魔王が後悔して何が悪い
大気を震わす咆哮を上げるサンドドラゴンが翼を羽ばたかせると辺り一面の砂を巻き上げ、まるで小規模な砂嵐が発生しているかのような風と砂が生み出された。
恐らく砂に紛れて姿を眩まそうとしているのだろうが巨体過ぎるため大した効果はなく、少なくともエイネルとリンカードの目にはしっかりとターゲットが映っている。
それぞれの得物をしっかりと携えたエイネルとリンカードは少しずつオアシスへと迫って来るサンドドラゴンに自分たちから突っ込み、砂嵐のテリトリー直前で互いに左右へと進路を変更。
翼によって生み出された風は基本的に前方へと渦巻いており、サンドドラゴンの胴体中央から後ろ側は拍子抜けするぐらいに風が全く発生していない。
図体が大きいせいか反応速度がかなり鈍く、まず右後ろ脚にリンカードが深く抉るような斬撃を繰り出すが、砂でできた体は一度はしっかりと斬られたもののすぐに何事も無かったかのように再生する。
立て続けに連続で斬撃を振るうがサンドドラゴンの傷は直ぐに塞がり、舌打ちしたリンカードは一旦その場を離れると先ほどまで彼が居た場所目掛け巨大な尻尾の先端が叩き付けた。
「危ねえ、感ってのは信用するもんだな」
およそ喰らっていたら即死か重要は免れなかったであろう程に尻尾の先端には巨大な窪みが出来ており、先ほどから間一髪で避け続けているリンカードは思わす冷や汗が流れた。
右側のリンカードに意識が集中したのか若干右回転しているサンドドラゴンの動きを正確に補足しつつ、彼は尻尾の動きに気をつけながら常に敵の右足付近をマークする。
とりあえずは尻尾の動きと砂嵐が発生している範囲を把握しておけば大きなダメージを受けることは無さそうだが、かと言ってこのまま斬って回復してのいたちごっこを続けていても勝ち目はない。
サンドドラゴンは全身が砂でできている砂属性のモンスター、なれば火属性のリンカードの攻撃は大した効果が見込めず、氷属性のエイネルによる攻撃が現状ではベスト。
そのためにはエイネルがサンドドラゴンの急所を狙うのが最も効率的で、リンカードの役目はあくまで引き付け役。
「さて、あいつはどこにいるかな……見当たらねーけど、まさか砂に溺れたのか」
「大丈夫! 少し離れてて!」
微かに上空から聞こえて来た声に反応したリンカードは直ぐにサンドドラゴンから距離を取り、次の瞬間、先ほどまで動きが鈍かった敵が悲鳴と共に激しく暴れ出した。
リンカードから見て反対側の位置に根元が氷漬けになりながら斬り落とされたサンドドラゴンの左翼が落下し、あまりにも激しい暴れ方に背中に乗っていたエイネルは仕方なく空中へとジャンプ。
雄叫びか悲鳴か、とにかく轟音を奏でながらサンドドラゴンは前足で砂を掻き分け地面に潜り、二人の前からその姿を眩ませる。
着地したエイネルは神経を集中させて魔力の気配を探るが他にも所々に点在している魔物のせいで判断がし難く、砂の中のため視覚と聴覚を用いても位置の特定は難しい。
「エイネル! 奴がどの辺にいるか分かるか!?」
「分からない! でも奴からは多分こっちの位置がある程度分かってるはず。足音を消して、静かに相手が動くのを待った方が良いと思う!」
「受けっぱなしってのは性に合わないが、それしかないみたいだな。静か過ぎるってのは不気味なもんだ」
静寂が一面を支配する中でエイネルとリンカードはそれぞれ神経を張り巡らせ、上下前後左右どこから来ても良いように得物を構えて迎撃姿勢を整える。
集中――砂漠の気候が特に気にならないエイネルにはそれほど苦しいことではないが、フードや直射日光を遮るための長袖を着ているリンカードはそうもいかない。
「頼むから、俺には来るなよ……」
「リンク! 前転!」
のぼせる程の熱の中でも張り詰めた集中を切らさなかったリンカードはエイネルの言葉に素早く反応し、駆け出すと同時に正面に向かって大きく飛び込んだ。
