プロローグ
あまりに短かったので、プロローグ1(3/6投稿分)とプロローグ2を組み合わせています。その跡地が「はじめに」であるという。
春の昼下がりの午後の授業中、日差しが窓から差し込んでいた。居眠りするにはちょうどいいぐらいだ。このまま寝てしまえ。
でも、そういう場合には邪魔が入るのも付きものである。
「こら、響。寝るな」
「はぁーい」
正確にはまだ寝ていない、という言い訳は意味がないだろう。僕はやる気のない返事をする。先生はその返事に納得がいかない顔をしていたが、授業を優先してかそのまま立ち去った。
さて、居眠り作戦が潰れた今、素直に授業を受けるしかない。だから、授業を一応聞くことにする。だけど、初めからやる気などないので、集中なんて続くはずがない訳で。
授業を聞くのが退屈になり、ふと窓に目を遣った。その窓の外の壁の上には青色の猫が歩いていた。
「はぁ」
思わずため息を吐く。
「響、どうしたんだ?」
先生が僕のその様子を不審がり話しかけてきた。少しまずいかも。
「窓の外に何かいるのか」
先生もそちらを見る。そして、こう告げる。
「何だ、何も居ないじゃないか」
その言葉を聞いて内心ほっとした。
「いえ、大したことではないんですよ。ただ、絶好の居眠り日和なのに、なぜ授業という形で先生のつまらない話なんて聞かなきゃいけないんだろうと、この世の無情さを感じただけで……」
「響、お前の言いたいことは良く分かった。放課後、職員室な」
やばい、地雷踏んでしまった。
「はぁ」
先生が行った後、二度目のため息を吐く。つい本音を漏らしてしまうとは。
僕は窓の方を見て、青い猫の方に目を向ける。
(お前のせいだぞ)
そんな僕の思いを知るはずもなく、その猫はのんびりと歩いていた。
(仕方がないよな)
僕は結局その時間中、その猫の方を見ていた。この後にある恐怖から目をそらすようにして。
放課後、予想通りというか、予定通りというか、職員室で先生の雷が落ちた。とりあえず真剣に謝る(ふり)をして何とか解放された。
校門の外を出ると、例の青色の猫がいた。
「裕也、遅かったね」
この言葉の主はその猫である。僕はその猫についてくるように手で合図して、人気が少ない路地へと移動した。
「何勝手に出歩いてるんだ。おかげで授業に集中できず、先生に怒られたんだよ」
僕の失言のせいでもあるということはあえて黙っておこう。
「そうなの、ごめん。でも、裕也は心配性だよ。大丈夫、ボクたちは普通の人には見えないから」
青の猫はこう告げたのであった。
「念のため、ということを考慮してほしかったんだけど」
まぁ、いいや、そう告げて僕は青く透き通った石を掲げる。
「帰るよ、ミスト。続きは後で」
そして、ミスト――この青い猫――は青い光を発して消え、その光は石の中へと吸い込まれていった。
現在、僕の住みかは学生僚となっている。学校まで徒歩五分程で、寝坊しても十分授業に間に合うような場所である。……もちろん授業開始前に起きられれば、という訳だが。
僕は古びた階段を三階までかけ上がり、自分の部屋へとたどり着く。
「ただいまっと」
一人部屋なので誰もいないんだけど、挨拶は忘れない。習慣でもあるが、時々いる訳だし、ミストとか。
手洗いうがいを済ませ、冷蔵庫からお茶を取りだしてコップに注ぐ。そして、適当にお菓子の袋をあける。
「と、忘れる前に」
僕はそう言って、青色の石と緑色の石を掲げた。そして、中からミストと緑色の鷹が現れた。
「ふー、やっと出られたぜ」
緑色の鷹は机の上に飛び下り、そして床の上に座り込んだミストの方を向く。
「それにしてもザマァねえな、ミスト。勝手に飛び出して叱られるなんて。ちょっとは品行方正なオレを……」
「ウィン、君だって前に勝手に飛び出して、その上騒ぎを起こしたじゃんか」
僕を無視して、言い合いを始めようとする二匹。
「二人ともそこでストップ。ミスト、とりあえずさっきの続きといこうか」
青色の猫のミスト、緑色の鷹のウィン、彼らは言うまでもなく世間では知られていない生物。
彼らの体は魔力によってできており、ゆえに魔力を感じ取れない人には見ることすらできない。とはいえ、霊力者とか、ごくたまにそういうのを感知できる人もいる。だから出歩くのは自重してほしい訳なのだが。
「一日中じっとしてろ、というのも無茶なのは分かるんだけどね。せめて家で待機とか、色々方法はあるだろ」
ただの魔力ではなく、彼らは明らかに自分の意志を持っている。魔力でできた生物ともいえるし、意志を持った魔力が生物の形をかたどったとも言えるだろう。なので、じっとしているのが嫌なのは分かるんだけど、それで面倒に巻き込まれるのは困る。
「ごめん。でも、裕也とも一緒にいたいし……」
彼らの特徴について、もう一つ挙げるべきことがある。それは人間と契約して、使役される存在というものである。僕も契約しているうちの一人で、普段は先ほどから使っていた魔力を持った石である、魔法石の中に入れている。その中に入っていれば、外からは分からないからである。
僕達の間では、意志を持った魔力を精霊と言う。そして、精霊の中でも生物の形を取るもの、それらを精霊獣と言う。
「分かった、分かった。これ以上言っても堂々巡りになるから止めよう。けど、せめて一言ぐらいは言ってよね」
「うん、分かった。今度から気を付けるね」
ミストが申し訳なさそうに頭を下げる。尻尾も先ほどから垂れ下がったままだ。
「ちょっと待て! オレのときはあんなに言っただろうが。贔屓だ!」
「悪気があるかどうかってのは、重要なポイントだよねー」
緑の鷹が何か言っているが、(無視を決め込んでいる)僕には聞こえない。
さて、そんな彼らと契約しているような僕も普通の人とは言えないだろう。
「じゃ、今後の予定を話し合っておこうか」
実は、異世界に行き来している旅人――僕らのうちではゲートトラベラーと呼ぶ――だったりする。
「あ、今日が金曜日だっけ」
「うん、そうだよ」
ちょっとしたきっかけでこことは異なる世界に行って以来、度々出かけている。もちろん、高校生である以上、休日を利用してというぐらいに留めているが。
「よーし、久々に暴れるぜ!」
「ほどほどにしといてね」
僕達はおかしをつまみながら、今日から三日間の予定を決めていく。
「とりあえず、まずはギルドの方に行くとして」
「今回は三日間でできそうなものあるかな?」
「宿題があるんで、早めに帰れるのがいいんだけど」
「何にせよ、まずは行ってみないとな」
「なかった場合だけど、この前行った魔法石の採掘所でいい?」
「ボクは構わないよ」
「オレもいいぜ」
「じゃ、決定」
そう言うと、僕は制服から旅用の衣装に着替えた。水色のシャツとズボン、そして青色のマントを羽織る。
「準備完了。行くよ!」
僕は奥の壁に欠けている擬装用の布を取り外す。そこには魔法陣が描かれている。
「開け異界の扉よ。我等が望む地へと道を繋げ」
そして、その魔法陣から光が発され、僕らはその中へと吸い込まれていった。
次でep1に入ります(といっても実質プロローグも一部ですが)。