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魔王が護って何が悪い!

 早朝にも拘らずカラフルデイズは仄かな太陽の光ではなく人工的な光石ライトストーンの光に包まれながら、巨大な広場の片隅に作られた大きめのステージの設置が進んでいた。

 大量のスタッフが設置作業に右往左往してる様をステージ端で眺めているエイネルはその作業速度に感心し、協調性の少ない魔物にも最低限これぐらいの連携が欲しいと願って止まない。

 肉体労働に準じる男達の一方で『SaY HellO』の面子は監督たちと一緒に今日のステージの打ち合わせをしており、完全に手持無沙汰のエイネルはベンチに座りながらただ暇そうにその景色を眺めている。

 ある程度人間界に慣れて来たから珍しい人間を見ない限りは馬鹿みたいに感動することも無くなったが、それでもこれだけ大勢の人間が一つの意志を持って動いていることはやはり凄い。

 驚くべきと言うか意外なのはその方向性。どんな生き物も自分が生き抜き愉悦や快楽を満たすためには他者に取って負の感情の元となる行動を徹底的に行うものだが、人間は金銭や自己満足と言う結果を求め他者に娯楽と言った喜びを提供する。

 もちろん全ての人間がそう言う訳ではないだろうが、少なくとも自己の保身と支配欲を満たすために自身を人形のように扱って来た魔界の官僚たち、一昔前に魔界の覇権を賭け戦争ばかりしていた魔物と比べてしまう。

 基本的には知識的にも肉体的にも人間を遥かに凌駕しているはずの魔物が人間を完全に支配できずむしろ負ける理由、もしかするとそれは、案外こう言ったところにあるのかもしれない。


「つまり人間の娯楽を知り魔界にも広めれば……うしし、魔界と人間界はいずれ私の物にっていた!」

「何を阿呆なことを言ってるんだ。思い付きで言ったのかもしれないけど、お前のキャラじゃないぞ」


 物騒なことを呟くエイネルの背後に近付いたリンカードは持っていたコップでエイネルの頭を軽く叩き、水の入ったそれを受け取ってエイネルは不服そうな表情を浮かべる。


「えーただの水? メロンソーダとかレモンサイダーとかが飲みたいよ!」

「そんなもんが舞台裏の簡易飲み場に置いてあるわけないだろうが」


 頬を膨らませながらも何だかんだで渡された水を飲んだエイネルだが、しばらく口の中に含むと突然表情を変えてなるべく他の人に見えないように後ろ側の地面に吐き捨てた。

 よほどまずかったのかリンカードが明後日の方向を向いているうちにコップの中の水も近くにぶちまけ、変わりに自分の魔法で氷を生成してコップの中にそれを突っ込む。

 カラフルデイズの水は近年まで遠方にあるヘルメマウンテンから流れて来る小さな川から採取していたが、昨今では塩素を使った消毒法が採用されて水系の病気は激減したものの、水自体の味が強烈に悪化。

 とは言え飲めないほどではなく気にしなければむしろ病気になり難いのだから良いことなのだろうが、聴覚視覚に加え味覚も人外のエイネルに取ってこの味は些かながら耐えられない。


「さて、とりあえず俺たちが今日何をするべきかもう一度確認するか」

「ソフィアさんの護衛でしょ。何も起きないと良いんだけど……」



◇ ◇ ◇



「お金はちゃんと払いますから、聞いて下さい」


 舞台裏の休憩所で突然お願い事をされたエイネルはリンカードがどう言うか分からず少し言葉が遅れたが、彼女よりも早くリンカードの方から話しに乗っかって行った。


「金がもらえるとなれば話は別だ。エイネル、お前はどうだ」

「困ってるみたいだし、私は協力するよ」

「ありがとう、二人とも! 実は頼み事って言うのは、簡単に言えば護衛。出来れば犯人探しって感じなんだけど」

「犯人探し? 何だ、お前人に恨みでも買ったのか。まあその性格だ、人間一人ぐらい殺してても可笑し――」

「勝手に話しを発展させないでよ! 私は誰も殺して無いし人に恨まれるようなことをして無いわ!」

「だが護衛を必要なことになってんだろ。まあ話してみろ、なるべく細かく正確に」


 一言多いリンカードの態度に若干腹を立てたソフィアだが何とか自分を律して気持ちを抑え、左腕に捲いているスカーフの結び目を解いてエイネルとリンカードに見せる。

 彼女の腕には大きめの瘡蓋かさぶたが出来ており、まるで巨大なやすりで強引に削ったかのようにその傷跡は生々しくて痛々しい。


「医者によれば一ヶ月ぐらいで完治するって話しです。だから、活動に支障があるって程じゃないんだけど」

「とは言え女相手にエグイ真似する奴が居たもんだな。なるほど、その犯人を探してほしいってわけか。だがそれなら自称勇者なんかより警察の方が良いんじゃないか」

「勿論警察には行きました。あぁいえ、そもそもこの傷は人に付けられたものじゃなくて……すみません、とりあえず順を追って説明します」


 最初に送られて来たのは脅迫状、内容は単純にして誹謗中傷から通り魔予告、要求はソフィアの『SaY HellO』リーダーの辞退と言う簡潔なもの。

 この手の手紙は稀にあることなので事務所もソフィアも無視を決め込んでいたのだが同一人物からだと思われる脅迫状は止まらず、一ヶ月が過ぎた辺りから本人すら自覚できる程にあからさまストーカー行為。

