き出す。
そしてその日一つのマフィアがたった一人の少女の手によって壊滅した。
蛇足
今後の小説内に出てこない凛の設定。
リーンは村を襲われた後ショックで過去の記憶を封印した。
その時に凛の心を守る為に産まれた別人格。
この後学園で知り合った友人に「咲」という名を名付けられる。
今回銃を持って闘ったのは咲で、リーン自身は咲という人格を認識していない。
リーンに生命の危機が訪れた時だけ、リーンの代わりに出てきてリーンを守る。
そういう人格です。




