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番号のお話 付喪編

付喪編の『付喪』は、付喪神はそれこそ無数にいますの『付喪』です。

 路地の先の先。

 家と家との隙間を抜けた先。

 尋常の者では決してたどり着けぬ『結界』の先。

 

 古びた二階建ての民家が建っていた。

 正面には大きな看板が掲げられている。

 木材の表面を彫刻加工され、文字が黒く彫りぬかれていた。


 『万屋 矢尾』


 その『業界』では超一流と名の知れた人間が住む、妖怪屋敷だ。

 目立った『力』は持たないが、その家内部は常に一定の温度が保たれている。

 真横に併設された蔵には『曰く付』の代物が多数眠っている。

 人を冒す呪具があちらこちらに転がり、マトモな人間ならば入っただけで呪い死んでしまうだろう。


 『結界』は、尋常に身を置く人間がどうこう出来る物ではない。

 しかし尋常ではない、特殊な、強い『力』を持つ者ならば、看破した上で辿り着く事は可能だ。

 それを承知の上で店主の女性は、数十年ほど前から戯れ交じりにバイトの募集を掛けていた。


 所詮は暇潰しなのだ。永い永い人生の暇潰し。


 店を訪れるお客を相手に、万事を頼むお客を相手に。

 時には古い友人を相手に、時には知らぬ者を相手に。


 諦観と倦怠の泥沼の中で燻っていた店主だった。

 しかしそれは、一人の青年の手で呆気もなく破られた。


『あ、店主さんですか? バイトの応募をしたいんですけど」


 そんな呑気な事を履歴書片手に言った青年。

 『結界』を苦もせず潜り抜け、しかし矢尾の事を全く知らぬ様子で。

 『業界』では特種危険指定として、知らぬ者が居ないというのに。


 そして青年の顔には見覚えがあった。

 それは、店主の予想だにしない人物だった。

 

『―――睦月?』


 遠い昔。数日の間だけ共に暮らし、そして店主が共に永遠に生きようと誘い、しかし跳ね除けられ永遠に離れ離れになった一人の女性。

 その女性に瓜二つだった。


『むつき? えっと、いえ。私は―――』

『まあいいわ。バイト、だったわね。丁度空いてるわ。採用よ』

『え、でも、いいんですか? あの、履歴書とか面接とか』

『いいのよ。私さえよければ。さ、入ってちょうだい。仕事の説明をするわ』

『あー…はい。よろしくお願いします』


 困ったように笑うその仕草が、ますますそっくりで。


 初めは代替だった。

 寂しさを紛らわせる取り換えのきくモノとして。

 接触は最低限に抑え、しかし付かず離れずの距離を保っていた。

 あくまでもバイトを雇う一人の店主として。

 青年は『業界』については何も知らない事が幸運だった。


 しかしそれが一変したのは、一柱のお客が持ち込んだ『太刀』が原因だった。


『ちょっと料理を作りたいんですけど。あの太刀、使ってもいいですか?』


 そんな事を青年が宣ったのだ。

 『太刀』がどんな来歴を辿って来たのか知る由もないのに。


 持ち込んだ『神』が打った『神刀』が人手に渡り、数多の人を斬り続けた事で変質した『妖刀』

 一度手にすれば、その身が滅びるまで人斬りを続ける『曰く付』の代物なのに。

 聞く話によると、子を殺された男が復讐を果たす為に用いたとか。至極どうでもいい話だ。


 祓うのに手間がかかるからと蔵に放っておいたのに、次に見ると『悪意』がまるきり消え失せていた。

 理由を考えると一つしか考え付かなかった。あの店員だ。

 この時から店主は青年の評価を改めた。面白い人間だと。


 その評価がひっくり返ったのは、青年の生家へ繰り出した時だ。

 運命の悪戯か、青年は睦月の子孫だと断定できた。青年の母が生家を出ていた事が原因だろう。

 

 まるで同じだった。睦月と同じ。

 