 加えて三週間ほど前から後ろからわざと当たらないようにギリギリの突進をしてきたり、舞台のセットが崩れて潰されそうになったり、命に関わらないまでも下手すると大怪我は免れないレベルだ。

 二週間ほど前にしてようやく警察に連絡を入れて調査をしてもらったが目立った証拠が見当たらず、後ろから走って来た人物はただ急いでいた人で、舞台セットが崩れたのは単純に設置時のミスと断定。

 そもそも舞台の機材が崩れて来た時には近く誰もいない上に部外者が入って来なかったことは警備の証言からも確認でき、容疑者が内部に限られたとしても断定出来るほどの情報もない。


「だから警察は事故と判断したんです。警察が介入している間は脅迫状やストーキングは止んでいたのですが、いなくなったらまたすぐに再開して」

「こんな自称勇者一人の侵入すら防げない様な下級警備言うことを真に受けたのか警察は」

「多分誰もいなかったのは事実だと思います。私自身機材が崩れて来た時は近くに誰もいなかったし、狭い出入り口を警備を気絶させずに通ることはできないと思うんです」

「じゃあ内部の人間の犯行だろうが。片っ端から締め上げて事情聴取すりゃ良いのによ」

「それが出来ないから警察は困ってたんだよ、リンク」

「分かってるよそれぐらい、言ってみただけだ。それで、二週間何もせず諦めていたらその怪我をしちまったってわけか」


 正確にはただ諦めただけではなく事務所の人やメンバーと協力して見回りもしていたらしいが、それでも怪しい人影は無く直前まで舞台セットに異変も無かった。

 さらにソフィアが個人的に正統勇者に護衛の依頼を求めたのだが何故か皆微妙な顔をして渋り、結局誰の協力も得ることが出来ず一週間前に腕の怪我を負う羽目に。


「もしかしてお前、正統勇者に依頼する時に『警察に依頼したのですが解決しなかった』みたいなこと言ったか?」

「そ、それは勿論頼む側なのだから事前の説明ぐらいはしたわ」

「阿呆かお前は。正統勇者は国家機関に所属していて、当然警察も国家機関だ。警察が事故だと断定した案件を態々名誉に傷を負ってまで高が一人二人で解決しようって奴が常識的に考えているわけないだろう」

「貴方に阿呆なんて言われたくな――」

「それに警察が内部容疑者の捜査をやらなかったのもお前らがそれなりに売れてるアイドルだからだ。メンバーとかを誤認逮捕なんてしてみろ、警察は糞のように野次を飛ばされる。カラフルデイズに常駐している正統勇者なんて所詮大した志も無い奴が大半、愉悦に溺れた出来そこない共だ」

「リンクって本当に正統勇者を罵るのが好きだね。とにかく私達は断ったりしない、犯人が見つかるように頑張ってみるよ」

「ありがとう! 正直大きなライブが明日に迫ってて、その日に何かあるんじゃないかって心配でならなかったの。エイネルちゃん、リンカードさん、よろしくお願いします!」



◇ ◇ ◇



 広場の出入り口には既に大量の客が集まっており、警備員が必死に抑えているが今にもゲートが倒壊して怒濤のように押し寄せて来そうだ。

 そんな光景を見ながらエイネルは改めてソフィア達が多数の人間を魅了してこのエネルギーを生み出し、大きな流れを生み出しているのだという事実に感心する。

 故に少し許せない。どのような理由があろうと、個人的願望のためにソフィアを脅してこの流れを乱そうとする者が。

 少しばかり真剣な表情で考え込んでいると打ち合わせを終えて横からやって来たソフィアが強張ったエイネルの頬を突っつき、見上げたエイネルに対してソフィアの方は昨日のステージ上と変わらない笑顔だった。

 四日前に送られて来た脅迫状ではこのライブ中もしくは終了後に何かしらのアクションをして来るような旨が示されていたが、今のところ怪しげな人影は見られない。


「表情が固くなってるわよ。私が言うのも変だけど、もう少し気楽に行きましょう」

「ソフィアさんは怖くないの? 人は生身だと脆いんだから、恐怖心や警戒心は必要だと思うんだけど」

「ふふ、今回は有能なボディーガードさんが二人もいるから安心! て言いたいところなんだけど、やっぱりちょっと怖いわね。脅迫状の内容、どんどんエスカレートしてるし。あぁ、後ソフィアでいいわよ」

