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黄泉のお話

 坂を下っていた。真っ暗な何処かを。

 長く下っていた。真っ暗な何処かへ。


 足裏からは冷たい感触が、肌からも同様に。

 定まらない意識の中で足が動く。何処かを何処かへ。

 誰に連れられるでもなく、誰に押されることもなく。


 『法則』のままに。自然と。


 ふと、視界が開けた。

 灯りが燈ったわけでなく、まるで暗闇に目が慣れたように。

 ボンヤリと、しかしハッキリと。


 目の前には石卓が。

 その上には様々な料理が置かれている。


 シチュー

 天ぷらを挟んだパン

 野沢菜の御漬け物

 カレーライス

 卯の花

 おでん

 親子丼

 サンドウィッチ

 ササミジャーキー

 ゴーヤチャンプルー

 そうめん

 目玉焼き

 カキ氷

 蒸かし芋

 お月見団子

 どら焼き

 信玄餅

 サンマの塩焼き

 お好み焼き

 玉子焼き


 どれもこれも、まるで出来立て焼き立て作り立てのようだった。

 きっと、周りでニコニコと微笑んでいる老婆が作ったのだろう。

 とても美味しそうだ。だって好物なのだ大好きなのだ。

 彼女は手を伸ばした。しかし何故か、食べる気になれない。

 いつもならば、眼の色を変えて食べ進めるハズなのに。


 ―――やお、さん。


 その時、脳裏を過ったのは一人の顔だった。

 外見からはその歳を推し測ることは出来ない美麗な女性。

 何故、その顔を思い出したのか。


 幼い頃から、母は仕事で帰りが遅かった。

 必要だから、彼女は料理をするようになった。

 必要に駆られて、必要だからこそ。


 だから、だから。

 矢尾から自分の家に住まないかと提案された時、とても嬉しかった。

 それまで、独り寂しく食事をしていたから。


 二人で囲む食卓はとても楽しかった。

 その日の出来事を話したり、他愛ない話をしたり。

 なんでもない日常を、彼女は望んでいた。


 伸ばしていた手を引っ込め、後ろを振り向く。

 ただ暗い、ひたすらに暗い暗い闇が広がっていた。


 ―――帰らなきゃ。あの場所に。


 彼女は、自身がいる場所が何処なのか知る由もない。

 ただ強い、帰る、という想いが、彼女を動かした。


 そして彼女は歩き出した。暗闇に。


 途端、老婆がその顔を豹変させた。

 眼球が跳び出そうかという程に眼を見開かせ、口は耳に届こうかという程に裂けるように。

 爪も鋭く伸び変わり、その視線を彼女に向けていた。


 嫌な予感がした彼女は、タッと駆けだした。闇へ向けて。

 同時に老婆も駆けだした。奇声を上げて一直線に、彼女へと。

 その差は明らかだった。


 老婆が跳びかかる。

 駆けだした彼女に避ける術はない。

 そのまま押し倒される結末を迎えていただろう。

 しかし、そうはならなかった。


 今まさに、彼女へと手を掛けようとした老婆が横合いから殴りつけられ、吹き飛ばされたからだ。

 

 ザザザ、と地面を削り行く老婆。

 老婆を吹き飛ばしたのは、彼女よりも少し若いと思われる女性。

 歳のほどは、恐らく十六かそこらだろう。

 紫の刺繍が施された妙に古めかしい装束に身を包んでいた。


 女性の手が彼女の手を触れ、ギュッと握られた。ゾッとするほどに冷たい手。

 しかし、不思議と恐怖心はない。どこか、女性の面影に見覚えがあったからだ。


 ―――誰、だろ?


 確かに見覚えがある。しかし思い出せない。

 この暗い中で見ているからだろうか。きっと、明るい場所ならば分かるはずだ。


 しかし彼女の思惑を知ってか知らずか、女性は歩き出した。彼女の手を引いて。

 坂を上る。上る上る。

 下ってきた時は気付かなかったが、どうにも空は見えない。

 黒いゴツゴツとした岩肌が見えるばかり、どうやら洞穴のようだ。

 そうしてふと気づくが、何やら明るくなってきている。周りの様子も窺えた。


 葡萄の実が成った木が。

 しばらく進むとタケノコが生えている。

 そして更に進むと桃の木が。

 不思議な場所だと、彼女は呑気に思った。


 どれくらい進んだだろうか。行き止まりに突き当たった。

 しかし僅かな隙間からは光が漏れている。どうやらこの先が外のようだ。

 試しに押してみる彼女だったが、うんともすんともいわない。余程重い大岩なのだろう。


 だが女性が片手を当てる。

 すると大岩が音を立てて動きだし、一人が通るには十分な隙間が空いた。外は光に満ち溢れていた。

 動かすのに千人は必要だと思っていたのに。とても力持ちな人なのだと感心する。


 だがこれで外に出る事ができる。彼女は女性の手を引き外へ出ようとした。

 しかし女性は動かない。


 代わりに彼女の手を両手で包み、ジッと視線を向けてきた。

 あくまでも優しげな視線を。

 口が動く。しかし声は聞こえない。

 それでも、彼女は女性が何を言っているのか、理解する事が出来た。


 ―――…生きて?


 彼女は光に包まれた。

 暖かい光、柔らかな光。

 そして―――

・名前:(さかえ)

 性別:女

 職業:大学生

 好物:誰かと食べる食事

 設定:

 至って普通の大学生。

 『法則』に動かされるまま坂を下り、辿り着いた先では多くの料理が。それが彼女の好物だった料理とは、どういった意図なのか。

 手を伸ばし口にする直前、独りの女性の顔を思い出し『法則』から外れる事が出来た。

 そして少女の助けを借り、彼女は戻る事が出来た。


 少女の顔に、どこか見覚えがある様子。

 しかし鏡をあまり見ないせいか、気付く事はなかった。


・少女

 設定:

 紫の刺繍が入った、年代物の装束に身を包んでいる。

 豹変した老婆を拳による一撃で吹き飛ばす、千人がかりで動かす大岩をただの一人でうごかすなど、尋常では考えられない怪力を持つ。

 榮を送り出し『生きて』と伝えた。誰の為か。


 死人に口なし。死者は語れない。


・老婆

 設定:

 普段は好々としている老婆。誰しもが好感を持つほどに。

 しかしその役目は『法則』から外れようとするモノを引き摺りこむ事。

 『法則』から外れた榮に襲い掛かるも、少女により吹き飛ばされた。

 料理を用意したのは老婆ではない。


・石窟

 設定:

 『法則』により創り出され、一定の『法則』が渦巻く場所。

 『死者が辿り着く』『ヨモツヘグイ』など、ある種の『法則』が支配している。

 『黄泉』である。例外なく、死者はこの場所を訪れる。


・『法則』

 設定:

 世界をそう形作っている概念。全てにおける最上位概念。

 『物は落下する』『生物は死ぬ』『呪い』『並行世界』『力』が当てはまる。

 『現象』の体現である『神様』ですら打破することは出来ない。あるいは、だからこそ。

 壊す事はできないが、捻じ曲げ反転させることは出来る。

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