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昔日のお話 猫編

猫編の『猫』は、猫に鰹節の『猫』です。

 抜けるような青い空。山の向こうには白い大きい入道雲。

 快晴の空。文明からは程遠い場所。山間だった。


 上空から見ると、背高い塀に囲まれた巨大な屋敷。そして同じ塀の中ながらも、その外れに建てらてた古い小屋。そして年季が感じられる蔵。


 ―――ガラガラ


 屋敷の戸が開かれる。飛び出すように出てきたのは、野球帽を被った短髪の子どもと麦わら帽を被った長い髪の少女。

 二人の出てきた戸からは、着物を着た老婆が手を振っているのが見えた。


「さっさ行くよ! おいてくよ!」

「ま、まってよ!」


 タタタと走り、門を蹴り開け外へ出る。

 片手に虫捕り網を引っ掴み、二人は森を駆け抜ける。背の高い草は少ない。肌に傷がつく事はなかった。


 ―――パシン、ジジッ、ジ


 木に止まっていたセミを捕まえる。網に入った途端、今更のように飛び立つセミ。しかし手遅れだ。

 網をズリズリと下まで降ろし、手を突っ込んで掴み出した。


「セミ! セミだよ!」

「これがセミ…初めて見た!」


 ―――ジージージー!


「うわわっ!」

「ひゃっ!」


 突然鳴き出したセミに驚いたのか、野球帽がパッと手を離す。するとセミは彼方へと飛んで行った。

 セミの小便が掛かった二人は互いに笑い合う。そして、二人は更に奥へと進んでいく。


 『道なき道』を進み進むと、二人は一本の木が伸びた場所へと着いた。

 周りに生える木々よりも随分と低い背丈の木。青々とした葉が茂り、祠のような小さな建物が建てられていた。


 そして…


『おや珍しい。客人かな?』


 真っ白い布を身に纏った中性的な、まるで清浄の権化。

 肩口には小鳥が止まり、足元には小さな熊が丸まっていた。その空気に寄って来たのだろう。

 少女の背丈くらいの祠に腰掛け、優しげな目付きで二人を見下ろす。


 麦わら少女は怯えるが、しかし野球帽は恐れず。それどころかダダッと走り、ピョンと跳び上がった。


「あっちゃーん!」

『おっとと…』


 その身体からは考えられない跳躍。しかし祠に腰掛けた『あっちゃん』はビクともせずに受け止めた。

 野球帽がパサリと、長方形の石が敷かれた地面に落ちた。

 まるで犬のようにグシグシと胸元に頭を擦りつける子ども。


 『あっちゃん』も優しく子どもの黒髪を撫でる。慈母のような慈父のような、優しげな顔をしていた。


『いつも言っているだろう? 人に跳び付いちゃいけないよ、と』

「あっちゃんごめんなさい! あそびにきたよ!」

『ふぅ…まあいい。よく来たね』


 落ちた野球帽を拾い、子どもへと被せ直した。

 野球帽の子どもは至って笑顔である。まるで親しい従姉と久しぶりに会ったかのようだ。


『久しぶりだね。春休み以来か。体調はどうだい?』

「すっごく元気! あのあめ、も一つちょうだい?」

『ごめんね、あれは一つしかないんだ。ところで…その子は誰だい?』

「友だち! 名まえは…えっと?」


 同年代の子が居たから話して遊んで一緒に眠って。仲良くなって秘密の場所に連れてきた。

 しかしそういえば、名前を聞いていなかった。


 それを察したのか、麦わら少女は佇まいを直してペコリと頭を下げる。


「えっと…わたしは」

『ああ、いいよ。建の所の子だろう』

