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古屋敷のお話 後編

 年代物であろう屏風、水墨画、木彫りの彫像。幾つもの壺やら硯やら絵画。

 中には榮の小さい頃に発売された、今は珍しいゲーム機もあった。


 それらを端から蔵から出す。

 蔵から出した骨董品を陰に置き、風を通す。


 梅雨が開けたこの季節、湿気たまま蔵に置いたのでは、貴重な品にカビが生えて痛んでしまう。

 その為、風通しの良い日陰で湿気を取り、乾かすのだ。


「凄い数ですね。これ全部、菫さんが集めたんですか?」

「そうよ。昔から蒐集癖があってね。そのくせ管理は杜撰で浅葱に任せっきり。年に一回は私を呼びつけるんだから、自覚はあるんでしょうけど」


 榮が蔵から持ち出し、矢尾がファイルにサラサラと何かを書き込む。浅葱から渡された物だ。


 聞くと、蔵の中にある物の一覧らしい。

 覗いてみたが、軽く数えただけで一面には三十は記載があった。

 その紙が、十枚は重なっていただろうか。


「矢尾さん、菫さんと随分、その…仲が悪いようでしたけど」


 険悪、といっても過言ではないほどの言葉の応酬だった。

 従者であるらしい浅葱も敵意の籠った視線を向けてくる。


 榮はMではない。

 あのような視線を向けられても嬉しくはないのだ。


「確かに、仲は良くないわね。そうねぇ…昔からの腐れ縁、かしら」


 昔からと言うが、矢尾の外見は高く見積もっても三十かそこら。

 そんな矢尾が『昔から』と言うのだから、幼馴染か何かなのだろう。


「浅葱さん、でしたっけ。どうして私にあんな眼を?」

「余所者を目の敵にしてるから、浅葱。あんな生い立ちじゃ仕方ないけど」


 クスクスと笑いながら言う矢尾。

 何がおかしいのだろうか。


「浅葱ね、捨て子なの。麓の集落に捨てられて始末に困ったのかしらね、菫に泣き付いたの。いつもは煙たがってるくせにこういう時だけ。滑稽よね」


 どうやら随分と悲惨な生い立ちの様だ。

 だが榮は聖人君子ではないし、他人の為に怒る性分でもない。

 ここは流しておくのが適当だろう。


「菫さんは占い紛いの事をしてるって言ってましたけど」

「その通りよ。こんな辺鄙な場所に足を踏み入れるなんて、余程の変人か阿呆だけ。その阿呆が菫に救いを求めに来るの」


 随分と辛辣な物言いだ。

 矢尾が言う阿呆とは、恐らく占いに来るお客の事だろう。


「占い、ですよね? そんなに人が来るんですか?」

「それはもう。盆も正月も関係なく、世界中の色んな場所からね。阿呆ばっか」


 蔵から壺を運び出し、一息吐く。

 これで三分の一ほどだろうか。


「それじゃ、しばらくしたら運び出した物を向こうの蔵に入れて頂戴。それで、今日の分はお終いよ」


 ―――今日の分?


「終わるのは月曜日かしらね。それでも、普段よりもずっと早いけど」

「月曜日までですか!? 授業あるんですよ!?」

「なに言ってるの? 特別手当を出したじゃない」


 確かに、特別手当を貰った。

 いつもは弐千円札一枚の所、三枚も。

 ふと気が付く。


 土、日、月。合わせて三日。

 特別手当も普段の三倍。


 ―――ま、まさか…!


