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写真機のお話 後編

 カシャリ、パシャリ、カシャリ、カシャリ。


 シャッターが切られる音が何度も聞こえる。

 カメラを持っているのは榮だ。


 先日、包丁『極楽丸』による一日講座により、それなりにカメラを扱えるようになった。

 無機物に教わったのは癪だが、取り扱い方を教えて貰えたのだから感謝すべきだろう。

 葉物野菜にこっている無機物の為に、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋にでも作ろうかと思案した。


 良く晴れた休日、矢尾から預かったカメラを持って散歩に出かけた。


 パシャリ、カシャリ、カシャリ、パシャリ。


 八分咲きの桜やら山の風景写真、日向ぼっこをしている猫や散歩をしている犬の動物写真。

 適当な被写体を見つけては、気ままに写真を撮る。これが中々、癖になる。


 日は直上。ポカポカ陽気が気持ちいい。

 道端に咲くタンポポ。カシャリ。

 古ぼけたお地蔵さん。パシャリ。

 

 パシャリ、パシャリ、パシャリ、カシャリ。


 日が暮れてきた。紅い夕焼けが

 山岳に沈み始める太陽。パシャリ。

 電燈に照らされる夜桜。カシャリ。

 

 月が昇る。今日は満月のようだ。

 月明かりに映える桜。カシャリ。

 暗い空に一つ輝く月。カシャリ。


 カシャリ、パシャリ、パシャリ、パシャリ。


 チーッとカメラから音がする。液晶を見ると0の数字が浮かんでいた。

 どうやら、24枚を撮り終えたようだ。

 裏ぶたを開けカートリッジを取出しフィルムケースへと入れた。


 もうお月様は大分高く昇っている。

 借家へと戻りながら、写真館はもう閉まっているだろうと考え、近くのスーパーへ立ち寄り買い物をする。

 買った物はニンジン、タマネギ、ジャガイモ、ブロッコリーだ。

 作る料理はシチュー。パンとよく合い、日持ちもする。

 榮の好物の一つでもある。


 その日は狂喜乱舞する包丁を宥めながら料理を作り、眠りについた。




―――




 大学帰りに写真館へと立ち寄ってプリントした写真を受け取り、バイト先へと向かう。

 その日が祝日ということもあってか『万屋 矢尾』へと向かう道の桜並木には、多くの見物客が訪れていた。

 屋台も出ており、鈴カステラと人形焼を買った。

 今日のお茶請けだ。


「ねえ榮」


 今日は古物買取の予約もなく、万屋への依頼はしばらく後だ。

 榮は古物買取の受付に座り、矢尾はその隣で何十枚かの写真を見ている。

 数日前、榮が撮った写真だ。


 珍しい事にコンビニに行くとも言わず、黙って写真を眺めていた。

 榮としても漫画に読み耽る事ができ、好都合だった


 しかしその静寂は、矢尾の言葉によって打ち破られたのだ。


 漫画をパタリと閉じ、矢尾へと顔を向ける。


「なんですか? 矢尾さん」

「この写真、あなたが撮ったのよね?」

「はい、そうですよ。上手く撮れてますか?」


 初めての撮影だったが、中々自信がある。

 自分には芸術的な才能でもあるのではないかと思うほどに。


「そうねぇ…ありきたりの構図に狙いすぎた被写体。これなんてピンボケしてるし、素人が撮ったってバレバレね」


 辛辣な言葉にへこむ榮。

 さすがに、無機物に一夜漬けで教え込まれた技など、たかが知れているということだ。


「そうね、確か…」


 ゴソゴソと、近くの棚の一番上を探す矢尾。

 何かのチケットを指に摘み、榮に差し出した。


「なんですか? このチケット」

「招待券。天目の個展なんだけどね、中々に心打たれる写真よ。興味があるのなら行くといいわ」


 榮としても興味を抱き始めた写真だ。

 写真展へ行っても損はないだろう。

 招待券を見る榮。

 『本券一枚で一名様の入館料を無料とします』と表記があった。

 無料と書いてある。無料と書いてあった。


「有難く頂戴します! 今度の休みに行ってきますね!」

「なんかテンション高いわね。いいけど。それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」


 写真を榮に見せる矢尾。

 電燈に照らされる夜桜。数日前に撮った内の一枚だ。

 どうやら幸い、ピンボケはしていないようだ。


「あ、ピンボケはしてないみたいですね。自信作です」

「ええそうね。それで、ここなんだけど」


 にべもなく無視された。

 心の中で涙を流しつつ、矢尾に指差された部分に注目する。


「この桜の形、なんだかおかしくない?」


 そう言われれば。

 桜の花弁が風に靡いたように隙間が空き、人の顔のようなシルエットを取っていた。

 それはこちらを睨み付けるようにも見える。

 

 しかし、人間の感覚など当てにならない。

 三つの点があれば人の顔にも見える事もある。


「気のせいですよ。ただ偶然、そんな風に見えるだけです」

「そう? じゃあこれなんだけど」


 次に矢尾が指差した写真は、古ぼけたお地蔵さん。

 榮の胸ほどの高さのお地蔵さんの像。

 その肩の部分に、小さな手が置かれていた。


「子どもでもいたんですかね? きっと悪戯でもするつもりだったんでしょう」

「そうなの。それじゃあ次は…」


 そうやって、次々と写真の一部分を指差していく矢尾。

 その都度、それについてコメントしていく榮。


「…凄いわね榮。完璧だわ」

「偶然が重なっただけですよ?」

「その偶然が二十三枚連続で続くって事が奇跡なのよ」

「はぁ…あれ?」


 ―――二十三枚?


