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魔王がキレて何が悪い!

 警察が集まって来たのでエイネルとリンカードは面倒を避けるため急いで事件が起きた場所を離れ、再び幻想的な雰囲気を持つ街並みの中へ溶け込んでいた。

 カラフルデイズは万年お祭り騒ぎのように何かしらのイベントが至るところで開催されているため、都市全体の熱気は王都カルティネリアよりも凄まじい。

 辺りを見渡せば相変わらず路上ライブをしているバンドメンバーやユニットを組んでいるアイドルを目指す少女達、何か場違いだがギターのようで妙な音が鳴る楽器を奏でる老人などまさに多種多様。

 確かにアイドルやミュージシャンなど関連ある職業を目指している人間からすればまさに毎日が色取り取りの刺激のある日々、この都市が『カラフルデイズ』と呼ばれている意味がエイネルは何となくわかった。

 楽しそうな人々がそこかしこで活動しているのにリンカードはどれも見て行こうとはせず、ただ黙って人を避けながら一直線にどこか目指している。


「ねえリンク、周りは楽しいことたくさんしているのにどうして何も見て行かないの」

「何だ、もしかしてお前は興味があったのか?」

「そりゃ私だって音楽とか絵画とかは大好きだよ。こう見えても私は音楽の成績が最高ランクなんだよ、ドヤァ!」

「ふーん、あっそう。まあそれは別にどうでも良いとしてだな」

「っておい」


 エイネルの宙への切れのある突っ込みを無視し、リンカードは腰に提げていた巾着を取り出すとそれをエイネルの前で振って見せる。


「まず先に金銭の確保だ。もう少し進めば知り合いが経営しているエレメントの買い取り屋があるからな、そこまで我慢してくれ。取引はあっと言う間に終わる」

「エレメント持ってたなら何でグリーンシュタットで交換しなかったの? アルバイトする必要無かったじゃない」

「昼飯食う前に贔屓にしてた買い取り屋に行ったんだが、逮捕されたのか潰れててな。仕方なくこっちで売ることにしたのさ、元々非合法な商品も扱う婆さんだったから仕方ないと言えば仕方ないな。俺の名前がリストから漏れてないと良いけど」

「えっ、それっともしかするとリンクも犯罪者として扱われている可能性があるってこと?」

「可能性はあるな。若い頃はまともに魔物を倒すことが出来なかったからな、割と非合法な物も売ったりして食い繋いでた。ま、お前には関係ないことだ。ほれ、着いたぞ」


 大通りから少し外れた脇道へ滑り込むように入って行ったリンカードの後にエイネルも続き、先ほどまでの華やかさとは打って変わって裏側は酷くじめじめしていて薄気味悪い。

 通路の端でしゃがみ込んでいる数人の若い男達も先ほどまでの通行人とは違い非常に柄が悪く、バタフライナイフや包丁を回しながら睨みつけて来るがリンカードは気にすることなく真っ直ぐ進む。

 明らかにエイネルに向けて舌打ちしたり眼を飛ばしている者がいるのだが、そんな安い挑発に乗って弱い人間を嬲り殺しにするほど彼女は馬鹿ではない。

 数分間そんな感じの空間を歩き続けるとリンカードはやはり綺麗さがまるで感じられない汚らしい店の前で立ち止まり、ドアを四回ノックすると扉が少しだけ開けられた。


「一寸先は?」

「阿呆みたいな問答してないでさっさと開けろ爺」

「ははは、言うと思ったぜ。入りな!」


 暗い声で問い掛けて来た老人にリンカードは容赦のない口調で無骨に言い放ったが、それを聞いた老人は気を悪くするわけでもなく溌剌に笑って扉を開けた。

 リンカードに続きエイネルも扉を通ると裏路地同様に店内も薄気味悪い雰囲気に包まれており、天井に吊り下げられているランプの明かりは濁っていて、蛇やトカゲと言った爬虫類の干物がぶら下げられている。

 おまけに魔物の頭だと思われるものを妙な液体に付けた便が大量に置かれており、内臓や眼球など良く分からない物まで用意されていて正直エイネルにとっても相当気持ち悪い。

 液体に浸けられた何百と言う目玉に見られていないと分かっていても視線のようなものを感じてしまい、エイネルは表情を引き攣らせながら目のやり場を変えたがその先にも串刺しになった蜘蛛の群れや何かの脳味噌など頭がくらくらして来る。

 そんなエイネルを余所にリンカードは手持ちのエレメントを老人へと差し出し、ルーペを取り出した老人は椅子に座ると渡されたエレメントの査定に入った。


「ふむ、中々上等なエレメントだな。消耗も無いし、余計な傷が付いていないから魔力の漏洩もなさそうだ。これなら50万でどうだ?」

「安過ぎる、グリーンシュタットのアドラスの婆なら70万は出すぜ」

「そう言えばアドラスの奴、麻薬派手にやり過ぎて『バックフォース』に捕まったらしいぞ。良い年して大きな借金抱えやがってな、無茶振りした結果だ。まあ奴も刑務所の方が安心して寝れることだろうよ」