「三倍出したんだから、三日間よ。当然よね」

「き、聞いてませんよ!?」

「言ってないもの。それじゃあ、私はさっきの部屋に戻っているから後はよろしくね。終わったら錠をしておきなさいね」


 手を振って、榮から離れて行く矢尾。

 無情、ああ無情。

 ガクリと膝を付き手を付く。


 ―――か、皆勤賞が…


 小中高と、ずっと皆勤賞を取ってきた。

 大学でもそれを目指していたのだが、こんな所で夢が潰えるとは。

 きちんと確認すればよかったと、今更ながら後悔に浸る榮だった。




―――




「これで終わり、っと」


 最後に屏風を仕舞い、蔵から出した分の骨董品の虫干しは終わった。


 薄暗い蔵にズラリと並ぶ、数々の骨董品。

 改めてみると壮観だ。これを普段は、浅葱一人で管理していると言うのだから、驚くである。


 ふう、と一息吐く。

 シンと静まり返った蔵の中。山の中という事も手伝い、車の音は全く聞こえない。

 

 蔵を出て景色を見渡す。

 この屋敷は高い山の上にあると思っていたが、更に高い山々に囲まれている。


 菫は自分の事を『ちっぽけ』と言った。

 しかし、聳え立つ山に囲まれていると、それも当然だろうと思ってしまう。


 確か、祖母の家もこんな場所にあった。

 小さい頃に亡くなり、凄く泣いた事を覚えている。


 ―――なんか、懐かしいな…


 自然に囲まれ、少しセンチになってしまったようだ。

 とりあえず終わったと報告に行こう。閂をかけ、錠をしようとする。

 

「―――」


 手を止める。何かが聞こえた。

 僅かな音が、蔵の中から。


 頑丈な錠をポケットにしまい閂を開け、蔵の中に入る。

 三分の一の骨董品が仕舞われた方の蔵だ。


 ズラリと骨董品が並び、僅かに射し込む光が明るいくらいだ。


「誰かいるんですか?」


 人影は無い。気のせいか、再び扉を閉める。


「――セ―」


 確かに聞こえた。

 僅かだが確かに音が。


 だが、かなり小さい。

 何かに遮られているようだ。

 

 何かあると、榮は直感した。

 

 蔵を出て、その外観を確認する。

 一周回ってその佇まいを確認したり、入り口から外壁までの長さを確認したり、と。

 再び蔵に入る。壁から壁へと両手を広げ、その長さを測る。


「この壁だ…」


 外で同じように手を伸ばして測った長さと、蔵の中で測った長さが違う。

 入り口から向かって右側の壁だ。


 試しにノックしてみると案の定、軽い音がする。

 奥へ向かって何度も試す。

 すると、大よそ一メートルほどの幅の空間がある事が分かった。


 ―――伽藍堂…中空だ。


 近くを見ると、電灯の小さなスイッチがある。

 パチリと上げると、天井の僅かな灯りが点く。隙間の無い蔵内では、やけに眩しく見える。

 普通のスイッチだ。


 だが、おかしい事に気付く。


 スイッチなら入り口の近くにあるべきだ。

 こんな壁際の端にあるなんて。


 カチカチカチ、と何度か上げ下げする。

 その度、灯りが消え、点き、消え、点く。

 ゴトリと何かが動く音がし、ガタガタと壁が動く。

 暗闇にはうっすらと、下へ続く階段が見える。ヒヤリとした空気が肌を撫でた。


 コツリコツリと石段を降りる榮。

 数分ほど石段を降りただろう。随分と深い階段だ。


 何故かボンヤリと明るい。

 壁を見ると、コケのような植物がへばり付いている。

 ヒカリゴケ、だろうか?


 階段が途切れた。

 奥へと続く通路が現れた。

 こちらも薄らと明るい。


 続く、続く、続く。

 石廊を歩く。

 先ほど聞こえた声が嘘のように静まり返っている。不気味だ。


 何かの気配を感じる。

 今までの僅かな明かりもない、暗闇の向こう側。

 極僅かの明かりで辛うじて見て取れる、それは。


「あれ、は…」


 脈動する肉塊。

 そう表すのが一番近いだろう。

 明かりは一部分のみを映すが、それだけでは収まりきらない程に巨大だった。


 近づこうとすると、プシリと音を立て何かが噴出した。

 ネチネチと粘つき、腐臭を放つ黄緑色。膿、だろう。

 つまりこの肉塊は…


 ―――生き、てる…?