 数日前、カメラに装填したカートリッジは24枚撮りのフィルムだ。

 ちゃんと二十四枚撮ってから、写真館へと出したはずだ。


 数え間違えだろうかと思い、受付机の上に散らかっている写真を数える。全部で二十四枚だ。

 しかし一枚一枚調べていくと、一枚だけ変な写真があった。


 真っ黒な写真。


 日付を見ると、包丁を撮った後の物だ。

 シャッターなど切っただろうか? と自問する榮。

 しかし、眠い中で包丁による講座を受けていた為、あまり記憶がハッキリしない。


「間違えて撮ったんじゃないの? レンズにカバーでも付けっぱなしにしてたとか」

「そう、ですかね?」

「ま、悪意はないみたいだしいいんじゃない? それじゃ、そろそろ依頼の時間だから行ってくるわ。店番、よろしくね」

「あ、はい」


 今日の依頼は一丁目の売木さんからだ。

 依頼ボードの今日の日付には『物置を片付けたいから手伝ってほしい』と書き込まれている。

 

 万屋への依頼に際する料金は一律五千円だ。

 この料金は『万屋 矢尾』が開店してから変わっておらず、近隣住民も下手な業者に頼むよりも割安だからと利用しているようだ。

 それにしても、犬の散歩や清掃の手伝いなどは分かるが、電気配線の工事は大丈夫なのだろうか。こう、法的に。

 いやきっと資格を持っているのだろう。詮索するのは野暮というものだ。


 ジリリリリ! ジリリリリ! ジリリリリ!


 受付机に置かれた電話が鳴った。

 ダイヤル式の古い古い黒電話。

 ガチャリと受話器を取る。


「はい『万屋 矢尾』でございます」




―――




 借家へと戻り、電気を点ける。

 夜道を歩いてきたせいか、蛍光灯の明かりが目に染みる。


 さて、今日は何を作ろうか。

 冷蔵庫を覗くとバターとニンジンが入っていた。

 食パンをトーストで焼き、ニンジンはグラッセにすればよいだろう。


 手を洗ってニンジンを洗う。

 皮を削るため包丁を持つと、頭の中に声が響く。


『おう戻ったか。さっさと切らせろ!』

「ちゃんと切るから。急かすと指切っちゃうでしょ」

『俺は問題ないし。というか、たまには血を浴びたい』


 なんだこの無機物。

 菜食主義へと転向したのではなかったのか。

 しかしギャーギャーと騒がれては、癇に障る。


「研ぐよ?」


 棚から砥石を取り出し、脅す。

 とはいえ、榮は砥石を使った事など皆無だ。

 もしも研いだら、それはそれは酷い事になるのだろう。


『やめろ! 素人が研ぐと碌な事にならない! 研ぐんならちゃんとした所に出せ!』


 この包丁は切れ味も落ちないし錆びもしない。

 しかし無機物は、研ぐのは風呂に入るのと同じことだと言う。

 気が向けば、包丁の送り主の天之に送ればよいだろう。

 どうやら鍛冶師の様だし。送られてきた伝票にも住所が書いてあった。


「なら黙ってて。集中できないから」

『…』


 どうやら分かったようだ。


 黙々とニンジンを切り鍋に入れ、砂糖を溶かした水で煮込み、バターを加えて煮汁が飛ぶまで煮込む。

 これが中々癖になるのだ。余り物を使い切るのにも丁度良い。


 食パンはトースターに入れ、焼き目が付くまで放置する。

 バターを塗り込み、用意した皿に置く。


 これで夕食の用意は整った。

 サクサクと食べすすめ、口直しにニンジンのグラッセを口に入れる。

 簡単だが、とても美味である。


 あの包丁が来てからというもの、食卓に野菜が多くなった気がする。

 少なくとも、夕食には必ず野菜がある。体には良いハズなのだが、なんだか釈然としない。


『なあなあ、人間よお』


 包丁が話しかけてきた。

 なんなのだろうか、食器を片づけているのに。


「なに? 留守中に泥棒でも入ったの?」

『うんにゃ、人間は入ってきてねえぜ』


 それではなんなのだろう。


『写真だよ、写真。現像してきたんだろ?』

「ええ、それが何か?」

『ちょっち見せてくれよ。気になってな』

「別にいいけど…見れるの?」


 カバンから写真を取り出し、包丁の前に置く。 

 包丁を囲むように円形に置いてみた。


『あれじゃなくてこれでもなくて…ああ、これだこれ』


 どうやら包丁には360°全方位が見えているようだ。

 だがしかし、あれこれ言っているが、一体どれなのだろうか。


『俺の後ろにある写真だ。ああ、それじゃなくて隣…逆だよ逆!』

「はぁ…それで、この写真がどうかしたの?」


 一面が真っ黒の写真。

 包丁が言っているのは、どうやらこれのようだ。


『いや、悪戯で押したって言ってたんだがな。おーい! 何も写ってねえぞ! 残念だったな!』

「へえ、悪戯…え?」


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!