「は、はいっ!」

「たけ? じゃあたっちゃんだ!」


 『建』が麦わら少女の名前だと勘違いしたのだろう。

 麦わら少女を『たっちゃん』と呼ぶと決めた、野球帽の子どもだった。


『この子も似たような境遇なんだ。仲良くしてもらえれば、私も嬉しいよ』

「あ!」


 珍しい物でも見つけたように、野球帽の子どもは『あっちゃん』の腕の中から飛び降りた。

 その興味の対象は、祠の傍で丸まっていた小熊に移ったようだ。


「くまだ! かおうよ!」


 そう言って、小熊の前足に手を突っ込み持ち上げる。

 しかし小熊は驚き、嫌がるように暴れてその手に噛み付こうとする。

 だがその牙が届く事はない。


「か、かまない? だいじょうぶ?」

「大丈夫だよ! まだ小さいし。えっと、なまえは…」

「あ…ここ」


 麦わら少女が指差したのは持ち上げられた小熊の胸元。

 周囲が真っ黒の毛皮で覆われているのに対し、その一部だけは真っ白の毛皮で覆われていた。

 三日月のような白の模様が。


「ん? 白いね。しらがかな?」

「お月さまみたい、きれい…」

「お月さま? なら、がちりんだ!」


 野球帽の子どもの言葉。

 その言葉を聞いた小熊は、途端に大人しくなった。

 今までの暴れようが嘘のように。


 野生のギラギラとした目が一転して、理知に富んだ理性の目に。

 しかし、二人の子どもは気が付かない。あり得るはずのない変化が起きたというのに。


「がちりん?」

「おばあちゃんが言ってたんだ! お月さまのことをがちりんって。そうだよねあっちゃん!」

『うん、確かにそう呼ぶね。君のお婆さんは随分と博識だ』


 そう言い『あっちゃん』は『がちりん』と名付けられた小熊の頭を撫でた。


 野球帽の子どもの質問に『あっちゃん』は何でも答えてくれた。

 好奇心旺盛な年頃なのだ。気になる事は山よりもある。

 優しく丁寧に教えてくれる『あっちゃん』は、野球帽の子どもの憧れでもあったのだ。


『眷属となって業から放たれて、きっと自由だ。智慧は何よりも尊い。大事にしなよ』

「けんぞく? ごう?」

『いや、そうだね。今この瞬間から、この子は君の大事な友達になったんだ』

「友だち?」

『そう、君のね。だけど、これからは簡単に名前を付けてはいけないよ』

「どうして?」

『うーん…そうだね、友達が多すぎると厄介事が多くなるんだ。人間でも何処にでも。分かったかい?』

「分かんない! けどあっちゃんが言うんならそうする!」


 野球帽の子どもは、麦わら少女の手を引いて走っていく。

 脇にはまるで、ぬいぐるみのように大人しい小熊を持って。


「たっちゃんいこ!」

「え、ええっ!?」

「あっちゃんまたね!」

『またおいで。ここは逃げない。きっと辿り着けるよ』




―――




「おばあちゃんおばあちゃん! べっこうあめ作って!」


 靴を脱ぎ捨て廊下を走り、台所への引き戸を乱暴に開けて中へと入る。


 台所では、割烹着を着た老婆が、火に掛けられた鍋の前に立っていた。

 グツグツと煮立つ鍋の中には、カボチャにインゲンニンジンダイコン凍り豆腐などなど、多くの野菜が入っていた。

 きっとお昼ご飯を作っているのだろう。


「もう少し待っていなさい。もうすぐお昼が出来上がるから。それと、外から帰ったら?」

「手あらいとうがい!」


 そう言い、出て行く。洗面所は少し遠く、飛び石で繋がれた離れにある。