 この世界にこんな生物が存在するなど。

 聞いた事も見た事もない。榮は知らない。


 それは名状し難き音を発する。いや、それは声だった。


「―――コ―――ロ―――セ―――」


 しゃがれた声。

 分かる、分かってしまった。

 地上の蔵で聞いた音…声は、この肉塊の言葉なのだと。


 殺せ、と言った。何に対して? ここにいるのは自分だけだ。

 僅かに後ずさってしまう。


 呼応するように肉塊が動いた。

 その足元を見ると、何十本もの腕が生えていた。

 一つ一つが石畳を掴み、動こうとする。


 近づいてくる。明かりに晒されたそれは、確かに肉塊だった。


「コロセ」


 肉塊はそう言う。

 榮には分かってしまった。


 この肉塊が、人間であった(・・・・・・)のだと。

 

「コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ」


 その声は、榮の耳を侵すように金切声を上げた。

 まるで笑っているようにも聞こえてしまった。


 体が動かない。息が吸えない。

 頭がグルグルと回る。気持ち悪い。


 ピタリと声が止み、肉塊の動きも止まる。

 だが肉塊は、榮の目の前まで近づいていた。


 一部分がウネウネと動く。

 亀裂が入ったかと思うと、それには歯があり舌がある。そして、唇があった。

 口だった。


 開かれる。生臭い臭いが鼻をつく。

 ネチャリと耳障りな音を立て開き、声を発した。

 

「コロセ」




―――




 ガバリと跳ね起きる。

 視界に入るのは池と柳の木。

 体には布団が掛けれらている。どうやら自分は寝かされているようだった。


 ペタペタと顔を触る。


 ―――生きてる…死んでない…


 そうしていると、横合いから声が掛けられた。


「あら、起きたの」


 矢尾の声。

 バッとそちらを見る。


 何かの漫画を読んでいる矢尾の姿があった。

 榮が鞄に入れておいた、高校生の女の子が男装をして部活をする漫画だ。


「や、矢尾さん! ば、ばば化物! 化物が!」

「化物? 少しは落ち着きなさい。ほら、深呼吸をして」


 すぅ、はぁ、すぅ、はぁ…


 少し落ち着いた。

 うむ、深呼吸は偉大だ。


「落ち着いた? 随分遅いと思って見に行ったら、倒れてるんだもの。驚いたわ」


 矢尾はそう言う。


 気絶していた?

