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魔王と友でも問題あるまい


 東から昇って来た太陽が倦怠な動きでようやく南へと登り始め、若干霞がかっていた草原の景色がようやく緑色のカーペットとしてエイネル達を出迎える。

 空気中の水蒸気に乱反射して輝く一面の景色にエイネルは荷台から思わず身を乗り出し、抱き締めるように両手を広げるが両腕が湿るだけだ。

 朝一番に隣町へと向かう物資輸送用牛車の荷台に護衛を引き受ける条件で乗せてもらっていたエイネルとリンカードだが、半袖とスカートのエイネル対してリンカードは毛布を捲いても震えが止まらない。

 現在の気温は氷点下、普通の人間なら防寒具に身を包みその上から毛布を羽織るぐらいのことはするものだが、魔王であるエイネルにとってこの程度の環境変化は無意味。

 動かないことで体力を温存しながらも体が温まらないと言う苦渋の選択を強いられているリンカードから見れば、今のエイネルと自身の環境はまさに天国と地獄だ。


「エイネル、頼むから上着を着てくれ。見ているこっちまで寒くなるんだ、マジで」

「そんなに寒い? 魔界にも寒いところはあるけど、こんな美しい景色は見られないわ。あぁ、幸せ~」


 心の底から感動しているエイネルに何を言っても無駄だと思ったリンカードは溜息をつき、同時に遣り手が『魔界』と言う単語に少し反応して後ろを振り向いていた。

 これ以上の会話は面倒が増えるかもしれない……横眼で遣り手を見ながら、彼はエイネルが余計は事を喋らないよう見張ることにする。

 舗装されていないので荒々しい道のため、揺れる荷台で立っていたエイネルは何度か衝撃に煽られ落ちそうになり、リンカードに肩を掴まれると強制的に床へ座らせられる。

 既に朝靄は完全に晴れて徐々に草原は見渡す限りの緑と温かな気温を取り戻してきており、太陽の光に照らされ濁ったように重々しかった鉛色の空の景色も、今は晴れ渡り一面綺麗な水色。

 魔界では見ることが出来ない青色の空、藁を枕代わりに荷台の上に寝転がったエイネルは大の字になり、毛布を取ったリンカードが迷惑そうに彼女の足を軽く蹴った。


「おい、狭いんだから余りスペースとるなよ」

「温かい空から降り注ぐ太陽の光、緑一色だけど時折点在する木々が見せる色鮮やかな景観、素朴だけど情緒ある牛車……ねえリンク」

「リンク? なんだ、通信魔法で誰かと会話でもしているのか? あと、足もっと狭めろ」

「え? 何言ってる、お主のことだ。リンカードって何か長いからさ、区切り良くリンクって呼ぶことにするね」


――なんか長ったらしいからさ、アンタのことリンクって呼ぶよ


 笑いながら答えるエイネルの表情にかつて仲が良かった少女の面影が重なり、リンカードは昔の自分の弱さを思い出しながらエイネルの頭に手を置く。


「それじゃあお前はエイヌになるのか?」

「私は別に呼びにくい名前じゃないからいいの。それよりどうしたのリンク、何か……悲しそうだけど」

「何でも無い。それよりお前はマーナルファロンに行きたかったんだろ、俺もそろそろ時期的に用事があるけど、お前はそこまで行くのか?」

「私は別にそこに行きたかったわけじゃないんだけど、リンクが行くなら私も行く」

「そうか。とりあえず次の街についてから色々考えよう、二人分になったから路銀も……そう言えばお前、金はどうだ」

「持って無い。家出だし。ケロリ」


 堂々と無銭宣言をするエイネルにリンカードは「だよなー」っと呟き、これから出費が今までの二倍かそれ以上になることを考えると、正直ファロンデルタまで着けるか心配になって来た。

