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宿屋を探して

お気に入りさらにどうもです!




 私は何か地雷を踏んでしまったんだろうか。

 先ほどの自分の言動を思い返してみるものの、まあ怪しいといえば怪しいがそれほど不快に思わせる要素はなかったように思える。まあそれはあくまで私個人で思い当たる節がないだけで、この男にとってみれば違うのだろうが。

 ちらりと男の顔を見上げれば、その強面にますます皺が刻まれている。


「……あの」


 何も言わない彼につい堪らず声をかけてみた。

 そこでやっと私を視界に入れた男はあからさまに大きな溜息をつく。


「あんた、冒険者か」

「え? ああ、はい、多分そうなるかと」

「地図は持ち歩いていないのか。ここは村外れの場所だぞ」


 いえその、非常に言い難いのですが、残念なことに持ち歩いてないんですよ、地図。


「あんたの言う宿屋がある村は、あっちだ」


 男が指を差した方向を見やると、確かに、あちらの方がここよりもさらに明るそうだ。

 ようやっと村を見つけたのだという安堵でさらに頬が緩む。

 早速駆け出そうとしたところでがっしりと肩を掴まれた。


「おい、ランタンはどうした」

「え」

「冒険者にとっては必需品だろうが」

「……持ち合わせていなかったり、しまして、その」


 呆れたような視線が刺さる。


「あんた……本当に冒険者か?」

「か、駆け出しの……ですが」


 だと思いたい。というかこの世界に来たばかりで冒険者も何もないのだが、まあそれをこの男に言ったところで信じてもらえないだろう。

 これから何を言われるのだろうかと考えると嫌な意味でのドキドキが止まらない。

 さらに眉間に刻まれる皺の数が増えている男をじっと見つめた。


「……アキノ、だったか」


 肩を掴んでいた手を離された。


「ついてこい」


 ぶっきら棒に告げた男が私の横を通り過ぎ、前を歩く。

 先ほどの面倒くさそうな態度とは打って変わった親切な行動に不思議に思ってじっと見つめると、目が合った。


「宿屋に行きたいって言ったのはあんただろうが」

「いや、その、行きたいって言ったのは言ったんですけど……いいんですか?」

「ここで別れて、あんたの身に何かあった方が夢見が悪いんだよ」

「……ありがとうございます」


 案外親切な人なのかもしれない。

 気を取り直して男の大きな背中を追いかけた。


「すみません、よろしければお名前をお聞きしても……」

「レオルドだ」

「じゃあ、レオルドさん」


「レオルドでいい。あとその喋り方やめろ、虫唾が走る」


 なるべく丁寧な言葉遣いをと心掛けていた私の努力は無駄だったらしい。

 それなりに気を使っていたというのにあんまりだ。

 しゅんと肩を落としていると、彼はがしがしと自分の頭を掻き乱した。


「……俺は貴族様でも騎士様でもねえ、ただの村人だ。変に気を使われる方が嫌なんだよ」


 そういうものなんだろうか。

 まあ本人がいいと言っているのだからここはお言葉に甘えておくとしよう。


「………」


 とは言ったものの、さて、何を話せばよいのやら。

 ちらりと隣にいるレオルドを盗み見た。


 鍛え抜かれた巨躯はおよそ二メートルほどの背丈だろうか。

 彼の持つランタンに照らされた短い髪は燈色に染まっているが、日の下で見ればきっと違う色をしているのだろう。

 無駄のない筋肉、精悍な顔つき、無精髭も相俟ってワイルドな印象を受ける。しかし下品な感じは全くなく、それどころか洗練された気の引き締まるような空気を漂わせている。今更だが素敵なおじさまに出会えたことに感謝したい。


「なんだ、俺の顔に何かついてるか」

「いや、普通にかっこいいなあ、と」


 ぎょっとした顔をされた。別段おかしなことを言ったつもりはないんだが。


「……そうか」


 驚きはされたものの照れた様子はない。

 これはもしかしなくともお世辞だと思われているんだろう。本当のことを言ったまでなのに、信じてもらえないらしい。まあ、あえてここで向きになることでもないのでそれ以上は言わないのだが。

 正直なところ照れてくれさえすればからかい甲斐もあったというのに。ノリの悪い人だ。


 それから何度か会話をしたはいいものの、話しかけるのは私ばかりでレオルドは適当に相槌を打っているようなそんな印象を受けた。薄々わかっていたのだが、この人にとって私はただの面倒事なんだろうな。そう実感して心が痛まないというほど私は強くない。