「大丈夫! なんたって魔お……この私が着いてるんだからね! それにリンクもいるしって、あれ? リンク? どこ行ったのー?」


 先ほどまで近くで水を飲んでいたはずのリンカードの姿が見えなくなっており、何度か呼んでみるものの見当たらない。


「リンカードさんなら、さっき舞台の機材を見に行ったわ。既に何かしらの仕掛けないが確認す――」

「ソフィア、監督がもうすぐ最初の衣装に着替えろって言ってるって、誰その子? ソフィアの親戚さん? あ、そう言えば昨日ステージで歌ってた子!?」


 ソフィアが話している最中に横から着替えの準備を伝えに来た女性は椅子に腰掛けているエイネルに気付き、一瞬考え込むとすぐに昨日の借り物競走の際にステージ上で歌っていた少女だと言うことを思い出した。

 燃えるように紅色のショートヘアーにソフィアとは対照的な日焼けした薄い小麦色の肌、加工された黒翡翠のように煌めく瞳、雰囲気こそ違うが彼女もソフィアのように美人と言われる類だろう。


「そうだよ。だけど親戚じゃないの。護衛のエイネルちゃん、今日一日彼女達に護衛を頼んでいるの」

「え、護衛頼んだの? もーソフィア、もしかして私達のこと信用して無いの!?」

「お主は誰だ? いや、確か昨日のステージにもいたはず、確か……ヘンリカ・ウエストルだったっけ」

「正解。とにかくソフィア、アンタもそうだろうけど周りの皆もかなり気を使ってる。何かあるにしても逐一報告! それじゃあ皆はもう更衣室行ってるし、私も先に着替えてるね」

「うん。私も直ぐに行く、色々ごめんねヘンリカ」

「良いって良いって、小学校時代からの親友っしょ私達。それじゃあ、すぐに来てね!」


 どこか戸惑いながらも気丈にソフィアを叱咤したヘンリカは微笑みながら二人に手を振り、打ち合わせのテーブル上に畳んで置いてあった衣装を持って更衣室へ向かう。


「仲が良いんだね、ソフィアとヘンリカって親友なんだ」

「うん、小学校時代からの友達なの。私って実は昔は結構根暗で言いたいこと余り言えない子でね、ヘンリカが良く私を庇ってくれた。少しでも彼女に近づきたくて、性格から真似して見た。最初にアイドルユニットになろうって言ってくれたのも、彼女だった」

「そうなんだ。私には同年代のお友達っていないから、何だか凄く羨ましい」

「同年代じゃないけど、私がお友達じゃ駄目かな。励ましにならないかもしれないし、気を悪くするかもしれないけど」

「ありがとう、アイドルがお友達なんて部下にも自慢できそう」

「ぶ、部下? やっぱりエイネルちゃんってどこかのお姫様なのっていけない、急がないと。それじゃあエイネルちゃん、今日はよろしくね」

「まっかせなさい! あ、あとエイネルでいいよ!」

「それじゃあエイネル、任せた!」


 人差し指と中指を立てたソフィアはエイネルにウインクすると駆け足でその場を離れ、打ち合わせテーブル上の着替えを持って走って行く。

 友達――ソフィアの言葉に少し頬が緩み自然と笑顔になっていたエイネルだが慌てて気を引き締めると顔を叩き、なるべく目と耳に神経を配って辺りを見張る。

 更衣室に向かったソフィアと入れ替わるようにリンカードはエイネルの元に戻り、彼女の表情を見て僅かに眉を顰めた。


「どうした、何か嬉しいことでもあったのか」

「え? そう見える?」

「見えるな。まあ別に何でもいいが、さっきお前がやたら楽しく話しているうちに更衣室前でこんな物を見つけた」


 マントから手を出したリンカードが持っていたのは黒く塗られた細い鉄製のロープで、折り畳んであるが長さはざっと10メートルほどだろうか。


「見え難くするため黒く塗り、足が引っ掛かるようにセットされていた。先端には背の高い機材の支えをはずすように設置されていたわけだが、これがどういう意味か分かるな」

「既にステージ内にソフィアを傷つけようとしている人がいる。いや、ソフィアだけじゃない」

「俺がこれを見つけてすぐに女が一人更衣室に向かって走って言ったな。その後すぐにソフィアにも会ったが、どちらも下手をすればこいつに足を引っ掛けて大惨事。大きな機材だったから最悪死ぬ可能性もある」

「悪戯にしては度が過ぎてる。リンクは誰がそれを張ったか分かるの?」

「まあ予想が付かないってわけじゃないがまだまだ不特定過ぎるな。やはり現場を抑える必要がある。さて、もうすぐライブが始まるな。金も貰ってるし、しっかりやるか」

「うん! 何よりソフィアは友達なんだ。人間の友達を魔王が護るのは変かもしれないけど、魔王が護って何が悪い!」


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