 額を手で抑えるリンカードを余所にエイネルは燦々と降り注ぐ太陽の光の温かさに包まれ、徐々に瞼が重たくなって来ると今まで感じたことがない幸せの中で目を瞑る。


「おい……ったく、魔王がこんな無防備で良いのかよ。やれやれ」


 小声で愚痴りながらもリンカードの表情は薄らと笑っており、先ほどまで羽織っていた毛布を広げ、ゆっくりとエイネルの体へ掛ける。

 見渡しが良く、眠気を誘う温もり籠った太陽光が明るく世界を照らしているが、このような狩る側である魔物にとっても絶好の条件下で悠々と昼寝をするなんて本当ならば自殺行為。

 幸いにも風向きは追い風なので後方から完全に気配を消されて襲い掛かられる可能性は低いだろうが、護衛を引き受けたからには全身全霊で周りを注意を払わねばならない。

 この辺りはカルティナ王国でも辺境の方で、大して強い魔物(近くで寝ている魔王は別として)もいないはず。だからと言って、油断して良いわけではないのだ。

 荷台で豪快かつ清々しく眠っているエイネルに牛車の遣り手の男は少し不満があるようだが、リンカードが剣の柄を握りながら周りを警戒しているので特に文句は言って来ない。


「隣町まで6時間ぐらいか、さすがに集中力が持たないな。2時間毎に休憩を挟むか」


 今のところ魔物の気配はなく、牛車は悠然と草原の一本道を進んで行く。




 一度途中に休憩を挟んで出発から3時間程が経った頃、ようやく荷台で爆睡していたエイネルが上半身を起こし、欠伸をしつつ座った状態で大きく伸びをする。

 目尻から流れる涙を指で擦りながら起き上がったエイネルは周りを見ると相変わらず緑色の草原が果てしなく続いているが、何度見てもやはり鮮やかな景色に飽きることはない。


「リンク、私どれぐらい寝てた?」

「3時間ぐらいじゃないか。全く、自称とは言え勇者の前で何堂々と昼寝してるんだよ」

「良いじゃないか、魔王が昼寝をして何が悪い」

「余り大きな声で言うなって。それより目が覚めたなら、しっかり護衛の役に立てよ。ただ飯食おうなんて思うな」

「むぅ、まるで私が役立たずみたいじゃない」

「実際そうだろ今のところ」


 バッサリと言い切るリンカードに対してエイネルは不満を隠さず唇を尖らせて目を細めるが、実際先ほどまでぐーたら寝てただけなので何の反論もできない。

 だからと言って何もしないで終わるのは魔王としての誇りに関わるので、彼女は立ち上がると目を瞑り、駆け抜けていく風を感じながら辺り一面の気配と音を逃さないよう集中する。

 彼女のさらさらとした黒いロングヘアーが綺麗に靡き、先ほどとは打って変わったその威風堂々たる姿に、リンカードは思わず魅入ってしまった。

 単純だが本人にとって高尚な目標を語っていた反面、余りにも幼過ぎる言動の数々に会って間も無いと言うのについ警戒が緩み、彼女が魔王だと言う実感を忘れてしまう。

 この気持ちの緩みは果たして彼女と出会った人間全員が感じることなのか、それとも自分が過去の記憶に引き摺られているからなのか、リンカードは分かっている答えを敢えて出さない。

