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第六話:この世界ガチで詰んでない?



 ……ああ、やばい。


 なんというかもう、頭の中がぐわんぐわんしてきているというか、さっきから流れ込んでくる情報量があまりにも多すぎる上に、その一つ一つが軽く受け流せるような内容じゃなくて、どれもこれも致命的に重いせいで、脳の処理能力が完全に限界を迎えつつあるというか、例えるならチュートリアルすら終えていない初心者プレイヤーがいきなりラスボス戦のど真ん中に放り込まれて、「はいじゃあ世界救ってね」とか言われたときのあのどうしようもない理不尽さに近い感覚で、とにかく今の私は冷静に物事を判断できるような状態には到底ない。


「……落ち着け、私……」


 小さく、けれど自分に言い聞かせるように呟きながら、じんわりと熱を持ち始めたこめかみを指先で押さえる。


 こういうときこそ、パニックに飲まれたら負けだ。

 深呼吸。整理。段階的理解。


 これは現実逃避じゃない。

 戦略的撤退であり、情報処理のための一時停止だ。


 まずは、目の前の状況を一つずつ分解していく必要がある。焦って全部まとめて理解しようとするから、脳が悲鳴を上げるのだ。だったら順番に、理解できる範囲から、丁寧に噛み砕いていけばいい。


「まず、登場人物……」


 そう呟いて、ちらりと視線だけを後方へと流す。


 そこには、私――いや、この身体の主である“公爵”に仕える使用人たちが控えていて、こちらの様子を窺うように不安げな視線を向けているのが見えた。おそらくは突然黙り込んだ主の異変を気にしているのだろうし、本来であれば何かしら言葉を返して安心させてやるべきなのだろうが、残念ながら今の私にそこまで気を回す余裕はない。というか無理。精神的キャパシティが完全にオーバーしている。


「……ごめん、あとでちゃんとするから……」


 心の中でだけ軽く謝罪しつつ、意識を切り替える。


「それから、この世界……」


 ゆっくりと視線を上げる。


 豪奢な装飾が施された部屋。重厚な家具。見慣れない建築様式。どこをどう見ても現代日本ではありえない光景が広がっていて、異世界であることはもはや疑う余地すらない。


 そして何より――


「『Over World』……」


 その名前を、噛みしめるように心の中で反芻する。


 ここが本当に、私が知っているあの世界だとしたら。

 いや、状況証拠的にはもう“ほぼ確定”なんだけど。


 だとしたら。


「……全然、のんびりしてる場合じゃないんだけど?」


 乾いた笑いが、思わず喉の奥から漏れた。


 だってこの世界、一見するとファンタジーらしいロマンや冒険に満ちた華やかな舞台に見えるけれど、その実態はそんなキラキラしたものとは程遠くて、むしろ根本的な部分では取り返しのつかない方向へと転がり続けている――


