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魔王が泣いて何が悪い


 振り上げられた刀の切っ先をエイネルは倒れている男の喉元目掛けて一気に振り降ろし、リンカードが止めようとするが距離的に間に合わない。

 しかし一直線に突き刺そうとした剣の側面から投げられた鋭角的な武器によって弾かれると軌道が逸れ、悲鳴を上げた男の首の皮一枚だけを貫いて地面に深々と突き刺さる。

 火花を散らして地面に落ちた武器は結ばれていた紐が引っ張られると店の出入り口の方へ跳び、いつの間にか戻って来ていたカナデの手に小さな武器が綺麗に納まった。

 全員がその一瞬のやり取りに虚を突かれ、明らかに鬱陶しそうな目でカナデを睨んだエイネルはすぐに魔剣を引き抜くと再び振り上げるが、後ろから迫ったリンカードが彼女を羽交い絞めにして動きを抑える。

 それでも諦めなかったエイネルは手首のスナップだけで魔剣を飛ばしたが、それも再びカナデが放った槍の先端のような武器で弾かれて男の顔の横に突き刺さった。


「もう止めろエイネル! はっきり言うぞ、俺が迷惑だから止めろ」

「でも……こいつは……」

「隊列に居ない部下がいたので戻って来てみれば、これは一体何事です。何やら殺伐とした雰囲気でしたが」

「副隊長! 聞いてくれ、こいつがいきなり襲って来たんだ! しかもこいつは魔お――」

「うるせーテメーは黙ってろ!」

「ぐおぁ!?」


 起き上がった男がエイネルを指差し正体を暴露するよりも早くリンカードの放った延髄蹴りが男の首を捉え、豪快に吹き飛ばされた男の背中をカナデが足で抑えて押し止める。

 紐を引っ張って武器を手元に戻したカナデはしゃがみ込んで倒れている部下の首筋に指を当て、辛うじて生きていることを確認してからエイネルと彼女を抑えているリンカードに視線を移した。

 倒れている男を激しい形相で睨みながらも抑えつけられているため動こうとしないエイネル、本気で暴れられたら抑えきれないため余り強く締め付けないリンカード。

 何が起きたのかは今ここで倒れている男に聞かなければ詳細は分からないだろうが何が起きたか大体想像できたカナデは立ち上がり、刺さっていた魔剣を引き抜くとそれを丁寧にエイネルへと差し出す。


「私の部下が申し訳ないことをしました。身体検査ですら愚痴一つ漏らさなかった少女が、理由なくこのようなことをするとは思えない。この男はバックフォースに配属されたばかりで、北方警備軍気分が抜けていなかったのでしょう。私の方で厳罰に処しますので、どうかそれでお許しください」

「断る。そいつは私の誇りを踏み躙ったんだ、燃え滾る鉄板の上で土下座でもさせない限り気が納まらない」

「どうかそこを、寛大な心で見逃すわけにはいかないでしょうか。我々は今、重大な任務でなるべく急を要します。正直、ここで時間を喰う訳にはいかないのです」

「私が謝ってほしいのはお主ではない。そこで気絶している、そこの男だ」

「もう良いだろうエイネル。そこの馬鹿には十分恐怖を刷り込んで、気絶するほどの攻撃をした。いやまあ気絶させたのは俺だけどさ」

「でも!……ごめん、リンク。迷惑……だったよね。もうこれ以上何もしないから、放して」


 俯きながら掠れた声で言葉を漏らすエイネルを見たリンカードはゆっくりと腕を解き、差し出された魔剣を受け取るとそれを鞘に納める。

 もう一度エイネルに頭を下げたカナデが懐から取り出した笛を鳴らすと、外で待機していた先ほどの副官らしき男が速やかに店内に入り、倒れていた隊員を担ぐとカナデに敬礼してからすぐに出て行った。