 いや、そんなハズはない。

 腐臭を漂わせる膿。生臭い息。

 鼻の奥に、それらの臭いがハッキリと残っている。


「え…け、けど、蔵の地下に化物が!」

「蔵に地下、ねえ」

「一緒に来てください! 隠し階段があったんです!」

「まあ、いいけれど」


 矢尾を引っ張り、蔵へと歩く。

 時計を見ると、五時を過ぎた辺りだ。

 夏に入りかけているせいか、まだ辺りは明るい。


 鍵は矢尾に預けられているようなので、開けて貰った。


 扉を潜り、右側の壁。

 電灯のスイッチをカチカチと上げ下げする。

 しかし…


「あ、あれ…」


 何も反応が無い。

 天井近くの電灯の明かりが消えたり点いたりするだけだ。


「そのスイッチがどうかしたの?」


 後から着いてきた矢尾が言う。

 榮は言葉に詰まる。先ほどの通りにスイッチをいじっても、何の反応もない。


「こ、この壁が開いて、階段が…!」


 壁を叩くが、手ごたえが無い。

 完全に中身が詰まっているようだと感じた。


「壁? 何もないみたいだけれど」


 矢尾も榮を真似て壁を叩く。


「け、けど、電灯のスイッチがこんな壁際にあるなんて…!」

「ええ、私もそう言ったのだけれどね。明るい内しか作業しないし、暗くなったら錠を下ろすしで、結局使わないのよね」


 矢尾がスイッチを下ろす。電灯が消えた。


 本当に夢、だったのだろうか。

 しかし事実、壁は動かない。


 足元を見る。

 何故だか空き缶が転がっていた。

 妙な形に凹んでいる。試しに足を当ててみるとピッタリだった。

 踏んだ記憶は無い。いつの間にか踏んでいたのだろうか。


 夢なのだろうか。

 そう言われると自信がなくなってきた。


 扉の隙間から光が差し込む。その光の先に、一枚の屏風があった。


 何枚にも折られた、大きな屏風だ。

 恐らく、この辺りの風土を描いたものだろう。

 山の麓にある集落の絵が描かれている。

 しかし肝心は、その内容だ。


 祭壇に祭り上げられた、生々しい色の肉塊。

 底部からは何本もの腕が生え、開かれた口からは脚が見える。恐らく人間を食べているのだろう。

 そして何人もの人々が畏れ、平伏している。

 榮にはそう見えた。


 その屏風に描かれていた肉塊。

 それは榮が見た肉塊と瓜二つだった。

 底部から生えた何本もの腕も、人を飲み込んでいるその口も。


「こ、これです矢尾さん! この肉塊が地下にっ!」

「やぁね。これを見たから、気を失って変な夢でも見たんじゃないの?」


 こんな屏風などあっただろうか? と榮は思う。

 しかし、運んでいる最中は早く終わらせようと夢中だった。ゆっくりと観覧している暇など無かったのだ。

 それに、屏風自体は何枚もあった。気が付いていないだけだったのだろう。


「夢、ですかね?」

「夢よ夢。ほら、ちゃっちゃと出るわよ」


 矢尾と連れ立ち蔵を出る。

 扉を閉めて閂を掛け、錠を降ろした。


「目覚ましついでに散歩でもしてきなさい。この屋敷は広いから、一回りするだけでも良い目ざましになるわ」

「は、はい…」

「敷地から出なければ危険は無いから。それじゃあね」


 手を振って、先ほどの部屋に戻っていく矢尾。

 夢、夢だろう。

 そもそも生きている肉塊など、この世にあるハズが無い。


 そう思い、屋敷内をうろつく榮だった。

・名前:(さかえ)

 性別:女

 職業:大学生

 好物:コッペパンの天ぷら挟み

 設定:

 至って普通の大学生。

 矢尾に騙され、長らく続いていた皆勤賞記録を途切れさせることになった。

 次からは確認を怠らないようにと誓った。

 能天気の気がある。


・名前:矢尾(やお)

 性別:女

 職業:万屋店主

 好物:酒

 設定:

 路地を何本も進んだ先にある、古びた万屋の店主。

 三倍の特別報酬に釣られた榮に、虫干しした骨董品を仕舞うことを任せた。

 


・名前:脈動する肉塊

 性別:不明

 職業:不明

 好物:不明

 設定:

 正体不明の肉の塊。

 榮が骨董品を仕舞った蔵の地下。その最奥部に鎮座していた、と思われる化物。

 全長は五メートルほど。

 表面は粉瘤に覆われ、近づこうとしただけでも膿が滴り腐臭が漂う。

 地面と接する下部からは何十本もの腕が生え、僅かにでも動く事が出来る。

 『コロセ』とだけ呻きく声は、まるで笑っているようにも聞こえてしまう。

 肉が割れるように現れた口からは、吐き気を催す生臭い臭気が漂う。

 この肉塊を榮は、人間であったと直感した。


 気絶から復帰した榮が隠し通路を立証しようとするが出来ず、その存在は夢か現か。

 矢尾は『気絶する前に見た屏風の絵を夢で見た』と結論付けた。

 

 その昔、集落の人間からは神のように崇められていたと、榮は捉えた。

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