 忌まわしき過去を忘れるつもりはないが、逆にそれに固執し過ぎて振り回されているようでは、いつまで経っても自分は弱い自分のままだ。

 リンカードが心の中で小さな葛藤に苛まされているまさにその瞬間、突然瞳を開いたエイネルは牛車の進行方向の遥か先を見据え、耳に手を当てて音を探る。


「リンク、この先に数体魔物がいる。多分ヘルエデンの配下、でも大丈夫、低俗な魔物だから」

「随分と高い身体のスペックしてるな。俺には全く分からんが、お前が言うならそうなのかもしれないな。よし、確実に片付ける。ところでお前、戦闘はできるのか?」

「当然よ。人間界来て結構弱くなってるけど、あのレベルなら問題ないでしょ」

「人間界に来ると弱くなるのか、魔物って」

「強さに比例して弱くなるわ。私の場合、元の絶対値が大きかったから今は1000分の1ぐらいってところかしらね」


 低過ぎる――いくらエイネルが魔王とは言えそんなに弱くなってしまっては、まだ魔王として若輩のエイネルが本当に戦力になるのかリンカードには不安でならない。

 どうでもいいことだが、魔王が普段から人間界に来ず魔界で指揮をとったり勇者を迎撃したりしているのは、単に人間界に来ると魔王の方が不利になってしまうだけだからのようだ。

 ずっしりと重い妖刀『覇国』の鞘を手に取ったエイネルは体を動かしてストレッチし、これから退戦闘に向けてやる気満々。


「ゆ、勇者さん、何か会話はよく聞こえなかったが魔物が迫って来ているのだろうか? このまま進んで大丈夫なのかね?」

「問題ないですよ、このまま進んで下さい。直前になったら合図するので、後ろに下がってくれればいいですから」

「分かりました。よろしくお願いしますよ」

「ふっふっふ、このエイネル様がいるからにはお主には傷一つ付かぬ。安心して牛を操りながら、私の勇猛な戦いぶりを見物しているとよいぞ」

「昼寝してただけの女の子だと思ったけど、君も戦えるのかね?」

「な、何を言う! 私は魔おもがをが!?」

「あーはいはい、分かったから落ち着こうな。安心して下さい。こいつ、こう見えて強いです……多分」


 最後らへんやたら小声で自信無さ気に呟いたように感じた遣り手だが、不貞腐れるエイネルの口を塞いで薄く愛想笑いを浮かべるリンカードを見て、やっぱり少し不安になる。

 進路先にいた魔物もエイネル達に気付いたのか気配を消すと草原の背の高い草を利用して姿を消し、徐々に近づいて来るがエイネルには草のざわめきが聞こえていた。


「さて、先に言っておくと俺は剣術専門だ。魔法属性は『火』、お前は?」

「私も剣術なら持って来いよ。魔法もそんじょそこらの勇者や賢者とは比較にならん……と言いたいところなのだが、弱体化しているから余り期待しないで欲しい。多分リンクとどっこいどっこいってところ」

「軽く傷つく言い方するな。魔法属性は何だ」

「私は『氷』。『火』は苦手だから、余り派手な技使ったりしないでね」

「『氷』……稀少属性か、魔王だから別に驚きはしないが」


 リンカードのことを信頼しているのかエイネルの笑顔からは裏切られると言う不安はまるでなく、当然リンカードも隙を見てエイネルを攻撃するつもりはない。

 魔法、文字通り魔の法だ。魔物はそれぞれ自分の属性に合った魔法を繰り出すことが出来るが、人間が魔法を発動するためには自分の属性に合った魔法を発動できる武器、さらに細かく言えば物質が必要だ。

 どう言う理論で魔法が発動するのかは未だ良く分かっておらず、分かっているのは基本属性が火、水、木、金、土で、氷や雷、風と言った稀少属性もまた存在することだけ。


「とにかく、雑魚なら素早く片付ける。エイネル、敵は今どの辺だ」

「目の前」


 その言葉とほぼ同時に左右の草むらから狼に酷似した黒い毛の魔物が数体同時に飛び出し、エイネルとリンカードはそれぞれ左右に跳んで魔物を迎え撃つ。

 空中でのすれ違いざまにまずリンカードは1匹を正面から一刀両断し、着地と同時に牛車へ襲い掛かっているもう1匹の魔物の腹目掛けて真下から強烈な回し蹴り。

 牛車の真上に吹き飛んだ魔物目掛けて持っていた剣を放り投げ、腹に剣が刺さった魔物は空中で突然燃え出し、あっと言う間に灰と化した。

 荷台に戻ったリンカードが落ちて来た剣を掴んでからエイネルが跳んで行った方を見ると、3体の魔物が氷漬けになった状態で地面に転がっており、エイネルが刀を鞘に戻した瞬間に粉々に砕け散る。