唐突の地鳴りと共に地面を突き破って現れたサンドドラゴンは先ほどまでリンカードが立っていた場所を大きく開けた口で飲み込み、勢いをそのままに砂を巻き上げながら空へ向かって飛んで行く。
間一髪捕食は免れたリンカードだが突風に煽られると同時に激しく巻き上げられ、10メートルほどの高さから落下すると受身も取れず思い切り背中から地面に激突。
巻き上げられたばかりで地面の砂場が非常に柔らかかったこともあり大事には至らなかったが肺の中の空気が吐き出され、さらに巻き上げられた砂のせいで視界と呼吸がままならない。
何とか悲鳴を上げている体に鞭を撃って立ち上がり砂塵を抜けるためにふらふらと歩き出すが、鎧と剣が普段は感じることがないほどに重たく感じる。
舞い上がっていた砂の中から脱出した砂利だらけになった口の中を一度舐め回すと唾と一緒に吐き出し、頭に積もっている砂を振り払ってから咆哮が響く空を見上げた。
あれだけの巨体が両翼を羽ばたかせて空に飛んでおり、どうやら先ほどエイネルに斬り落とされた左翼は砂の中で再形成したらしく傷一つ残っていない。
「ったく、面倒臭い相手だ。逃げたいが逃がしてくれるようにも見えないし、ガチでどうするか悩むぜ」
「リンク! 良かった、無事みたいで」
咳き込みながら愚痴を漏らすリンカードに近づいたエイネルは安堵して胸を撫で下ろすが、反対にリンカードの表情は現状に危機感を覚えているのか険しい。
サンドドラゴンと言うだけあり砂があれば攻撃も回復も素材は無尽蔵、後は体内の魔力が底をつくのを待つしかないが果たしてそれはいつになるのか。
待つだけでは駄目なのだ、リンカードとエイネルで攻撃して倒す必要がある。
「俺の攻撃は大して効果がない。奴の弱点、エレメントがどこにあるか分かるか?」
「体が大き過ぎて分かり辛いけど、多分尻尾の付け根辺り。機動力奪ってから正確に攻撃したかったんだけど、砂に潜られたらまた元に戻るのよね」
「それに空の上と来たからなあ。そうだ、お前魔王なんだから空飛べたりするだろ」
「無理! い、いや飛べないことはないんだけどね、その……」
「何だよキッパリしないな。良いか、こうしている間にも相手は次の攻撃に備えて……備え……逃げろ!」
地面に影が落ちたと同時に空を見上げたリンカードが叫び、同じく空を見上げたエイネルも顔を引き攣らせるとリンカードと同じ方向へ全力ダッシュ。
空中から放たれた砂の大砲が先ほどまでエイネル達が居た場所を直撃すると大きなクレーターを作り、さらに立て続けに放たれる攻撃を二人はひたすらダッシュすることで逃げ続ける。
「死ぬ! 一歩間違えたら魔王の私でも死ぬ!」
「てかお前はええよ俺は鎧纏ってんだぞ! 俺を置いて行くのか!?」
「任せておいて! 骨は拾ってあげるから!」
「ふざけぬおおおお!?」
立て続けに放たれた攻撃の最後にサンドドラゴン本体がエイネルとリンカード目掛けて突っ込み、再び大きくジャンプするとこで間一髪リンカードは敵の攻撃を避けることが出来た。
大量の砂を巻き上げながら再び敵は砂の中へと逃げ込み、次の攻撃に使うであろう砂を体内に蓄えているに違いない。
捲き上がる砂塵の中から再び咳き込みつつ出て来たリンカードが後方を見ると若干視界は悪いがいくつもの窪みが出来ており、一つ一つが先ほどサンドドラゴンが放った攻撃の跡だと思うと背筋が凍る。
このままではサンドドラゴンの魔力が尽きるより前にリンカードの体力が底を突き、何も出来ないままに相手の胃袋の中に収まるだけの結果になってしまうのは明らか。
「良かった、リンクってやっぱしぶといね」
「嬉しくないな、褒めてんのか馬鹿にしてんのか分からん。それよりエイネル、お前空飛べるなら飛べよ」
