第8話 手掛かりの真実は、――唯一の『プルーバー(観測者)』
ガタゴトと、ほぼ一定のリズムで馬車が揺れる。
窓の外には、見たこともないほど澄んだ青空と、どこまでも続く深い森が広がっていた。
(……本当に、来ちゃったわね)
私は豪華な座席の感触を確かめながら、数日前のあの午後のことを思い出していた。
すべては、あの埃っぽい書庫から始まったのだ―――。
◇
ブックトローリーワゴン(と、言ってもこちらの世界の本は大きく重たいのだろう、ほぼ『台車』と呼ぶべき頑丈なワゴン)に数冊の古書を積んで、書庫の椅子に座る私とハイメの所へローランツが戻ってきた。
「お待たせ。魔術関連の文献をいくつか漁ってみたよ。それじゃ手分けして探してみようか」
そう言って、腕まくりをしたローランツは私とハイメに一冊ずつ古書を渡し、私達は、そういった記述がないか調べることにした―――。
パラ、パラと紙を送る音だけが静かな書庫に響く、書庫の空気は知的好奇心で満ちていた。私たちは三人がかりで、分厚い古書の海に飛び込む。人族の歴史、精霊の分布、そして召喚魔術の基礎―――。
だが、調べれば調べるほど、私はある種の「違和感」に喉を焼かれることになった。
「……駄目ね。召喚の基礎を記した『白印』という項目は見つけたけれど、肝心の魂の転生、肉体の転移に関しては記述が皆無だわ」
ハイメが溜息混じりに本を閉じた。
(召喚はあるのに、転生はない。魔法はあるのに、物理法則は中途半端に生きている。……何なの、この整合性のなさは)
思考の霧を切り裂いたのは、ローランツの何気ない提案だった。
「そうだ、シャロン。転生や転移、召喚といった魔法絡みの高度な事象は、やはり魔族に聞くのが一番の近道かもしれないね。僕たち人族の研究は、残念ながら本家本元には遠く及ばない」
ローランツの提案に、私は商社マンとしての「情報収集のイロハ」を思い出す。餅は餅屋、魔法は魔族だ。
「そりゃそうですね。魔族か……。でも、そう簡単に魔族の方達と接触できるものなんですか?」
落胆して肩を落とす私に、ローランツはにこやかに歩み寄って来た。
「なら、いい集まりがある。―――『ベルンツ』だ」
「ベルンツ?」
「ああ、人族と魔族が唯一、対等に交わるための交流の場さ。やはり、高度な魔法事象は、魔族に聞くのが一番の近道だ。詳しくは後で話すとして、そこで有力な魔族と繋がりを持てれば、彼らの持つ秘匿された文献や歴史書に辿り着ける可能性は非常に高いと思うよ」
その言葉に、私の目が輝く。
「そうですね、知り合いになった魔族の、その人たちを通して、文献や歴史書などから情報を得るのもひとつの手ですね……」
足を使った泥臭い情報収集なら自信がある!商社時代に嫌というほどやってきたんだ。
「明後日?……いや、もう少し先、だったかな。近々開催されるはずだ。調べておくよ。……もし参加するなら、僕も『信頼のおける筋』に頼んで、君を全力でサポートさせるし、安心していい」
「それは……本当に、助かります!」
一旦、書庫での文献探しは後にして、今後の進め方について、私たちは入念に打ち合わせた。ローランツとハイメの温かさに触れ、私の心は確かに救われつつあった。
けれど、そんな二人にも、どうしても口にできない―――いいえ、口にしてはならない「手掛かり」に、私は独り、辿り着きかけていた。それは―――、
(……この世界、あまりにも『出来すぎ』ていないかしら?)
かつてのワンルームで、あの不思議な光に包まれる直前の記憶。
脳裏に薄っすら浮かんでは消える、あの長ったらしいWeb小説のタイトルを必死に反芻する。
「魔族」、「嫌われ半魔」、「300年前」、「魔王子」、「アルテナ」、そして「プルーバー……」。
それらの言葉を思考の中で乱雑に並べ置いた瞬間、私の脳裏にあの長ったらしいWeb小説のタイトルが、稲妻のように閃いた。
確か、……【Web小説から始まる恋物語。『嫌われ半魔の娘に花冠を……』】だったような……。
あの時、画面越しに失笑した「ありがちな設定を匂わせるタイトル」と、その後のあらすじの冒頭が「Web小説の新着を読もうとしたら突然、光に包まれ小説の中に迷い込んでしまった私」と書いていたはず……。
そして、ここは魔法が存在し、魔族が歩く、私たちの世界ではあり得ないほど都合の良い法則に満ちた世界。
ここは本当に、悠久の時を経て自然に生まれた世界なの?
それとも―――誰かの夢か、あるいは書き上げられた『空想の物語』の内部なのか?
(もし、後者だとしたら……)
背筋に冷たいものが走る。
(ああ、そうか。ようやく繋がったわ)
書庫の片隅で、私は震える指先を隠した。
人族の文献に「転生」の記述がないのは、当たり前なのだ。なぜなら、ここは悠久の時を経て生まれた自然な世界などではない。
誰かの指先によって「設定」され、書き上げられた、文字の箱庭―――『物語』の内側なのだから。
私は今、文字の羅列で構築された「設定」という名の檻の中に放り込まれている。そして、その設定を知っている私は、この世界で唯一の『観測者』ということになるのでは?
私がページをめくるのを止めない限り、この世界は現実として動き続ける。
女神アルテナが言った「私にしかできないこと」の答えは、この物語を「観測」し、歪んだ結末を書き換えることにあるのではないか。
(まだ仮説。でも、確信に近い……はず)
この世界の「向こう側」を知る、唯一の異分子として。この物語の結末を知り、観測し、書き換えることができる唯一の『プルーバー(観測者)』なのかもしれない。
あの日、書庫で抱いた不気味なほどの確信。
それは、巨大な岩場に見つけた、指先さえかからないほど小さな窪みだった。
けれど、私はそれを見つけた。
その窪みこそが、私がこの世界を攻略するための唯一の手掛かりだ。
◇
―――馬車の窓から過ぎゆく森の風景を、焦点を合わせずに眺めていた。
「シャロン様、顔色が優れないようですが、大丈夫でしょうか?」
向かい側に座るアイラが、心配そうに覗き込んできた。
「ええ、大丈夫よ。長い間、馬車に揺られ疲れたのと、少し考え事をしていただけ」
私は努めて穏やかに微笑む。
「……ううん、絶対に緊張してる顔です! 大丈夫ですよ、シャロン様!私がついてますから!!」
アイラは鼻息荒く胸を叩くが、根拠のない自信だ。だが、その真っ直ぐな熱量は今の私にはありがたかった。
馬車は林道を抜け、石畳の街並みへと入る。
速度を上げた車輪の音が、人族と魔族の交流の地『ベルンツ』が近いことを告げていた。
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