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至るところで、恋~the again~『愛という名のこの地球で、恋 』

作者: 鷹山敏樹

忘れていた、いや、

忘れたくて閉じ込めていた季節からの、

切なくて、それでいて何故か微笑ましい、

君が唄うララバイ。

有難う、有難う。

恨めばいいのに。憎めばいいのに。

どうしようもない野郎だって、

あの頃すでに、

気がついていたくせに。


『1』


「今日も頗る快便だったなぁ。こんなぶっといのがでちゃってさぁ・・」

と言ったあとに急死してしまった人がいるかどうかは知らないが、大体の人間の最後の言葉なんて、こんなもんだと私は思う。

自分がいつ死ぬのかなんて、誰にもわからないのだから。

世知辛い世の中を這いつくばり、時にほふく前進し、時に前転、時に後転、険しい砂利道のせいで、満身創痍になりながらも笑い、困難な状況でも「平気」と繕い、誰もいない部屋の片隅で膝を抱え、静かに泣いて、淋しくて淋しくて、自慰行為を繰り返し、そんなふうに生きて生きて生きまくった挙げ句、

最後の言葉は「今日も頗る快便だったなぁ・・」

それじゃあ自分があまりにも可哀想すぎる。

私はかねてからそう思っていた。

そう思った時から私はどうしたか?どうしたと思う?みんな、私がどうしたか知りたい?

なんて一人言はやめよう。

そう思った時から私は、時々、なんとなく思い付いた時に、格好良い台詞を言う事に決めた。もちろん、格好良い顔で。

例えば信号が青に変わるのを待っている時、空を見上げ、一人呟く。

「君も何処かで、この青い空を見ているんだろうか・・愛していたよ、精いっぱいに」

もちろん、君っていうのが誰なのかは、私にもわからない。それから横断歩道を渡る。もしも赤信号を無視して突入してきた車に轢かれてしまったとしても、心配ない。私は最後に格好いい台詞を言ったから。

