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第一話:その転生、ちょっと待った



 人は死ぬとき、走馬灯を見るというけれど、正直なところ私はそんなドラマチックなものを一切体験しなかった。むしろ最後の記憶は、仕事帰りのコンビニで買ったスイーツを「今日はご褒美だしカロリーは見なかったことにする」と自分に言い訳しながらレジに並んでいた、あまりにも生活感に満ちた一コマで、気づけばその続きもなく、いきなり意識がぷつりと途切れていたのである。


 つまり何が言いたいかというと――


「……ここどこ?」


 目を開けた瞬間に広がっていたのは、白い。とにかく白い。床も壁も天井も、果ては空間そのものが発光しているんじゃないかと思うくらい白一色で、遠近感すら曖昧なその場所にぽつんと立たされている自分の状況があまりにも現実離れしていて、夢にしては妙に意識がはっきりしているし、かといって現実にしては説明がつかなさすぎる。


 とりあえず頬をつねってみたが普通に痛かったので、ああこれは夢じゃないやつだ、と早々に諦めることにした私は、次に「じゃあここは何なのか」という疑問に移行しようとした、そのときだった。


「ようこそ、こちらへ」


 声がした。やたら澄んでいて、やたら耳に残る、いかにも“神秘的存在です”とでも言いたげな、妙に完成度の高い声が。


 振り向いた先にいたのは――


「……え?」


 思わず間抜けな声が出たのは許してほしい。だってそこに立っていたのは、どう見ても、どうひっくり返しても、二次元からそのまま飛び出してきたんじゃないかと疑うレベルの美少女だったのだから。


 透き通るような白い肌に、光を受けて柔らかく揺れる銀髪、背中には絵に描いたような純白の翼がふわりと広がっていて、加えて神々しさを強調するかのように頭上にはリング状の光まで浮かんでいるという、テンプレートをこれでもかと詰め込んだ存在が、にこやかにこちらを見ている。


 いやいやいや、待って。待って待って。


「え、何その完成度。コスプレ? それとも最近のバーチャル空間ってこんなに進化してるの?」


「残念ながらどちらでもありません。私は天使です」


 さらっと言い切られた。


 いや、うん、見た目だけなら百歩譲って信じてもいい。でも自己申告で天使って言われると、途端に胡散臭さが跳ね上がるのはなぜだろうか。


「……宗教の勧誘とかじゃないよね?」


「違います」


「新手の詐欺とかでもない?」


「違います」


「じゃあドッキリ?」


「それも違います」


 ここまで一切の間を置かずに否定されると、逆にこちらが疑う余地を失っていくのがなんとも納得いかないが、少なくともこの美少女――自称天使は、こちらを騙そうとしている雰囲気ではないらしい。


 となると。


「……じゃあ、ほんとに天使?」


「はい」


 即答だった。迷いがなさすぎて、むしろ清々しい。


 私はしばらくその顔をじっと見つめてみたが、嘘をついている様子はまるでなく、むしろ「当然の事実を述べていますが何か?」という余裕すら感じられて、なんだかこちらが疑っているのが申し訳なくなってくるレベルである。


 いや、でも。


「天使ってことは……私、もしかして死んだ?」


「はい、残念ながら」


 やっぱりか。


 とはいえ、そこに関しては不思議とショックはなかった。というのも、直前の記憶が曖昧すぎて実感が伴わないのと、何より今のこの状況があまりにも非日常すぎて、死んだという事実すら一つのイベントのようにしか感じられないのだ。


 むしろ気になるのは、その先。


「で、ここって天国? それとも地獄?」


「どちらでもありません。ここは“中継地点”です」


「中継地点」


「はい。寿命を全うできなかった方への、救済措置を案内するための場所になります」


 救済措置。


 なんとも物騒で、かつ都合のいい単語が出てきた。


「……救済って、何するの?」


 私がそう尋ねると、天使は一歩こちらに近づき、にこりと、いかにも“ここからが本題です”とでも言いたげな笑みを浮かべてから、やけに丁寧な口調でこう告げた。


「《異世界転生キャンペーン》のご案内です」


「……はい?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。いや、単語自体はわかる。異世界も転生もキャンペーンも、それぞれ知っている。でもそれが一つのフレーズとして繋がった瞬間、急に現実味が消えるというか、むしろ一周回ってギャグにしか聞こえないというか。


「キャンペーンって何。ポイントでも貯まるの?」


「いいえ、特典が付きます」


「いやそれもうほぼ同じでは?」


 思わずツッコミを入れてしまったが、天使は気にした様子もなく、淡々と説明を続ける。


「本キャンペーンでは、転生先の世界を自由に選択できます」


「自由に?」


「はい。あなたが想像できる世界であれば、どのようなジャンルでも構いません」


 ――は?


 思考が一瞬停止した。


「さらに、能力の設定も可能です。いわゆる“チート”の付与も許可されています」


 待って待って待って。


 情報量が多い。


 いや、多いというか、明らかにおかしい。


「つまり、理想の人生を設計できるということです」


 にこやかに、しかし決定的な一言が投げられた。


 理想の人生。


 それを、自分で、設計できる。


 ……そんな、ゲームみたいな話がある?


 いや、あるらしい。目の前の天使が、あまりにも当然のようにそれを提示しているのだから。


 だったら。


 だったら、答えはもう、決まっている。


 頭の中に浮かぶのは、日々のストレスも責任も何もかもから解放された、夢のような光景。


 優しくて、かっこよくて、包容力があって、ついでに顔もいい男性たちに囲まれて、何をしても肯定されて、甘やかされて、愛されて、何不自由なく生きていく――そんな、あまりにも都合のいい理想郷。


 そう、それこそが。


「ハーレム、だよね」


「はい?」


 天使がわずかに首を傾げる。


「いや、だってせっかくならさ。イケメンに囲まれて、ちやほやされて、人生イージーモードでしょ。どう考えてもそれ一択じゃない?」


 私は真顔でそう言い切った。迷いは一切ない。むしろここで他の選択肢を選ぶ理由が見当たらない。


 すると天使は、一瞬だけ目をぱちくりと瞬かせたあと――


「……なるほど。では、そのように設定いたします」


 少しだけ、意味深に微笑んだ。


 その笑みの違和感に気づいたのは、きっとほんの一瞬のことだったのだろう。


 けれど私は、そのときまだ知らなかった。


 この選択が、理想とは真逆の形で実現することになるなんて。


 そして――


 自分が“ハーレムを作る側”ではなく、“攻略される側”になる未来が待っていることを。

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