空を竜が飛んでいた
ありのまま起こった事を話そう。
学校もようやく終わった放課後、僕は甘露と共に一緒に家に帰ろうとしていた。龍王院はまだ先生の名前を全員覚えきれてないらしく、学校に残って先生の名前を憶えてから帰るのだと言う。
今時、先生の名前を全員覚える生徒は居ないと思うのだが。
そしてその帰り道。
――――僕は空を悠々と飛翔する巨大なドラゴンの姿を見た。
ちなみにあの中二病の妹様からすると、画数が多い方の『龍』と少ない方の『竜』にも違いがあるらしい。確か多い方は聖なると言うか神に等しい存在であり、少ない方は邪な物と言う物らしい。そこにどんだけ違いがあるか僕には理解出来ないが、そこはちゃんと区別しないといけないらしい。
なんだかんだであの妹様はそう言う所をきちんと書いているのだ。
僕には設定過多なだけに思えるが。
そう言う意味で言えば、僕が見たのは画数が少ない方の『竜』だった。
何せ見ているだけで、おぞましいオーラに満ち溢れていたから。
10mを超す巨体。ほぼ骨しか見えない黒い翼に、強靭そうな顎。
爬虫類の鰐はそんなに見ていないが、それに近い凶悪そうな顔つき。全身を黒ずんだ鱗で覆われており、腕や足もただそこにあるだけで恐怖を覚えるほどだった。
空を飛ぶ飛竜。明らかに現実離れした光景。そしてその上にはまるでゲームのステータス表示のように文字が表示されていた。
文字にはこう書かれていた。
『暗黒帝竜 デーモンドラゴ・アサルト』と。
「おいおい、あり得ないだろ……」
「ノ、ノブ君……。これどうなってるの?」
「さぁ、僕には分からない」
だがしかし、この事態を引き起こしただろう人物には心当たりがあった。
闇の黒い炎を吐き、恐ろしい雄たけびをあげる竜。
僕の携帯電話が、件の人物から電話がかかって来た。
誰だろう、その人物とは僕の妹、尾張夕映である。僕は電話を取る。
「もしもし……」
『あっ、お兄ちゃん? もしかしてそっちでも竜の姿、見えてる?』
「あぁ……。しっかりと、な」
まるで異世界に来てしまったかのような可笑しな光景だが、そこに普通に建っているビルはいつも見ているビルだし、そこにあるお店もいつものお店だ。
ただ1つ、黒い竜と言う異次元の存在がこの世界に違和感を引き起こしている。
「もしかしてあの竜、お前の作品とかじゃないよな?」
『流石、お兄ちゃん! お目が高い、と言うか良い目をしているな!
あれは『暗黒帝竜 デーモンドラゴ・アサルト』。
暗黒の聖地、奈落闇の底で生まれた、と言うより発生した闇の結晶である暗黒物質の塊。悪魔の力を得た究極の闇の怪物』
暗黒の、聖地? 奈落闇の底で、発生した? 闇の結晶、暗黒物質? 悪魔の力を得た? 究極の闇?
そもそも聖地の前に闇は可笑しいし、どんな場所だろうとドラゴンは自然発生しない。そして暗黒物質は未現物質であって闇の結晶では無い。と、色々とツッコミ所満載だがこの際その辺りは無視しておこう。
話がややこしくなる。
『奈落闇の底で悪魔インフェルシアが作って生まれし7体の竜。その頂点に君臨し、破壊と殺戮と狂乱を司る竜こそ、あの『暗黒帝竜デーモンドラゴ・アサルト』なのだ!』
「さっき、発生したって言わなかったか?」
『細かい事を気にするな、お兄ちゃん。そんな事ではビックな男には成れないぞ?』
いや、ビックな男なんかには成りたくないぞ。僕は。
ただ平凡だけで普通な人生が送れれば満足だ。
『可笑しいなー、あいつが出てるって事はあいつを唯一倒せる事が出来る完全無欠の孤高の竜騎士、龍王院竜禍が居るはずなんだけどなー。こっちには来てないし?』
「……はい? 唯一倒す事の出来る?」
好きだよな、中二病は。
唯一そいつしか倒す事が出来ないとか。
「あぁ、そいつならばうちのクラスの転校生として、只今教職員の名前を覚えようと絶賛活動中だ」
『……! お兄ちゃんの学校に? そうか、神様はそっちに竜禍を顕現させていたのか。
道理で暗黒帝竜だけだから変だなと思ってたんだよ。そっか、そっか。神様はそう言う所で顕現してたのか。全く粋な事をしてくれる』
僕としては勝手に来ないで欲しいが。折角の高校生活がこれから妹の中二病で染まるかと思うと、吐き気がして来る。
「で、後は竜騎士様に任せておけば、全ては解決。万事OK、って事だな」
「わー♪ リュウちゃんがあのドラゴンをなんとかしてくれるの? それなら安心だね♪」
甘露、そんな容易い事では無いと思うのだが。まぁ、竜騎士が何とかしてくれるのならば、問題ないわ。
一安心、一安心。
神様と夕映には後でこの事態の責任を取って貰いたい物だが、それはまた後で良いだろうし。
『いや、お兄ちゃん。実は少し問題があってね……』
「問題? どう言う事だよ? あの竜騎士が何とか倒してくれるんだろ? だったら、何も心配する事、無いじゃないか」
しかも唯一、彼女しか倒せないんだろ? だったら、何の問題も無いじゃないか。
『ねぇ、お兄ちゃん。今日、転校してきた人物はもしかして彼女1人だけ?』
「うん♪ リュウちゃん1人だけだよ♪」
『その声は……甘露お姉ちゃんか。本当に本当? 彼女はたった1人だった? 幽霊とか透明人間とか、そう言う者ありでも本当に1人だった?』
「甘露の言う通りだ。うちのクラスに転校してきたのは、龍王院竜禍ただ1人だ。しかも、彼女以外変人は見ていないな」
本日うちの高校で噂に上がっていたのは、騎士の格好をした女生徒が居ると言う噂だけ。つまりは龍王院竜禍だけ。幽霊や透明人間は知らないが。
他に夕映の書いたキャラクターがこっちの世界に来ていたら、絶対に話題に上がっているはず。それなのに無いと言う事は、こいつ以外はうちの高校には妹の中二キャラは居ない。
『つまりは……神様の約束通り、アカシックレコードに記されし世界の記憶その物と言う事ね』
「おい、夕映。もしかしてお前、厄介な事を引き起こして無いよな? 僕にはこれ以上の厄介語とは対処出来そうにないぞ?」
嫌な予感がする。しかも……とびっきりの嫌な予感が。
『お兄ちゃん、ごめん。世界は終焉の時を迎えたわ。
完全無欠の孤高の竜騎士、龍王院竜禍はあの暗黒帝竜を倒さない。故にこの世界は暗黒帝竜によって滅びの時がやって来たのよ』
……しかもその悪い予感は残念なことに当たっていた。