他に、便所で小便している時にも言う。

「もう君はいないんだね。君がいなくなった後、僕は一人で、小便が出来るようになったよ」

格好いい顔で。

もしも後ろから誰かに刺されて死んでしまったとしても、悔いが残らない。

何故なら、最後に格好いい事を言ったから。

自慰行為をしている時も・・・。まぁ、いいだろう。

つまり日頃から、格好いい事を時々言うように心がけていたのだ。

そう、心がけていたと言うのに・・・。

私は死刑台の13階段を上がる事になった。愛する人の犯罪を被って、私は喜んで死刑になる事を決めたのだ。

愛する人は、私が13階段を上がっている時、泣きながら叫んだ。

「罪を被って死刑になるなんてやめて!」まぁ、そんなような事を。

しかし私は、大事な人の復讐の為、人殺しを犯してしまった彼女に言った。

「幸せを、無駄にしないで」

そして、13階段を上がりきり、首にロープをかけた。

落ちていく体。ぶら下がる首。

刹那、私は重大なミスを犯した。最後に私はいい言葉を言った。そうして満足して死んでいく筈だったのに。

かねてからこの時の為に、格好いい事を言う事を続けていたのに。

「うげっ!」と思いがけず声を上げてしまった。

それだけではない。あまりの衝撃に、尻から空気まで放出してしまったのだ。

彼女の泣き声が聞こえている。遠のいていく意識の中、私は涙していた。

私の人生最後の言葉は、言葉にならないうめき声。そして、放屁。

準備は完璧だった。だが、人生はいつも、思うようにはいかない。

私は安らかな死のゆりかごに、体を沈めていった。


「おうっ!」瞑っていた目が、一瞬にして開いた。

尻に鈍痛。私は真っ暗な空間の中、一人尻もちをついていた。

一体どうなっているんだろうか。ここは天国なのか?私は状況が理解出来ず、周囲を見渡すばかり。

突如、電気が点いた。

私は首に手を当てる。ロープが首に巻きついているのに気がつき、それを取り払う。

「驚いたかい?」背後から男の声が聞こえ、私は振り返る。

白衣の男。小さな丸いサングラスを掛け、薄い頭髪を後ろに撫でつけた中年の男が、小さく拍手を繰り返し、近づいてくる。

「君は、死んではいない」そこで拍手をやめる。

「いや・・死んだと言うべきかな」

「どっちなんだ」私は鋭く突っ込んだ。

「どっちだっていいじゃないか」男は歩みを止め、私を見下ろした。

「君は、世間的には死んだ。しかし、実際には生きている」

私は訳が分からず、ただ尻もちをついたままに男を見上げていた。

男が続ける。

「私は、君を生かす事も、死なす事も出来る」

「どういうことだ?」

男は薄らと頬笑み、しゃがみ込んだ。

「私の言う事を聞いて働いてくれれば、君をこのまま生かし続け、自由を与えよう。ただし、断るならば、君を本当に死刑にする。どうだい?意味がわかるかい?」

「意味がわからない」私は答えた。

「馬鹿じゃねぇのか?」と男。

「あ・・いや・・意味わかりました」私は答えた。

「よろしい」

「しかし、何をすれと言うんですか?」私はすがるような目で男を見つめた。

本当、マジで怖かった。死んだ方がマシな事を言われたら、なんて答えたらいいんだろう。そんな考えばかりが頭の中を駆け巡る。

「ふっふっふ」男が笑う。

「実は・・」そう言って男が立ち上がり、私に背を向けた。

「私達の世界では有名なテロリストが一人、大変な爆発物を抱えて逃げ回っている。その爆発物は腕時計型の小さなものなのだが、世界を一瞬にして灰に変えてしまう程の威力を備えている。非常に危険なものだ」

「嘘だろ・・」

「嘘じゃない。間違いなく本物で、彼は間違いなくそれを爆発させる」

「どうしてわかる?」

「それは、あの爆弾は、私が国家の為に作ったものだからだ!それを盗まれてしまった。あいつは死ぬ事を恐れていない。それくらい世界を憎んでいる!それが理由だ!」

そうか・・お前一体誰なんだ。

男が続ける。

「そのテロリストは、明後日までに自分を捕まえる事が出来なければ、爆発物を爆発させると電話してきた」

「じゃあ、捕まえてくださいよ。あんたが誰なのか知らないけど」

「君が捕まえるんだ!!」

男が私の顔を直視し、大量の唾を浴びせながら叫んだ。

「なんで私が?」

「なんで!?それは、たまたま君が今日、死刑になった人だったからだよ!」

なんだって!?たまたまだって!?そうか・・偶然というのは恐ろしいね。

私は何度も頷いていた。

男が咳払いをし、話始める。

「テロリストの居場所は大体わかっている。何故なら、そのテロリスト自身が、GPSを使い、自分の居場所を逐一知らせてくれているからだ」

「頭悪いんですかそいつ?じゃあ、早く捕まえればいいじゃないですか?」

「馬鹿野郎!最後まで聞け!」

今度は痰が飛んできた。私はすぐさまそれを拭う。

「そう簡単に捕まえる事が出来るんなら、直ぐにそうしている。だが出来ないんだ。まず、殺す事も出来ない。それは、彼が死んでも爆弾は爆発する仕組みになっているからだ。麻酔銃を使う事もダメだ。眠ったり、意識を失ってしまっても爆発する仕組みになっている。そして、捕まえる事も出来ない。何故なら、彼は残酷で冷酷な殺人者でもあるし、なによりも、早いんだ!」

静寂が二人を包む。私は呼吸すら止まってしまったのではないかと思うほどに静かに、目を左に右に動かして、やがて口を開いた。

「早い?」

「そう、早いんだよ」

早いのか・・私は眉根を寄せて俯いた。早いのなら、捕まえる事は非常に困難だ。どれくらい早いんだ?聞いた方がいいのだろうか?私は何故か悩んでいた。そして、その早さがどれくらいのものなのか、男が言ってくれるのを、すがるような目つきで待った。

「すごい早いぞ・・」

男はそう呟き、小さく首を振った。並みではないらしい。私は理解した。

「明後日までに捕まえる事が出来なければ、世界が滅亡する。間違いなく、彼は爆発させるだろう。私の仲間達が、彼を捕まえようとして全員死んだ。もう私しか残っていないんだ」