「そりゃ私だって飛べるなら飛んでるわよ。でも、その……」
「何だ、もしかして人間界に来たばかりだから飛べないのか。はっきりしろ、イライラするから」
「その……高所恐怖症なの」
視線を逸らして恥ずかしそうに小声で述べたエイネルの返答に、リンカードは茫然として数秒が経過してからようやく言葉が口から漏れる。
「はあ?」
「だから! 高所恐怖症なの! そうよ! 何よ! 魔王が高所恐怖症で何が悪いのよ!?」
確かに常日頃空で生活してるわけではないのだから空での行動が苦手だとか言うなら分かるが、あろうことが飛行能力を持っている生物が高所恐怖症とはどういう場違いさか。
少しばかり期待していたがエイネルが空を飛べないとなるといよいよもってサンドドラゴンへの攻撃手段が減ったことになるが、やはり諦めて逃げると言う選択肢はない。
「来るよ。リンク、悪いけどちょっと離れれてくれる」
「どうするつもりだ?」
「私は魔王よ、任せておきなさいって」
黒髪を靡かせウインクするエイネルを見たリンクは小さな地鳴りを感じると舌打ちしてその場を走り出したが、鎧以上に重い何かを心の中に感じていた。
エイネルから十分離れた辺りで後ろを振り向くと丁度彼女が剣を地面目掛けて突き刺す瞬間で、地面が盛り上がると同時に彼女の剣の切っ先が大地を深々と捉える。
刺された地面は一瞬にして凍り付くとエイネルの周りの地面も一瞬にして凍り付き、氷の地面に激突して飛び出しに失敗したサンドドラゴンは暴れながら荒々しく地上へ現れた。
下手をすれば飲み込まれて砂に埋もれるか弾き飛ばされて大打撃を負うであろう捨て身の作戦、リンカードは悔しさに拳を握り締めたが、今はそれどころではない。
強大な敵が頭から氷属性の攻撃を直撃したのだ、もう一度同じ作戦が通用する保証もない、相手の弱点となるエレメントの場所も正確に特定できているわけではないが今が絶好のチャンス。
剣を構えて走り出したリンカードとエイネルは頷き合うと一気にサンドドラゴン目掛けて走り出し、敵もそれを感じたのか激しく暴れるが砂が舞うだけ。
「エイネル! 道は俺が開く、お前はとにかくエレメントを狙え!」
「任せといて! でも、死んじゃ駄目だよ」
「善処する」
エイネルが差し出した拳に気付いたリンカードは苦笑しながらもその拳に拳をぶつけ、側面から迫って来た尻尾を見ると剣を盾にしてその場に踏み止まる。
先ほどのように振り上げられた強烈な攻撃とは違い暴れながら苦し紛れに放った攻撃、しかも先端ではなく中央辺りのため大した速度も無く、剣の腹で受け止めたリンカードはかなり押されたがその動きを完全に抑えた。
その隙にエイネルは尻尾の凹凸を見極めながら足場にして的確に進み、一番魔力の流れを強く感じる尻尾の付け根の真上へ立つ。
高く掲げる剣に大量の魔力を込めるエイネルの存在に気付いたサンドドラゴンは慌てて暴れようとするが、リンカードが尻尾の側面を完全に抑えているため左右にうまく動けない。
「氷よ貫け! 脆弱なる砂の体、内に秘めたる力の核を! 『アイスランス』!」
魔剣を逆さに構えたエイネルは尻尾の付け根目掛けて剣を突き刺し、剣先から奔る氷の槍はサンドドラゴンの体を濡ら抜き正反対まで貫通した。
先ほどまで激しく暴れようとしていたサンドドラゴンの五月蠅い咆哮は一瞬にして消え、力無く垂れる四肢が轟音を立てて地面に落ちる。
まるで肉が高速で腐っていくかのように砂の巨体はさらさらと崩壊し、リンカードとエイネルは慌ててその場を離れると、サンドドラゴンは瞬く間に砂漠の一部となって命を終わらせた。
暑い中で激しく呼吸して喉が痛いがリンカードは安堵すると再びエイネルが笑顔で拳を向けて来たので、今度は素直に生きていることを喜びながら拳をぶつける。
