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魔女裁判  作者: 坂下京
君に贈るプレリュード
2/2

君に贈るプレリュード Ⅱ

 しばらく走らせていると例の焼肉屋に辿りついた。自転車を停め、店内に入ると杏里がボックス席からこちらを睨みつけていた。案内をしようとする店員に待ち合わせだと言い、席に行き、杏里の隣に座る。

「いやー、ドン引きだわ」

 開口一番がそれかよ。

 やはり沢口の趣味がわからない。

「なにしてたの」

「寝てた」

 杏里は大きなため息をつく。

 仕方ないだろ。疲れてるんだよ。そんな言葉を飲み込む。

「杏里は何してたんだよ」

「わたし? 友達と回転寿司」

「回転寿司食べてから焼肉かよ。色気もくそもねえな」

 僕のみぞおちにいい感じに杏里の肘がクリーンヒットする。

「まあまあ今日は喧嘩無しで楽しもうじゃないか」

 父さんがメニューを差し出してくる。

「じゃ、すみませーん!」

「ちょっと僕まだ見てないんだけど」

「オーダーお願いしまーす!」

 無視かよ。

 杏里が呼びつけるとすぐに店員が来た。

「特上カルビ4、上ロース4」

 杏里が淡々と注文をしていく。

「上タン3とビビンバ」

 僕も対抗するようにオーダーをする。

 今日は値段を気にせず食べていいとのことである。ちなみに父さんは少し悲しそうな顔をしながらライス小を頼んだ。

 それから杏里と肉の奪い合いをしながら1時間ほど焼肉屋で過ごした。

 会計の時の父親の顔は忘れられない。

 店を出ると父さんはまだ仕事があると言ってそのまま車で職場に向かってしまった。

 つまり僕らは自力で帰りたまえということだ。

「千里、後ろ乗っけて」

 杏里がもう既に自転車の荷台に乗ったまま言う。

 僕は鍵を自転車に差し、一度杏里に降りてもらってスタンドを上げる。

 自転車にまたがり杏里も後ろに座る。僕は重いペダルに足をかけ、足に力を入れる。しばらく安定しなかったが、ある程度漕ぐと安定してきた。

「ねえ千里」

 背中から声がする。ミントのガムの香りが舞う。

「好きな人とか、いないの?」

「はぁ?」

 突然の質問に変な声をだしてしまう。

「いるかいないか聞いてるの」

「……いないよ」

 我ながら実に寂しい回答である。

「恋に恋したり、しないの?」

「どういうこと?」

 僕の言葉に杏里は笑いをこらえるような声で「なんでもない」と言った。ミントが空に舞う。

「千里は変わらないなぁ」

 彼女はクスクスと笑う。何がおかしいのかよくわからない。

 それからひとつ息を吐いて、背中越しに小さな声で言った。

「……私は変わっちゃったなぁ」

「え?」

 言葉の意味を理解できなかった僕は、振り返ろうとして自転車がふらついて足をついてしまう。

「ちょっと、安全運転してよね」

 荷台から降りた杏里が笑う。

 僕がもう一度漕ごうとすると、杏里はもういいよと言い歩き始めた。僕だけ漕ぐわけにもいかないので、その隣を自転車を押しながら歩く。

「ねえ、さっきのってどういう……」

「あぁ」

 僕が訊くと彼女はふふっと笑って言葉を続けた。

「たいしたことじゃないよ。私は、千里が思ってるほどいい人じゃないってこと」

「は? いや、別にいい人とは思ってないよ……って、ちょっ、やめろよっ!」

 杏里はガラ空きの僕の脇をくすぐった。自転車も僕もふらふらと、まるで酔っ払いのように千鳥足を踏む。乾いた夜の街に二人の笑い声が響いた。

 しばらくして杏里も気がすんだのか大人しく隣を歩き始めた。そしてまた言葉を紡ぐ。

「明日で卒業ね」

「うん」

「別れ惜しい?」

「いや、残念ながらそれほど」

「私も」

 杏里はふっと笑ってみせる。

 意外だった。こいつも女の子だ。ワンワン泣いて別れを惜しむのかと思っていた。

「いや、惜しくないって言ったら嘘なのかもね。ただ、実感がないんだと思う」

 杏里は夜空を仰ぐ。僕も視線を追う。黒の半球に小さな光が散りばめられていた。

「きっと、あっちに行って、やっと寂しくなるんだろうなぁ」

 杏里の髪が風に踊る。

「あっちといえばさ、みんな元気かな」

「みんな?」

 彼女は宙に向けていた顔をぐっとこちらに向けた。僕も地上に視線を戻す。

「みんなはみんなよ。神奈(かんな)とか小夜(さよ)とか深夜(みよ)とか」

「あぁ、そういえば」

 僕は記憶の糸を手繰る。

 僕たちは幼少の頃、小学校に上がるまで御鷹の母方の祖母の家に預けられていたのだ。母は僕らが生まれてすぐに亡くなってしまい、医者になりたての父と双子の姉弟だけが残された。当時、男性の育児休暇というのもあまり浸透しておらず、かといって二人の子供を養うためにも仕事を辞めるわけにはいかない父に、祖母が僕らが小学生までの一番面倒くさい時期の世話を申し出たのだそうだ。父も仕事のない日はなるべく御鷹に来ていたようで、僕らもそれなりに父との記憶がある。