じゃあお前が行けよ。と私が言いかけた時、男が口を開いた。

「無事捕まえる事が出来たら、君は自由の身だ。新しい人生を歩めばいい。もしも捕まえる事が出来なかったら・・」

「どっちにしても死ぬでしょう?」私は言った。どっちにしても死ぬのだ。ならば、静かに死ぬのを待った方が、私はいいような気がしていた。それに一つ、疑問がある。

「ちょっと聞いてもいいですか?」

「なんだ」

「もしも捕まえる事が出来たとして、爆発を食い止める事は本当に出来るんでしょうか?」

「出来る。あの時計型爆弾には止めるスイッチはあるが、早めるスイッチはない。今もあの時計はカウントダウンを続けている」

「そうですか・・」私は小さく呟いた。

「やってくれるか?」

私は渋い表情を作り、溜息を吐き出しながら言った。

「でもなぁ・・どっちにしても死ぬんじゃないかなぁ・・」

「もういいわ!」突如女性の声が聞こえた。

変声期前の少女のような声。体に染み込み、血液を循環して、脳を甘く刺激されるような感覚。

私はその声の方を見た。

奥の方から女性が歩いてくる。小柄な体躯に、小さな顔。髪はショート。切れ長だが魅力的な瞳。薄い唇。

「あやめ」男が女性に言った。

「お父さん、もういい。私が行くわ。もうそう決めていたの!お父さんの失敗は、娘の私がなんとかしなきゃ!」

「何言ってるんだあやめ!お前に行かせるわけにはいかない!」

「嫌!私、この人が行くと言ってもついていくつもりだった。絶対に行く!そして、何もかもなかったことにするの!」

あやめと呼ばれた若い女性は、涙を流しながらその目に決意を宿し、父親を見つめている。

白いワンピース、スカートの足元は、白いハイヒール。早い人間を追う事なんて不可能だ。

「ちょっと待て」私は言った。

爺、てめぇが行け。そう言ってやりたかったが、彼女の父親だというから、そうも言えない。

「行かないなんて、言ってないだろう?」

私は立ち上がり、彼女を見つめた。

「どっちにしても死ぬなら、行くよ。そう言おうと思っていたんだ」

彼女の瞳が、綺麗に輝いたような気がした。吸い込まれるような瞳。彼女の瞳の中でなら、永遠に漂う事を厭わない。私はそんな事を考えていた。

「ついて来るなら、ついて来いよ。ただし、君を危険な目に合わせる事は絶対にしない。俺は一度命を失った身だ。怖いものなんか何もない。いや、ただ一つ、今怖い事があるとしたら・・」

「あると・・したら?」あやめが私を見つめる。

私は彼女の瞳を見つめ、おもむろに言った。

「君を守れない事、だよ」


『2』


早い相手には、早い乗り物。

私達二人は、あやめの父親が用意したステルス機に乗り込んだ。

このステルス機は、透明になれる他に、マッハの上のスピードが出る代物らしく、いまだ世間に公表されていない新型兵器との事だった。

「マッハの上って、単位はなんですか?」と私があやめの父親に尋ねたら、

あやめが変わりに答えた。

「マッパよ」

本当かどうかなんてどうでもよかった。

何度でも同じ台詞を口にして欲しい。そんな気分だった。

あやめも私も、迷彩服に身を包んだ。

迷彩服姿のあやめも可愛らしかった。一回り大きめのサイズを纏っているのか、それとも体に似合わずふくよかなバストのせいでそう見えているのか。

どちらにせよ、私の脳は、テロリストどころの騒ぎではなくなっていた。

あやめの父親は搭乗せず、新型ステルスに乗り込んだ人間は、私とあやめの二人きり。操縦するのは、新型ロボット。

機内は狭く、座席数もごくわずか。向かい合って座る私達は、お互いに外を見つめていた。

「雲が・・凄いスピードで流れていく」

そうあやめが呟いた。

「あぁ、そうだね。凄い早さで流れていく雲をみていると、まるでたくさんの時間を早回ししているみたいだ」

ふふふとあやめが笑う。

「そうね。たくさんの時間を一瞬にして旅しているみたい。地上に降りたら、どんな景色が広がっているんだろう」

「きっと」と私が言う。

「きっと世界が変わっていても、君のその無邪気な笑顔だけは永遠に続いていて、僕は世界なんかよりも、君の事を見ているんじゃないかなぁ」

「えっ!」キラキラと光る瞳が私を見つめる。私はゆっくりと窓の外から視線を移し、あやめの顔を見つめる。

「ごめん。僕は思った事を直ぐに口にしてしまう性格だから。本当、ごめんね」

「もぅ」と頬に空気をためるあやめ。まるでハムスターがひまわりの種を頬にたくさん含んだように、可愛らしい表情。

「ばかぁ」

ハッハッハッハと笑いあう二人。

本当は、世界中の誰もがきっと、世界なんてどうでもいいって思っているに違いない。

そう思った。

二人きりの時間を永遠に過ごしていたかったが、本当に早い飛行速度のせいで、直ぐに目的地に辿り着いてしまった。

「ツキマシタヨ・・」と操縦ロボット。操縦ロボットは、青い背広姿で、青い帽子。顔はあからさまにロボットで、簡単に説明すると、銀色の球体に大きなカメラのレンズのような目がついている。