 強い――リンカードが素直にエイネルの強さを評価した瞬間、草むらに隠れていたもう1匹の魔物が背後からエイネルに襲い掛かり、慌てて剣を握るがここからでは間に合わない。


「エイネル!」

「大丈夫だって。だって私は――」


――魔王だから


 魔物が飛び込みながら振り抜いた前足の強烈な爪による切り裂きを、エイネルは目で見ることすらせず右腕を上げてガードした。

 まるで金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が響き渡ると魔物の爪に亀裂が生じ、魔物が背中から地面に落ちて初めてエイネルが体をそちらに向ける。


「やっぱりヘルエデンの配下の魔物か。あの変態爺の配下じゃ、こんな奴が多くても仕方ないわよね。だけどもう大丈夫、星に還れ」


 魔物が姿勢を立て直すより早くエイネルは刀の柄に手を当て、リンカードが背筋に冷たい何かを感じた直後、彼女の腕が一瞬にして消えた。

 いや、正確には消えたように見えるほどの素早い抜刀。次の瞬間にはエイネルの刀の切っ先は鞘に収まっており、鍔と鞘が触れあうと同時に魔物の体が氷をハンマーで叩いたように砕け散る。

 余りの早技に牛車の遣り手は開いた口が塞がらず、いくら弱くなっていようともやはり魔王なのだと先ほどまで心配していたリンカードも自分の馬鹿さ加減に少し呆れた。

 全く汗を掻いていないエイネルが牛車の荷台に戻ると我に返った遣り手は直ぐにまた牛を歩かせ、ただ寝ていただけと笑っていた少女を恐る恐る横眼で見る。

 見た目は人間の少女……だと言うのに彼女の放つ存在感は同じく荷台に乗っている勇者である男より格段に大きく、まるで山が背後から迫って来るような恐怖を感じずにはいられない。

 そんな遣り手の心情を察したのかリンカードがエイネルに目配せすると、彼の意思を感じ取ったエイネルは立ち上がって遣り手の男の横にストンと腰を下ろした。


「ねえおっちゃん」

「な、なんだ?」

「ここって正面からの風が気持ちいいからさ、ここで寝て良い?」

「えっ? えっと……」


 どこか躊躇している遣り手は顔だけ後ろに向けてリンカードを見ると、彼は両掌を空に向けながら肩を竦ませ苦笑する。


「どうなんだ? ん? ん~?」

「まあ、構わんよ」


 その返答に満面の笑みを浮かべたエイネルは体を横に倒すとちょっと狭そうだが、腕を枕代わりにしてからゆっくりと瞳を閉じ、瞬く間に静かな寝息を立てて眠りにつく。

 先ほどまで化物か何かにすら感じていた存在は良く見ればなんてことがない普通の少女で、男はどうして今までこんな優しさを持った子どもに恐れを抱いていたのかが不思議で仕方ない。

 ひょっとしたらこの娘は人間とは違う何かなのかもしれない、そんな予感がしていたが、そんなことがどうでも良くなるぐらいその寝顔は安らかなものだ。


「やれやれ、気持ち良さそうに寝るねぇ。この娘さん、貴方の妹さんか何かですかな?」

「いや、強いて言うなら……宿敵であり、命の恩人ってことですかね。あぁそれと、こいつ的には多分、友達かな」

「それはまた、面白い関係ですな」


 笑って見せる男にリンカードは笑いながらの溜息で返し、荷台の縁に肘を付きながら空を見上げる。


「まぁ、別にどんな関係でも良いだろう。勇者と魔王が友でも、問題あるまい」


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