 そんなこんなで僕らは6年間御鷹村に住んでいたことになる。といっても実際に記憶にあるのは2,3年だが。その時よく一緒に遊んでいたやつらがいた。杏里の言った3人以外にもまだいたはずだ。

 ざっくりと思い出したところで杏里が再び口を開く。

「でも、みんな村にはもういないかなぁ」

「え?」

「だって辺鄙なところじゃない。だいたいの子は街に出るでしょ」

「あぁ……」

 僕は杏里の言葉に納得する。この学歴社会に生きている人間なら、家を継ぐなどでは無い限り街の少しでも偏差値の高い学校に行こうという考えを持つのは当然だ。僕たちのように田舎の定員割れの学校にわざわざ行く方が珍しいだろう。

「まぁ、まるごと引っ越すわけじゃないんだから、春休みは会えるだろ」

「それもそうね」

 それからしばらく沈黙が続いた。坂にさしかかったのだ。僕と杏里は押しながら黙々と坂を上る。上りなれた坂だが、やはり自転車での上り坂は何度上ってもきついものがある。

 転がり落ちたら危ないくらいの所まで上った時、不意に杏里が口を開いた。

「千里は、もし明日世界が終わるなら、何をする?」

「はぁ? 今度はなんだよ」

「振り向かないで」

 僕の言葉に杏里は後ろから強く自転車を押す。

「で、明日世界が終わるなら、あなたはどうする?」

「なんだよ、心理テストか?」

 そんなものが流行っているのは聞いたことが無い。

「そんなとこかな。私の中で流行ってるの」

「なんだよそれ」

「いいから、答えてよ」

 声色から真剣さを感じ取れた。

 僕は少し考えてから言葉を紡いでいく。

「どうもしないと思うよ。終わってしまう世界に僕はきっと何もできない。それに自分自身が犯罪を犯しても、人を愛しても、この世界そのものが終わってしまうなら、何をしても意味はないんじゃないかな」

 自分でも意外なほど真面目な回答だ。僕にこんな答えを口にさせるほど杏里の声は本気だったのだ。

「へぇー、意外と真面目な答えを準備してるのね」

 さっきとは別人のような明るい声に耳を疑う。

「……、じゃあ、杏里は?」

「そんなの言うわけないじゃない」

 杏里はケラケラと笑う。どうやらからかわれたらしい。あれは演技だったのか。真面目に答えて損をした気分だ。

 そうこうしているうちに坂を上り終えた。目の前に星と家屋から漏れる少しの光が広がる。

 僕らは再び並んで歩き始める。カラカラと回る車輪の音が妙に心地いい。

 不意に藍の空に一筋の光が走る。流れ星だ。どうやら杏里は気づいていないらしく世間話を続けている。

 見つけたものの、特に願い事も思いつかないので、僕は消えていく光をただぼんやりと眺めていた。

 そうしていると家に着いた。

 電気を点けファンヒーターのスイッチを押すとふたりともこたつに潜り込み、いつものように風呂をどっちが洗うか揉めた。激論の末、じゃんけんに負けた杏里が文句を言いながら風呂を洗いに行った。

 僕は携帯を開きメールを確認する。沢口と芳野だ。ふたりとも委員長から明日の打ち上げの連絡メールを回してくれたらしい。

 芳野と沢口に返信をし、風呂が沸いて杏里の入浴が終わるまでこたつでぬくぬくしながら、今まで見てもいなかったドラマを見ていたつもりだったのだが、知らないうちに眠りこけていた。ドラマが終わった頃に目を覚まし、妙にスッキリした気分で風呂に入り、いつもよりは早めに布団に潜った。

 だが、こう本格的に寝ようとするとなぜか寝られないもので、なかなか眠気は訪れない。とりあえず羊を数えてみることにしよう。羊が一匹……羊?羊ってイメージしにくいな。犬、いや、猫か。いやいや、ここはあえてウサギかな。

 ……と、こんなことを暗闇で考えているとすぐに眠気はやってきた。ゴキブリまで考えを巡らせたところで記憶は途切れた。

 

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