「あぁ、有難う」と笑顔で返す私。

「さぁ、行きましょう」と右手を差し出すあやめの手を取り、私達は機体から降りていった。

「イッテラッシャイ・・」と後ろで操縦ロボットの声。

私達は、ローマへと降り立っていった。


「この町に、テロリストがいるんだね」

私はお洒落なスクーターを運転していた。後部では、あやめが私の腰に手を回している。

さわやかな風、青い空。遠い異国の地を眺めながら走る。

「そうよ」そう言ってあやめが続ける。

「しかし、この町の一体どこにテロリストがいるっていうんだ」

「わからないわ。わからない。一体どこを探せばいいっていうの」

取りあえず私達は、真実の口の前に立っていた。

サンタ・マリア・イン・コスメディン協会にあるその円形の石の彫刻を前に、私達は頬笑みあっていた。

「この口に手を入れると、偽りの心がある人間は、手を抜くときにその手首を切られたり、抜けなくなったりするという言い伝えがあるんだって」

「きゃぁ、怖いわ」

「ちょっと僕がやってみようか」

そう言って私は真実の口に手を入れた。

「あやめさんの事を、僕は大好きだ」

「きゃぁ、何言ってるの、ばかぁ」

「ふっふっふ」と笑う私。「んっ!?」私の表情が硬直する。

「どうしたの!?ねぇ!どうしたのよ!」

「いや、まさか・・・そんな!!」

「ちょっと!」あやめが血相を変え、真実の口に入れた私の右手を掴んだ。

「お願い!真実の口さんお願い!この人が私の事を大好きじゃなくたっていいの!どうだっていいの!私がこの人の事を大好きだから、そんな事はどうだっていいの!お願いだから手をちぎらないで!」

「あやめさん・・」と私は呟き、その実直な瞳を見つめた。

「としきさん!」その瞳からは涙があふれている。

私は、その涙に濡れた頬を見つめながら、ゆっくりと真実の口から右手を抜いた。

「ごめん・・まさか、こんなつもりじゃなかったんだ・・」

「もう!ばかぁ!!!」そう言ってあやめが私の頬を思いっきり平手で打ち、「知らない!もう知らない!」と言って背を向けて走り出した。

「ちょっと待って!あやめさん!」

私はあやめの後を必死で追いかける。晴天の下、たくさんの観光客を掻きわけ、全速力で彼女を追いかける私。逃げるあやめ。

「ハッハッハ!よく見つけたな。私を捕まえる為にやってきた馬鹿な男よ。何故お前の顔を知っているかって?そんな事、俺には朝飯前さ!」

と立ちはだかる男を勢いでぶん殴り、必死であやめを追い続ける私。

「待て!待ってくれあやめ!」

交差点を走り、お洒落な街中を走り抜ける。

すると、またさっきの男が私の前に立ちはだかった。

「いいのか!俺を捕まえなければこの世界は灰になってしまうんだぞ!ハッハッハ」

どうしてさっきぶん殴って倒した男が私の前に再び立ちはだかる事が出来たのか、そんな疑問なんてどうだってよかった。

だから、「うるせぇ馬鹿野郎」と言って飛び蹴りをかましてやって、再びあやめを追いかける私。

そうして私達は、トレヴィの泉の前に辿り着いていた。

ローマにあるもっとも巨大な人口の泉の前に立ち、私達は向き合っていた。

神殿のようなたたずまいの建物。その前に広がる泉。既に夜がやってきていた。

「あやめ・・」息を切らしながら、私はあやめを見つめる。あやめは静かに呼吸を繰り返しながら、私に言った。

「もう、あんな馬鹿な事、しないで」

私は何度も頷きながら、そして彼女を抱きしめた。

「絶対にしない。僕がこれから先、もしもあんな馬鹿な事をしたら」

「もしもしたら?」

「僕は、この泉の水を全て飲み込む事を誓う」

あやめは抱きしめた私の体からゆっくりと離れ、両手を掴みながら私を見つめた。

「そんな事をして、一体どうするの?」

私は小さく笑い、そして言った。

「この泉にコインを一枚、そうすると、もう一度ローマに戻ってこれるという言い伝えがあるらしい。二枚入れると、恋人と永遠に一緒にいられる。そんな泉の水を全て飲み込んで、僕自身が、言い伝えのある泉に変わるんだ」

私は再び彼女を抱きしめる。

「そしたら君に、コインを一枚口に入れてもらう。すると、君は再び僕の元に戻って来なくてはいけなくなる。君に二枚コインを入れてもらう。永遠に僕らは一緒にいられる事になる。僕は君なしでは生きていけない。それを君に証明するために、泉に姿を変えるんだ」