 洗濯機も傍に置かれ、灯りもない。夜は何か、お化けでも出るのではないかと怖がったものだ。

 今はそんな物、欠片も信じていない。何故なら『あっちゃん』が言っていたからだ。


 タタッと駆けて行った後、それとは別の戸がカチャリと開く。


「お婆さま。お手伝いできる事はありますか?」

「佐奈、ありがとう。そのお盆、持って行ってくれるかしら。佐千は?」

「伯母さんは、テレビを見ていました。お酒も一緒に」

「全くあの子は…自分をお客様だと思っているのかしら」


 まだ幼い孫を見習ってほしいものだ。


 割烹着の老婆には、二人の孫がいる。

 元気溌剌でやんちゃな孫に、礼儀正しくお淑やかな孫娘。

 誕生日が数日違うだけなのに、どうしてこうも違うのか。


「全くもう…佐京は?」

「お母さんは、麓のコンビニに行くと。そろそろ戻ってくると思います」

「そうなの? 氷でもお願いすればよかったかしら」


 数十分後、大きな長方形の机を前に六人が座っていた。

 野球帽を被っていた子どもと麦わら少女が隣同士に。その向かいには、佐奈とその母佐京が。

 佐千と老婆は向かい合って座っている。


 白いご飯に冷えたお味噌汁。そして大皿に盛られた煮物。

 暑い夏、食欲が無い時はこれに限ると作った物。

 ダイコンニンジンジャガイモ油揚げが入った、そして少しばかり濃い汁気の少ない味噌汁。

 暖かい内も良いが、少し冷えたのも中々美味しいのだ。


 余程お腹が減っていたのか、パクパクと食べ食べ食べ進めてあっという間に平らげた。

 食器を台所へ持って行く辺り、しっかりと躾けられているのだろう。


「ごちそうさまでした! さっちゃんもいこ!」

「…私は、宿題があります」

「分かった! いってきまーす! たっちゃん! 先いってるね!」


 傍らに置いてあった野球帽を被り、ダダダと駆けて行った。

 少し間を置いて麦わら少女も同様に食器を下げた。


「ご馳走さまでした」

「はい、お粗末様。気を付けて遊んでらっしゃいな」

「はいっ!」


 丁寧に老婆にペコリと頭を下げ、少女も同様に麦わら帽を被って外へ出る。

 野球帽の子どもを追いかけて行ったのだろう。


 ふぅ、と溜め息を吐く老婆。

 数年前、家業の関係でこの屋敷へやって来た時。

 笑顔など無く、ただ課せられた使命を終わらせる為に、お役目をこなす。

 まるで機械の様だった。


 しかし今年、あの子と初めて会ってすぐに笑顔になった。

 歳が同じと言う事もあったのだろう。数日前、一言二言話してすぐに遊ぶようになった。

 何か共感する事があったのだろう、きっと。


 傍から見ていても、とても仲が良く微笑ましい。

 末永く続いてもらいたいものだ。


 そんな事を考えていた時、佐京が声を掛けてくる。


「母さん、大丈夫かしら。諏訪の跡取りを外で遊ばせて」


 老婆が答える前に。

 二人の娘の上の方。佐千が返した。


「いいんじゃない、別に。子どもは風の子元気の子だし。外で遊ぶのが仕事よ」

「けど姉さん。怪我でもしたら…」

「そん時ゃそん時よ。子どもがやらかした時に叱るのが親の役目。後始末をするのもね」


 老婆も概ね同じ事を言おうとした。

 

 四人の兄弟姉妹の一番上。四人の中でも家業に一番の適性を見せ、家督を継ぐ能力も十分にあった。

 この家は『実力主義』だ。能力さえ見せれば家督を継ぐ事が出来る。末弟であれ末妹であれ。

 夫も佐千が家督を継ぐと期待を寄せ、老婆もそう思っていた。

 