 無視されないだけマシだと思い直して、めげずに何度も話しかけた。


「ついたぞ」


 話すことに夢中になっていたらあっという間に目的地に着いたらしい。

 最初に出会った人だからなのだろうか、いざ別れると思ったら何だか寂しいような気がしなくもない。


「宿屋はこのまま真っ直ぐ進んだところにある。看板も出てるからすぐにわかるはずだ」


 レオルドが踵を返した。

 とっさに手を伸ばそうとしたが、すぐに引っ込める。

 人が恋しいとは言ってもここまで案内してもらっただけ感謝するべきだ。これ以上彼に迷惑をかけるわけにもいかないだろう。


「ありがとう、レオルド」


 そのまま彼は振り返らず村へと続いていた道を引き返していった。


「……さてと」


 彼の姿が見えなくなるまで見送った後、私は改めて村を見回した。

 ここが初めての村か。

 宿屋の場所は聞いたが、本当のことを言うと今の私は無一文だ。このまま宿屋のところへ行ったって金がない私は追い払われるのがオチだろう。


 さあ、どうやって金を稼ごうか。

 ここがゲームのような世界ならば魔物からドロップしたものを店売りして稼ぐのがセオリーだろう。

 しかしそれがこの世界でも通用するものかどうか。

 悩んでみたものの、それ以外に方法は思い浮かばない。金を稼げるような特技のひとつでもあればよかったのだが、生憎と私は持ち合わせていない。

 考えていても仕方がないだろう。駄目だったら駄目でそのときだ。

 レオルドに教えてもらった宿屋を目指しながら適当な店を探す。ところどころ目に入る看板からわかったことだが、どうやらこの世界の文字はちゃんと読めるらしい。そのことにほっとしながらも、目当ての店を見つけた。


「すみません」


 カウンター越しに声をかけると、店の人がにこやかな笑みで出てきた。


「はいよ。お、嬢ちゃん冒険者だね。冒険者がこんな何にもない村にわざわざ来るなんて珍しいことだな」

「そうなんですか?」

「まあこの村は本当、森に囲まれてるだけで何にもないからね。おまけにこの近くには【キマイラ】も出るし、余所者は滅多に寄り付かないね」

「キマイラ?」

「獅子の頭に山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持った凶暴な魔物だよ。嬢ちゃんだって冒険者だ。聞いたことぐらいあるだろ?」


 空想上の生き物としてなら聞いたことはある。あとはゲームか。

 この人の話を聞いている限りかなり強いらしい。ということはボスモンスターとかそういう感じだろうか。

 ぼんやりと考え込んでいると店の人が不思議そうに見つめているのに気づく。あまり変な言動をして怪しまれるわけにもいかない。取り繕うように笑みを浮かべれば、相手も釣られるように笑みを返してくれた。


「何か買っていくかい?」

「えっと、そのことなんですけど……アイテムの買取とかってできますか?」

「なんだ嬢ちゃん、無一文なのかい」

「……お恥ずかしい限りです」


 何とも言えない申し訳なさに視線を落とす。

 そんな私に気を使ってなのか、それとも本題に入りたかったのか「それで、買い取って欲しいのはどれだい?」と彼はカウンターから身を乗り出した。

 私はすぐさまアイテムインベントリを開いて売ろうと思っていた品物を取り出す。


「【ウォルフの毛皮】と【鋭い羽根】か……丁度いいな。あんた、俺の依頼を引き受けてくれよ」

「へ?」


 依頼ってことは、クエストだろうか。


「なんだあんた、知らないって顔して……ははーん、さてはあんた駆け出し冒険者だな」

「え、ああ、そうです」

「そうかそうか。だからこんな辺鄙なところに来たんだな」


 よくわからない間に納得されてしまったが否定するのも面倒だ。

 とりあえずは駆け出し冒険者として通しておこう。


「毛皮と羽根がそれぞれ十ずつ必要でな」


 耳元で電子音が聞こえたと思えば、どうやらこの人の依頼を引き受けたことになったらしい。

 拾っててよかったドロップアイテム。

 早速アイテムインベントリから必要な数を取り出して彼に手渡すと、先ほどとは違う電子音が聞こえた。これで依頼を達成したということなのだろうか。

 報酬としてお金を受け取ればそれらは勝手に収納される。開いたままのアイテムインベントリを確認すると下の枠に所持金と思わしき数字が並んでいた。財布要らずとはこれまた便利だ。