「忙しい任務中だからスピード優先で問題を起こさないと思っていた私の判断ミスです。エイネルさん、と呼ばれていましたね。ありがとうございます」

「何でお礼なんて言われないといけないの。私、あの人を殺そうとしたんだよ」

「ですが結果的に殺されなかった。もし別の場面で貴方のように冷静な判断を下せる者が相手だった場合、私はその人を傷つけてでも止めないといけないところです。それにあの男も、少しは骨身に染みたでしょう。この仕事は、遊び感覚で出来るものではないと」

「結局お前たちにとって一番都合が良かった展開ってことか。とにかく用は済んだんだろう、エイネルが冷静なうちに早く視界から消えてくれ」

「そうですね、それでは失礼します。もし次会うことがあるならば、その時は非礼無きように努めます。では」


 踵を返したカナデは足音無く駆け出すとエイネル達の前から姿を消し、嵐が去った様な静けさになってようやく店長は椅子から立ち上がって壊れた商品棚へと歩み寄る。

 部屋の隅で膝を抱えながら俯いているエイネルを横目に見ながら散乱している商品を片づけ出し、リンカードは頭を掻きながら溜息をつくと彼女の横に座って何も言うでもなくただ天井を見つめる。

 短い付き合いとは言えあそこまで激怒するとはさすがのリンカードも想像できなかったらしく、今さらながら先ほどのエイネルを宥める理由が酷過ぎたかもしれないと思い始めた。

 困り果てたリンカードは店主に助け船を求めたが「お前がどうにかしろ」とでも言わんばかりに顎で指され、目のやり場に迷った彼の耳に聞こえて来たのは、必死に抑えようとする小さな嗚咽。

 顔を向けると俯いていたエイネルの瞳から僅かに涙が流れているのに気付き、魔王がこんな場所で無くと言うシュールさと気まずさに思わず手を彼女の頭に乗せて撫でてしまった。

 慰めようと思って取った行動だがリンカードの手の感触を感じたエイネルは抑えていた涙腺が緩み、小さかった嗚咽もさらに大きくなって流れる涙も先ほどより遥かに多い。


「ウオッ!? ス、スマン。自己中な理由でお前を止めておきながら頭撫でられたらそりゃ怒るよな」

「違うの! 私は……りっ……リンクに迷惑掛けたのに……リンクが……うぅ……ごめんなさい……」

「お前……阿呆、迷惑なんて掛けてない」

「えっ?」


 顔を涙で濡らし赤く充血した瞳で横に座るリンカードは見上げたエイネルは再び頭に手を置かれ、店内が暗いせいかもしれないが彼の顔が今まで見たことがない様な優しい表情を浮かべていた。


「良く我慢してくれた。お前があそこで抑えなかったら、最悪ここは今頃死体だらけになっていただろうよ。俺の自己中な言葉を聞いてくれて感謝する。まぁ、泣きたいなら好きなだけ泣け」

