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魔女裁判  作者: 坂下京
君に贈るプレリュード
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君に贈るプレリュード Ⅰ

 桜のつぼみも膨らむ喜びの春、明日をもって僕は晴れて中学を卒業する。

 クラスでのお別れ会的なアレを終え、僕は明日で最後となる帰路に着いていた。涙のお別れ会だったわけだが、そこまでクラスに思い入れがあったかというと微妙なところである。喋ったことのない女子もいるし、苦手な奴だっている。いつもつるんでいる友人との別れも惜しいが、最近のテクノロジーの進歩で会おうと思えばいつでも会えるし、いつでも声も聞ける。女子なんていつもメールをしているだろうにあそこまで泣きながらスピーチをするのがよくわからない。いつも陰口を叩き合っている女子たちはああいう時だけ妙な団結力を見せる。やはりわからない生き物だ。

「千里、お前入試どうだった?」

 隣を歩いていた沢口が不意に口を開いた。

 僕たちは三日前に公立高校の入試を終えている。

「どうって、あそこ落ちる奴なんていないだろ。定員割れだぜ」

「ああ、それもそうだったな」

「で、お前はどうだったの」

「俺? 俺も気分はバッチリだよ。まあ、いざとなれば俺にはバスケがあるからな」

 沢口はカラカラと笑う。

沢口は地元の商業高校、僕は県内のとある山奥の普通科高校だ。高校に上がるときに父の仕事の都合で母の故郷の御鷹村という農村に引っ越すことになったため、そちらの高校を受けたのだ。何度か行ったことはあるのだが、良く言えば自然豊かで落ち着いた場所、悪く言えば何もない田舎である。

 沢口と面接がどうだの本試験がどうだのと話していると、不意に沢口が立ち止り、ゆっくり口を開いた。

「ところで……さ、なあ千里。あの、俺さ、俺……あ、真面目に聞いてくれよ?」

「なんだよ。わかったから早く言えよ」

 沢口はあたりを見回し、再び口を開く。

「俺さ……明日、卒業式の後に、告白しようと思うんだ」

「え、お、おう……意外とロマンチストなんだな。で、誰に?」

「えっ、あー……本人に、言うなよ?」

「本人って僕の女子の交友関係は狭いから大丈夫だよ。誰だろうが応援するぜ」

 我ながらなかなか寂しい発言である。

「絶対だぞ?」

「うん。任せてくれ」

「……さんだ」

「うん? 誰って?」

「森口……杏里さん」

「うん……は? 杏里?」

 沢口の恋バナなど軽く流そうとしていた僕だったが、その名前に思わず立ち止まる。

 森口杏里、彼女は僕の狭い女子の交友関係の中の一人だ。いや、交友関係どころではない。血縁関係だ。というかぶっちゃけ双子の姉だ。身内だ。

「で、あのさ、千里さ、弟だろ? 杏里さん好きな人とか、いや、もはや彼氏とか……いたりするのかなっていう……」

「いやー、そういう話は聞かないな。まあ、とりあえず彼氏はいないと思うけど」

「おお!」

 沢口の目に輝きが宿る。姉弟の僕からすれば杏里の何に心惹かれたのかはよくわからないが、がんばれ沢口。いけいけ、沢口。ゴーゴー、沢口。

 それから、告白に成功したわけでもないのに、やたら嬉しそうに杏里への思いを語る沢口に適当に相槌を打つちながら最後の通学路を歩いた。

 やがて沢口と別れる交差点にたどりついた。僕は右に、沢口はまっすぐだ。

「――それじゃ、千里、吉報を待っていてくれ! また明日な!」

 沢口は早く明日にならないかなと鼻歌を歌いながら僕に手を振ってスキップで帰って行った。もう一度言うが、彼はまだ告白していない。

 僕は急ぐ用も無いのでゆっくり歩く。吐く息はまだ白い。

 あと2回しか踏まない通学路の坂道を黙々と上る。

 帰ったら噂の杏里さんに少し沢口の話を振ってみよう。沢口と杏里が話しているところはあまり見たことがないが、まさか知らないということはないだろう。

 などとどうでもいいことを考えながら慣れた坂を上り終えると、もう自宅は目の前だった。あったかハイムを待ちわびていたしもやけの手がすぐにドアノブに伸びる。ノブを回しドアを開けようとすると、まだ鍵がかかっていた。父がいないのは想定内だったが杏里がまだなのは考えていなかった。でもよく考えれば今日は卒業式前日。杏里も女子だ。しかも彼女も山奥に引っ越すのだ。友人との別れを惜しんでいるのかもしれない。

 ポケットに手を突っ込み家の鍵を探る。お菓子の包み紙などにぶつかりながら鍵を取り出しドアを開ける。靴を脱ぎ、家に上がると外より寒いんじゃないかと思うほど冷えていた。リビングに行き、電気を点け、ファンヒーターのスイッチを押す。そしてこたつに転がり込む。しもやけがかゆい。

 それからこたつでみかんを剥きながらドラマの再放送をみていたのだが、途中で寝てしまっていた。

 何時間寝ていたのかはわからないが、熱さにこたつから這い出ていた時だった。無機質な電話の着信音が僕の鼓膜を震わせた。これは携帯電話だ。相変わらず素っ気ない着信音ね、という声が聞こえないあたり杏里はまだ帰っていないらしい。

 携帯電話のディスプレイを見ると噂の杏里さんだった。

「もしもし……」

 寝起き丸出しの声で電話に出る。

「え? 千里、今何してるの?」

「え? いや、家でまったりと……」

「え?」

「え?」

 しばらく沈黙が流れる。

「その様子じゃ、忘れてるね。今日、家族で卒業祝いするから外食って言ってたじゃない」

「あ……」

 そういえば昨晩そんなことを言っていた。卒業式当日はクラスの打ち上げ的なアレがあるだろうから、先に前日に家族でお祝いをしておこうと。父さんが仕事帰りになるから6時に駅前の焼肉屋に現地集合だと。

「もう父さんも私もお店の前で待ってるから。今すぐ準備して」

「あーはいはい。10分で行くよ」

「はーい」

 その言葉で電話は切られた。

 制服で寝ていた僕は普段着に着替え、顔を洗い、コートを羽織る。ヒーターとこたつの電源も落とし、靴を履く。外に出るともう夕闇が街を包んでいた。玄関に鍵を掛け、ドアを引いて閉まったのを確認する。

 自転車にまたがり、ペダルに足を掛ける。もう走りなれた坂を下る。まだ冷たい冬の風が頬を撫でてゆく。

 背中にはもう夜の藍が広がっている。目の前にはまだ茜色が残っていた。


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