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古屋敷のお話 蛇編

蛇編の『蛇』は、蛇足の『蛇』です。

 月が遥か高く昇る、深夜。

 大きな蔵の前に人影があった。


 錠に鍵を差し込み、ガチリと落とす。

 扉を開け、閉める。

 そして、向かって右の壁へと向かい、電灯のスイッチをカチ、カチ、カチ、と何度も上げ下げする。

 五度、上げ下げしただろうか。ゴトン、と何かが落ちる音がする。

 壁がゆっくりと動き、階段が現れた。


 紫の影は階段を降りる。長い階段だった。

 降りた先、これまた長い通路を歩く。

 

 通路の突き当り。

 僅かな明かりすらも当たらない、暗闇の先。


 そこには、脈動する肉塊が鎮座していた。


「うふふぅ…来たわよぁ?」

「コロセ、コロセ、コロセコロセコロセコロセ」


 まるで懇願するように言う肉塊。

 聞いているのか聞いていないのか、手袋を嵌めたその手で肉塊を撫ぜた。

 肉塊はその巨体をブルリと震わせた。


「相も変わらず」


 紫の影の後ろ。

 どこから侵入したのか、黒い影が現れた。

 そして言った。


「人様の趣味に口を出す気は無いけれど、悪趣味ね」

「貴女に言われる筋合いは無いわぁ。曰く付の代物ばかり集めてぇ、何を考えているのかしらぁ」


 黒い影は神様から、その眷属ともいえる曰く付の代物を引き取っている。

 それで悪事を働くわけではない。暇を見て、その『怨み』や『悪意』を祓っているのだ。

 短い物で数年。長い物で十年近く。経験した中では百年を要した物もあった。


 しかし。しかし、だ。

 随分前に持ち込まれた、一振りの太刀。

 千年近く積み重ねられた『怨み』と『悪意』は尋常な物ではなく、これには難儀するのだろうと今後の対策を立てていた所だった。


『ちょっと料理を作りたいんですけど。あの太刀、使ってもいいですか?』


 そんな事を言ってのけたのだ。

 常人ならば破壊衝動と自殺衝動に支配される、その太刀を使いたいと。

 たとえ壊れても、自分にとって痛手ではない。そう思って使わせてみた。

 

 しかし壊れる事もなく、料理を作り上げた。

 あの時のカレーは美味しかった。また食べてみたいものだ。


 その後、太刀を持ってきた神から連絡があった。


『この前預けた太刀あるだろー? ちょっと返してくんねーかー? それと丁稚の住所教えてくんねー?』


 詳しく聞くと、太刀が改心をしたと言う。

 急いで確認すると、太刀からは『怨み』と『悪意』が消え去っていた。

 彼女でさえ難儀するだろうと思った曰く付の代物を、たったの一晩でそれらを祓ったのだ。


 驚きを通り越して呆れてしまった。


「貴女の連れてきた子」


 黒い影は僅かに眉を潜める。

 対面する紫の女は、人間は人間で一纏めにして、その中で区別を付けない。

 有象無象をわざわざ見分けたりしないのだ。


 その腐れ縁の友人が、ただの人間一人を特定するなど。

 珍しい事もあるものだ。


「あの子、欲しいわぁ…」


 肉塊を愛おしげに撫でながら、艶めかしい声を出す。

 その声には、常人が聞いたならば思わず従ってしまうような力が籠っていた。


 しかし、黒い影は拒絶するかのように言う。


「不干渉の取決めを忘れたのかしら? 『互いを邪魔しない』『互いを罰しない』それと―――」

「『互いの持ち物に手を出さない』分かってるわよぉ。貴女が初めて連れてくる人間だからぁ、気になったのぉ」


 紫の影が気に入った人間の末路を、黒い影は知っている。

 その全てが今、人間の形を取っていない。

 黒い影もかつて危うい事があったが、何とか逃げおおす事が出来た。


「それにしてもぉ、随分と執心ねぇ。あんな小娘一人にぃ」

「あなたがあの子を育てたのと同じ。単なる興味本位よ」

「うふふぅ…そうなのぉ?」


 クスクスと笑う紫の影。

 いつも通り、癇に障る笑い方だ。


「それじゃ、私は寝るわ。ここの仕掛け、変えた方がいいわよ」


 蔵の仕掛けは単純なものだ。

 電燈のスイッチを何度か上げ下げすると、壁がずれて階段が出てくる。

 しかし前提条件が一つ。蔵の扉が閉まっている事だ。


 それだけ言って手を振りながら、黒い影は通路の闇へと溶け込んだ。

 残るは、紫の影と脈動する肉塊。


「うふふぅ…それじゃあぁ、また来るわねぇ…」


 紫の影も闇へと消える。

 神と崇められた妖怪。その成れの果て。


「コロセ、コロセ、コロセ、コロセ」


 薄暗闇の中、脈動する肉塊のみが残された。

 

 ある妖怪の使いとも称された、異形の化物。

 妖怪の気を損ねた、あるいは格別に気に入られた者の末路が、そこにはあった。

 そして彼ら、あるいは彼女らは懇願を続けている。自分を『殺せ』と。

・名前:紫の影

 設定:

 かつて、神と崇められた妖怪の成れの果て。

 近代化以前は麓の集落に居を構え『機嫌を損ねた者、或いは格段に気に入った者』以外には無関心に、周辺の山々を護ってきた。

 しかし、近代化の波に呑まれようとした時代に、その居を山の中腹へと移した。

 それからは主に山へ無断で侵入しようとする者を、肉塊へと変貌させてきた。

 『黒い影』とは不干渉の約定を結んでいる。


・名前:黒い影

 設定:

 近代化以前は日本全国を津々浦々と放浪していたが、近代化以後はある町に留まり、曰く付の代物の『悪意』と『怨み』を祓う事を生業とした。

 つい最近バイトとして入った店員が、彼女でも難儀しそうな強大な『怨み』と『悪意』をたったの一晩で祓った事に、今までにない程に興味を抱いている。

 『紫の影』とは不干渉の約定を結んでいる。


・名前:脈動する肉塊

 設定:

 かつて、神の使いと畏れられていた存在。

 その正体は『機嫌を損ねた者、或いは格別に気に入られた者』が邪法により、不死の肉塊へと変貌したモノ。

 近代化以前は神の使いと麓の集落で畏れられていたが、近代化の波により妖怪と共に山の中腹へと移動した。

 彼ら、或いは彼女らは、常に果てる事のない苦痛の中にあり『殺せ』と懇願し続けている。

 恐らく世界の終りまで永遠に、苦痛を味わいながら生かされ続けている。

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