「普通に終末世界なんだよね……」


 ぽつりと呟く。


 そう、『Over World』の世界観を一言で表すならば、“美しく崩壊へと向かっている世界”。

 見た目は整っているのに、内部は既に限界を迎えている、そんな歪な均衡の上に成り立っている世界だ。


 かつてこの星には、“マナ”と呼ばれるエネルギーが満ちていた。


 それは単なる資源ではない。

 大地を巡り、空気に溶け、生命を育み、まるで血液のように世界全体を循環する、いわば“星そのものの生命活動”とも言える存在。


「要するに、世界の血液みたいなものなんだよね……」


 自分の記憶を整理するように、ぽつぽつと口に出す。


 人類はそのマナを発見し、利用する術を手に入れた。

 最初はほんの些細なものだったはずだ。灯りをともす程度の、小さな恩恵。


 けれど、それは次第に拡張されていった。


 エネルギーとしての利用。

 兵器としての応用。

 医療、生活、交通、あらゆる分野への浸透。


 気づけばマナは、文明を飛躍的に発展させる“万能資源”へと変貌していた。


「便利すぎると、ろくなことにならないんだよなぁ……」


 思わずため息が漏れる。


 ここまでは、まあよくある話だ。

 問題は、その先。


 マナは本来、自然循環によって維持される“有限資源”だった。

 つまり、使えば減る。使いすぎれば枯渇する。


 そんな当たり前の理屈すら、人類は見ないふりをした。


 いや、正確には――


 わかっていて、やめられなかった。


 便利すぎたから。

 依存してしまったから。


「で、結果がこれ、と……」


 指を折りながら、現状を整理していく。


 まず、資源の奪い合い。


 マナ採掘権。

 霊脈の支配。

 それらを巡って、世界は分断された。


 七つの大陸。

 それぞれが異なる思想と目的を持つ国家として対立している。


「アストリア連邦、ヴァルガ帝国、シルヴァナ教国……」


 自然と名前が口をつく。


 魔導科学を極めた技術国家。

 軍事力で全てを制圧しようとする帝国。

 宗教によって民を統制する教国。


 さらに、資源枯渇地帯に生きる勢力、極寒環境に適応した異端国家、自然との共存を選んだ集団――


「……で、極めつけが魔界境界域、だよね」


 そこに至って、思わず顔をしかめる。


 第七大陸。

 マナが暴走し、環境そのものが変質した場所。


 そして、そこから生まれた存在。


「魔族」


 その単語を口にした瞬間、空気がわずかに重くなった気がした。


 気のせいかもしれない。

 でも、それくらいこの存在は重い。


「ただの敵じゃないんだよね、あれ……」


 そう。


 魔族は単なるモンスターではない。

 かつては人間だったもの、あるいは生き物だったものが、マナに侵され、変質した存在。


 つまり――


「人類のやらかしの産物、なんだよね……」


 苦い感情が胸に広がる。


 しかも彼らには意思がある。

 社会がある。

 文化すら存在する。


 ただし、その存在そのものがマナを“喰らう”ため、世界のバランスをさらに崩していく。


「詰んでない? この世界」


 思わず本音が漏れた。


 内戦。資源枯渇。種族対立。環境崩壊。

 どれか一つでも十分すぎるほど厄介なのに、それが全部同時進行しているとか、どう考えても難易度設定がおかしい。


 そしてさらに。


「人間も実は……って話、あったよね……」


 ゆっくりと記憶を辿る。


 物語の中盤で明かされる仮説。

 人間もまたマナに適応した存在であり、魔族との違いは“制御するか順応するか”の差に過ぎないのではないか、という話。


「つまり、同じルーツの可能性あり、ってことか……」


 もうやだこの世界。重すぎる。


 倫理的にも哲学的にも、軽い気持ちで触れていいテーマじゃない。


 そんな世界において。


「……で、そんな世界に現れるのが」


 私はゆっくりと鏡を見る。


 そこに映るのは、相変わらず無駄に完成度の高いイケメンの顔。


 そして――


「“マナを繋ぎ直す力”を持つ存在……クリス」


 それが、この身体の本来の持ち主。


 マナを消費するでもない。

 喰らうでもない。


 ただ、流れを修復する。


 人類でも魔族でもない、“境界の存在”。


「……主人公すぎるでしょ」


 思わずツッコミが漏れる。


 設定、盛りすぎじゃない?

 背負ってるもの、重すぎじゃない?


 しかも最終的に。


「どっちか切り捨てるか、新しい道を作るか、っていう究極の選択させられるんだよね……」


 静かに呟く。


 人類を取るか。

 魔族を取るか。

 それとも――


「……第三の道、ね」


 小さく息を吐く。


 そして。


「……いや、待って?」


 ふと、現実に引き戻される。


 今整理した内容。

 全部。


「私がやるの?」


 沈黙。


 数秒の、完全な沈黙。


 思考が止まり、時間が止まり、世界が一瞬だけ静まり返る。


 そして。


「無理なんだけど!!!」


 全力で叫んだ。


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