 ボロボロの小屋で暮らし、しかしそれに文句一つ言わない。違いなど『力』の有無だけだった。

 聞くと祖母が亡くなってすぐに小屋に居るように言われたのだと。青年はただ、困ったように笑うだけだ。

 店主には『約束』があった。睦月と、青年の祖先としたたった一つの、しかし何よりも大事な『約束』が。

 青年の母親から直々にその言質を取った。青年を自らの下に置く為。そして『約束』を果たす為だ。


 しかし青年は、ただの人間だった。

 睦月のように特別な『力』はなく、店主のように永遠の命もない。

 ただ『呪い』が効かず、動物と神に好まれるだけの、ちっぽけな人間。

 半世紀もすれば逝ってしまう。睦月のように。


 店主自らの『血』を注入すれば同じ時を生きられる。しかしそれを強制する事は出来ない。

 何の目的もなくただ生き続ける事は何よりも苦痛なのだ。それは店主自身が味わってきている。誰よりも。

 いっその事、全てを明かそうかとも迷った。

 お客は全て『神』で、大学に通っている『妖』は数多く、親しい友人は誰よりも強い『力』を持っている、と。


 しかし。

 どうやって『神』を証明する?

 どうやって『妖』を証明する?

 どうやって『力』を証明する?


 青年はどういうわけか、何もかもを視通してしまう。

 どんなに強い『神』でも、どんなに隠密性の強い『妖』でも、どんなに微弱な『力』でも。

 視えてしまうから、異常なモノと判断できない。きっと生まれながら、今までずっと。

 『業界』の事など欠片も知らないまま、身を置く者なら誰もが羨む『力』を持つ。

 果たして、幸か不幸か。


 だからほんの僅か、青年と距離を置いた。

 どうせ借金で縛っているのだから、と。気楽に考えていた。





―――




 休憩部屋兼電話番部屋から、扉一枚隔てた古物買取受付を行う部屋。

 その部屋には、二人の人物が机を隔てて向き合っていた。

 

 一人は黒いドレスの女。相変わらず年齢不詳の美人。矢尾である。

 彼女は、一枚の手紙に眼を通していた。

 そのまま数分程経っただろうか。するとくしゃりと手紙を丸め、くずかごへ投げ入れた。


「はぁ…まだ私に用があるのかしら。気が進まないわ」

「そんな事を言うなよ、矢尾。いつもの事だが」


 黒いドレスの女と対面するもう一人。


 白磁のように肌は白く。青磁のように青い眼を。

 陶器のように細く整った目鼻立ちに、墨のように黒い髪。

 衣服は紙のように滑らかで、藍染のように鮮やかだ。


 彼女の名は九十九 レイコ。付喪神である。


 付喪神とは『器物』が長い年月をかけて霊的な気質を帯び、人型へと転じたモノだ。

 彼ら彼女らは『神』ではあるが、どちらかというと『妖』に近い。

 人を冒すような『妖』でないが、その在りようは『神』とはいえない。


 『九十九』は、そんな彼ら彼女ら付喪神を表す名だ。

 何故だかその全員が、番号のような名が付けられている。

 彼女ならばレイコ(05)、その弟分ならばシミヤ(438)、という風にだ。

 

「だが、頼まれ物は確かに渡したぞ。しかし全く、彼女にも困ったものだ。地界の者に干渉するなんて」

「そうね。引きこもりのくせをして、何を偉ぶってるのだか」


 地界を心底見下し嫌悪しているくせに、そこで暮らす同族の管理者として振る舞っている。

 確かにそう振る舞うだけの『力』を持ってはいるが、まるで子ども。

 気に入らない者は追放し、媚びへつらう者を傍に置く。まるきり同じだ、人間と。

 離れていく者が多いのも納得だ。店主には全く関係ないが。


「ところで矢尾。以前頼んだあの件(・・・)だが」

「ええ、構わないわよ別に」


 レイコが言ったあの件(・・・)