「はは、私は魔王だぞ……な、泣くわけないじゃないか」

「無理するな。魔王が泣いて何が悪いんだ。誰も聞いて無いし、泣きたい時は泣いた方が良い。おいクルートの爺さん、何も聞こえてないよな?」

「あぁー最近耳が悪いし作業に集中する時は……ほれ、耳栓をするようにしているから何も聞こえんな。あー何も聞こえん」

「ほらな、誰も聞いてな――」

「うえあああああああああああああああああ!!!!! 悔しい悔しい悔しい!!!!! でもごめんなざいいい!!! ふえええええええええええええええええん!!!!!」


 リンカードのマントにしがみ付いたエイネルは抑えていた憤りと悲しみを吐き出すと同時に再び大量の涙が流れ、微笑みながらも溜息をつくと頭を引き寄せて軽く抱きしめる。

 焦っていたので上の鎧は結局装着せずにエイネルを止めに入ったのだが、怪我の功名か今回に限っては冷たく硬い鎧よりも普通に接した方が色々と都合が良い。

 数分間泣き続けたエイネルはようやく落ち着いて来たのか最後にリンカードのマントで涙を拭き取り、真っ赤になった顔と目を擦りながら立ち上がった。


「ありがとリンク、もう大丈夫」

「よし、それじゃあ用も済んだからそろそろ出発す――」

「ちょっと待て、修理費を払って行けよ」

「問題ないぞエイネル、クルートの爺は耳栓してるからアレは独り言だ。今のうちにさっさと店を出るか」

「あはは、相変わらずリンクは腹黒いね。でもあの人にも迷惑掛けたから、やっぱり謝らないと」


 上半身の鎧を掴んだリンクがすぐさま店を出ようとしたがエイネルは商品棚の整理を大凡終えたクルートの前に立ち、真顔で数秒間見上げてから黒髪を派手に揺らして頭を下げる。


「ごめんなさい! 私がその、もっとうまく避けてたりすれば良かったのに」

「全くだ……と言いたいところだが、お前さんは別に悪くない。むしろアレ以上暴れないでくれて助かった。ところで念のために聞きたいんだが、譲ちゃんは魔王なのか?」

「うん。それもごめんなさい、魔物が店に居たら迷惑だよね。すぐに出て行くから」

「別にワシは人間だろうが魔物だろうが化物だろうが金になる奴なら問題ないし、それに譲ちゃんは礼儀が良いからむしろ上客だ。魔王か、立派な魔王になれよ」

「おーおー爺が将来有望な魔王様を口説いてるのか。こりゃ何かしら裏があるぜ」

「当たり前じゃろ。将来有望な魔王を常連に出来たならお前、魔界にはエレメントや魔具が沢山あるって聞くじゃないか。少しばかり融通してもらっても罰は当たるまい」

「うーんさすがに何か問題ありそうだけど、じいちゃんは優しいから少しぐらいならいいよ。エレメントその辺に結構転がってるから」

「本当か!? うぅむ、これは本気で期待しても良いかもしれん。譲ちゃん、頑張れよ!」

「ありがとう! じゃあ私達はもう行くね。私が立派な魔王になるまでは、じいちゃんもくたばっちゃ駄目だよ」

「ははは、こりゃまだまだ死ねんな。毎度ありーっと」


 茶化しながらもさっさと鎧を装着したリンカードは後から気が変わって何か言われても嫌なのでさっさと店を後にし、エイネルも振り向き際に一度ウインクしてから店を出て行く。

 静かながらも大人数で移動していたバックフォースが通ったためか先ほどまで路地裏で集まっていた柄の悪い連中が消えており、二人は相変わらずじめじめした君の悪い通路を歩き続けた。

 しばらくすると先ほど同様に人工的な光と幻想的な雰囲気を放つ大通りにエイネルとリンカードは戻り、何故か知らないが妙な安心感がエイネル心の中に溢れる。

 とりあえず本日の宿を探すことが最優先なのだがまだ太陽もそこまで昇ってないので、早速何やら人だかりが出来ている場所へ興味本位で突っ込んで行くエイネルの肩をキャッチ。


「ぐぬぬ、何がやってるか見たいよー。ねえリンクも見て行こうよ」

「落ち着け、まだ朝だし時間はたっぷりある。せっかく暇な時間があるんだ、たまにはお前が行きたいところに付き合ってやろうと思ってな」

「え? 本当に!? 凄く嬉しい……んだけど、行きたいところと言われても私どこに何があるか全然知らないよ」

「あっ、それもそうか。そうだな、じゃあ俺が適当に案内してやろう。この都市には何回か来たことあるが、毎度毎度やってることが違い過ぎてイマイチ要領が掴めないんだがな」

「それでも全然問題ないよ。むしろ私、リンクが連れて行ってくれる所に行きたいかな。あっ! そう言えばパパから聞いたことがある。こう言うのってデートって言うんでしょ?」

「デートって……何か違う気がするな。むしろ我儘ばかりの妹の要求を仕方なく飲む兄貴って感じがするんだが。俺に兄の資格はないしなぁ」

「つべこべ言わない! ほらほら連れてって、勇者とデートして何が悪い!」


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