 しかし『もう古い』とだけ書置きを残し、佐千は家を出て行った。

 あの時の事は鮮明に覚えている。佐京が高校を卒業した翌年、外には厚く雪が積もっていた。

 結果、夫は怒り狂い勘当を宣言した。老婆は方々手を付くし、何とか居場所を見つけ会いに行った。


 数年ぶりに会った佐千のその腕には赤子が抱かれていた。

 佐京に娘が産まれた直後に、佐千も子を産んだらしい。

 その夫は、家業とは何の関係もない銀行員だった。


 そして年に何度か。

 小学校が長期休暇に入る間はこうして子を連れ、里帰りに戻ってくる。とはいえ数日の間だが。

 未だ夫との仲は険悪で、互いに顔を合わせると嫌な空気が流れる。その態度を孫に見せないのは幸いだが。

 その孫は、外で遊ぶのが好きだ。宿題が疎かになるところはなんとかしてもらいたいが。


「…ご馳走さまでした。宿題、してきます」


 そう言って、佐奈は食器を持って台所へ行く。

 その足で二階に上がり、自分の部屋へ入って行った。


 佐京の娘、佐奈は優秀だ。

 学校の成績を始め、家業の方でも非の打ちどころがない。

 少しだけ自己表現が弱く内に貯めこむようなをタイプであることを心配している。


「もう流行らないのよ、呪いやら退魔やら。下らない。さっさと解放してあげたらいいのに」

「姉さんはっ! 逃げ出したからそんなこと言えるのよ!」

「カビの生えて腐った家業なんて願い下げね。お腹を下す物なんて誰も食べたがらないから」


 いつの間にか口喧嘩をしていた二人を、老婆が窘める。


「やめなさい佐千。それに佐京も」

「母さん…けど、姉さんは」

「佐千も。あなたが文句を言う道理はないの。家業を捨てたあなたには」

「そう、別にいいけど。神様に見捨てられたなんて家なんて、長続きしないわよ」


 そう言って佐千は食器を持ち、台所へ片付けた。

 その後、ガラガラと玄関が開いた音が聞こえた。きっと麓へ行ったのだろう。

 この屋敷自体を蛇蝎の如く嫌っているのだ。


 しかしあの子は、昔から勘が鋭かった。

 そんな中でも、里帰りを受け入れているのも、きっと…




―――




「くまってなに食べるのかな?」

「お肉、かな? けどお肉なんてないよ?」


 野球帽の子どもと麦わら少女の前には黒い毛玉。

 『がちりん』と名付けられたその小熊は、野球帽の子どもの遊び道具であったサッカーボールにじゃれ付いていた。


「あ、そうだ!」


 ゴソゴソとポケットを探る野球帽の子ども。

 その小さな手には、透明の包み紙に包まれた半透明で茶褐色。

 六角柱の底面に六角錐が貼り付いた水晶のような物体が乗せられていた。


「それ、なに?」

「べっこうあめ! おばあちゃんが作ってくれるんだ!」


 小学校に入学して初めての夏休み。

 母に連れられ電車に乗ってしばらく。電車を降りてバスに乗り、またしばらく。

 テレビで見たような大きな家にやって来た。


 母と一緒に大きな部屋に通され、一段高い奥の方には自分のおじいちゃんだというお年寄りが。

 何か難しい事を母と言い合っていたが、よく分からなかった。


 その後、自分のおばあちゃんだと聞かされたお年寄りと、同じくらいの年の女の子と会った。


 おばあちゃんから何か包み紙を渡されたので、捻って開けて口に放り込んだ。

 すると、とても美味しい。悪い人じゃないと直感した。


 おばあちゃんが手ずから作ってくれた物と聞いた。

 