「高が麻薬の検挙にバックフォース? おいおい、本格的に俺の名前が書かれたリストとか渡ってないか心配になって来た」

「それなら安心しろよ、同業者が顧客確保のためにバックフォースより先にリストを奪って行ったそうだ。お前さんの名前はバレてないはずさ」

「だと良いがな。で、結局いくらで買ってくれる?」


 何やら後ろで店内のグロテスクさに辟易しながら部屋の隅で蹲っているエイネルを見て、リンカードは世間話を切り上げて結論を急がせる。

 老人は改めてエレメントをあらゆる角度から見定め、同時に手元に値段のレート表を置きつつ慎重に計算していった。


「65万、これ以上は出せん」

「むむ……仕方ない、まあそれでも良いか。65万で手を打つ」

「毎度ありっとね」


 カウンター上のエレメントを後ろの籠に入れた老人は銅貨と銀貨を数枚取り出すとリンカードに渡し、彼もしっかりと金額分あることを確認してから巾着にしまう。


「ところで後ろのお譲ちゃん、あれはどこから誘拐して来たんだい」

「んな真似するわけないだろうが。あいつはアレだ、えーっと色々あって一緒に旅をしている仲間だ。別に疾しい気持ちはこれっぽっちもないぞ」

「そうかい? 見れば中々良い素材じゃないか、アレぐらい可愛ければ将来性を見込まんでも欲しがる輩は多いと思うが」

「もしそんな奴が居ても俺が全力で止めてやるよ、そいつの保身のために」

「何だあの娘、そんなにおっかないのか? とは言えここは余りよろしくないようだ、早く連れ出してやりな。パンツ視えてるし」

「マジでかってそうじゃねーよ。いつ頃になるか分からんがまた来るから、アンタは簡単に捕まったりするなよ……ふむ、黒か」

「しっかり見てるじゃねーかこの変態が」


 二人は小声で話していたつもりだが聴覚が異常に良いエイネルには全て聞かれており、彼女が魔剣の柄を握って立ち上がろうとした瞬間、ここに向かって来る複数の足音が外から聞こえてきた。

 決して荒々しいタイプの足音ではないがそれにしては異常に移動が速く、何よりまるで猛獣が狩りの前に気配を消して移動するかのように足音も小さくしか聞こえない。


「リンク、誰か知らないけどここに向かって来て――」

「全員動くな! 動いた者は国家反逆罪と公務執行妨害で逮捕する!」


 エイネルが行動するよりも一歩早くスーツのように小奇麗な軍服に身を包んだ男達が剣を構えながら店内に雪崩れ込み、店長とリンカード、エイネルの周りを囲い込む。


「おいおい爺、もしかしてやっちゃったのか?」

「冗談じゃない! 何もしてないわい!」

「動くな。安心してほしい。ただ調査に協力して欲しいだけです」


 軍人たちが完全に店内を制圧すると若い女性の声が外から聞こえ、三人が入口を見ると先ほどエイネル達が目撃した黒ずくめの少女がゆっくりと店内に入って来た。

 店長はかなり不服そうな表情で溜息をつくが、リンカードとエイネルは下手な動きはせずただ黙って少女が店内をきょろきょろと見渡すのを見つめる。


「お訊きたいことがある」

「その前に名乗れ。ここはワシの店だ、用がないなら出ていけ」

「失礼しました。私達は王国諜報部バックフォースの実働部隊です。先日カラフルデイズで大規模な魔石の取引が行われた情報を掴みまして、その調査をしているんです」

「魔石の取引? 悪いがワシは全く知らんね、用が済んだならさっさと出て行ってくれ」

「そうですか。申し訳ありませんが、少し店内を調査させていただきます。それと持ち物のチェックも」

「面倒臭いな、さっさと済ませてくれ」


 リンカードの反抗的にも取れる態度が気に入らないのか軍人の一人が舌打ちするが全く気にした様子もなく、マントをはずしてから鎧と剣など装備品を地面に置いた。

 厄介事を避けたいのはエイネルも同じなのでリンカードに倣って魔剣と肘当てなどを地面に置いて行き、男達がまるで遠慮することなくエイネルの服の上から軽く体を触ってナイフなどを隠していないか確認していく。

 店長とリンカードも同じように身体検査を受けたがあっさりと終わり、次に男達がとった行動は持ち物を手に取って入念に調べると言う必要以上なもの。

 本題はあくまで本当に調査協力の要請なのだろうがまるで重箱の隅を突いてでも犯罪を見つけ出すと言わんような仕草で、エイネルは自分の正体がばれないか心配していたがリンカードが心配しているのはむしろ彼女が持っている魔剣。

 魔法にある程度通じたものなら触れた瞬間にそれが魔剣であると判断可能、軍人なのだから当然魔法は及第点だろうし増して相手はバックフォース、最悪の展開しか思い浮かばない。


