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山友のお話 猿編

猿編の『猿』は、猿に烏帽子の『猿』です。

 

 『兎玉(うたま)

 ある一族が住む大屋敷が建つ山。その麓にある村の中、唯一のコンビニの名前だ。

 

 コンビニと名乗ってはいるがフランチャイズには加盟していない、完全に個人経営の商店だ。

 開店は九時半。十二時から十三時までは昼休みで閉店。昼休み後は十八時には店を閉めてしまう。

 なお、これは夏場の営業時間だ。冬場は閉店時間が一時間早くなる。


 しかし品揃えは妙に良い。生活雑貨から日用品。週刊誌に月刊誌、獲れたての野菜から駄菓子に氷菓子まで一通り揃っている。


 また、注文も受け付けており、注文後から数日したら入荷している。それはもう、お金さえあれば絶版の書籍すらも入荷する。

 しかしご老人が多いこの地域だ。冬場は灯油の注文が増えるし、夏場は氷の注文が増える。特に文句はないが、心の中では戦闘機の注文を待ち受けている。

 地下の倉庫には戦時中にくすねた飛行機が眠っているのだ。


 時間は十時を過ぎたくらい。

 開店して間もなくは客足がない。夕方にドッと押し寄せる。夏場は特に、日が沈む直前に。

 とは言え、一日の来客数は一桁を越えれば良いくらい。たいてい暇なのだ。


 ―――カランカラン


 コンビニの入口。開き戸が押されてベルが鳴る。

 自動ドアにしろと文句を言われるが、こればかりは換える気はない。


「いらっしゃいませ」


 店主の女性。いかにも幸薄そうな黒髪の女が不愛想に言う。

 来店したのはこの夏場なのに、喪服のように黒いドレスを着た女だった。

 なんというか、こんな田舎にいるには不釣り合いの装いをしている。余所者だろうか。


 ドレスの女は、棚に置いてあるウィスキーを何本か見繕う。

 舶来物の古い洋酒に今人気の中程度の品。それに大きなプラスチックボトルに詰められた大衆酒。それにツマミが数点レジに置かれた。 


 ポチポチとボタンを押し、袋へ詰める店主。

 ビールや瓶の日本酒ならば時々売れるが、ウィスキーが出るのなど久しぶりだ。


「久しぶりね」

「初めてお会いしたと思いますが…どなた様です?」

「百年振り位かしら。こんな所でしぶとく生きてたのね」


 店主の手がピタリと止まる。心当たりがあったのだ。


「ふぅ…とうとう、年貢の納め時ですか。どこに頼まれましたか?」


 ドレスの女は答えない。代わりに、何でもないようにレジに置く。


「はい」


 トサリと置かれたそれは、左腕だった。

 干乾びもせず腐りもせず。

 今まさに斬られたばかりのように傷口は瑞々しく、動き出すのではないかと錯覚するほどに綺麗な。


「左腕。義手じゃ不便でしょ」


 ドレスの女の指が店主の左腕を差す。

 確かにそうだ。真夏も長袖の服を着て極力露出しないようにしている。しかし人間の腕と外見的な違いはない。

 それに『力』を行使すれば生身と遜色なく動く。特に不便はない。


 そして、かつて落とされたこの左腕を持っている者は…


「そうですか。その節はお世話になりました」


 ペコリと頭を下げる店主。


 かつて自分が『魔』へと転じた時。

 『悪意』と『怨み』に呑み込まれ混濁した意識の中、一人の人間を殺そうとした。

 それを止められた時、同時に左腕を落とされたのだ。


「あなたのお蔭で理性を取り戻す事が出来ました。人を殺していたらきっと、もう戻る事が出来ませんでした」


 『娘』を取り戻そうと『本家』の結界を破ろうとした所で、理性を取り戻す事が出来た。

 

 それ以来、各地を転々と旅して周り、戦後の混乱期に紛れて戸籍を手に入れ、この村でコンビニを開く事になった。

 この辺りには隠れた『魔』の集落もある。同じ者が店を開いていれば、彼ら彼女らも利用しやすくなるだろうと思っての事だ。


「だけど、その腕は必要ありません」

「そう? 二分もあれば接合できるけど」

「いえ、私が『魔』に成った罪として。お好きになさってください」

「そうなの。なら、貰っておくわ」


 そうしてドレスの女は、腕をどこかへと仕舞った。

 店主にとって驚くような事ではない。同じような事が出来るのだから。


 どこからか椅子を引っ張ってきて、レジの前へ置いて座った。


「それで、どんな風の吹き回し? こんな場所で商売なんて」

「ここは『本家』も近いので。それもあって」

「監視のつもり? 裏切った奴らの」

「いいえ。見守ろうかと」


 店主の眼はどこまでも優しかった。

 かつての『悪意』と『怨み』などどこにもない。

 同じ『魔』であっても、その在り方は全くの別物だった。


「そう。ならいいわ。どうせ暇でしょ。今夜、一杯どう?」

「ええ、勿論。あ、けどお酒は買ってくださいね? 中々売れなくって」

「ちゃっかりしてるわね。ま、いいけれど」

・店主

 設定:

 山の麓にある村唯一のコンビニ『兎玉(うたま)』の店主。

 基本的に暇。日がな一日をレジで座って過ごしている。コンビニは趣味で建てた。


 かつて『ドレスの女』に『左腕』を落とされている。

 しかし彼女を恨む気は毛頭なく、逆に感謝すらしている。

 左腕は義手だが『力』を行使すれば問題なく動く。外見も人間の腕と変わりなく、一目見ての看破は不可能に近い。


 その正体は『魔』へと転じた人間の果ての姿。上級の上位に位置する。

 まだ人間だった頃『娘』を奪われ絶望の中で『魔』へと転じ、しかし『理性』を取り戻して『悪意』と『怨み』を全て押し流し、現在はコンビニの店主を務めている。


 辺鄙な場所に住んでいるが、それは子孫を見守る為。


・ドレスの女

 設定:

 コンビニ『兎玉(うたま)』へ来店した女。

 真夏の昼間から、喪服のように黒いドレスに身を包んでる。

 舶来物のウィスキーと大衆酒を購入した。


 かつて、人間を襲いそうになった店主の腕を落としており、どうせならと記念にとっておいた。

 『魔』への抵抗感は皆無と言っていい。医術の心得もある様で切断された腕を二分で接合してみせると言った。

 何処からともなく『左腕』を取り出して見せたが、これは『結界』を用いた応用で超高等技術。

 『結界』を展開し外部ストレージのように扱い、物体を自在に持ち運ぶ事が出来る。現在、使う事の出来る人間は一人だけだとか。


・『兎玉(うたま)

 設定:

 山の麓にある村唯一のコンビニ。

 AM9:30~12:00 PM13:00~18:00 冬場は閉店が一時間早まる。

 山奥にポツリと立つコンビニとしては、不自然なほどに品揃えが良い。週刊誌や新聞まで売っている。

 また、予約さえ入れれば絶版の書籍すら入荷してみせるなど、一部業界では有名な店。

 ガソリンスタンドもない僻地なので、冬場は灯油やガソリンが売れ、夏場は氷がよく売れる。

 店主の拘りなのか、頑なに自動ドアにしようとしない。


 地下のガレージには、戦時中にくすねたプロペラ戦闘機が眠っている。

 他にも小銃や迫撃砲もあるとか。流石に艦船はない。

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