 小皿一杯に盛られたべっこう飴を、一日に何個も食べる。その分はもう無くなってしまった。

 だからさっきおばあちゃんにねだったのだ。

 残っているのは、ポケットに入れていたこれ一つだけ。今の今まで忘れていた。


 カサカサと包みを開けて小熊の鼻先へと持っていく。

 鼻をヒクヒクと動かして匂いを嗅ぎ、一つペロリと舐める。すると眼を輝かせ、パクリと指ごと咥え込んだ。

 モゴモゴガリガリと砕く音がする。野球帽の子どもはじっくりと舐めるのが好きなのだ。勿体ないと思った。


 鼻面をペロリと舐め、口周りをペロペロと回し舐めた。

 そして前足でカリカリと引っ掻いてくる。催促をしているのだろう。

 しかし、だ。


「ごめんね。もうないんだ」

「ガウッ!?」


 驚愕したように一つ鳴いた後、うるうるとした目で見つめてくる小熊。

 しかし野球帽の子どもにはどうしようもない。


 誤魔化すようにペチペチと頭を撫で繰り回すと、小熊は擽ったそうに眼を細めた。


 その後、麦わら少女と野球帽の子ども、それに小熊。

 二人と一匹は山を駆け回った。 


 『あっちゃん』の下に再び趣き、昔話を聞かせて貰ったり。

 その近くの清流で水を掛け合い涼を取ったり。

 『あっちゃん』が持っていた果物を一緒に食べたり。

 小熊が咥えてきたウサギに驚いたり。


 とても、とても楽しい時間だった。


 そして気付けばもう夕方だ。

 ヒグラシの寂しげな周りから聞こえ、紅い光が木々を照らす。


『さあ、そろそろ時間だ。お家へお帰り』


 優しげな声。

 昔話を切り上げた『あっちゃん』が言った。

 しかし、膝の上に座っていた野球帽の子どもは不服なようだ。


「えー! もっとお話しして!」

『逢魔時が来るんだ。魔が蔓延る。戻れなくなってしまうよ』


 困ったように『あっちゃん』は言った。

 麦わら少女は疲れてしまったのか、『あっちゃん』に凭れてうつらうつらとしている。


「あっちゃんといれるんならいいもん!」

『時間はあるんだ。明日も明後日も。その先も、ずっと』


 優しく諭すが、野球帽の子どもは頑なだ。

 『あっちゃん』に向き直り、その身体にギュッと抱き着く。

 嬉しそうに『あっちゃん』は微笑む。野球帽の子どもを優しく抱き、耳元で囁く。


『今日のお夕飯はハンバーグだよ。君の好物だろう』

「ハンバーグ! たっちゃん起きて!」

「ん、んぅ…」


 ゆさゆさとたっちゃんを揺さぶり、手を繋いで駆けて行く。

 その背中を愛おしげに見つめていた『あっちゃん』


『月輪。護っておあげ』


 『あっちゃん』の言葉に、今まで伏せていた月輪はスクリと立ち上がり、二人の後を着いていく。

 その顔は、どこまでも優しげだった。




―――




「さ、さっちゃん、おきてる?」


 真っ暗な小屋の中、少女の声が聞こえた。

 うつらうつらとしていた子どもの目は覚め、目をグシグシと擦る。


「起きてるよ、たっちゃん」


 窓はない。隙間から入る光も無い。

 何故ならここは、ボロボロの小屋の中なのだから。


 広い屋敷の敷地。

 その中に建っている古びた小屋。

 その昔、子どものご先祖が建てたと伝わっている、曰く付の小屋だ。


 普段はずっと鍵がかかっているが、今日は特別に開けてくれた。 

 少女と一緒にお風呂に入ったり、少女と一緒にご飯を食べたり。

 そして別々の布団に入った。


 この小屋にまつわる曰くとは『化物と契約をした場所』

 去年の夏休み。おばあちゃんに聞いたのだ。

 夜、一緒の布団に入って一緒に寝る時。


『この場所でね、おばあちゃんのおばあちゃんは約束をしたの』

『やくそく?』

『そう、約束。その人が寂しくないようにずっと一緒にいるって。だからね、その人が来たら約束を守らなきゃいけないの』

『おばあちゃんは? その人とあったの?』

『小さい頃に一度だけ見たの。けど、どこかへ行っちゃった』

『どこかに?』

『おばあちゃんのおばあちゃんが言ってたの。だからね―――』

『わたしがいくっ!』

『―――そう。その人が聞いたら、きっと喜ぶわ』


 おばあちゃんの言う『あの人』が誰かは知らない。

 けれど、きっと優しい人だ。


 おばあちゃんのおばあちゃん。

 顔も知らない知り得ないその人。

 しかし、子どもは怯えない。

 だって『あっちゃん』に聞いたから。


 毛布を引き摺って軋む床を歩き、たっちゃんの寝ている布団に入る。

 僅かにビクリとたっちゃんの体が動くが、すぐに子どもの体に抱き着く。


「だいじょうぶだよ、たっちゃん」


 おばあちゃんにそうされたように。子どもも少女にそうする。

 少女にギュッと抱き着き、背中をぽんぽんと叩く。鼓動に合わせて優しく。


「さ、さっちゃん…」


 更に強く抱き着くたっちゃん。

 きっと人の暖かさを求めているのだろう。

 苦しいが心地よい。


 ぽんぽんと、更に優しく背中を叩く。

 そしてすぅすぅと寝息が聞こえてきた。

 子どもの眠気も限界だった。


 ―――ぽん、ぽん、ぽん…


 そして子どもの寝息も聞こえてきた。

 すやすやと安らかに。まるで姉妹のように。

・野球帽の子ども

 設定:

 人間を象ったエンブレムを付けた赤い帽子を被った子ども。佐千の娘。

 髪は短く半袖短パン。まるで男の子のような装い。事実、麦わら少女はそう思っていた。

 『あっちゃん』とは去年、森を散歩していた時に逢って以来の友だち。

 何を聞いても答えてくれる、とてもとても優しい『あっちゃん』は、子どもにとってまるで神様のような存在だとか。

 たっちゃんとは数日前に逢って以来、一緒に山森で遊ぶ仲になった。

 名前も知らないまま一緒に遊んでいたが、長年の幼馴染のように仲が良い。

 たっちゃんからは『さっちゃん』と呼ばれる。


 おばあちゃんから昔話を聞き『わたしが行く!』と息巻いていた。

 『あっちゃん』曰く、たっちゃんと似た境遇、らしい。


・麦わら帽子の少女

 設定:

 大きな麦わら帽子を被った少女。

 黒い髪は邪魔にならないように後ろで縛られ、ハーフパンツにTシャツで身軽な服装。

 野球帽の子どもをさっちゃんと呼び、とても仲が良い。まるで長く連れ添った幼馴染のようだが、二人は数日前に初めて逢った。

 さっちゃんには『たっちゃん』と呼ばれる。

 『あっちゃん』と初めて出逢った際、その正体を看破した。しかし怯える事も崇める事もせず、あくまでもさっちゃんの友だちとして接していた。


 数年前に一度、家業の定めとして屋敷を訪れた。

 その際は笑顔も無く、まるで機械的に処理していた。

 しかし小学校に入って初めて屋敷を訪れ、そして運命的な出会いをした。

 憧れにも恋にも似た感情を抱き、そして『あっちゃん』との出逢いで家業への覚悟を確かなものとした。


・佐奈

 設定:

 佐京の娘。

 両親にも祖母にも伯母にも従妹にも敬語を使う。自己防衛のためか。

 彼女の祖母は『自己表現が希薄』と言っており、芯の脆さを見抜いていた。


 家業にはある程度の適性を見せている。しかし本人が望んでいる事とはかけ離れており、それでも拒絶しないのは母の為。


・佐京

 設定:

 佐奈の母。

 野球帽の子どもと遊ぶ、麦わら少女の身を案じていた。

 

 自分が望んで望んで望み尽くしても手に入らなかったそれを持ち、しかしあっさりと捨ててしまった姉に対して、強いコンプレックスを持っている。

 自分の娘を積極的に家業に参加させ姉を見返そうとしているが、娘の気持ちを無視したそれが、重圧となっている事に気付いていない。


・佐千

 設定:

 野球帽の子どもの母。

 長期休暇の際には子を連れて実家に戻っている。だが大体、家事も手伝わずにノンビリしている。


 家業には強い適性を見せていたが、高校を卒業後に実家を出奔。勘当された。

 本人は家業を『古臭い』と言い捨てており、我が子に関わらせる気は微塵もない。しかし友達付き合いは否定しない。

 母には『勘が良い』と評されている通り、勘が異常に鋭い。

 実家を『神様に見捨てられた』と言い放ったが、詳細は不明。


・『あっちゃん』

 設定:

 『道なき道』を進んだ先、古びた祠にいる真っ白い布を身に纏った人物。

 彼/彼女の周りには小鳥が飛び、清浄な空気を齎している。まるで神様。

 野球帽の子どもとは昨年出逢い、そして親しくなった。


 全知である。

 この世のすべてを知りつくし、何もかもを知ってる。

 全能でない。

 野球帽の子どもが罹患していた『二十歳になると死に至る病』を治す霊薬を創るのが限界。

 神様? 神様、間違いなく。


・『祠』

 『道なき道』を進んだ先に存在する場所。

 20m四方の土地に長方形の石が無数に埋め込まれ整地され、中央には小さな祠が建造されている。

 また、その背後には背の低い木が生き生きと葉を揺らしている。


 幽界(かくりよ)。異界である。

 通常方法では侵入する事は叶わず『邪気が無い』事が、異界へと立ち入る最低条件である。


・『二十歳になると死に至る病』

 数世代前に発症が報告された病。通称『成人病』

 十を超える頃に原因不明の激痛を訴え立つ事が出来なくなる。

 十五を超えると激痛が治まり体が動かせなくなる(個人差が有る)

 二十を迎えると自発呼吸が不可能となり死に至る。

 原因は一切不明。根本治療は不可能。罹患率は1/6553500000とされる。

 また、現在行う事が出来る全ての検査では『正常』であり『異常』は確認できない。

 

 一般には公開されておらず、一部医療関係者の間で噂話のように囁かれている。

 『悪意の権化』『世界のバグ』『悪性の具現』である。

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