「カナデ様! 店内に魔石らしき物は見つかりません!」

「この者達の所持品の中にも、魔石らしき物はありません!」

「娘の持ち物の中にも魔石らしき物は……むっ! こ、これは!?」

「どうした?」


 リンカードは嫌な予感が的中したせいで溜息をつき、カナデと呼ばれた少女は男が持っていた剣を見て何を言いたいのか大凡察した。

 男から魔剣を受け取ったカナデは刀身を見るとその妖艶な輝きに指先で軽く触れ、まるで背中から巨大な山が自身を押し潰さんと迫って来るような圧迫感に額から汗が流れる。


「魔剣ね、それも相当な代物。貴方、これはどこで手に入れたの?」

「一族の家宝だ。用が済んだなら返して、パパから誕生日プレゼントにもらった大切なものなんだから」

「娘、これは明らかにお前のようなガキが所持して良いレベルの物ではない。どこで手に入れた? 正直に言わんと虚偽申告で捕縛するぞ」

「本当に私の家宝だ! ほら、返してよ!」

「返して差し上げなさい。私達は追剥をしに来たのではないのよ。任務の本質を見失っては駄目」

「了解しました! 調査協力、感謝します! 全員、次のターゲットに向かうぞ!」


 副官だと思われる男の指示に従い店内の軍人たちは一足先に出て行ったカナデの後に続いて出て行き、そんな中で肘当てを付け直しているエイネルの前に男が一人やたら威圧感を放ちながら歩み寄る。


「副隊長はああ言ったが、やはり小娘が魔剣を持つなど分相応ではない。よってこれは没収する」

「お主は何を言っておる。言っておくがこれ以上触れて見ろ、容赦しないぞ」

「これぐらいの楽しみがなくて軍隊やってられるか! 小娘は黙って言うこと聞いてろ!」


 膝にプロテクターを付けていたエイネルの腹部を男は何の忠告もなくいきなり蹴り飛ばし、彼女の小柄体が軽々と吹き飛んで後方の商品棚へと叩きつけられた。

 店内から出て行く他の軍人たちはそれを咎めるでもなくまるでショーでも見るかのように陰湿に笑いながら見つめ、エイネルを蹴り飛ばした男は地面に置いてあった魔剣を手に取るとその刀身を晒す。

 心に宿る闇を最大限に引き出すことを助長するかのような妖艶で美しい輝きを放ち、リンカードが止めに入ろうとしたが鎧の装着がまだ終わっていない。

 魔剣に心奪われていた男だがエイネルが何事も無かったかのように服についた埃を払いながら立ち上がると何故か怒りが込み上げ、助走を付けて再びエイネルの腹部を蹴り飛ばす。

 先ほどよりさらに強い力で商品棚に叩きつけられたエイネルは木材を貫通すると地面に落ちるが、それでも何事もなかったかのように立ち上がって男の前へと戻って来た。

 さすがにエイネルの異常性を感じ取った男は彼女が近づくにつれて一歩ずつ後ろに下がるも、背中が商品棚にぶつかりこれ以上は逃げることが出来ない。


「今ならまだ許してやる。それを返せ、お前には過ぎた物だ」

「このッ……小娘に馬鹿にされっぱなしで納得できるか! だが副隊長が返せと言っていたなら仕方ないな、ほらよ!」


 男は魔剣を高く掲げるとそれをエイネルの前に叩き付け、バウンドしたそれは彼女の横を飛んで足元へ落ち、さらに鞘に向かって飛んで来たのは男の吐いた唾。

 表面上には見えないが脳内の何かが弾けたエイネルはしゃがみ込むと魔剣を拾い上げ、その場から立ち去ろうとした男の服を背中から掴んで強制的に地面に叩きつけた。

 何が起きのか男が理解するよりも早くエイネルは魔剣を引き抜き、後頭部を打ち付け意識が朦朧としている男の喉元へその切っ先を皮一枚切る程度に突き付ける。

 既に他の軍人たちは出て行っているため男を助けてくれる姿は無く、小さな悲鳴を上げて逃げようとするもエイネルが切っ先をさらに押し付けて男を逃がさない。


「私は別に人間が嫌いではないが、お主のようなものは別だ。何の権利があってお主は人の大事なものをぞんざいに扱う権利がある? もしや今までもこのようなことを繰り返していたのか?」

「お、俺はカルティナ王国諜報部バックフォースの軍人だぞ。こんなことをしてただで済むと思っているのか」

「お主が何者かなど私が知ったことではない。どんなに偉かろうが、どんなに権力があろうが、お主のような屑は私が信じていた人間ではない!」

「エイネル! 落ち着け、そいつを殺すとお前は確実に指名手配だぞ!?」

「五月蠅い! これはパパの形見、私は許せない! 確かに相手は取るに足らない人間だけど、魔王がキレて何が悪い!?」


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