「ロマンチック・・」

私達は静かにキスをした。

行きかう車の音、きっと私達の姿を見て、冷やかす観光客の声。そんな音が耳に聞こえていたが、そんな全てが、私達を祝福する音のように聞こえていた。

「もう時間切れだ、私はローマを後にする。さぁ、明日までに私を捕まえられなければ、この世界は全部終わりになるぞ!ハッハッハ」

きっと近くで演劇でもしているんだろう。しかし、そんな見世物にも目をくれる時間なんてないくらいに、私達は永遠の夜を旅していた。


私達は泉へとコインを投げていた。

もちろん二枚。

「ねぇ、もう明日までにテロリストを捕まえなければ、世界が終ってしまうわ」

私は腕時計を見た。もう、今日が後数時間で終わりを迎えようとしている。

私は悔しがり、歯を噛みしめた。

「しかし、一体どこにいるんだそのテロリストは」

この広いローマで一人の男を探すなんて、待ち合わせでもしていない限り、無謀にも程がある。

まさかその男が観光でもしているのなら、偶然の確率もあがるのだろうが、明日世界を滅ぼそうとしているような男が、観光なんてのんきな真似をしている筈がない。それに相手は、冷酷無比な悪党だ。

あやめが一枚の写真をポケットから取り出した。

サングラスを掛け、まるで爬虫類のような顔つきをした男の顔写真。頭髪は短く逆立てていて、口元に、世界を飲み込んでしまいそうなほどの、不吉な笑みを浮かべている。

何処かで見たような男だ・・多分、以前にも写真で見たからそう思ってしまうんだろう。

その時、あやめの携帯電話が鳴った。あやめの父親からのようだ。

あやめが怪訝な表情で何度も頷き、やがて電話を切った。

「どうした?」私が尋ねる。

「なんか、お父さんが言うには、テロリストは私達に接触したみたい。よくわからないけど、話もしたって。変装もしていなかったみたい。だから、ちゃんと俺の写真を見せたのか?ってお父さん、テロリストに怒られたみたい」

「なんだって!?」

一体どこで?まさか・・あり得ない。そんな記憶はない・・いや・・待てよ・・もしかしたら・・・。

「そいつはよっぽどの嘘つきに違いない!まずいぞ、とても危険な男だ。僕たちを惑わそうとしているんだ。気にしてはいけない。時間を稼ごうとしているんだ」

「そうね、気をつけないと相手の思うつぼだわ」

私達はお互いに見つめあい、世界を救う為、無言で固く誓いあった。


ステルスに戻った私達を、操縦ロボットが出迎えてくれた。

「オカエリナサイ・・」

「あぁ、ただいま」そう言った直後だった。

「あぶない!」と声が聞こえたかと思うと、それまで不自然な動作をしていたロボットが、

凄い勢いで私の隣を横切り、背後にいるあやめの元へと向かっていく。

私は振り返る。

そこには、倒れたあやめを両手で受けとめるロボットの姿があった。

一体どういう事だ。そう思ったのも束の間、ロボットがあやめに向かって人間の声で言った。

「大丈夫か?」

あやめがうっすらと目を開き、答える。

「大丈夫・・ちょっと全速力で走りすぎたから、疲れてしまったみたい・・えっ!?」

と言って完全に目を見開くあやめ。

「その声・・まさか・・吉田くん?」

吉田くんと呼ばれたロボットは、左手であやめを抱えながら、右手で自分の帽子を取り去り、そして銀色の『仮面』を取り去った。

そこには、イケメンホストのような男の顔があらわれた。

「君の事が心配で、ロボットに変装してステルスに乗り込んだんだ。大丈夫かい?あやめ」

あやめがその瞳を見つめながら答える。

「まさか・・どうして・・吉田くん・・私の事を嫌いになって・・別の女に走ったんじゃなかったの?」

イケメンの吉田が小さく何度も首を振り、抱えているあやめに向かって呟いた。

「あれは全部嘘さ。別の女なんているわけがないだろう。田舎の母親の調子が悪くて、ああいうしかなかったんだ。でも、母親に恋人が出来て、彼が介護してくれるっていうから、こうして君のもとへ戻ってきたんだ」