今すぐその場に倒れ込みたい程の疲労を感じたが人間であるリンカードは砂漠のど真ん中で寝転がるわけにもいかず、もう動きたくはないのだがオアシスに戻るしかない。
左足を引き摺りながら歩くリンカードをエイネルは少し心配そうに見つめるが、本人が何も言って来ないのでこれで良いのだと自分に言い聞かせた。
「にしても、アレだけ大きな魔物ならそれなりのエレメントが取れたんだろうな。砂に全部埋もれちまったってのは、残念な話だ」
「エレメントは一種の万能物質だもんね。やっぱり人間界でも加工されたりしてるの?」
「名のある技師やら魔法使いは特に欲しがるな。純度の高い強力な魔物から抽出されるエレメント、これは勇者の財源の一つでもある。もしサンドドラゴンのエレメントを無傷で回収できたなら、そうだな……100万は下らなかっただろう」
「ふーん、魔界ではエレメントって割とその辺に転がってるからありがたみ無いけど、人間界では魔物から採るものなのね。あっ、いくらお金が欲しいからって私のエレメントはあげないよ」
「いらねーよ、そりゃ魔王のエレメントともならそりゃ凄まじい純度で恐ろしい値段が付くだろうが、旅する仲間を金のために殺すほど俺は屑じゃない」
「思った通り」
「何がだよ」
「リンクならそう言ってくれるって信じてた」
上目遣いの笑顔にリンカードは少し照れながらも外方を向き、少し歩く速度を上げてシャイルがへたれて居るであろうオアシスへと辿り付く。
しかしシャイルの姿は見当たらず、さらに魔石を入れておいた布もラクダの鞍から外されており、彼が逃げたのは一目瞭然。
「馬鹿だなあいつ、ラクダも無しにグリーンシュタットまで行く気か? 第一あの布は魔力を隠匿したりしない、似たような魔物に襲われる可能性があるぞ」
「と言うかちょっと離れた場所歩いてるの、あれがそうじゃない」
エイネルが指差す方向を見ると陽炎で歪んで見えるが確かに人らしき姿が砂漠を歩いていたが、リンカードは負うのも面倒くさいので無視して日陰の岩場に腰を下ろす。
「追わなくて良いの?」
「正直面倒臭い。奴を連れて行ってもどうせ端金、カラフルデイズに連行するまでの割に合わないし、俺たちまで妙な目で見られるのも嫌だしな」
「そう、リンクって意外と面倒臭がりだよね。その上ケチだし」
「ケチってのは旅をする上じゃ褒め言葉だ。魔界の神殿暮らしで大した節制を心がけていなかった魔王様には分かるまい」
「し、失礼だな! 私だって倹約ぐらいするよ!」
「ほう、どんな?」
「お、おやつの量を減らしたり、冷蔵庫からのつまみ食いを無くしたり……あっ、おかわりは三杯まで!」
予想していた以上に酷い答えだったのかリンカードは本気で溜息をつくと寝転がり、右手の指を三本立てて堂々としているエイネルは何故馬鹿にされたのか分からないがやたらと腹が立つ。
しかし耳に届いた小さな悲鳴にエイネルが振り返ると遠方の人影が激しく暴れており、周りに数体の何かが現れた直後、あっと言う間にその姿が消えてしまった。
「リンク……あの人、魔物に襲われたよ」
「だろうな。魔石は魔物に取ってもご馳走、人間とセットで食えるとなれば最高だろうな。まぁ、強力な魔物が生まれちまう可能性もあるが」
「あの人、確かに悪いことをしたんだと思う。魔物を売ることだって、私は許せない。だけど、死ぬほど悪いことだったのかな?」
「罪の重さを決めるのは俺の仕事じゃない」
「あの人にだって、家族がいたかもしれない。家族のために仕方なく、こんなことをしたのかもしれない。ねえリンク、私が今考えてることってさ、可笑しいかな」
「……考えるだけなら自由だ。だが旅を続けていれば、それ以上に理不尽なことなんて沢山ある。生き抜くには自分を信じろ、迷いは禁物だ」
寝転がりながらエイネルに背を向けるとリンカードは休憩に入り、エイネルは悲鳴が聞こえた方向をもう一度見るが、今度は陽炎の中に何も見えない。
