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祭事のお話 序編

 ―――パン、パンパン


 身体に響く破裂音。そして雲一つない秋晴れの空に現れた白煙。

 空砲だ。

 それを合図に門が開かれ、数えきれない人がどっと押し寄せる。


 よく晴れた日。

 榮が在籍する大学の学園祭だ。

 その初日。やはり例年通り、多くの方が訪れているようだ。


 そんな中、彼女―――榮は、二人の女性に挟まれ、歩幅を合わせ歩いていた。


「ねえねえさかえ、最初はどこに行く?」


 そう、榮に問いかけるは、着物を着た大和撫子。

 彼女の名は諏訪。

 とある大社の管理を務める家に生まれ、彼女自身もそういった知識に富んでいる。

 将来は宮司を継ぐのだと、以前聞いた事があった。


「私はうどんがいいね。うどん、あったっけ? あるよね。もう秋なんだし」


 彼女は岡谷。年中日焼けをしているのが特徴である。そしてうどんキチだ。

 年齢的には榮の一つ上だが、学年は同じだ。

 その理由について、この前改めて訊いたら『山に旅行に行ったら鬼にとっ捕まって生贄にされそうになった』とか。

 至極真顔で言っていたのだから、きっと本当なのだろう。とんと信じられはしないが。


 そんな二人の言葉を受け、榮はパンフレットをペラペラと捲りながら答えた。


「そうだね…先輩に挨拶したいから、最初に行ってもいいかな?」


 榮のその言葉に、諏訪は相変わらず笑顔で首肯した。しかし岡谷は何故か、苦笑いのまま首を縦に振った。

 テクテクと増しつつある人混みの間を歩き、三人は目的の場所に到達する。


 『日本全国特産研究会』


 その看板を掲げた屋台があった。榮が目指していた場所だ。

 別の部活か研究会が出した屋台に囲まれながらも、その一画だけ何故か人が集まっている。

 背伸びをして人混みの間から覗くと、何やら賑やかだ。


「お姉ちゃん凄い! どうやって浮かせてるの!?」

「ふふふ、我が力に不可能は無し! この金剛石すらも粉砕して見せましょう! 粉破!」


 そう言い何か透明な石に手を翳すと、途端に砕け散った。本当にダイヤモンドなのかどうかは知りようがないが。

 瞬間、拍手喝采雨霰。恍惚とした顔でその矢面に立っている女性に、榮は見覚えがあった。


 『日本全国特産研究会』所属の二年生。名前は確か麻績と言ったはずだ。

 茶色の長髪を後ろで縛ったポニーテール。自信に満ちた強い眼と表情。

 そして何故だか黒いマントを羽織り、この肌寒い空気の中でも半袖。綺麗なお肌を惜しげもなく露出している。

 

「さあ次はこちらに見える厚さ5センチもの鉄板! これを…破ぁッ!」


 麻績さんがそう叫ぶと、鉄板がバキバキと折れ曲がって行く。

 そして数秒後には、それはそれは見事な東京タワーが出来上がった。

 どうやって着色したのか、赤と白にも塗り分けられている。

 控えめに言ってとても凄い。どういう仕掛けなのだろうか。

 少し前、彼女が『超能力者だから。嘘だけど』と言っていた事を思い出す。

 超能力者ならば仕方ない。嘘だとしても、似たような何かなのだろう。エスパーとかサイキッカーとか。


 チラと首を横に向けると、岡谷が何か諦めた様な表情をしていた。

 焦点を合わせずにずっと遠くを見ているような。

 対して諏訪は、相も変わらずにニコニコとしていた。


「やあ榮後輩、よく来たね。それに岡谷同輩に諏訪の跡取りも」


 そう声をかけられる。

 そちらには青と白の法被を着、サラシを胸に巻き顔には僅か汗を掻いた鬼無里先輩の姿が。

 相も変わらず魅力的である。

 しかしその周りに漂うはいつも通りの爽やかな香りではなく、ソースの香ばしい匂い。

 

 小手を使ってお好み焼きをひっくり返す。

 ソースを塗り削り節と青海苔を降り掛ける。最後にマヨネーズを控えめに掛ける。

 小手で半分に切り、パックに詰めて輪ゴムで閉じる。

 きっと慣れているのだろう。その手際に間誤付きはなく、とてもスムーズだった。


「お疲れ様です、鬼無里さん。お客さんの入りはどうです?」

「まだ始まったばかりだからね。売れたのは十かそこらだ。しかし大分、お客の目は引いているよ。奴が―――」


 そう言う鬼無里先輩は、小手で麻績の方を指す。

 そちらでは、クーラーボックスから取り出した手のひらサイズの氷で、物凄く精密な氷像を造り上げた所だった。

 恐らく仁王像だろう。睨みを利かせているのが印象的であった。


「―――目立ちたがりだからね。奴を見物したついでにお好み焼きも買って行くんだよ。これでも、料理を作るのは上手いと自負しているからね」

「麻績さん、凄いですもんね。この前なんて桜の木を咲かせてましたから。夏なのに」

「よし、奴には説教をしておこう。無暗に見せびらかさないようにな」


 桜の木を咲かせた後、警察のような方々に連行されて行ったが無事に解放されたようだ。


「ところで、穂高さんはどちらに?」


 榮の目の届く範囲にはどうやら、穂高先輩の姿はない。

 少しばかり残念に気持ちになるも、会長である鬼無里先輩ならば知っているだろうと問いかけた。

 

「後輩には仮装をさせて辺りを歩き回ってもらっているんだ。看板を持たせてね」


 仮装。つまりコスプレか。きっと宣伝の為だろう。

 辺りを見ると、剣士の様な恰好をした番傘を携えた男性、ペンギンの着ぐるみを着た女性。

 それに魔女が被る様な三角帽子を被った方や頭からネコ科動物の耳を生やした女性。

 きっと彼ら彼女らも客引きや宣伝の為に辺りを歩き回っているのだろう。随分とお忙しそうだ。

 