私は二人を見つめていた。不吉な雲が空を覆う。雨でも降ってくれればいいのに。

そうすれば、不安でくしゃくしゃになった私の顔に、言い訳がたったのに・・・。


『3』


それからの私は、嫉妬に狂ってしまっていた。

もう、あんなイケメンに勝てるわけがない。そう思ったら何もかもが嫌になって、半狂乱といっても過言ではない状態。

向かいあって座る機内では、あまりにもあやめの事が好きすぎて直視が出来ず、ずっと俯いたまま。

「どうしたの?」と聞かれて、答える事も出来ず立ちあがり、「何処へ行くの?」と聞かれて自棄になり、「ウンコだよウンコ!ウンコに決まってんだろ!でっかいのだしてくんだよ!」といった始末。

そしてトイレに籠り、思う存分に泣いて、席に戻ってくるとあやめが「大丈夫?お腹いたいの?」と聞いてきたので、「当たり前だのクラッカーだよ馬鹿野郎!」と言って、「もしかしたらここで洩らしちゃうかもしれないからな!」と吐き捨てるほどの体たらく。

今ならパラシュートなしで、スカイダイビングが出来る。窓の外を見ながらそう思った。

次に到着したのは、インド。

「さぁ着いたぞ」と言った吉田の顔に、最早仮面はなく、「じゃあ行こうか」と言って先頭を歩く始末。あやめもその後に着いていく。

私は後に続きながら、「どうやってこの男を置き去りにしてやろうか」そんな事ばかり考えていた。

ガンジス川の側を通った時、あやめが言った。

「わぁ!みんなあの川で水浴びをしているわ!」

「本当だ、みんな気持良さそうに水浴びをしている。ちょっと行ってみようか」そう言って二人が川の方へ駆けよっていくのを見て、私は直ぐに閃いた。

この川で、あの男を溺れ死にさせてやればいいんだ。しかし、どうやって?あやめにも気がつかれないように実行しなくては。

そうしてきょろきょろしていた私は、一人のツルっ禿げの不気味な表情をした男に目をとめた。

彼のまわりには子供たちが集まっている。

「ねぇねぇ、今日もあれやってよ、ダロシムぅ」と言われたその裸の不気味な男は、次の瞬間、驚愕の技を披露した。

びょーんと腕が伸びたのだ!。それを見た瞬間、『これだ!』と私は思った。

私はダロシムと呼ばれた男のもとに駆けよっていき、彼を囲む子供達を蹴散らし、話しかけた。

「頼みがある。五千円やるから、遠くから手を伸ばし、あそこにいる男を川に突き落としてくれ。突き落とした後、しばらくあいつの顔を水中に抑え込み、息の根を止めてくれ」

ダロシムは首をかしげ、白目をむいたままなにも答えない。

「おい!言葉わかるんだろ?ほらわかったよ、一万円やる。それでいいだろ?それで服でも買え。裸なんて、みすぼらしいを通りこしてるぞ」

と私が言った刹那、みるみる顔が赤くなっていくダロシム。私は危険な匂いを感じ取り、後ずさりした。

どうやら彼を怒らせてしまったようだ。

「ヨガ!ヨガ!」という叫び声を上げるダロシム。

私は彼とバトルすることになってしまった。

「ヨガ・フレーフレー」炎が口から吐き出される。私は避ける。

次は私の番だ。「オガタ・拳」かわされる。

「ヨガ・ファイナー」さっきとは違い、炎が遠くまで飛んでくる。私の体に当たる。大やけど。

「パナソニック・センプウキ」と言ってクルクル回転しながらキックする私。

彼も大ダメージ。

そんな戦いがかなり続いた揚句、お互いにドローで試合は終了。

気がついたら吉田もあやめも姿が見えなくなっていて、私はとぼとぼとステルスに戻っていった。

「遅いぞ!何やってたんだ!」と吉田が迎える。

「心配していたのよ!一体何やっていたの?もうテロリストは違う国に逃げてしまったって、お父さんから連絡があったわ」

「あ、そう」

そうしてステルスに乗り込む三人。本当、世界なんてどうなっても構わない。

私は背中に負った大やけどを、帰路の途中に買ったTシャツで隠しながら、そう思った。

「you win」とプリントされたTシャツが、切なく風になびいていた。


次に寄ったのは、日本だった。

日本では、あやめが銭湯に入りたいと言ったので、私達は銭湯に入る事にした。

吉田は銭湯に入っていくと、サウナに入りたいと言い出した。