 それは『万屋 矢尾』の二階に置かれている一棹の箪笥の事だ。


 数十年前、取り壊された神社に聳えていた大樹が切り倒された際、その一部を拝借して造り上げた箪笥。

 何か面白そうな気配がしたからそうしたのだが、何の反応もない。

 そのまま放置していたのだが年の初め、訪ねてきたレイコがこう言った。


『矢尾、二階の箪笥なのだが』

『箪笥? そういえばあったわね。それがどうかした?』

『いや、少しばかり気になってね。不躾なのは承知なのだが、譲ってもらう訳にはいかないだろうか』


 古株の付喪神がこう言ったのだ。

 その場では返答を濁し、少し調べてみたが何の変哲もないただの箪笥だった。

 その後、なんだかんだとあって受け渡すタイミングが無かった。

 

 レイコには何やら気になるようだが、矢尾にとっては何の変哲もないただの箪笥。

 譲り渡すのに問題はなかった。

 とはいえ、二階から箪笥を降ろしてくるのは一人では重労働。


 矢尾は休憩部屋兼電話番部屋への襖を開け、少し声を張って言った。


「榮、来て頂戴」

『はい、ただいま』


 そうして視線を戻すと、レイコは眼を点にして驚いた。


「どうしたのよ。そんな顔をして」

「あの噂は本当だったのかと思ってね。いや、驚いた。まさかあの矢尾がね」


 そんな話をしながら、休憩部屋兼電話番部屋へと移る。


 年が明けて少し経って。

 『業界』では、こんな噂が囁かれ始めた。


 『万婆が丁稚を傍に置いた』『取って食おうと人間を育てている』


 そんなくだらない噂だ。

 そして矢尾が身を置く『業界』で、彼女の評価はこうである。


 『無限の女』『神殺』『逸者』


 その他に十を超えるほどあるが、代表的なのが以上。

 彼女を知る同じ者からは畏怖され、彼女を知る違う者からは恐怖される。

 矢尾を敵に回した者は生きていられない。だから彼女は『業界』の者の暴走を抑える、ある種の防衛機構だ。

 とはいえ、そんな者は過去に片手で数えられる程度。矢尾自身、同じ者にも違う者にも、それ程興味を持たないから。


 だから。

 矢尾はいつでも独りだった。

 レイコが知り合ってから、そうやって気の遠くなるほどの年月を生きてきた。

 そんな矢尾が、だ。

 噂通りに、自分の領域に人間を置いているのだ。


「まあ、ただの暇潰しよ。菫だって同じ事してるじゃない」

「それは…そうだが。あの神崩れと同列なのは間違っていると思うぞ」


 そうこうしていると、襖が開かれた。


「矢尾さん、ご用は」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは、見目の良い青年だった。

 しかし絶世(・・)とか傾国(・・)とか深窓(・・)だとか尋常ではない意味ではなく、尋常な意味で。

 妖然とした雰囲気ではない、人間的な美人だ。


 それに加え、榮と呼ばれた青年は問題なくレイコの事が視えているようだ。

 これにはレイコも驚く。


 『妖』に近いとはいえ、彼女の立ち位置は間違いなく『神』の側だ。

 科学が主体となった現代、霊的な存在である『妖』や『神』を視る事の出来る人間は少ない。

 『神』の言葉を聴けるだけでも奇跡的なのだ。その姿を視れるなど、奇跡の中の奇跡だ。

 

 面通しをして挨拶をする。

 どうやら彼女に箪笥運びを手伝わせるつもりのようだ。

 レイコは力が強い方でもない。一人ではどうしようもない所だった。


 部屋へと歩く道中、レイコは少しばかり青年と話してみた。

 しかし至って普通の、何の変哲もない青年。困ったように笑うのが印象に残った。

 

 そして案内された部屋は、今時の若者には古臭いと思われる部屋。

 入った事があるが、十畳ほどで窓際に座卓が置かれただけの部屋だ。

 目的の箪笥は確か、布団を入れる襖の脇にあったと記憶している。

 

 一言断り襖に手を掛ける。。

 何やら後ろで焦ったような気配がするが、きっと散らかっているのを思い出したのだろう。

 なんとも、人間らしい反応だ。そう微笑みつつ、襖を開ける。


 ブワリ、と。何か(・・)が溢れ出した。


 部屋の中には真っ黒な気体が満ちていた。レイコの身体にその気体が纏わりつく。

 眼を見開き手元を見る。ジクジクと手元に黒ずみが広がっている。


 レイコは理解した。これは『呪い』だと。

 