 しかし穂高先輩の仮装。

 愛玩動物の様に可愛い穂高先輩が、きっと鬼無里先輩の高いセンスが前面に出されたプロデュースをされ、辺りを歩き回っているのだ。

 是非とも保護…じゃなく見なければ。


「せんぱ~い」


 ふと、聞いた事のある声が聞こえた。

 自然と後ろを振り向く榮。


 榮の目に入るは、小麦の化身のような髪の毛。

 黒いワンピースの上に纏うは、多くのフリルが目立つ白色のエプロンドレス。

 止めとばかりに、狐のような耳を頭から生やしている。きっとカチューシャにくっついているのだろう。

 そして穂高先輩のトレードマーク、狐の尻尾を腰辺りから生やしている。いつものよりも随分と大きいが。


「お客さん連れてきま―――げぇっ、榮!」


 榮が居る事に余程驚いたのか、全身の毛が逆立ったように見えた。

 どういう仕組みになっているのか、お尻辺りに付けている尻尾のアクセサリの小麦色の毛も同様に。


「あ、穂高さん」


 つまり穂高先輩は、メイドの恰好をして客引きをしているのだ。狐のコスプレをして。

 それも即席のギクシャクとした動きではなく、生来産まれ持ったかのようにピッタリだ。

 このセンス。鬼無里先輩には脱帽である。


「な、なぜここに榮が…って、先輩が教えたのね」

「はい、そうですよ。ご挨拶にと思いまして」


 ペコリと頭を下げる榮。バツが悪そうな顔をする穂高先輩。

 まるで世間話をしているような両者だが、榮はジリジリと近づき、逆に穂高先輩はジリジリと後ずさっている。


「…で、なんで近づいてくんのよ!」

「まあまあ」

「まあまあじゃない! さ、榮に撫でられると―――」

「そりゃっ」


 ぎゅっ、と。

 穂高先輩の頭を胸に抱くように抱き締める。

 榮よりも幾分か背が低い穂高先輩。なんともフィットしている。


 榮の手には柔らかいモフモフが当たっている。

 きっと尻尾の毛だろう。


「尻尾モフモフじゃないですか。どうなってるんですこれ?」

「ひゃんっ! や、やめ…んぅ―――っ!」


 その尻尾を弄ると、穂高先輩の身体がビクリと震えた。

 顔は赤らめ息遣いは荒く。それに尻尾は暖かさも伝わってきた。


「榮後輩、その辺りにしておいてくれ。そろそろまた回って貰わないとね」


 間に鬼無里先輩が入り、ググイと引き剥がされた。

 ああ、勿体ない。こんなに近づける事なんて週に四度あるくらいなのに。 


「はぁ、ふぅ…あ、ありがとうございます先輩…」

「よし、一息吐いたらまた客引きを頼んだよ」

「は、はいっ!」


 そういい穂高先輩は、人混みに紛れてどこかへ行ってしまった。

 もう少し抱いていたかったのだが仕方がない。

 少しばかり寂しさを思えると、右腕に何か暖かく柔らかいものが絡み付く。


 黒い長髪に白い肌。

 それによく見慣れた表情。


「それじゃさかえっ、いこっ!」


 諏訪にグイグイと引っ張られ、榮は『日本全国特産研究会』の屋台を後にした。

 そして榮は改めて、この学園祭を楽しもうと思ったのだった。

・名前:(さかえ)

 性別:女

 職業:大学生

 好物:お好み焼き

 設定:

 至って普通の大学生。

 二人の友人と共に、在籍する大学の学園祭へと赴いた。

 『日本全国特産研究会』の面々とは何故だか顔見知り。

 相変わらず、目の前で起きている事に疑問を持たない。そう決めている。


・名前:麻績(おみ)

 性別:女

 職業:大学生

 好物:あんころ餅

 設定:

 『日本全国特産研究会』の奇妙奇天烈な二年生。

 少しばかり目立ちたがり屋の、エキセントリックな性格の持ち主。

 黒いマントを常に羽織っており、それが目印。

 屋台の客寄せを兼ねて、自身の曰く『超能力』で超常的な現象を起こしていた。

 金剛石(?)を手を翳しただけで破壊する、鉄板を折れ曲がらせ赤白に着色された東京タワーを造りだす、手のひらサイズの氷を仁王像へと変貌させるなど、控えめに言ってとても凄い。

 また、公共の場で夏に桜に花を咲かせた為、警察のような方々のご厄介になった事もある。

 本人は『嘘』を信条としており『嘘も周りが信じれば本当になるんだな、これが』と常々言っている。大抵は聞き流されているが。


・名前:鬼無里(きなさ)

 性別:女

 職業:大学生

 好物:コロッケ

 設定:

 『日本全国特産研究会』の傾国美女な会長。三年生。

 学園祭では『日本全国特産研究会』の総力を挙げてお好み焼きを売っている。

 自身は青と白の法被に身を包み惜しげもなく肌を晒し、豊満な胸元にはサラシを巻いている。

 お祭り事は好きな方。彼女に限らず『日本全国特産研究会』の面々も。


・名前:穂高(ほたか)

 性別:女性

 職業:大学生

 好物:稲荷寿司

 設定:

 『日本全国特産研究会』の愛玩動物な二年生。

 狐メイドというニッチなコスプレを鬼無里先輩にプロデュースされ、客引きを兼ねて学内を歩き回っていた。看板を持って。

 お尻の辺りから飛び出している尻尾は、作り物にしてはモフモフ暖かいようだ。

 相変わらず榮の事は苦手。

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