サウナはとても小さなボックスのようになっていて、殆ど一人用。今は吉田しか入っていない。

私はある事を閃いた。

『吉田をサウナでのぼせ死にさせる方法はないだろうか・・』

すると、近くにお相撲さんの姿が見えた。そのお相撲さんは、顔に歌舞伎のような模様を描いていて、ちょっと変わったお相撲さんだったが、私は臆する事なく話しかけた。

「あの男、今サウナに入っていった男。あの男が外に出れないように、入口をふさいでくれないか?そのでかい体なら出来るだろ?なぁ、五千円やるから」

そう言った瞬間、手がちぎれてみえる程の張り手!私は避けきれず、数発くらった。

そこからバトル開始。

まぁ、戦闘内容は省略する。銭湯だけに。


戦いが終わり、銭湯の外に出て行った私は、待っていた二人の前で、泣き崩れた。

「おい!なんでお相撲さんと戦っていたんだ!」と吉田。

「わかりません」とぐずぐず泣く私。

「一体どうしたの?としきくん。なんかおかしいわよ」

「本当、誰か助けてください」

私は満身創痍の瞳で二人を見上げる。

「もう、あやめの事が好きで好きでたまらなくて。どうしようも出来ないんだ僕は。頼む、頼むからもう僕一人で行かせてくれ。君たち二人とは一緒に旅は出来ない。ここでさようならさせてもらう」

そう言って私はゆっくりと立ちあがった。

「としきくん!」そう呼んだあやめの声に振り向かず、私は歩き続けた。

「あなた一人でどうしようって言うの!?どうやってテロリストを捕まえに行こうっていうの!?ステルスの操縦も出来ないでしょう?もう、あと数時間しか残されていないのよ!」

「出来るよ!」と背中を見せながら私は言った。

「出来る」そう言って振り向き、あやめを見つめた。

「愛の為なら、なんだって出来るんだ」そう言って駆けだす私。

「ちょっと待って!」そう声が聞こえたが、もう誰も私の足を止める事は出来なかった。


『4』


ステルスに戻った私は、操縦席に乗り込んだ。

操縦席に座ったはいいが、矢張りどう動かしたらいいかわからない。

どうしよう・・どうしよう・・と考えあぐねた結果、「発進!!」と叫んでみた。

そしたら飛んだ。『人生はコメディだ』そう言った映画があったような気がしたが、人生はそれを超越している。

私は喜んだ。

それからあやめの父親に電話を掛けた。

「もしもし、そう、うん、そう、一人になっちゃった。うん、大丈夫、心配ない。あっ、そうなんだ。そこにいるんだ。わかった、行ってみる」

そろそろ作者自身、この作品を書き飽きてきたに違いない。としきは何度も頷いて、理解した。

そしてエアーズロックに辿り着いた頃、もう辺りを闇が包み込んでいた。

夜のエアーズロックは真っ暗。とにかく雄大な景色はなにも見えず、自分自身の姿すら危うい。私は世界の中心を漂う、姿形のない意識に化しているような、そんな錯覚に陥った。

懐中電灯を照らしてみる。岸壁をぼんやりと照らしながら移動する光。

「ここが世界の中心ってやつだ」と男の声がして振り返る。懐中電灯の明かりがその男の顔を照らす。

「うぉっ!眩しい!」と叫ばれて、「すいません」と慌てて光を岸壁の方へと移した。

刹那!私の頭にテロリストの顔が浮かび、「まさか!」と言って再び男の顔を照らす。

そこには不気味な爬虫類のような顔のテロリストが立っていた。

「そうだよ、俺だよ。眩しいからちょっとやめてくんないか?」

私は興奮していた。ついにテロリストを発見した。逃がしてたまるものか!

懐中電灯の光を当て続ける。

「やめろ!眩しいんだ!」

「サングラスを掛けているのにか!?」

「こいつはサングラスじゃない!極薄いべっ甲飴なんだ!」

「なんだって!?気持わりぃ野郎だなぁ!」

そう言って調子に乗り、懐中電灯をテロリストの顔に当て続ける私。

「うっ!うわぁ眩しいぃぃぃ」と言って後ずさりしていくテロリスト。

このまま崖から落としてやる。そうだ、そうしてやる。憎きテロリスト。お前のせいで、私は恋の痛みを味わう羽目になった。こんな身を引き裂かれるような気持になったのも、お前が爆弾なんて爆発させようとしなければ。