 本棚の方から、シャッターが切られる音がした。

 連続で、何回も。


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!


 恐る恐るそちらを見る。 

 昨日の夜、24枚撮りのカートリッジを装填しておいたのだ。

 次は満開の桜を撮ろうと思って。


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!

 チーッ。


 二十四枚撮り終えたのだろう。フィルムを巻き取る音がする。

 カチャリと裏蓋が開き、カートリッジが吐き出された。


 シン、と部屋が静かになる。

 今の今まで硬直していた榮の体が、ゆっくりと動き出す。


「ま、まま、まさかかかか! ゆ、ゆゆっゆゆゆ幽霊!?」


 榮は『神』を信じていない。それこそ、心の底から。

 だがしかし『幽霊』は居るのだと、心の底から信じていた。

 そして同時に『幽霊』に強い恐怖心を抱いていた。


『なに言ってんだお前。この部屋にゃ幽霊なんていねえよ』

「な、なんだ、よかったぁ…」


 ひとまず安心する榮。

 では、さっきの現象はなんなのだろうか。

 故障などでは説明が出来ない。


『あのカメラ、言わば俺の後輩だな。まだ若いから喋れねえが、俺にゃ分かるんだよ』


 なるほど。

 人の悪意や殺意などの『怨み』が何百年も積み重なり、この包丁の基となった太刀となった。

 おそらくこのカメラも、そういった『怨み』が積み重なったのだろう。

 作られてから十数年ほどだというのに、どういった経緯でこうなったのだろうか。

 少し気になる。


「それで、なんでそうなったの? 聞いてみてよ」

『おいおい人間よお。そういう過去は聞かないってのがマナーだぜ? まったく、なっちゃいねえな』


 つい先日まで人を斬らせろと言っていた無機物が何をほざくか。

 なんだかムカついたので、冷蔵庫に閉じ込めておく。


『ぎゃー! 暗いよ寒いよ! たーすーけーてー!』


 どうやらあの無機物は、冷たいのは分かるようだ。

 包丁の生態がまた一つわかり、得をした気分になる。


 ギャーギャー悲鳴を上げる包丁を無視し、カメラに語りかける。


「フィルムが勿体ないからさ、今後はフィルムが入っているときにシャッターを切らない事。約束してくれる? えっと、なんとか返事してもらえるかな?」


 カシャリ。


 まるで『分かった』とでも言うように、一度シャッターを切る。

 ふむなるほど、どうやら話は分かるようだ。


「それじゃ明日は桜を撮りに行こっか。ほら、この前撮った場所。もう満開のハズだから、きっと綺麗だよ」


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!


 喜んでいるのだろうか?

 カメラのコミュニケーション方法など分からないが、しきりにシャッターを切っている。

 同時にストロボもピカピカと発光させているが、眩しいのでやめてほしい。


 幽霊ではないのなら、何も心配する事もないのだろう。

 だがしかし、このカメラは矢尾から預かっている物だ。

 このまま手元に置いておくわけにもいかない。


 桜を撮った後に矢尾の店に行き、説得してみようかと思いながら床に就いた榮であった。

・名前:(さかえ)

 性別:女

 職業:大学生

 好物:シチュー

 設定:

 至って普通の大学生。

 無機物による集中講座により、それなりにカメラを扱えるようになった。だが、あくまでも素人に毛が生えた程度であるため、その写真は矢尾に『素人だと丸わかり』と評された。

 幽霊には怯えるが心霊写真は平気。というより信じていない。

 借家が妖怪屋敷になりつつある。


・名前:矢尾(やお)

 性別:女

 職業:万屋店主

 好物:酒

 設定:

 路地を何本も進んだ先にある、古びた万屋の店主。

 榮の持ってきた写真を見て『素人が撮ったってバレバレ』と言うが、実はかなり気に入っている。特に桜と月の写真を。

 カメラには特に執着がない様子。榮が言ってくればあげるつもり。


・名前:曰く付のカメラ

 性別:不明

 職業:カメラ(MINOLTA 1991年製)

 好物:風景

 設定:

 『万屋 矢尾』へ天目が持ち込んだ古めのカメラ。

 このカメラは『写真を撮ると必ず心霊写真になる』曰くを持つ。

 そのため、これまで何人もの手を転々としてきており、いつからか意思を持つようになった。喋る事は出来ないが『極楽丸』には言おうとしている事が分かるらしい。

 本人(?)は至って素直な性格で、写真を撮る(使われる)事を何よりも喜ぶ。矢尾曰く『悪意はなさそう』

 コミュニケーションにはシャッターを用いる。ストロボをたくのはとても喜んでいる証。

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