「私は魔王、だけど大した決断を下したことはなかった。私はどうせ人形だったから。でも今は自分で考えて行動できる」
「だったら助ければ良かっただろう。尤も、俺だったら助けない。さっきも言った通り割に合わないからな」
「私は、魔物を売るのが許せなかった。だけど、もしかしたらあの人が家族のためにこんな無理をしたのかと思うと、心の底から責めれない」
「深く考え過ぎると抜け出せなくなるぞ。お前は魔王だろ、答えを出すには十分時間がある。今の自分が許せるか許せないかは、将来の自分に任せておけ。今は後悔する時じゃない」
「そうかもしれない。でも……魔王が後悔して、何が悪い……」
リンカードとエイネルの解説コーナー
『正統勇者と自称勇者』
<<マイク:ON>>
エイネル「さてやって参りましたこのコーナー、前回はお休みしてしまいましたが今回はあります」
リンカード「今回のテーマは勇者についてだ。またメタ的なものになるが小説とかの勇者ってのは基本選ばれた人間だ。一般人とは違い、魔物を割と普通に倒して最後には魔王を倒す存在だろう。最近のラノベはそうじゃないのも多いが」
エイネル「でもまあ『まお旅』も魔王が人間界で旅してるって時点でもう何かアレだよね、普通じゃないから勇者も普通じゃないとは思ってたわよ」
リンカード「そんな普通じゃない世界において勇者は正統勇者と自称勇者に分かれている。勇者は今は特別な存在ではなく、農業同様とまでは言わないまでも職業なんだ」
エイネル「そう言えばそんな感じのこと言ってたね。自称勇者はプータロウが多いとか何とか」
リンカード「正統勇者は立派な職業だが、自称勇者は自営業の商人と同じようなもんだな。正統勇者と言われるには『勇者名簿』に登録される必要がある」
エイネル「勇者名簿?」
リンカード「あぁ、今日は無茶言って勇者名簿のコピーを借りて来て……あっ、控室に忘れた。ちょっと取って来るわ」
エイネル「いってらっしゃーい」
<<マイク:OFF>>
エイネル「……暇だなぁ、そう言えばジュルジェはどうしてるんだろ。呼ぼうと思えば呼べるけど、さずがにここで呼ぶのはないよね」
ジュルジェ「安心しろエイネル。スタッフとして雇ってもらっているから、呼んでくれればいつでもフォローに入るぞ」
エイネル「っちょ! な、何でこんなところにいるわけ!?」
ジュルジェ「スタッフの方に少し無理を言って雇ってもらったのだ。随分昔にも人間界には来たことがあるが、まさかこんなメディアが出来ていたとはな」
エイネル「もしかして、前回の毒沼持って来たのって……」
ジュルジェ「勿論私だ。人間に魔界は辛いからな、スタッフの方も喜んでくれたよ。それとあの自称勇者、もしもエイネルに変なことをしたらすぐにでも殺す必要がある。だからこそ私はここに――」
エイネル「帰れ。魔王命令だ」
ジュルジェ「断る。安心しろ、何も無ければ何もしない。エイネルの人間界での楽しみを奪うことはしないさ。おっと、彼が戻って来たな。私はトイレの掃除があるからこれで、じゃあな」
エイネル「ジュルジェ、私の城は大丈夫なのかぁ?」
<<マイク:ON>>
リンカード「悪い悪い、持ってき……どうした、何か疲れ切った表情になってるが」
エイネル「な、何でもないよ。それが勇者名簿?」
リンカード「そうだ。勇者の名前、年齢、性別、出身、筆記試験と実技試験の成績、ランク、その他にも勇者の情報が色々と記載されている」
エイネル「へえ、こうしていると勇者って凄い人数が登録してるのね。これに加えて自称勇者もいるのに何で魔界に勇者が全然来ないのかしら? 私が魔王になってから100年、誰も来なかったけど」
リンカード「最近の勇者界で一番の巨悪はヘルエデンだと言われている。だからデスゲートの方に勇者が行く機会が無いんだ。高名な勇者が何人もヘルエデンに挑んだが誰も帰って来なかったらしいな」