「やめて!」と女性の声。聞き覚えのある声に振りかえると、そこにはあやめの姿。

「落としてしまったら、世界が終ってしまう!」

そう言ってテロリストの方に向かっていき、崖とは反対側にテロリストを突き飛ばした。

尻もちをつくテロリスト。すると思いもがけない事が起こった。

突き飛ばした反動で、あやめが崖から落ちていったのだ。

私は反射的に、落ちていくあやめの右手を掴んだ。

私の右手を握り、ぶら下がるあやめ。私は叫んだ。

「どうしてここに!?」

そして、どうして暗闇の中であやめの姿がはっきり見えたのか。それは、テロリストが有難い事に、懐中電灯を照らしてくれていたからだ。

本当、有難う。ばっちり、見えるよ。

「ステルスが動き出したのを見て、私、翼にしがみついたの。そしてここに来た」

すげぇ腕力だ。流石、私が惚れた女。

「吉田は?吉田はどうした?」

「あんな人、どうだっていいのよ!」とあやめ。泣きながら続ける。

「あの人、お母さんの調子が悪かったなんて嘘。私、知ってる。だってあの人のお母さん、私とずっとルームシェアしていたんだもの。ずっとぴんぴんしてた」

そうだったのか・・ルームシェアしていたのか・・流石だな。

「うっ」私の右手に痛みが走った。引き上げるだけの力がない。インドで手の伸びる変人と戦ったり、銭湯で相撲取りと戦ったせいだ。

絶体絶命とはこの事。

「ねぇ、としきっ」

「なんだい?」

「もう、その手を離して」

私は精いっぱいの声で叫んだ。

「出来るわけないだろう!そんな事、絶対に出来るわけがない!例え、この世界がなくなってしまったとしても、この手だけは離さない!」

「ハッハッハ!この世界がなくなったら、その手は離れてしまうに決まっているだろう!冗談もほどほどにしろ!ハッハッハ!」

「うるせぇ!」私は、喉元が裂けてしまうのではないかと思うくらいに叫んだ。

「愛はなぁ、愛は、この世界があるから存在するんじゃないんだ。愛はなぁ、愛は、この世界なんてなくてもちゃんと存在するんだ。いいかよく聞け、例えこの身が引き裂かれてもな、木端微塵になってもな、意識だけは、愛の意識だけはずっとここにあるんだ。俺はずっと彼女の手を握ったまま、離さないでいる。彼女もずっと、俺の手を握ったままにここにいる」

「としきっ」

「だから絶対諦めるな!」私はあやめの手を握った手に、力を込めた。

「わたし!わたし!」とあやめが言った。その澄んだ瞳が輝いている。こんなに綺麗な瞳は見たことがない。まるでそこに宇宙が広がっているよう。そこに新たな星を見つけ、二人一緒に暮らせたら。

私は精いっぱいに微笑んだ。

「わたし、ずっととしきの手を離さない。それを誓うわ。だけど、このままじゃとしきの手がちぎれちゃう。そんなの私、絶対に嫌!」

そう言ったあやめは、握った手に力を込めた。そして、もう一方の手を私の肩へと伸ばし、力一杯に這い上がってくる。

「私、あなたが辛いのなんて、絶対に嫌!」

全ての力を使って、這い上がるあやめ。遂には崖から地上へと上がってきた。

「あやめ!」そう言って抱きしめる私。あやめの涙で濡れた頬が、私の頬にあたる。

「としきっ!」

世界の終りまで、残り十秒。だが、そんな事、どうだってよかった。

二人でいられれば、そんな事はどうでもいい。愛は、決して滅びる事はない。例え、地球が滅んだとしても。

「ちきしょう!感動したぜ!もう、世界滅亡なんてやめた。爆発なんか止めてやる」

テロリストの声が聞こえたような気がしたが、それよりも私達は、キスをした。

「ちきしょう!さようなら!」

そう言って、崖から飛び降りていったテロリストがちょっとだけ見えたが、

それより私達は、キスをした。


暗闇の中、私達二人は、世界が救われた事に気がついていた。

「世界が、終わらなかったみたい・・」とあやめ。

「そうだね、終わらなかったね」

「ねぇ、としき」

エアーズロックに陽が昇る。何度も何度もこの地球で繰り返されてきた光景。

「なんだい?」私は、昇る朝日に目を細めた。

「どれくらい、この地球は続いていくんだろうね」

私はあやめを見た。真っ白に透き通るような肌。吸い込まれるくらいに愛おしい瞳。

私は、目の前のミューズに小さく答えた。

「そんな事より、君が好きだよ」


忘れていた、いや、

忘れたくて閉じ込めていた季節からの、

切なくて、それでいて何故か微笑ましい、

君が唄うララバイ。

どうしたらよかったんだろう。どうしたらよかったんだろう。

終わらないと思っていた。何処までも一緒だと思っていた。

本当だよ、嘘じゃない。

なにも言葉なんていらないだろう?なにも言葉なんて思いつかないんだ。

相変わらずを送っているよ。

どうしようもない人間だって、気づいていたんだろう?

そうだよ、どうしようもない人間だから、

どうしようもない

人間だから。


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