53歳は特別な歳
今年の4月で53歳になる。
もうすぐである。
53歳と言う数字には自分にとって結構意味があったりします。
うちの親父が生前良く言っていたのが、
「うちの親父(俺の祖父)は52歳で死んだ。石原裕次郎も美空ひばりも52歳だった。だから俺は53年まで絶対生きる!」
結果、65歳まで生きた親父はまあまあ良い人生を送って死んだのではないかと感じています。
俺から見たらだけどね。
孫も見せられた。次男には会えなかったけどな。
前にも書いたかな?自分は親父よりも10歳長生きしたいと考えてます。
目指せ!75歳!
まあ気張らず出来る限りで頑張ってみます。
実は53歳で思いつく人物がもう1人いらっしゃいます。
武術家ならば知らない人はいないでしょう、
太気拳、意拳の故 佐藤聖二先生です。
自分には尊敬する武術家が何人もおりますが、
特に自身の師匠と、その友人であるA先生は特別に感じています。
もちろん師匠の師匠や他にも沢山の先生方を尊敬してリスペクトしておりますが、
上記お二人は自分にとって更に特別な武術家です。
自身の師匠は手前味噌になるので明言を避けますが、素晴らしい武術家です。
そしてA先生は師匠曰く天才肌。
俺も何度かご指導頂きましたがそりゃもう凄い人です。
でもA先生自身は「いやいや、うちの師匠に比べたら俺なんて…」と。
そんな佐藤聖二先生です。
詳細は大切では無いので省きますが、
実は俺の師匠にとっては兄弟子にあたり、
A先生にとっては、師匠であり兄弟子であり、多分大切な友人であったと思います。
なのでお二人から伺った佐藤聖二先生は自分の中で色々を超越した特別な武術家なんですよね。
昔お会い出来る機会を逃して、
その後は結局1度もお会いする事なく亡くなられてしまいました。
その佐藤聖二先生が亡くなられたのが53歳です。
知る限り稀代の天才武術家。
天才な上に努力を惜しまない、
誰からも悪い評判を聞かない。
素晴らしい人間だったと。
真偽は定かではありませんが、
癌で亡くなったと噂で伺いましたので、
自分としてはそこも自身と共通しているので余計に気になっています。
あの天才武術家ですら病で亡くなってしまう。
癌と言うのは恐ろしい病気なんだなと。
日本の武術界の損失だと感じています。
いやはや、話がまとまらなくなりましたね。
で、同じ53歳になる自分はと言えば、
まだ武術を愛好している病人って言葉がしっくり来る程度の男です。
本来ならば後進を育てなくてはならない年代なんですけどね。
参りました。
死ぬまでに1人くらいには自分が身につけたものを伝えたいものです。
まあ大したものではありませんが、
だからと言ってつまらないものでもくだらないものでもありません。
大したことないのは俺の責任であり、
良いものを大したものではない程度にしているのは自身なのだから。




