おれんち
家にかえり、汗ばんだ体操服を袋から出すとツンとした臭いがした。
青いカゴに勢いよく放り投げる。
「兄ちゃん失恋でもしたのかよ?」
そういったのは俺の弟・一樹だ。
小2だと言うのに何とも憎らしい顔で聞いてきた。
どいつもこいつも高校生の悩み=恋愛と思いやがって。(間違ってないけど)
「まぁ兄ちゃんに彼女なんかいないよね」
悪気が有るのか無いのかさっぱり分からない顔だ。
小学生の心理はよく分からない。
そう思っているとTVから『ダッターーーン!!!!!』という威勢のいい効果音が聞こえてきた。
その音に吸い寄せられるように一樹はTVに飛んでった。
そうだ。毎週木曜日の午後6時半から始まるヒーローものに彼は夢中なのだ。
この30分の間だけは彼の表情は夢見る少年そのものだ。
さて、俺は7時ごろの夕食タイムに向けて米をといで、冷凍のハンバーグを焼かなければならない。
今日は両親とも仕事だから仕方ない。
米をといでいるとき、ふと園田の顔を思い浮かべていた。
一瞬聴いた声も、驚くほど鮮明に思い出す。
俺は気のきつい女が嫌いなわけじゃない。
だからあの言葉にそれほどまで酷いショックは受けていない。
ただ、あの冷たい口調は俺に対してだけ使われているようだった。
女子と話をしている時の園田は別人のように優しい。
男子と喋っているところはあまり見ていないけど、なるほど普通に話している。
俺は嫌われているのかもしれない。
俺は園田のことをあまりよく知らない。
顔が好きだ。
こんな不純な理由で人を好きになるべきでないのかも知れないな。
『ドッパァァーーン!!!!!』
TVからもれだす効果音が俺の意識を白いとぎ汁に浸されている米に戻させた。
「一樹ー。うるせぇぞー」
TVに釘付けの弟の意識はヒーローを追っているようだ。
ただ小さな背中が左右に揺れている。
「ったく…」
今ごろ何をしているんだろう…。
食器を並べているとき、ハンバーグを焼いている時、何故想ってしまうのはそういう事なのだろう。
「兄ちゃん!!!!!!!」
大きな声で俺の事を呼ぶ弟の目が…輝いていた。
こんな目をするときは決まってお願い事をするときだ。
「ん?もう7時か。ご飯にしないとな」
はぐらかす様に言うのだが…全く通用しない。
「兄ちゃんー。お願いがあるんだけど…」
ほら来た。
「稲妻戦隊ライレンジャーの映画みたいの」
「映画??」
映画のお願いとは思っていなかった俺は少し驚いた。
また新しいお菓子を買ってくれとかそういう事だと思っていたんだ。
「稲妻戦隊っていったらさっきやってたTVのか?」
「うん!!!!!!!!」
力いっぱい返事した一樹の目がキラリッと輝いた。
ぐはっ、純粋パワー。
この目で見られる時大半は頼みを断れない。
今回もその大半に入ってしまった…
高校生男子が弟と日曜日に戦隊ものの映画を見に行くってのも寂しいよな…。
でも俺に頼むってことは両親が仕事で忙しいってこと分かってんだろう。
少し弟がかわいそうになった。
俺が出来る範囲のことはしてやるべきなのかもな。
そうこうしているうちに今日も終わる。
明日俺は何してるんだろう。
もう一回くらい話したいなぁ。