「早いな、嬢ちゃん。この調子で立派な冒険者になってくれよ」


 満足そうな笑みを浮かべている。

 なるほど、クエストはこんな風に引き受けて報告して報酬を受け取れば達成したということになるのか。


「あ、でも、まだいっぱいあるんですけど……」


 アイテムインベントリにまだたくさん残っている毛皮と羽根を取り出すと店の人は慌てた。


「ちょ、あんたそんなに大量のものどこから取り出してんだ? というか困るよ、毛皮や羽根はもうさっきの依頼でもらった量で十分だ。何か他にはないのかい?」


 どうやらゲームとは少し違うらしい。

 こういうものはいくらでも買い取ってくれるものなんだが、やはりそこは厳しい現実だ。需要がないのであれば買い取ってはくれないらしい。

 他にないかと言われても、あとはナイトベアからドロップした武器ぐらいしか。

 アイテムインベントリからそれを取り出すとまたもや慌てられた。


「あんたそれレアドロップの武器じゃねえか。そんなもんうちのお金で払いきれるわけないだろう」

「でもあとはこれぐらいしか売るものが……」

「あー。あんた、それなら街に行った方がよっぽどいいぞ。街で売った方が高く買い取ってくれるし、数も多ければ多いほどいい。武器だってこれほどのレアものだから相当高値で買いたいと言ってくれるだろうさ」

「そうなんですか?」

「……あんた、駆け出し冒険者だけでなく、よっぽどの田舎から出てきたのか?」


 呆れたような視線に曖昧に笑っていると彼は溜息をついた。

 どうやらこの武器は私が思っているよりずっと価値のあるものらしい。金を稼ぐなら街の方がいいのか。この店の人なんだかんだで色々教えてくれる親切な人だな。

 まあいいか。先ほど受け取った報酬のおかげで懐は思いの外潤った。


「ここって雑貨屋なんですよね」

「看板にもそう書いてあるはずだが?」

「じゃあ地図とランタン、補充用の油が欲しいんですけど」

「……あんた冒険者だっていうのに、持ってないのかい」


 持ってないから買うしかないんだよ、おやっさん。


「まあ駆け出しっつってたしな……ほらよ、まいどあり」

「あはは……」


 普通に会計を済ませられたが、どうやらこの世界の金銭感覚もわかるらしい。

 考えているものの案外自分は考えなしなんだろうか。

 あとから金銭感覚がわからない、なんてことになったら駆け出しだからなんてことで済ませられるわけがないというのに。思い返してひやりとした。

 自分の所持金の残りを確認してそろそろ宿屋に向かおうと雑貨屋を後にした。

 あの雑貨屋の物価からしておそらく宿泊費もそんなに取られないだろう。


 宿屋はすぐに見つかった。

 すぐさま部屋を取ろうとカウンターの人に声をかける。


「お客さん、ギリギリ間に合ってよかったわね」

「え?」

「うちの店あんまり遅くまで受付やってないのよ。もしあと少しでも遅かったら野宿なんてことになってたわね」

「………」


 早いところ買い物を切り上げてよかったと思った瞬間だった。


「さ、ここに名前を書いて頂戴」


 差し出された紙と羽ペン。

 読めたのだから書けるだろうと楽観的に考えて羽ペンをインクにつけたそのとき。

 外が騒がしいことに気づく。


「キマイラだ……キマイラが出たぞッ!!」


 手に持った羽ペンをそのまま店の人に返し、宿屋の外へ出た。

 男が肩を押さえながら蹲っているのを見つける。

 駆け寄ってみれば彼の腕からは血が滴り落ちていた。


 私は彼の肩に手を翳し、意識を集中させた。


「ヒール」


 足元には緑色の魔方陣が広がり、温かな光が私と彼を包み込んだ。


「キマイラはどこに?」

「村から出てすぐのところだ」

「他に村人はいましたか?」

「レオルドが囮になって俺を逃がしてくれたんだ……ッ」


 聞き覚えのある名前。

 おそらく私をこの村まで案内してくれた彼に間違いないだろう。

 嫌な話だ。彼が私の案内をしなければキマイラに遭遇することもなかったのだから。


 治癒魔法のおかげか男の傷はすっかり塞がった。

 そのままがっしりと私の両肩を掴み、彼は必死の形相で訴えてくる。


「あんた、魔法が使えるってことは冒険者なんだろ? 頼む。あいつを助けてやってくれないか?」


 言われなくてもそうするつもりだったが、男を安心させる為しっかりと頷いた。


「それにしても、ベタな展開だなぁ」

「え?」

「あ、いえ何でも。安心してください。彼は絶対助けます」

「ああ頼むよ! ……そうだ、これを持って行ってくれ。きっと役に立つはずだ」


 彼から手渡されたものは【毒消しの実】と【薬草】だ。

 正直なところ回復アイテムを何も持っていなかったので実に有難い。


 冒険者にとっては必需品らしいランタンに火を灯し、金具を使って腰に提げる。

 こうすれば手も塞がらないし暗い道を歩けるしとても便利だ。

 さあ夜道を駆け抜ける準備は整った。


 ――道案内の恩返し、させてもらいましょうか!




出会ったばかりのキャラがまさかのお姫様ポジション、だと……。

さながら主人公は白馬の王子様とかそういうオチでしょうか。

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