エイネル「ふーん、あの変態爺が人間界では一番の巨悪扱いなんだ。ところで正統勇者は職業だって言ったけど、具体的に勇者名簿に乗るにはどうすればいいの?」
リンカード「まず国家機関『ヒーローズ』が3年毎に実施している筆記試験と実技試験に合格すること。これで正統勇者として認めら得るためのライセンスが発行される」
エイネル「正統勇者になると自称勇者より良いことがあるの?」
リンカード「正統勇者になれば色々国家サービスが受けられるんだ。分かり難いから表にまとめてみよう」
正統勇者の義務
・3年毎に『ヒーローズ』が実施する筆記試験と実技試験に合格すること
・『ヒーローズ』に年3万グレス(日本円にしておよそ3万円)を納金すること
・国家から招集を受けた際にはこれを優先し、国王の命令は絶対順守のこと
・報告されていないが被害が確認された地区において原因の魔物を発見した場合、その詳細をまとめ『ヒーローズ』に報告すること
・その他色々
正統勇者の権利
・国営の施設を格安で利用できる
・一般には公開されていない施設を利用できる
・望むなら国軍に正式入隊が可能となる
・賞金が掛かっている魔物の細かい情報を得ることができる
・その他色々
リンカード「簡単にまとめればこんな感じだな。まぁ、自称勇者より安定している。特に賞金が掛かっている魔物の細かい情報を得ることができるのは大きい」
エイネル「国営の施設ってあるけど、どんなのがあるの?」
リンカード「宿舎や武器屋、訓練場やレストランとか本当に色々ある。だからこそ自称勇者よりは正統勇者の方が信頼もあるし、護衛の依頼なんかも受け易い。逆に自称勇者では信頼が無く、中には法外な依頼金を取る野郎もいる」
エイネル「だからシャイルはあんなに自称勇者を嫌がっていたのね。自称勇者に関わって嫌なことでもあったのかなあ」
リンカード「可能性は十分にある。自称勇者と言いながら山賊的なことをする奴もいるし、正統勇者は国から仕事に対して補助金が出来るから法外な価格をそもそも設定できないしな」
エイネル「とにかく正統勇者の方が色々と便利なのね。ねえ、リンカードは何で自称勇者なの? 正統勇者になろうとは思わないの?」
リンカード「思わないな。自称勇者の方が動き易いし、何より国の命令を絶対順守ってのが気に入らない。国の都合のせいでファロンデルタは……いや、何でも無い。そろそろ時間だな」
エイネル「リンク、何か怖かったけど、大丈夫?」
リンカード「大丈夫だ、問題ない。それよりもう時間だ、今日はこの辺にしておこう」
エイネル「そうだね。それじゃあ皆また今度! 魔王が解説して!」
リンカード「何が悪い!」
<<舞台裏>>
リンカード「さて、それじゃあ俺は帰る。明日は打ち合わせが無いからゆっくりできるな」
エイネル「ねえねえリンク、私カラオケってのに行ってみたいんだけど一緒に行こうよ!」
リンカード「やだ」
エイネル「なんで!?」
リンカード「俺音痴だから。楽器はそれなりにできるが、歌となると凄まじいぞ。親にすら『お前には音楽の才能が無い』と言わせた男だ」
エイネル「なんか、ごめん……我儘だったよね、明日はゆっくり休むといいよ」
リンカード「代わりと言っては何だが、ボーリングなら一緒に行っても良いぞ。それなりに自信がある」
エイネル「ボーリング? なんだか分からないけど、面白そう! よし、行こう行こう!」
リンカード「おい引っ張るな! 明日で良いだろう!」
エイネル「駄目! 今すぐ行くの! えへへ、楽しみだなー」
バタン(扉が閉まる音)……
ジュルジェ「……エイネル、楽しそうで何よりだ」
スタッフ「ジュルジェさん! 女子トイレ早く掃除して下さい!」
ジュルジェ「すみません! すぐに行きます!」