 端くれとはいえ、彼女は紛うことなき『神』の一柱。

 それすら冒す程の、極めて高密度に濃縮された『呪い』

 きっと最上の『神』でさえ冒す、極めて強いもの。

 

 それらを直感し、彼女は意識を失った。




―――




 身体は汗に塗れ熱を持ち、頭は痛み喉が渇く。

 節々が痛み怠い。まるで話に聞く風邪をひいたようだ。


「目、覚めた?」

「やお、か…」


 声が嗄れている。

 しばし咳き込み、差し出された水を呑み込む。


「あの部屋、いつからあんな…」


 『呪い』の吹き溜まり。

 そんな表現が適切な魔境へと成り果てていた。


「さあ? 最後に入ったのは随分前だし、いつからかしらね。どうにもあの箪笥が発生源みたいだけれど」

「あれが…」

「動かすと破裂しそうだし、運ばないのが賢明ね。それで、どうだった?」


 どうだった、とは。

 きっとあの『呪い』の事を聞いているのだろう。


「…私の知る限り、あれ以上に強い『呪い』は一つしか知らない」

「どうせ禍津のでしょ」


 最上に位置する『神』が人へと生れ落ちた姿。

 人となっている今でも、その『力』は強大の一言。

 村一つを『呪い』に沈めた際に残された『呪い』がつい先日、人の手で滅せられたと聞いた。


 嘘でないかとも思ったが、当の本人から聞かされたのだ。疑う余地が無い。


「だが…あの中で、あの子はどうして…」

「知らないわよそんなの。禍津の『呪い』も効かなかったし、そういう『力』なんじゃないの? 自覚はないみたいだけれど」


 青年に『呪い』は通用しない。

 それは共に暮らした数か月の間、身を持って知っていた。


 『妖刀』の人斬りへと変貌させる『呪い』

 『悪小箱』の女子どもへ致命的な効果を誇る『呪い』

 『神様』の最上位のそれが本気で行使した『呪い』


 一人の人間が受けるには大きすぎる『呪い』

 それら全てをまともに受け、何の後遺症もなく生きている。尋常ならば考えられない事だ。


「…報告は―――」

「したら殺すわ。憑代にしたいって奴らが押し寄せるだろうし、そいつらも纏めて」

「はぁ…わかったよ。しかし矢尾、キミは誰であろうと関係ないんだな」


 矢尾の前では誰であろうと関係ない。それが人であろうと『神』であろうと。

 気に入らない者は滅ぼすだけだ。


「当然。いつも言っているでしょ」


 微笑みながら、矢尾は言った。


「私、無神論者ですから」

・店主

 路地の先の先。極めて強固な『結界』の先にある『万屋』の店主。

 暇潰しでバイト募集の広告を出していたものの、数十年間誰も来ず、半ば忘れていた。長く生きているから仕方ない。

 『業界』では、第一種危険指定を超える特種危険指定。他にも二人、決して寄るべからず。

 しかし『結界』を物ともせずバイトを求めて訪れたのは、かつて共に生きようと誘った女性と瓜二つの人間だった。

 『業界』では『無限の女』『神殺』『逸者』でも通じ、一種のバランサーにもなっている。

 釣った魚には餌をやらない。


・九十九

 万屋を開いている女性。結構貧乏。

 友人の万屋を訪れ、上司みたいな者からの手紙を渡した。

 ついでに以前惹かれた箪笥を貰う事に。

 しかし部屋から漏れ出た『呪い』により昏倒した。


 その正体は付喪神。古くからの矢尾の友人。

 名前はレイコ(05)。付喪神としてはかなりの古参。

 『陶器の主』『貧乏性』『万屋 九十九』と呼ばれていたりなかったり。


・青年

 『結界』を物ともせず『万屋』へ辿り着いた初めての人間。

 至って普通の人間。大学生。見目の良い、人間的な美人。

 困ったように笑うのが特徴。

 『呪い』は全く通用しない。最高位の『神』の物だとしても、意にも介さない。

 場合によっては逆に取り込むことも。

 それが青年の『力』だと推測されている。

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